第139話 強行軍
それからが大変だった。
今回の俺達は大所帯だから、殆どが徒歩の予定だった。
だが、今は一刻も早くにこの場を去る必要性があったため、無理矢理に荷馬車にほぼ全員乗ることにした。
人の重さというのは、実は自然界では軽い方だ。水分がメインだから。だけど、
なので、俺のインビジブルハンドで持ち上げることにする。荷物の方を。
すなわち、襲撃者が乗ってきた馬車を2台ほどかっぱらい、それに荷物や食料をぶち込む。それで空いたスペースに人が乗り込むという寸法だ。
さらに、荷物満載の馬車は本体の荷馬車にロープで繋ぎ、俺のインビジブルハンドでホバリングさせて輸送する。俺が持ち上げることで摩擦抵抗がなくなるため、簡単に運べるだろう。
さらに、ゲットしたスレイプニールを荷馬車に繋ぎ、2頭曳きから6頭曳きにクラスチェンジさせた。
俺達が一斉に出発の準備をしていると、飛沫山号が寄って来て、「ぶふぉぶふぉ(これ、俺が一番遅いんじゃねぇか?)」と言った。確かにそうかもしれない。
「しょうがねぇ。お前の大八車も俺が浮き上がらせる。しっかり付いてこいよ」
「ばむ(それなら、なんとかなるけどよ。今日の抜きは新人女に頼んでくれや。マルコもアイサもいいんだけどよ。たまには別の女のフィンガーを堪能したいんだ)」
「頼むだけ頼んでやる。ま、後でな」
イタセンパラも戦闘メイドも剣士だから、握力は相当なものだろう。ケイティが頼めば、多分大丈夫だと思う。
ん?
カルメン嬢が何かも言いたそうにこちらを見ている。先ほど、カルメンとハルキウは水牢を解いた。
ハルキウはもちろんのこと、カルメン・ローパーも身分がしっかりしているし、もう反抗する意思も感じられないからだ。ただし、ナイル伯爵やローパー伯爵にこの子の処遇をどうするのか、意見は聞けていない。だけど、エリエール子爵やファンデルメーヤさんの考えとしては、『彼女はスイネルまで護送すべし』が推奨されるらしい。
なお、今がどういう状況かなどは、ファンデルメーヤさんがしっかりと彼女に説明したはずだ。
「どうしたカルメン。そろそろ出発だ」
カルメン嬢は体をビクッとさせ、こちらを振り返る。
綺麗なカールを巻いた金髪が揺れる。
「しゅ、出発、そ、そうですのね」
彼女はそう言って、ぴゅーという擬音語が付くかの如く荷馬車の方に駆けて行く。
何だあいつ。
「あの、千尋藻さん」と、俺の斜め後ろから話掛けられる。
この声はマツリだな。なんやかやとこいつとも長い。
「どした?」
後ろを振り向くと、やっぱりマツリだった。彼女は養子だが、紛れもなくバッタ男爵令嬢だ。
「この先に、村の跡地があります。まだ防塁などはそのままのようです」
「跡地?」
「はい。一度そこに開拓村を造ったようなのですが、失敗して放置されているところです。野営にはもってこいの場所です」
「ふうん。そこ、誰でも入っていいんだよな」
「はい。問題ありません。他の商隊の方もいらっしゃるかもしれませんが、人目があった方が大規模な襲撃は起きにくいと思います」
「ここからはどれくらい?」
「普通なら4時間程度です。ですが、徒歩の方がいらっしゃらないようでしたら、半分の時間で行けると思います」
マツリも頼もしくなったもんだ。男爵令嬢として、きっと色々勉強したのだろう。今はすでにお昼過ぎで夕方近いが、2時間程度の移動なら問題ないだろう。
「ありがとう。候補として検討する」と、応じる。
マツリは、にこりと微笑んだ。
・・・・・
「出発!」
総員荷馬車の屋上やら張り出しデッキやらに乗り込み、ひたすら西へ突き進む。
足を2頭から一気に6頭にしたから、相当早い。ただし、アイサでもこの状態の制御は難しいらしく、本来は護衛のガイがスレイプニール騎乗のまま真横について制御を手伝っている。
その代わり、今はスカウト総動員体制だ。騎乗以外のスカウトは、歩く速度の二倍の速さに付いてこないといけない。
相当きついと思うが、疲れたら俺のインビジブルハンドで空輸するため、遠慮なく申し出るようにと伝えている。
ヒリュウはともかく、ネムは最近鍛え始めたばかりだから、厳しいかもしれない。
なお、今回は
このコンボイは、先頭が2頭曳きから4頭曳きになった『炎の宝剣』の荷馬車、それから馬を食べてご機嫌のモンスター娘のところのジャームスくん。次にうちの6頭引きの荷馬車に最後が飛沫山号だ。
速度はいつもの二倍。こういった訓練はやったことがないが、難しいなら、途中で止ってそこで野営すればいいだけなので、距離を稼ぐためにこの移動方法を採用した。
あまり無理して馬が潰れると目も当てられなくなるため、注意しながら突き進む。
・・・・
移動途中、千里眼の画面の一つ、ナイル伯爵の執務室に、伯爵本人が入って来た。
良かった。無事だったようだ。
「ナイル伯爵帰宅。マルコ、ファンデルメーヤさん呼んできて」
「は、はい」
俺と一緒に屋上に登っていたマルコが、すぐに移動中の馬車の下階に降りていく。屋上から荷馬車の中までには、行き来しやすいように取っ手や足場が取り付けられている。
今はとりあえず移動を優先し、移動しつつナイル伯爵の帰りを待っていた。見切り発車でカルメン・ローパーを連れて来ているけど。
俺は伯爵邸のテーブルをトントンと叩き、今インビジブルハンドがこの部屋にいることを知らせる。
『おお。千尋藻殿か。今はどのような状況なのだ? ん? ハルキウが何か悪さをしたのか?』と、ウルカーンにいるナイル伯爵が言った。
俺のインビジブルハンドは耳の役目はこなせるが、口の役目はできない。なお、ハルキウが悪さをしたという発言は、ファンデルメーヤさんの書置きのせいだろう。誰かに見られてもいいように、わざと遠回りに書いておいたのだ。要は、ファンデルメーヤさんがハルキウをぶったというメッセージだ。
テーブルの上のペンを持ち、すらすらとあらかじめファンデルメーヤさんと打ち合わせておいた内容を書き写す。
すなわち、カルメン・ローパー率いる魔道学園の生徒達30人が、ハルキウ奪還のため決闘を挑んできた。それを撃退し、数名を除いてウルカーンに送り届けた。30人のうち、今一緒にいるのは、カルメン・ローパーとその侍女、イタセンパラ、ダルシィムの4名である。カルメン・ローパーは、エリエール子爵の助言で同行させている。ダルシィムは聖女と協議して同行させている。
そういう意味の文章を書いていく。
ナイル伯爵は、『なんと。このような微妙な時期に……私は今までローパー伯爵と一緒だったのだ。そのようなことは何も聞いておらんが、カルメン嬢を逃がす形になっているのは望ましいことだ。さすがエリエール子爵だ』と言った。エリエール子爵が送り出した早馬は、まだナイル伯爵と出会えていないらしい。
下からファンデルメーヤさんが屋上に上がってくる。
今はスカウト以外のほぼ全員が荷馬車に無理矢理乗り込んでいるから、窮屈そうだ。
「ラインは無事?」
ラインというのは、ファンデルメーヤさんがラインハルト・ナイル伯爵を呼ぶときの愛称だ。彼女の実の息子だ。
「無事のようですが、一応、聞いてみますね」
直ぐにマルコがその意味の文章を書いてくれる。
俺はさらりとライン無事? と書き写す。彼のことをラインと呼ぶのは、ここではファンデルメーヤさんだけなので、彼女からのメッセージであることは分かってくれるだろう。
『ああ、今のところは無事だ。不気味なくらいにな。法の施行とともに、すぐに逮捕されると思ったんだがな』
聖女が言うには地下組織が活性化しているらしい。と書いた。
『国王派の連中が犯罪組織を雇ったとしても、別に驚かん。ひょっとすると、先にララヘイム人である母上や妻を捕らえるのを先行させているのかもしれん。私を追い詰める証拠だからな。そう考えると間一髪だ。あとは、頼むぞ、千尋藻殿』
「先にララヘイム人の母上と妻を捕らえるのを優先してるのかもって。頼むぞって言われてしまった」
「そう。私たちが無事であることが、ラインを守ることにもなるのか。頑張らないとね」と、ファンデルメーヤさんが言った。
「それで、カルメン嬢のことはどうしましょうか。今は親御さんに内緒状態ですし。このままでいいのだろうか」
「よし、これを書いて」
ファンデルメーヤさんが綺麗な字でさらさらと紙に文章を書いていく。
ファンデルメーヤさんは、「カルメンはこちらでこのまま保護をする。ローパー伯爵にはそう伝えておいて」と言った。今書いた文章の意味だろう。
俺はその文章を遠く離れた紙に書き写していく。
『分かった。ローパー伯爵には私から話を通す。彼の弟がスイネルにいるはずだ。スイネルまで到着すれば、ひとまず安心だろう』
「さて、連絡はこれくらいかな?」
「そうね。最後に、また連絡するって書いて頂戴」
俺は、その意味の文章を書いて、今日の所はウルカーンの千里眼を終了した。空いたスペックで周辺の監視をしたいしな。
・・・・・
魔物や野生生物がちらほらと確認できるが、邪魔になりそうな魔物はピーカブーさんの弓矢かケイティのサンダーで瞬殺され、本来は食料となる動物たちは無視してひたすら移動し続ける。
野生動物なら、今日、モンスター娘らがダチョウを沢山狩っていた。俺達が尋問なんかしている時に。
移動はトラブル無く進んでいる。日暮れまでに、マツリが言う防塁のある廃村とやらに行くか。
俺には水の壁を出す能力があるとはいえ、やっぱり土や木で
俺は、移動中のインビジブルハンドを切らさぬのよう、精神を集中させた。
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