第132話 学生vsおっさん


「まちなさぁ~~~い!」


ルート変更の右折をしてしばらく、後ろから、そう叫ぶ変な馬車集団が追いかけてくる。


先ほどの道ばたにたむろしていたヤツラだろうか。戦闘の馬車の御者席の後ろに、小さな女性がいて、こちらに待つように叫んでいる。基本的に急いでいる馬車は譲るようにしているが、『退け』ではなくて『待て』ならば、俺達に用事があるということだ。


「待てと言われてもな……」


「ど、どうなさるのですか? あちらの馬車の方が小型で早いです」と、俺の隣のマルコが言った。こちらは徒歩もいる。いずれは追いつかれるだろう。ここから千里眼とインビジブルハンドで遊撃してもいいが、どうも普通の襲撃ではないような気がする。


というか、叫び声を上げている女性は、少女のように見える。おそらく十代だろう。彼女は、ウェーブ掛かった金髪の持ち主で、華奢な体付きをしている。それにあの豪華な馬車は、貴族の可能性が高い。


思い当たる節は……


「マルコ、ハルキウに聞いてみろ。馬車で追いかけて来そうな、金髪で華奢な女性に心当たりは無いかと」


ハルキウが何か忘れ物でもして、それを友達が届けに来ているとか……

だが、千里眼をよく確認すると、追いかけてくる馬車には、少女の他に大人もいるようだ。御者もおそらく全員大人だ。それに、忘れ物を届けに来るのに、馬車6台はあまりにも多すぎる。気を付けなければならない。


マルコは直ぐに荷馬車の中に降りていく。


直ぐに回答が返ってくる。どうも、自分の知り合いらしいとのことだ。


さて、どうしよう。今は大事な仕事中。ここで止ればモンスター娘達に迷惑が掛かる。


ふと相手の馬車をみると、少女が乗っている馬車以外にも少年少女達が乗っている。しかも、その殆どが武装しているように見える。戦闘服に身を包み、剣やら槍やら杖やらを持っている。


「すいません、知り合いです」と、俺の足元にある荷馬車の出入り口からハルキウが身を乗り出して言った。やっぱりか。


「何用だと思う?」


「そ、その。それは……」


ハルキウが言いよどむ。くそっ、こちらは遊びじゃねぇんだぞ。


俺は、大型のインビジブルハンドで護衛対象がいる足元の荷馬車を取り囲み、一応、飛び道具に備える。ララヘイム組も、走りながら水の大盾を出して襲撃に備えている。


「ガイ! あいつらはハルキウの知り合いだ。多分学生だろう。撃つなよ!」と、スレイプニールに騎乗して相手とこちらの間に入り、弓を準備しているガイに言った。弓は洒落にならないからな。


「分かった旦那! だが、警戒は怠らない方がいい」と、ガイ。


「マルコ、ピーカブーさんに連絡。あいつらは学生だ。攻撃しないでくれ」


ピーカブーさんの弓の腕前は大したもので、命中率が異常に高い。しかも、おそらく彼女は強力な毒スキル持ちだ。彼女が本気で攻撃モードになったら、あっという間に死屍累々だろう。


そうこうしているうちに、相手の馬車軍団がこちらに近づく。


下を走るケイティと小田原さんも臨戦態勢だ。


「あなた達! 私と勝負なさい!」と、追いかけて来た少女が、走る馬車から叫ぶ。


「断る! 意味がない」


「ハルキウ・ナイルを返しなさい! 私達が勝てば、あなた達は私の言うことを聞きなさい」


やはり、ハルキウの関係者か。


その時、荷馬車の窓からファンデルメーヤさんが顔を覗かせる。


そして、「あなた達、どういうつもり?」と言った。だが、声が小さい。


「ファンデルメーヤさん、ここの周りにはバリアを張ってる。声は通りにくい」


「決闘よ! 私達が勝ったら、あなたは言うことを聞くの! 良いわね」


なんとわがままなガキだ。年甲斐も無く切れそうになる。


相手の馬車集団は、こちらが攻撃しないのをいいことに、完全に後ろと左右に引っ付いている。このまま行けば、前も取られる。相手集団は、今にもこちらに飛びかかりそうだ。こちらは、皆サイフォン達の大盾の影になるように走っている。だが、このまま走り続けるのも体力の無駄だろう。


「知るか! 今なら許してやる。降伏しろ!」


「バッカじゃない! 囲まれてるくせに。皆行くよ! ファイア・メテオ!」


「ニルヴァーナ!」


相手が何か魔術を行使したところで、相手付近に展開していたインビジブルハンドから気絶性の毒霧を噴霧する。


馬車の少女は一瞬で気を失い、そのまま倒れかける。それを左右の御者や別の大人達が馬車から落ちないように抱き留める。ファイア・メテオなる魔術は発動しなかったようだ。


だが、突撃命令を出した後だ。他の馬車に乗っていた連中が抜剣し、攻撃態勢をとる。


「アイサ、馬車停止! 総員、防御を固めろ! ケイティ、指揮は任せた」


「千尋藻さん、自分も行くぜ!」


小田原さんが一足先に駆けていく。


「ニルヴァーナ!」


目に付くやつらを手当たり次第昏倒させる。さて、このまま大量のハープーンを撃ち込んでもいいが、こいつらは、本当に決闘とやらをしたいだけなのかもしれない。まだ若いし、殺してしまうのも忍びない。


だが、こけにされたのなら、お仕置きが必要だな。


うちらの荷馬車が止った段階で、足場用のインビジブルハンドを空中に大量展開させる。


そして、稲葉の白ウサギが如く、それを足場にして空中を駆ける。


抜剣した数名の少年の近くに、インビジブルハンドを発動。そして、ニルヴァーナを噴霧する。一瞬でポケェとなる。


「何だアレは!!」「空を走っているぞ!」「魔術で落とせ!」


数人が俺に引き付けられる。地上では、小田原さんが単騎駆けして、武装した者達を蹴り飛ばしていた。


「ニルヴァーナ!」


再び視界に捉えた3名ほどの武装した少年を無力化する。


彼らに駆け寄る大人達もついでにニルヴァーナの刑に処しておく。便利だなニルヴァーナ。今の所、これが効かなかった者はいない。エアスランの英雄エリオンでさえも、初撃は防げなかった。


さて、戦闘開始から15秒ほど経っただろうか。


相手に殆ど動くものはいなくなった。


「馬鹿な。先に手を出しておきながら、我らが何もできないとは」と、スキンヘッドの少年が言った。


まだ動くヤツがいた。彼は顔に入れ墨があり、目を閉じている。いや、目が細いだけかな?


「ガキが。強制送還してやる」


こいつらは、お仕置きとして、金目のものは全部いただいて、ウルカーンまでインビジブルハンドで空輸してやる。


「くっ! 我が名はダルシィム。決闘を申し込んだのは事実。いざ、尋常に勝負だ!」


「何が決闘か!」


本来、こいつらなど、開幕ハープーン飽和攻撃で完了なのだ。おそらく、開始数秒で勝利ミンチだ。


手加減必須の戦闘なんて、決闘とは言わない。このスキンヘッドは同じスキンヘッドの小田原さんに任せるかな。彼も素手っぽいし。速攻で倒したら、素手すてゴロの小田原さんに恨まれそうだ。


「ダルシィム様!」


何だかパステルカラーな女性が出てきた。髪が萌黄色だ。鞘から引き抜かれた片手剣と、小さな丸盾を装備している。歳の頃は高校生高学年か、大学生だ。ハルキウより年上だろう。


「アイアン・フィンガー!」


インビジブルハンドでアイアンクローを噛ます。要はこめかみを小さめのインビジブルハンドで軽く握り絞める。何となく、ニルヴァーナではなく、物理攻撃にした。


「が、あぐ……」


声も出せず気絶した。ふむ。あと動く者は……

周りでは、興奮する相手の馬車の馬をなだめているガイやらヒリュウがいる。


モンスター娘の戦士達も、こちらに駆けている。ガチ武器装備だ。あいつらが参戦すると、あっという間に死者が出るだろう。早めに終わらせた方が良さそうだ。


「千尋藻さん、こいつら雑魚だ。おそらく素人だろう。どういうつもりだ?」と、小田原さんが言った。


「ハルキウの学友かもしれん。だが、こいつはちょっとどうだろう」


俺は、目の前のダルシィム君を見る。


小田原さんは、嬉しそうな顔をして、「ほう。噂で聞いたことがある。ノートゥンのモンクとやらか? おじさんが試合っていいか?」と言った。


ダルシィム君は、「今のは、ま、まさかインビジブルハンド? え? いや、はい! その」と言った。


めちゃくちゃビビっている。最早動けるのは彼だけだからな。というかインビジブルハンドを知っているようだ。と、言うことは、ゴンベエの里の長のことも知っているのだろうか。


「小田原さん任せた。俺は周辺警戒しとく。伏兵増援その他諸々の警戒」


「分かった。行くぞ若造」


「ぐっ、ヘル・ファイア!」


ノーモーションで放たれる高温でコンパクトな炎。ハルキウ坊やとは比べものにならないくらいの完成度だ。


それを意に返さず走り出す小田原さん。炎をかき分けそのまま跳び蹴りを放つ。


それを左腕で受け止めるダルシィム君。だが、空中でもう一発蹴りが飛ぶ。見事な二段蹴りだ。


お!? 相手も二段蹴りに反応して腕でガードするが……ガードをもろともせず、小田原さんの蹴りが相手の頭にクリーンヒット。ポコン! という音がした。


「お見事」


周辺警戒用の千里眼を展開しつつ、小田原さんに一声掛ける。ダルシィムくんもなかなかお上手だったが、まさか火魔術を突破してくるとは思わなかっただろう。


「いや、まだだぜ?」


小田原さんは着地した後、彼から少し距離をとる。


ダルシィム君は、頭に蹴りのクリーンヒットを受けたはずなのに倒れていない。無表情で両腕をだらりと垂らし、少しだけ前屈みになる。


彼はその体制のまま、「」と言った。


そして吹き上がる魔力の奔流、今度はダルシィム君が突進してくる。


「ほう」


それを、小田原さんが正拳の拳を造って迎え撃つ。


「はあ!」


ダルシィム君の右手が鞭のようにしなり、小田原さんを叩きつけようとする。


小田原さんは軽くステップを踏み、しなる手刀を避けつつ相手との間合いを詰める。


「シィ!」


小田原さんの正拳突きが、相手の胴体に激突する。


「むう!?」


完全にぶち当たったはずの正拳突きだが、ダルシィム君は何事もなかったかのように動き続ける。


そして、左手で小田原さんの肩を掴む。そう、手のひらでポンと小田原さんの右肩を叩く感じで。


「うお? 何だ? 外れねぇ」


手を外そうと動き回る小田原さんだが、振りほどけない。というか、《手が伸びている》。まるで妖怪ろくろっ首のごとく、ぐにゃぐにゃと手が伸びて、小田さんから離れない。


彼我の距離は2メートルくらいだろうか。なので、腕だけで2メートルくらいの長さがある。


そして、ダルシィム君は右手で拳を造る。まさか、その射程で?


「はあ!」


パンチが放たれる。


早い!


スパァン! という音を立て、小田原さんに激突する。小田原さんは十字受けで凌いだようだ。


顔の前に腕を交差させて踏ん張っている。次に蹴りが飛ぶ。蹴りの射程も長い。相手の蹴りは、足のすねで受けて耐える。


そしてもう一発伸びるパンチ。そしてキックを入れつつフレイムを放つ。


小田原さんはその都度かわすか受けるが、肩を掴まれた伸びる手が邪魔そうだ。


そして、一瞬の隙を突いて小田原さんがローキックを叩き込む。


ピシィイ! といういい音がするが、相手は意に介さず動き続ける。


「こりゃあ、加減が分からねぇ。千尋藻さん、頼むぜ」と、小田原さん。彼はまだ子供、小田原さんのことだ、子供は殺したくないのだろう。


「ニルヴァーナ!」


安定の毒魔術を彼に使う。一瞬で小田原さんの肩を掴んでいた手が外れ、彼はそのままふらふらと2,3歩歩いたかと思うと、その場にバタリと倒れ込んだ。


ふむ。勝ったな。


「サイフォン! こいつら全員水牢の刑。身ぐるみ剥いで馬車の中身も全部チェック。俺はしばらく警戒作業する」と、少し遠くにいるサイフォンに叫ぶ。


水牢の刑とは、かつてララヘイム11人衆やヒリュウを捕らえておいたもので、魔力を充填させた水で体を包み込む術だ。その状態になると、物理的に逃走出来ないだけでは無く、一切の魔術が使えなくなるというものだ。欠点は長時間漬けておくと水が濁って汚いということだけど。


サイフォンは、「分かった。備蓄の魔力使うわね」と言って、一旦荷馬車に戻って行った。


「マルコ。ナハトを連れて、ファンデルメーヤさんと一緒にハルキウを尋問してこい。知ってること全部聞き出せ」と、何時のまにか俺の側に来ていたマルコに伝える。


「りょ、了解です」


さて、後始末だ。


皆一斉に動き出す。ある者は無力化した襲撃者の身ぐるみを剥いで、ある者は水を大量に出しつつそれに魔力を叩き込んで水牢を作成する。またある者は相手の馬車から馬を外して一箇所に繋ぎとめる。


今日はこれ以上の移動は出来ないだろう。幸いここの周辺は平野だ。野営は何処でも出来る。


だが、まだ朝の時間帯だ。こいつらのせいで、今日はあまり移動できなかった。


俺は、ため息をつきそうになりながら、念のため千里眼を上空に向けて展開させた。

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