第138話 作戦会議とリリース


その後、ウルカーン貴族と、モンスター娘らを交えて作戦会議に入る。


一方の俺はというと、千里眼でウルカーンのナイル伯爵邸に急ぐ。今日はまだお昼くらいだが、今日中にこことは遠く離れた野営地を探したい。出来れば、交差点を何回か曲がった程度までは歩を進めたい。情報によると、俺達を狙っている地下組織の連中がいるためだ。


「ケイティの侍女尋問レポートによると、やはり、決闘という方針に関し、賛成し、あわよくばより好戦的なものにするよう自分の親や雇い主から指示を受けた者がいたようだ。それから、襲撃場所を誘導するように仕向けている」と、小田原さんが言った。


俺は千里眼に集中してるから、対応策はケイティと小田原さんとファンデルメーヤさんらで考えて貰う。今の俺はただ聞き流しているだけの状態だ。


「常識的に考えると、ナイル伯爵の縁者を暗殺若しくは誘拐するのが目的であれば、子供らの襲撃やその後の混乱に合わせ、本命の部隊が動くという作戦を企てている、と考えるのが妥当でしょう」と、ケイティ。


「ですが、子供達の襲撃は僅か20秒で片付いてしまった。襲撃場所も千尋藻さんの偵察力のお陰で予想は外れたと思いますし、これで諦めてくれたらいいけれど」と、ファンデルメーヤさん。


「ファンさん、相手の間抜けに期待してはいけないぜ? ここは、今日中に襲撃があると考えて動いた方がいい。どのような襲撃方法が考えられるだろうか」と、小田原さん。


ここで、防塁側にいるエリエール子爵が「襲撃者があなた達の実力を知らない人達と仮定しても、襲撃対象には11名のララヘイム軍出身の水魔術士と10名のモンスター娘、それから護衛冒険達が随伴していることは調べれば容易に分かるでしょう。このコンボイに手を出すのなら、プロの精鋭50名以上は用意すると思うわ」と言った。この発言、俺は直接聞こえているが、小田原さんらは、聖女とダルシィムくん経由で伝わっている。


「50名を運ぶとなれば、戦車か騎馬隊か?」と、小田原さん。


「今、ウルカーンではぞくぞくと兵士が集結しているから、50名くらいそちらに振り分けるのは可能でしょうね。問題は、今回は軍隊では無く、地下組織が動いているということ。聖女様、その辺りの情報を詳しく教えていただけないでしょうか」と、エリエール子爵。


「私が得ている情報は、誘拐、暗殺何でもありの一番凶悪な組織が最近地上に出てきてウルカーンの貴族と接触しているというものね。そいつらは、ノートゥンの治安部隊も監視対象としている要注意組織『ホーク・ウインド』という」と、これは聖女その人からの情報だ。


「『ホーク』だと?」と、ジークが反応する。彼女は、今回の話から入っている。モンスター娘からは、ジークの他にシスイもいる。


「どうしました? ジークさん」と、ケイティ。


「かつて、とある地下組織があってな……そこは、タケノコうちの特殊部隊が潰したんだが、リーダーは仕留められなかった。そのリーダーの名前が『ホーク』だったはずだ」と、ジーク。


「今回も何らかの関係があるかもしれないと? もしよろしければ、何故モンスター娘がそこを潰したのか教えていただけないでしょうか」と、ケイティ。


「拉致に対する報復だ。そいつらは、私らの仲間を攫ったのさ」と、ジーク。


「泣く子も黙るタケノコの魔王軍ね。今も健在?」と、聖女。


「健在さ」と、ジークが返す。


タケノコの魔王軍? 気になる。めっっっちゃ気になる。でも、集中を切らすと千里眼が振り出しに戻る。俺は、とりあえず黙って自分の仕事に集中する。


作戦会議を聞きながら、俺はというと、ようやくナイル伯爵の屋敷に舞い降りる。


先ほど俺が書いた執務室のメモはそのまま。


「ちょっと失礼、ナイル伯爵は、まだ執務室に戻られていないようです。メモはそのままでした」


ファンデルメーヤさんは、「そう。きっとどこかで誰かと打ち合わせをしているのでしょう。長く掛かるかもしれない。ラインハルトを待っていては、いつになるか分からない。エリエール子爵も早馬を出されていることだし」と言って、俺の顔を伺う。方針をはっきり言わない理由は、彼女は護衛対象でありこの隊の意思決定者ではないからだろう。でも、何を言いたいのかは分かる。


なので俺は、「確かに、待ち時間が勿体ない。もう動き出しましょうか。すなわち、学生はカルメンとダルシィムを残して全員リリースし、我々はいち早くここから離れる」と言った。


「妥当な判断だと思います。ですが、今のネックはナイル伯爵へのヒアリングであることも事実。しかも、例の法律が成立してしまった今、彼の立場は極めて不安定でしょう」と、ケイティが言った。まあ、確かにナイル伯爵の意見を聞きたい。今の所エリエール子爵案のカルメンだけ保護して他はリリース案になっているけど。


「あの、ウルカーンで思い当たる節があるところを千里眼で探して、見つけ次第、伯爵をインビジブルハンドで空輸しましょうか? そのままスイネルに一緒に行ってもいいですし」と言ってみる。素人丸出しの意見だが、彼女はどういう反応を示すだろうか。


ファンデルメーヤさんは少し悲しそうな顔をして、「あなたの力でそれを行うと、ウルカーンとあなたは敵対してしまう可能性がある。それは、ウルカーンとあなた両方にとって、とても不幸なことよ? それに、ラインハルトがウルカーンに残った決意は、まだこの国を見捨てていないから。私は、あの子の気持ちを尊重したい。例え死ぬことになっても、その死が何かを動かすこともあるの。それが貴族なの。ここは、手を出さないであげて」と言った。


俺は、「了解」と言った。そう言うしかなかった。ラインハルト・ナイル伯爵は、彼女の実の息子なのだ。彼女らが、高貴さの義務ノブレス・オブリージュを優先するというのであれば、俺からは何も言うことはない。


その後数点作戦を確認して、ここは解散となった。


さて、今から移動だ。


敵はおそらく地下組織、モンスター娘と因縁の相手だ。心して掛からなければならない。



・・・・・



「いっくぞ~」


今、俺の巨大なインビジブルハンドは、水をすくい上げるような形で固定させている。その中には、27名の水牢の刑に処された学生、付き人、御者が乗せられていた。彼らはすでに全員目を覚ましており、手の中でぎゃーぎゃーわめいている。


襲撃者のうち、その中に入っていないのは、イタセンパラとカルメン・ローパー、それから彼女の侍女だけだ。カルメンの侍女は戦闘メイドらしい。今回、護衛戦力は少しでも多い方がいいという判断で、イタセンパラとその人も残した。イタセンパラは、ハルキウ少年のシモの世話が嫌なだけで、ナイル家に対する忠誠心はあるし、今はケイティに惚れている。カルメンの侍女も、ローパー家縁のちゃんとした男爵令嬢らしい。スキルも護衛系が充実している。だが、彼女もすでに、ケイティに惚れているらしい。恐るべしマジカル。


さて、俺が今何をしているかというと、空輸の準備だ。

皆と協議した結果、この27名はウルカーンの城門手前まで空輸することにした。各々馬車で帰らせると、後をつけられる可能性があるからだ。


多少、門番はびっくりするだろうが、その辺は穏便に済ますために、エリエール子爵やナイル伯爵に頑張って貰おう。なお、彼らの荷馬車は、一部を除いてはここで放置だ。荷馬車に装備されていた魔道具や備品、食料などは全て俺達が頂戴した。


馬やスレイプニールの方は12頭もいたため、そのうちスレイプニール4頭は俺が、馬の2頭は炎の宝剣が頂いて、後は自然にリリースした。いや、正確には足を折って動けなくなっていた馬は、化け蜘蛛ジャームスくんのエサになった。実際に野に放ったのは3頭くらいだ。


「あ、あなた、一体何をしようとしていますの?」と、カルメンが言った。


今はまだ、カルメンとハルキウは二人仲良く水牢の刑に処されている。お仕置き状態だ。下着は身に着けさせているし、ハルキウもファンデルメーヤさんもいるためか、彼女は比較的落ち着いている。ハルキウの方は、顔がぼっこぼこに腫れ上がっていて、意識もうろうとしているけど。


「ちゃんと見てろ」と、返す。


これはファンデルメーヤさんの案で、実力の差を見せつけて抵抗を諦めさせる作戦なんだとか。


なお、ダルシィムと侍女の二人はすでに縄を解いている。ダルシィムは聖女に絶対服従でそもそも俺達に敵対するメリットは何もないし、侍女のイタセンパラと戦闘メイドはケイティに落とされている。もはや無害だ。


俺は、千里眼で飛行ルートを確認する。


ここはひたすら平野だから、遮蔽物は何も無い。単純に真っ直ぐ飛ばして大丈夫だろう。

仮に空輸中に集中が切れて、インビジブルハンドが霧散してしまった場合、彼ら27人は、それまでの運動エネルギーと落下エネルギーで、かなりマズいことになる。水牢の中に居たら魔術は使えないため、ほぼ無防備のまま地面に激突することになる。まあ、ほぼ全員即死だろう。よほど運が良くない限り。


いくら襲撃者といっても、学生に対しそれは少しやり過ぎだ。だがしかし、今優先すべきは護衛対象の身の安全。襲撃者の事故リスクより、こちらの身の安全を優先する。


「浮上」


27人を乗せた巨大インビジブルハンドを地上10mくらいまで浮上させる。


インビジブルハンドの中でわーわーぎゃーぎゃー騒いでいる。流石に27人もいるとかなりうるさい。


「スゥイングバイ!」


そのまま俺の周りを高速でぐるぐる回す。もちろんだが、この儀式は本来必要ない。なんとなくノリだ。


「リリース!」


半径50メートルくらいを10周させ、進行方向がウルカーン方面に向いたところで、真っ直ぐ飛ばす。


相当な速度だと思う。直ぐに時速100キロくらいになって、あっという間にここからは見えなくなった。


それと同時に、ルート上に配置していた千里眼達をチェックしながら、軌道を修正させていく。


しばらく経つと、ウルカーンの城門が見えてきた。流石にここまで送れば自力で帰れるだろう。武器は奪っているとはいえ、服は着せているし、ほぼ全員優秀な魔術が使える者達なのだから。


まあ、彼ら個人個人に恨みはない。27名の大半がハルキウの情報漏洩、若しくはカルメンのバカに振り回されているだけだと思うし。


だけど、少しは反省しな。冒険者にいきなり襲撃は流石に馬鹿すぎる。


俺は、着地の寸前、今度は速度を落としながら、もう一度ぐるぐると半径50メートルくらいの円運動を5周くらいさせ、最後はスクリュウ状態できりもみさせて地面に放り投げた。


俺の隣のカルメンが、ぽかんとした顔で空を見つめていた。

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