第135話 ノートゥンの聖女
「お目覚めかな。確かダルシィムくんだったっけ」
水柱から顔と手だけを出したスキンヘッドの少年に声をかける。
彼は、最後まで粘った格闘家だ。名前はダルシィム。ノートゥンの留学生とのことだ。国際問題にならなきゃいいけど。スキルは格闘レベル5、怪力、プロテクションレベル2、火魔術レベル4,回復魔術レベル5、超回復、そして吸盤……どこかでみたスキルだ。
なお、このテントの奥、
「はい。私はダルシィム。間違いありません。決闘の敗者である私は全面的に降伏いたします。ですが、私は、一体どのようにして負けたのでしょうか」
「勝負の方が気になるのか? お前相手だと手加減出来そうになかったんでな。千尋藻さんにお願いした」と、小田原さん。
「そうですか。他の者たちがばたばたと倒れていたあれを、私も受けたのでしょうね。なんと無力な」と、ダルシィム。
「千尋藻さん、彼の存在は複雑よ。彼は平民と聞いています。ですけど、聖女の大のお気に入りのはず。聖女は今ウルカーンの野戦病院にいますしね」と、ファンデルメーヤさんが言った。
確か、その野戦病院はエリエール子爵らの防塁の隣だったっけ。
「外国の要人を捕虜にしてしまったのか……」と、とりあえず呟いておく。
「ねえ、教えて、あなたは、聖女の加護を受けているの?」と、ファンデルメーヤさんが言った。
彼は淀みなく、「はい、その通りです」と言った。ナハトは無反応だ。嘘ではないのだろう。だけど、聖女の加護って何?
「ならば、あなたが今回見聞きしたことは、聖女も知っているのね?」
はい!?
「そのはずです」
「今回の事情を説明しなさい。最初からです」
「順を追って説明いたします。我々が短期留学から帰ってきた日、ハルキウ殿が実家に呼ばれましたが、すぐに戻ってまいりました。そして、スイネルに転校する話を聞きました」
あの時、ナイル伯爵が絶対誰にも言うなと言っていたのに……つくづく坊やだな。
「はい。その件は後からハルキウにも聞きましょう。続けて」
「その際に出たのが、護衛を引き受けている冒険者に決闘を申し込むというものです。最初の立案者はカルメン・ローパーだったかと記憶しておりますが、その後、皆で話し合って計画の細部を確定させました」
「決闘に関し、カルメン・ローパー以外で誰か口を出した者はいるか?」と、俺が口を挟む。
「色々な者が気軽に意見を申しておりました。決闘に関しては皆肯定的に捕らえている印象でした」
ブレスト方式か。自由意見が出まくっていたのなら、誰が会議の意見を誘導したのかそれはなかなか分からないかもしれない。
なお、その会議にいてここにいないものはいないとのことだ。すなわち、意見だけ言って襲撃に参加していない者はいないということだ。
「それで、あなたも賛成したの?」と、ファンデルメーヤさん。
「一応は止めたのですが、
「開幕から炎系の魔術ぶっぱなしてたけどね。まあいいや。気になるのは、聖女がこのことを知っているってこと?」と、俺が口を挟む。一体どういうことなのだろう。
「はい。ご存じかもしれませんが、ノートゥンの聖女ハナコ様は、クトパス様と契約を結ばれており、その権能の一部を行使できます」
それは聞いたことあるな。聖女はクラーケンと契約を結んでいると。彼女のスキルの由来はそれだろう。クトパスとは
「その権能の一部は、さらに、8人まで他人に譲渡できるのです」
「ほう。では、契約者が聖女プラス8人もいると」
「厳密には契約者は聖女おひとりだけです。ですが、8人を上限として、能力の一部を分けることが可能で、しかも、その聖女の能力を得た8人は、離れていても聖女とコミュニケーションが取れるのです。相互で会話もできますが、聖女に関しては、我々8人が見聞きした情報を一方的に得ることができます」
「聖女ファミリーがいるわけね。ヘッドが聖女で他8人は手足ってわけか。今回の件に関しては、聖女は何と?」
「今回の件は、子供のお遊び程度の感覚でした。私がついていれば負けることはないだろうとも。聖女にとって、他国の貴族令息であるハルキウがどうなろうと関係ないことなのです」
「ふむ。負けてからは?」
「実は、今まで気絶しており、よくわからないのですが、信じられないことに、今は交信が途絶えています」
「まさか、その水牢のせい?」と、俺が突っ込む。
「いえ。クトパス様の通信能力は、海を飛び越えます。いかにこの水牢の魔術が強力とはいえ、それは不可能ではと愚考します」と、ダルシィム。
そこで、ファンデルメーヤさんが何故か得意げな顔をして「あら、彼も契約者。しかも水系よ? 魔術勝負はこちらの勝利かしら」と言った。このおばちゃんは……まあ、俺は契約者ではないから、フェイクな情報なのだけど。
「勝負の話は置いておいて、ではダルシィムくん。その水牢から出たら、聖女と連絡が取れるってことでOK。それから、君にこのようなことをして、聖女って怒るかな」
「さ、最初の質問ですが、試してみないことには何とも言えません。次の質問ですが、急遽連絡が取れなくなった私に対し怒っていらっしゃるかもしれませんが、それは決闘に負けてしまった私に対してだと思います。逆恨みをするような方ではありません」
「ついでに聞いてみるけど、聖女って転移者? どこの国か分かる?」
「聖女が異世界の方であるのはその通りです。お国の方は機密ですが……」
ダルシィムくんは、俺の頭部をちらみする。黒髪だからな。聖女も同じだ。多少パーマ掛かっていたけど。
「いいか、今から俺が質問をする。お前は、全ての答えを『はい』で答えろ」
「は、はい」
「そうだ、全て『はい』と言え。最初の質問は、『お前は女だ』」
「はい」
「嘘ね」と、ナハトが言った。瞬時に俺のやりたいことを理解して実行してくれるところが素敵だ。
「お前はイタセンパラとセック○した」
「はい」
「嘘ね」
「お前は、ハルキウより強いと考えている」
「はい」
「嘘じゃない」
「お前は、聖女ハナコを可愛いと思っている」
「はい」
「嘘ね」
「聖女ハナコは、セック○がお好き」
「はい」
「嘘じゃない」
お前は聖女ハナコとセック○した、と質問しようとしたが、武士の情けでパスしておいた。
「聖女ハナコは、日本人である」
「はい……」
「嘘じゃない、みたい」
「ふう、どうする小田原さん」
「しょうがねぇ。もっと後かと思っていたがな」
コンタクトを取るか。あの大阪オバハンと。
・・・・
ダルシィムという人物は、おそらく義理堅い人物だ。
言っていることも嘘偽りないだろう。だが、世の中色んな不測の事態が考えられる。特に注意すべきなのは、この世は魔術がある世界で、俺達はそれに精通しているわけではないということだ。
なので、ダルシィムを水牢から出す前に、手足を拘束させてもらう。椅子に座らせた状態で両手足を縛る。まあ、蛸の権能が使える相手にどこまでこういった拘束が通用するのか疑問だけど。
それに、スキル鑑定で分かる内容について、俺はどうも信用していない。ここでいういわゆる『スキル』とは、魔術回路のことだ。要は、『スキル鑑定』とは、相手の体に刻まれている既知の魔術回路をスキャンし、それを照合して表示する魔術なのだ。特殊な魔術回路無しの能力はスキル鑑定では分からない。俺の能力しかり、ジークやナハトの能力しかり……ひょっとしたら未知の魔術回路は『スキル鑑定』では出てこないのかもしれない。
なので、彼の周りにはインビジブルハンド製の檻を造っておいた。飛び道具対策のため、ファンデルメーヤさんにはプロテクションの魔道具と水の大盾を持たせた。
そして、ダルシィムの水牢を解除する。
彼は特に抵抗をするでもなく、淡々としている。
その後、彼は数分の間、黙って
十分に時間が経って後、彼はゆっくりと顔を上げる。そして周りをキョロキョロとする。というか、彼の糸目が開眼している。
まるで、別人になったかのような……
ダルシィムは、顔をにやりと歪め、「あんたらか。ウルカーンで見た顔ね」と言った。
これはおそらく……
「先日、ウルカーンの大通りで、聖女ハナコのパレードを見たな」と、返してみる。
「ふん。私の可愛い坊やをいたぶってくれちゃって。まあ、それはいいだろう。私が子供のいざこざに介入しても仕方がない」と、ダルシィムの顔が言った。
「そちらは聖女ハナコさんってことでいい?」と、俺。聖女の加護を受けた8人は、一方的に情報が得られるだけでは無く、乗っ取りも出来るということだろう。
「私がハナコで正解。あんたら新参者ね。しかも日本人。あのパレードの後、私のところにアポ取ってくると思っていたけどね」と、聖女がダルシィムの顔で言った。
言葉遣いは女性だが、声は声変わり中の子供だから、相当違和感がある。
「挨拶の件だが、悪いが仕事があったんでね。だけど、この度お宅のダルシィムくん一味が襲撃してきて、捕らえてみたらこうなったわけだ」
「ふん。私は、部下の細かいところまで管理していないのだけど、どうも普通にこちらから喧嘩売って、普通に負けたようね。負けたのならある程度は譲歩するけど、懲罰は常識の範囲でして頂戴。私、家族は大事にするとだけ言っておく」
「それは聖女の脅しと受け取っておくよ。まあ、聖女として、俺達を襲うように指示した事実はないんだな?」
「あるわけねぇだろ。利害関係を考えろ。大事なことを見落とすぞ、坊や」
「じゃあ、わかった。お疲れさん。さよなら」
俺はそう言って、ダルシィムを再び水牢に入れるために魔力を叩き込んだ水塊を動かす。聖女はまた今度の機会に……
「
行けるけど嫌だ。
「こちらはもう出発しているんだ。戻るのは無理だ」
「ちっ、こっちも野戦病院から離れる分けにはいかねぇ。人払いして話をしたい」
「けっ、別にいいが、その前に仕事したい。うちの護衛対象が狙われてる可能性を探ってる」
「お前の護衛対象は、ララヘイムの姫君を
「早い! それで、ウルカーンはどうなったの?」と、ファンデルメーヤさんが咄嗟に口を挟む。
「気になるなら戻ってきな。私はウルカーンのことは詳しく知らん。だが、地下迷宮のヤツラが
「まじか。それなら、今ウルカーンに戻るのはまずいだろう。お前との話はスイネルに着いてからでいいか?」
「駄目だチヒロ。私との話次第で、お前と私の立ち位置が決まる。敵か味方かをこれから判断する。まずは、それからだ」
チヒロ? 俺は
考えられることは……
「俺は
ハナコは日本人だ。日本人が
「ちっ、エリエール子爵の陣だ。挨拶に来てたんだよ。お隣さんだからな。そこでお前のサインを見かけたというのが種明かしだ」
色んな問題が一気に吹き出した。
ララヘイム三法の成立、それに伴って犯罪組織が動き出している。そして、何か知っていそうな日本人のおばさん聖女登場。ナイル伯爵はいないし、エリエールとバッタは聖女と面会してるし……
体が一つなのが恨めしい。
俺は、「今からそこに目と耳、それから手だけを飛ばす。そちらからは見えないが、コミュニケーションが取りやすくなるはずだ」と言った。
聖女は、「直ぐに来い。お前が私の味方なら、世界の秘密を教えてやる」と言った。
さて、どうするか。俺は、今のやり取りを聞いていたおっさんらを振り返った。
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