第136話 先輩聖女との話合い

千里眼を飛ばす。西へ西へぐいぐい進む。


あの後直ぐに仲間と相談したが、とりあえず聖女と連絡を取ろうということになった。なので、とりあえず俺の千里眼を聖女の元へ飛ばそうという方針になった。


数分後、エリエール子爵達の本陣上空に着く。戦闘メイド達が警備する防塁の内側だ。いつもの如く、戦闘メイド達が南方を睨み付けている。戦闘の気配は無いが、緊張感は漂ってくる。


だが、今の俺の姿は皆には見えない。もちろん敬礼もしてくれない。


仕方が無いかと思いつつ、本陣をもう一度見る。

エリエール子爵の本陣のテント横に、豪華な馬車が駐まっている。屋根の無い馬車の中で、2頭のサーベルタイガーが大人しく待っている。いつか見た聖女の馬車で間違い無いだろう。


俺の千里眼は、テント幕内部に舞い降りた。



・・・・


そして見た。この世界の聖女を。


中年太りのオールバック。先日は大きな帽子を被っていたからよく分からなかったが、ポマードか知らんが何かしらの整髪料でガチガチに固めたような短髪オールバックだ。聖女というか占い師みたいだ。


これが、スキル『ザーメ○量アップ』を持つイケメンを多数はべらせるノートゥンの聖女だ。


四角いテーブルを囲み、エリエール子爵と聖女ハナコが椅子に座ってお互いふんぞり返っている。その隣でバッタ男爵が少しだけかしこまっている。


リモートで良かったよ……聖女はなかなかの迫力だ。直接会えば雰囲気に飲まれる気がする。俺は、所詮しょせん小物だからな。


俺は、インビジブルハンドでテーブルの上のペンを拾い、メモ用紙に『到着』と漢字で書く。


「最初に確認させな。お前達は三人だね」と、聖女が言った。インビジブルハンドからの集音と目の前のダルシィムがしゃべる声がステレオで聞こえる。微妙に時間差があるのが面白い。


「そうだ。三人だ」と、返す。


 


「ん? 俺は読む方だけど、何でそんなことを聞く」


俺は不審に思いながらもそう返した。そして、ケイティと小田原さんの顔を見る。


「自分も見る」と、小田原さん。意外に感じたが、素手ゴロ中毒はその影響だったかと少しだけ納得する。


「自分も大好物ですが、なにか」と、ケイティ。


「そうか。ここに来る前、変な小説を読んだことはないか? スマホとかネットなどでだ」と、聖女。


「変の意味が解らん」


「全く面白く無い小説だ。追放、婚約破棄、奴隷、悪役令嬢令息などが出てくるやつだ」


「いや、それ普通だし。面白いのもあるし」と、俺。


「千尋藻さんに同意ですが、全く面白く無いのもありはしますよ。それは」と、ケイティ。


「自分も無料小説を読むが、それらの筆者はほとんど素人なんだ。面白くないというか、多少内容が破綻しているようなものは多々ある」と、小田原さん。


「そうか。。まずは、ウルカーン話を片付けなさい。私との話はその次でいい。出来る範囲で協力もしようじゃないか」と、聖女が言った。


いきなり優しくなった気がする。不思議ちゃんだな。


「じゃあ、エリエール子爵と話しをさせてくれ」と、俺が応じる。


「ふん。サービスだ。私が中継してやろう」



・・・・


ここからは、エリエール子爵の発言を聖女経由のダルシィムくんがしゃべり、俺達の発言は向こうの聖女がしゃべるということでコミュニケーションをとる。


俺の筆談は時間が掛かるし、今は聖女の提案に甘えることにする。


ついでに人払いして、俺達のテント幕の内部にいるのは三匹のおっさんとファンデルメーヤさん、そして中継役のダルシィムくんだけにした。第三国のモンスター娘がいるとお互い警戒してしまうからだ。


なお、向こうは元々聖女とエリエール子爵とバッタ男爵だったため、特に人払いとかは無い。


エリエール子爵は、「ララヘイム三法が施行されたことは聞いたわね。急いでウルカーンのトマト男爵、ナイル伯爵、そして出来ればローパー伯爵とも連絡を取りたいのよ」と言った。


「先ほどナイル伯爵邸宅には行ったけど、そこには居なかった。先に言っておくけど、ローパー伯爵の娘さんがここに居る。今回の襲撃というか、決闘申し込んできた者達の主犯格とみられているけど」


「私からもウルカーンに早馬を飛ばすわ。ナイル伯爵には、あなたの名前を出して、執務室に戻るように伝えておく。それに、ローパー伯爵の娘なら、その子はカルメンね」


「そうそう。カルメン嬢」


エリエール子爵は一呼吸置いて、「……その子は、そこで保護しておきなさい」と言った。


「保護? ひょっとして、その法律の威力はこの子にも及ぶ感じ?」


「いや、まだ表だった動きは無い。だけど、ローパー伯爵の娘の不祥事は致命傷になる可能性がある。法改正の裏で蠢いているヤツラの狙いが分かってきた。あいつら、ララヘイム派を潰す大義名分で、ローパー伯爵も排除するつもりなのよ」


「まじかよ。その辺、ナイル伯爵にも裏取りしたいが、ひとまず、今回の襲撃者の名簿がある。まずはぞれを共有したい。今からそちらにメモる。30名だ」


「分かった」


急げ急げ。こういうことは早いほうがいい。時間との勝負だ。俺は、必死にこの国の言葉を、この国の文字でメモ用紙に書き殴った。



・・・・


「ちっ、ほぼ全員が国王派じゃないの。一体どうなってんの」と、エリエール子爵が言った。


「ん? 今回の襲撃メンバーは、カルメン嬢以外国王派ってこと?」


「そうよ。元からなのか、襲撃に賛成したのがそうなのか知らないけど。千尋藻、何があってもこちらには戻らないで。襲撃に注意を払ってスイネル、いや、最低でもナナフシに行って。何としてでも、身内の領土まで行くのよ」


「まじか。カルメン以外はどうしたらいいだろう」


「彼らは気絶しているだけなのよね? ならば、ウルカーンに返すべきだわ。傷つけても人質でもいけない。子供らが提案したという決闘が遂行されたという形にするのがベストと考えるわ。あなたは勝ったんだから、カルメン嬢に言い聞かせて彼らをウルカーンに帰すの。その後、直ぐに移動して、キャンプ地を変えなさい」


まじかぁ。カルメン嬢を言い聞かせるのかよ。キャンプ地の変更も地味に面倒なんだけど、それは仕方が無いか。


俺が言い淀んでいると、ファンデルメーヤさんが「妥当な判断よ。学生らは私が何とか言ってきかせます」と言った。


「それでは、俺達はハルキウとカルメンを連れてナナフシに行く。今日中に別のキャンプ地に移動する。その他学生らは釈放すると」


「ついでにダルシィムも連れて行きなさい。私とのパイプ」と、聖女が横から口を挟む。


ここまでは概ね妥当な判断のような気がする。俺は、おっさん三人の顔を見る。二人は首肯する。


「分かったよ。そうしよう」


「素直じゃない。じゃあ、エリエール子爵がウルカーンに早馬を走らせている間、私達の話をしましょう? とりあえず、人払いね。ダルシィムは、今は意識がないから問題ない」


「しょうが無いか」


俺達は、日本人だけで秘密の話をすることにした。



・・・・・


「俺は九州。興味があるなら、その辺詳しく言ってもいいけどさ。歳は42」


「私は尼崎ね。歳は秘密。でも、私が先輩。うやまいいなさい」と、聖女が返した。


今は、ちょっと遠回りしてお国の話から入った。聖女は尼の女らしい。ドスが利いているのはそのせいなのだろうか。俺は関西方面の知り合いは殆ど居ないけど、仕事の取引先は尼崎にもあった。先輩から、尼崎に行ったら絶対に靴を脱ぐような居酒屋には入るなと言われていた。一瞬で靴が盗まれるらしい。そして、お店を出ると、その軒先に路上靴屋があり、自分の靴が売られているとか。しかも一足ずつ。本当か嘘かは知らないが、そのくらい危ない所らしい。


話を戻し、「あの辺の海は、タコが有名だよな。だからなのか?」と言ってみる。聖女はクラーケンと契約しているらしいからな。確かクトパス様。


「ふん。お前ん所の海は干潟だろうが。だから貝なのか?」


「ん? どうして俺が貝だと分かった?」


「お前が操る毒には覚えがあるとさ。我が主殿がね」と、聖女が言った。クラーケンがあるじという立場なのか。


さて、少し嘘をついてみよう。いや、嘘ではなく誤謬ごびゅうだ。


が言うには、クラーケンを食べたことがあるらしい。その関係かな?」と、応じてみる。


今の俺の体は、本体である深海の化け貝の触手の擬態だから、俺の主というのは深海に居る方の俺自身だ。だから嘘じゃない。だけど、真実ではない。大いに誤解を招くような表現だけど。


自分の正体について、秘密に出来ることは秘密にしておきたい。


「やはりな。深海には、二個の化け物貝がいることが分かっている。お前はその一つと契約を結んだということか」と、聖女が言った。


釣られた。俺が深海の化け貝そのものであるということは、一応秘密にできた。表に出す『真実』の情報は少ない方がいい。ちなみに、クラーケンを食べたことは、遠い遠い記憶でなんとなく思い出した。


「俺って、こっちに来てまだ日が浅い。契約とか正直よく分からないが、まあ、そういうことなんだろう」


「そうか……感慨深いな。深海の覇者は宿主無し、すなわち、ただの野生動物だと言われていたんだ。まあ、この話はいずれな」


その後、小田原さんやケイティを交えて一通り世間話をする。元いた世界の地理的な話や国内情勢、世界情勢などだ。その結果、聖女が日本人、しかも俺達と時間軸を同じとする日本人であることは間違いないような気がする。パラレルワールドである可能性もあるにはあるが……


「この世界、私達みたいに強力な化け物の権能を使用出来る者達がいる。その化け物は、意思を持っている。この世界の人類史には、必ずと言っていいほどそういった化け者の力が強く反映される。戦争や思想、あらゆるところにそれは垣間見える」と、聖女。


「それはなんとなく想像できる。強い力を持った者が戦争に勝ち、歴史をつくる立場になる。部族や国家の成立、宗教の勃興、人智を越えた力はそういったものに大いに影響を及ぼしたと」


「そうだ。それが、この世界の人類史だった」


「だった? 過去形?」


「そう。お前達は忘れているかもしれないが、異世界転移者、いや、本当に転移なのか疑わしいが、異世界の者がこの世界に来る際には、とある使命が与えられている」


「何かに話かけられた記憶はあるが、直ぐに忘れたな」


俺としては、その認識だから間違いは言っていない。世界の異分子の事をメモしていたのはケイティだ。


「直ぐにメモしないからだ、愚か者。この世界は、。使命とは、そいつらを倒すことだ」と、聖女が言った。


ん? 世界の異分子の排除だと思っていたけど。いや、『世界の異分子』が聖女が言うところの『別世界からの侵略者』なのかもな。


「この世界は、異世界からの侵略によって、滅びに突き進んでいる」と、聖女が言った。


「世界が滅びるとはただ事ではないな」


「ちょっと頭の体操だ、千尋藻ちゃん。お前が世界を滅ぼそうとして、どうやったらそれを達成出来ると思う?」と、聖女。


「遠回りなやつだな。核兵器で世界中を蒸発させたら滅ぶだろう」


「それも一つの手段だ。だが、それをここでやろうとすると、一から核開発する必要があるな。核濃縮は莫大なエネルギーが必要だ。その実現のためには、一から国家を建国するくらいでなければ成し遂げられないだろう」


冗談のつもりで核兵器と言ったのに、真に受けた回答が来た。


「盗めばいいだろ。細菌兵器とか。いや、国家間を戦争させればいいのかな」


「そうだな。そのためには超優秀な泥棒やロビィストを育てる必要があるだろう。やはり、一から建国しないと不可能だ」


「むう。宗教を広めるか? 破滅教みたいな宗教だ」


「惜しいな。宗教戦争はなかなか破滅的な結果を生み出す。だが、優秀な教祖が必要になるな。ずいぶん運任せな作戦になるだろう」


「異世界チートで国を乗っ取るとか……いや、そろそろ教えてくれない? 答え」


「ふん。目標達成までの時間はお題に含まれていなかっただろう? 要は、時間はいくらかけてもいいんだ。。世界を滅ぼすためにな。その欲求や衝動は、『追放』『婚約破棄』『奴隷落ち』『へたれインポ』『逆恨み』などなどが報告されている。最近では、『悪役貴族』もそうではないかと踏んでいる」と、聖女。


「はい?」


俺は、思わず間抜けな声を出した。逆恨みはまだしも、インポというのは欲求なのか?


だが、追放、追放か……それは、ケイティの見立てと一緒だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る