第137話 世界の秘密と神の箱庭

「その侵略者は、人々にほんの僅かな欲求を与えた。『追放』『婚約破棄』『奴隷落ち』『へたれインポ』『逆恨み』などなどが報告されている。最近では『悪役貴族』もそうでは無いかと睨んでいる」と、聖女が言った。


「はい?」


「笑い事ではないぞ千尋藻、そうそう、お前達、性欲はあるか? ちゃんと我慢せずにセック○しているか?」と聖女が言った。少しバカにするというか挑発するような口ぶりだ。


おそらく、俺達が『インポ』のおっさんなるものではないかと疑っているのだろう。


「性欲は、まああるけど。それ、本気で言ってる?」


「たったそれだけのことで、世界は滅ぶ恐れがあるのだ。核兵器も細菌兵器も、破滅に向かう宗教も、自ら立ち上げる必要はない」


やたらめったら追放や婚約破棄、奴隷落ち、逆恨み、子造りができない男女、それから悪役貴族ばかりになると、まあ、世界はめちゃくちゃになるのは想像できる。


「まあ、カオスになることだけは確かだな」


「異世界の侵略者は、たったそれだけの因子を世界に与えることで、世界を滅ぼそうとしている」


「まあ、それが正しいとして話を進めよう。そして、俺達の使命がなんだって?」


「おそらく、は、その侵略者をどうにかして止めたいのだろうさ。だから色んなタイプの人間を不規則に送り込んでいる。ここに来る異世界の人間のうち、強い力を得ている者は、みんなラノベ好きであることが分かっているから、神はその辺りでフルイに掛けていると踏んでいる。だが、ここにきてその神の打った手が大迷惑を起している」


「大迷惑?」


「エアスランの軍師な、やつは我々と同じ転移者だ。しかも一神教の思想の持ち主だからタチが悪い」


「ああ~、どうせ神命とか言って、ノリノリで追放禁止とか奴隷禁止とか婚約破棄禁止とか……」


仮に、世界の異分子の排除という『神命』を受けた信仰心の高い者がいるとして、本気でその『世界の異分子の排除』に取りかかった場合どうなるか。俺達は、モンスター娘らと楽しく冒険を始めたけど、本気でチート能力を駆使して神の命令を遂行しようとした場合、そりゃ行き着くところは世界征服だよな。そんなもん、自分で全ての国民を管理しないと、目的は達成できない気がする。


「そう。神命を、真面目に取り組んでいるヤツがいるのさ」


「ひょっとして、エアスランの貴族解体、そしてウルカーン侵攻って……」


「察しがいいな。その二つはエアスランの転移者が主導している。本来、それこそ『別世界からの侵略者』の思うつぼなんだがな。婚約破棄禁止と悪役貴族対策で貴族を解体するのはいいとしても、追放因子潰しで世界大戦が起きようとしている」


「まじかぁ」


「まあ、エアスランの軍師は、別に国家首脳を洗脳しているわけでは無いみたいでね。貴族解体もウルカーン侵攻もある程度エアスラン国の本心ではあるようね。分かったかしら? 世界の動きが」


「ええつと、その話の流れなら、『追放因子』がウルカーンにあると?」


「エアスランの軍師はそう考えている。『追放因子』がどういう形をしているのかは未だに謎だけど。ウルカーンは確かに追放が多い。。ウルカーンの貴族は、ここに来て奴隷制の復活まで企てているから、本当に蝕まれているのかもしれないわね」


追放といえば、ちらほら耳にしていた。そういえば、婚約破棄も多い気がする。それって、異世界からの侵略だったのか……そんな馬鹿なとは思うが、聖女は真面目にそう考えているようだ。


「まじかぁ。さて、どうしよう。俺達もこの世界に呼ばれた以上は、何かしら役目とやらをしないといけないのかな?」


仕事しないとチート取り上げられるとかだったら困る。


「別に何もしなくてもペナルティは無いと思うわ。神の思し召すままに動くのが嫌なら、邪魔をしない程度に異世界ライフを楽しむと良い。ちなみに私の場合はね、ノートゥンはもともと奴隷制は無かったけど、土地を移動できない農奴がいたから、王に進言して農奴解放をしたし、悪役貴族というか、悪徳貴族は私が直接叩き潰しているわね。ウルカーンが本気で奴隷制を復活させたら、ウルカーンとの同盟を打ち切ろうかとも考えているけど」


今の言葉を信じれば、このおばはん、以外と聖女だった。まあ、当事者の話を聞いていないからなんとも判断出来ないけど。


「俺達みたいな小物は、そんな大きい事は何も出来ないな。というか、エアスランもウルカーン落とした位でどうしようってんだろ。世界は広いだろうに」と、何となく呟いてみる。


エアスランからウルカーンまでは、人が歩くくらいの速度の馬車で数週間だ。この大陸にある国家は、ほぼ中央のウルカーン、それから西のティラネディーア、北西のエルヴィンと北のノートゥン、南東のララヘイムとタケノコに南のエアスランだ。そしてその先は海だから、この大陸全体の大きさは、そこまで大きくは無いだろう。そもそも大陸と呼んでいいのかも分からない。地球の感覚でいうと大陸ではないと思う。九州よりは大きいと思うけど。一方、ここの天体の一日の長さは、体感的に地球とほぼ同じ。なので天体の大きさも地球と似たようなものだろうから、この島の外には、広大な土地が広がっているだろう。


「ん? ここに来て、この世界のことを調べなかったの? この世界は、このアトラス大陸と同じ大陸棚にあるごく近くの小島以外は、全て海だ」


何だって?


「ここは、。この天体は、小さなアトラス大陸と広大な海が世界の全てなのさ」


神の箱庭だって? 俺は、地下迷宮で発見した不思議な建物を思い出す。高層ビルのような建物が地下に埋まっていた。この世界は、まだまだ俺が知らない謎が多い……



・・・・


聖女がひとまず休憩にするぞというので、俺達も一息ついた。おっさん三匹で話し合う。


「一気に情報が入ってきたな」と、俺が呟く。


「そうですね。この世界の謎もそうですが、エアスランの進軍理由も私達と無縁では無かったとは」と、ケイティ。


「だが、エアスランの進軍に関しては、聖女は洗脳されているわけじゃないと言っていた。もともと、ウルカーンに攻めるべしという意見は、エアスラン内部で主流だったのだろう」と、小田原さん。


「しかし、追放因子か。ウルカーンの巫女はすでに追放されているって、これまた大物を追放したな」


「追放因子がどういう形をしているのかが謎なのが難しいですね。物なのか人なのか、あるいはウィルスのような目に見えないものなのか」


「スイネルで落ち着いたら、その辺を本気で調べてみるか。仲間から追放された者なら、ジェイクにマルコがいる。婚約破棄ならサイフォンとか? シラサギまで戻ればアイリーンもそうだけど」


情報が一気に出てきた。


ララヘイム三法の成立と施行、襲撃者の殆どが国王派という真実、聖女からもたらされた情報である地下組織の動き、カルメンの保護とダルシィムの同行、聖女日本人確定に世界の異分子は『追放』『婚約破棄』『奴隷落ち』『インポ』『逆恨み』『悪役貴族』などなど。


「そろそろいいか? 最後の締めよ。あなた達、私の話を聞いてどう思った?」と、聖女が言った。


「情報ありがとうとしか。俺達の動きは変わらない」と、俺が応じる。


「すなわち、これからナイル伯爵の縁者を護衛してスイネルに行くと言うわけね。その後は?」と、聖女が言った。俺達の今後の動きを知って起きたいのだろうか。


「本来の予定では、スイネルで少しお金稼ぎして、ノートゥンに行こうとしていたんだけど」


「あら、ノートゥンに行くなら聖女神殿に寄りなさい。そこに私の足の一つがいるからね」


「まあいいけど。逆に、聖女さんは俺達のことをどう思っている?」


「ひとまず、無害そうで良かったわ。戦争に加担しないということは分かった」


「そういえば、聖女さんはなんでウルカーンにいる? ウルカーンって、その『世界の異分子』的なもんに汚染されている可能性があるんだろ?」


「私のノートゥンとウルカーンが同盟国っていうのもあるけど、本末転倒だからよ。世界滅亡を防ぐための我々なのに、なぜ世界大戦してるのよ。こんな狭い島で。第一、ウルカーンを占領したとして、一体どうやって異分子をあぶるのよって話。行き着くところは魔女狩りか異端審問ね。ウルカーンを滅ぼしたと仮定して、次に別の国で追放が流行ったらどうするの。それこそ世界の終わりに近づく。ウルカーンが汚染されているのであれば、とりあえず誰かを追放しているヤツラを暗殺する程度で十分でしょ」


見た目に似合わず、意外とまともなような気がした。この聖女。


「じゃあ、ひとまずどうしよう。俺達は、普通にダルシィムを連れて仕事をしていればいいんだな?」


「そのとおりね。まあ、お前達はまともそうだから、パイプを繋いでおきたい。何かあれば助けてあげてもいい。私の方が先輩だから、それなりに地位も築いている」


『俺達はまともそう』ということは、ひょっとして聖女は他のまともではない異世界転移者を色々と知っているのかもしれない。


「そっか。ひとまず、ウルカーンには知り合いもいる。仲良くしてくれると嬉しい」


「あはは。私がここに居る限り、この防塁は落ちないし、この先にあるチータラ将軍の要塞も大丈夫よ」


ウルカーンとノートゥンが同盟国である限り、聖女は野戦病院で頑張るらしい。大した自信だ。そのお陰で、俺も少し安心できる。


あの防塁には、知り合いであるエリエール子爵やバッタ男爵、俺の弟子達、そしてアリシアがいるのだ。この尼崎おばはんも、味方であれば頼もしい気がした。


だから俺は、「そっか。それでは、俺は聖女を信じよう」と言った。


ただし、この話は聖女からの一方的な情報だからな。自分の都合がいい情報だけを与えている可能性もある。だが、ひとまずは聖女を信じることにする。そう思わせるくらい、この聖女はまともな気がした。


「ふん。落ち着いたら、一度私と直接会いなさい。クトパス様が、お前と会いたがっている」


まじかよ。クラーケンと知り合いになりそうだ。というか、足一本くれないかな。あいつらの生命力は強いから、足が1本くらい無くなっても直ぐに生えてくるだろう。というか、クトパス様とやらは、雌雄はどちらなのだろうか。緩い記憶では、吸盤の粒が綺麗にそろっていたから、雌のような気がする。


「わかった。とりあえず、便利だからこのままエリエール子爵と話しさせて」


聖女は少し優しい顔をして、「私を使おうなんてね。いい度胸じゃない。まあ、今回は手伝ってやる」と言った。


ま、持つべきものは権力者の知り合いだな。俺は何となく聖女と組んでも良い気がした。


俺は、異世界で出会った同胞に少しほっとしたのかもしれない。もしくは、この聖女は人心掌握に長けている人物かどちらかだ。


ひとまずは、目先の話を終わらせるのが先だ。


俺達は、先輩せいじょの能力を借りて、次の議題を話し合うことにした。

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