第131話 ルート変更

朝から軽く汗を流す。


ネムとの地稽古をこなし、それから何やら火魔術をティギーに習っているマルコの必殺技を一緒に考えたりしていると、あいつがやってきたのだ。


そう、ハルキウ坊やだ。


今日の彼、夜は努力したが、朝からは漏らさなかったらしい。偉いな。成長したな。


俺が朝からネムやマルコらと活動していると、ハルキウ坊やがやってきた。その後、ネムが俺に、ハルキウと地稽古をして欲しいと言ってきた。


まあ、俺から攻撃しなければ特に危険ではないし、別にいいかと思い、その話を受けることにしたのだ。


「はあ!」


ハルキウ少年が掛け声とともに、鋭い突き放つ。彼の攻撃は突き主体のようだ。


アリシアやネムは切るような攻撃を得意とする。


だが、ハルキウ少年の直線的な動きは完璧に見切ることが出来る。まだスパルタカスの方が鋭かった。絶対に刺してやるという気迫があった。


そもそも、掛け声なんて出すから、攻撃してくるタイミングがバレバレだ。


彼の攻撃は、学校の武道の延長だなと思った。多分、実戦はネムの方が強い。あいつは、フェイントから、いきなり口の中とかに剣を突っ込もうとする。どうも、俺に剣を突き刺したくてたまらないらしい。


「はぁ~……イヤァ!」


だから、最初のタメが余計なんだよ……まあ、彼が今握っているのは真剣で重いから、気合いを入れないとうまく振り抜けないというのは分からないでもない。


ハルキウ少年が突進してくるが、インビシブルハンドを使うまでもなく、普通に体さばきで避ける。


相手が女子だったらここでお尻をつるんとやるのだが、彼の引き締まった固そうな尻を撫でても面白くはない。


避けたついで、俺に真横を見せている彼に、ショルダータックルをぶちかます。あくまで軽く。


ハルキウ少年は、体格がいい。身長は俺より高いかもしれない。体重も一緒くらいだろう。


だが、加速度とベクトルの関係で、俺のタックルは彼を吹き飛ばす。彼の前髪ぱっつんがふぁさりと揺れる。


「ぐわ! くそ、強えぇ」


「ふむ。スキル使ってもいいぞ。ただし、攻撃魔術は射程が短いやつ限定な」


「なめるな!」


おそらく、身体強化か何かを使ったな……動きが早くなった。


坊やは、軽くステップを踏みながら、突撃のタイミングを図っている。


「フレイム!」


ハルキウ少年の左手から火炎放射が放たれる。魔道具無しだ。モーションから炎が出てくるまでも早い。

温度もなかなかだが、ゴンベエの炎の蛇のような超高温ではないし、ねちっこくまとわりつくような機能もない。練度的に、炎の宝剣のところのロリ魔術士ティギーくらいのレベルではなかろうか。何気にあのロリは結構すごいらしいのだ。今は新米火魔術士マルコの先生をしてもらっている。


「きかん」


そのまま避けることもせず、大きめのインビシブルハンドで炎を防ぎながら、フレイムとやらの中に飛び込む。


ハルキウ少年は、想定していない俺の動きに対応できず、簡単に接近を許す。


「うわぁ!」


彼はとっさに突きを放つが、そんな破れかぶれの攻撃など当たろうはずもない。


というか、普段は両手で扱う大きめの剣を、片手で持っている。魔術を使うために片手持ちにしたんだろう。慣れていない片手持ちの剣などどうとでも出来る。


俺は、彼の突きに合わせ、素手で彼の剣の束部分を握りしめ、引っこ抜く。簡単に剣を奪う。


「ああ!?」


この少年、感受性が豊なのか、いちいち声に出す。


俺は、奪った剣を少年に返し、「ほい。残念だったな。今日はおしまい」と言った。


ハルキウ少年は少し呆然としながら、「レベルが違う。あなたはたぶん、学園の教官達より強い」と、呟いた。


「それは光栄だな」


俺は自分で少しだけ水を出し、タオルで汗を拭いていく。


「あの、あなたは何者なのでしょうか」と、ハルキウ少年が言った。


「何者と言われても……冒険者?」


「その、剣士でしょうか、魔術士でしょうか、それとも、格闘僧兵モンクのような方なのでしょうか」


「別にそんなカテゴリに囚われなくても仕事はできる。だから、そのどれでもなくて、ただの冒険者でいいじゃねぇか」


そんなの俺も知らない。説明が面倒だし、のらりくらりと逃げる。


「おお、千尋藻さん、すげぇ体してるな。俺とも稽古やらねぇか?」と、赤髪のグインがどこからともなくやってきて言った。隣に青髪のアーツもいる。まだ出発していないようだ。


俺の体は、キャラバンの超巨大荷馬車を曳き続けたおかげで、かなりムキムキになっている。それまではおっさん体型だった。いや、おそらくだけど、俺自身のイメージでこういう体になっているんだと思う。

すなわち、『沢山運動したから体付きがごつくなっているはずだ』というイメージで、俺の今の体付きは筋骨隆々になっている。俺の体は触手の擬態だから、間違い無くそういうことだろう。


俺は、ペシペシと自分の腹筋を叩きながら、「せっかく汗拭いたからお断りする」と返す。


撫でるべき柔らかいお肉おしりとおちちが無い地稽古はつまらないのだ。



・・・・


一仕事の後、朝食をいただく。朝は結構混雑する。みんな忙しく動き回っている。うちの寝具はみんな水魔術ベッドであるため、片づけは比較的楽なのだが、事情によりプライベートを守るための幌やタープが多く、それらを畳むのが意外と手間なのだ。なお、『暁の絆』の二人は、ウルカーンの方に戻って行った。お別れはあっけなかったが、彼らと再会するとしてもずっと先になるだろう。


俺が、朝食を取りながら少しだけ物思いにふけっていると、ファンデルメーヤさんがやって来て、「おはよ。ハルキウに稽古つけてくれたの? どうかしら。うちの孫は」と言った。


今日の彼女、質素なズボンスタイルだが、歳に似合わない格好いい体付きが窺える。それから、綺麗な青い髪もただ者ではない感を出している。今はポニーテールの位置で束ねている。


「私は剣士でも魔術士でもありませんから、なんともコメントがし辛いですね」と、曖昧回答。


「そう? あの子、あれでも魔道学園主席の座を争うくらいの成績なのよ。冒険者クランを率い、戦争を見てきたあなたの意見を聞きたかったのだけど」


俺の意見といっても、異世界に来てからというもの、悪鬼やら将軍やら英雄級やらゴンベエやらとしか戦っていない。それと比べるのもどうかと思うのだ。


「戦争と学園剣術とは異なるとだけ言っておきます」


「ふふ。実戦では通用しないと言いたいのね。ウルカーンの魔道学園は、学費が高すぎてお金持ちしか通えない。学生が貴族ばかりだから、学校も無茶な授業はしなくなった。薄給だから教官の質も落ちてきていて、その結果、レベルが下がっているという噂なのよ。研究なんかもギルドの方が上だし」


「そうなのですか? 優秀な若者でも、お金がなくて通えないと。でも、学校は他にもあるんでしょう? そこからスカウトするとか、奨学金制度とか作ればいいのに」と、適当に返す。


「まあ、あなたにとってはどうでもいい話か。今日から本格的に移動するんでしょ?」


「そですね。今日はひたすら移動です。三日後くらいには、ナナフシという街に着きます」


俺は、残りの朝食を一気に平らげ、席を立ちあがった。



・・・・


「では、出発するぞ!」


先頭を行くジークが号令を出す。


今回のコンボイは、先頭が炎の宝剣、次がモンスター娘、それに俺達の荷馬車が続き、殿しんがり飛沫山号しぶきやまごうの大八車だ。


騎乗護衛が炎の宝剣のリーダー、うちのガイ、それから何かと器用なヒリュウで、ウマ娘とライオン娘も一応、騎乗護衛的な役割を担う。


荷馬車の上から偵察を行うのは、ピーカブーさんと俺。俺達の距離は、普通に話し声が届く距離であり、お互い情報交換しながら進んでいく。そのサポートにマルコが就く。マルコは、一緒に荷馬車の屋上にいる。


俺は、早速千里眼を発動し、上空から俯瞰する。いつかのような四画面はやめて、前後の二つだけにした。二つくらいなら、肉眼の方と併用で使用できるからだ。今はこの方が便利だ。


「はいよ!」


御者席のアイサがスレイプニールに鞭を入れ、俺達の荷馬車が動き出す。


荷馬車の左右をぞろぞろとケイティやらララヘイム組が歩いて付いてくる。ナナフシまで送るヘアードも歩く。


飛沫山号には小田原さんとジェイクが付いている。


なお、ネムは荷馬車の中でお休み中。夜警もしないといけないため、交代で睡眠を取る作戦だ。


それから、護送する2人、ハルキウとファンデルメーヤさんもとりあえず荷馬車の中にいる。バッタ男爵のところのマツリも荷馬車の中にいて、ファンデルメーヤさんの話し相手になってもらっている。


見通しがいい平野に出たら、気晴らしに歩いてもらってもいいだろう。

ここはまだ街に近く、人目も多い。追い越していく荷馬車やすれ違う人達も結構いる。


「荷馬車が通るぜ!」


後ろから小田原さんの声が聞こえる。直ぐに御者のアイサが荷馬車を少しだけ左に寄せ、随伴者らも道を空ける。そのスペースを小型の荷馬車が追い越していく。俺は、一応巨大インビシブルハンドを出して、荷馬車側面をガードしておく。襲撃を防ぐためだ。一応、荷馬車には自動プロテクション発動の魔道具も取り付けているのだが、まだ実戦証明されていない装備のため、いまいち信頼できない。


その荷馬車が、俺達の先頭を通り過ぎていく。単に急いでいただけらしい。


そんなこんなで何事もなく二時間くらいが過ぎる。


そろそろ小休止かなぁなどと思っていると、前方に別の『馬車』が沢山駐車されている場面が飛び込んでくる。馬車ではなく、馬車だ。


大急ぎで千里眼を前進させ、もう少し詳しく観察する。確かに馬車だ。6台ほどある。俺は、とりあえず、前の荷馬車の上にいる先輩に相談することにする。


「ピーカブーさん、このずっと先に馬車が大量にいるんだけど。何だろう」


「私じゃまだ分からないけど、どんな感じで止まってんの?」と、ピーカブーさん。相変わらずの巨大な巻貝の口から顔を覗かせている。


「道が広くなっている場所で、6台位が縦列駐車。その馬車は荷馬車じゃなくって、人だけ乗せる馬車ね」


普通の荷馬車なら、荷物を沢山積むために台座を低くして屋根を高くし、幌をかけてあるはずだ。千里眼で見える馬車は、上品な扉や屋根が付いていた。


そのことをピーカブーさんに伝えると、「それ、移動中の貴族かも。誰か先行してコンボイが通ることを伝えるか、そもそもそのルートを避けるか」と返ってきた。


「貴族の移動か。ごはん食べてる風でも休憩している風でもない。どんなやつらなのかもわからんし、ルート変更するか。マルコ、地図は?」


難癖付けられても嫌だし、ルートを変更することにする。


「あ、はい。この先は、まっすぐでも右でも左でもナナフシに着きます。左の方が近いですけどね」と、マルコ。


どうとでも行けるらしい。千里眼を改めて確認すると、確かにこの先に左折路、右折路がある。


マルコの手元の地図を見ると、右折すると一旦目標のナナフシから遠ざかるが、また同じ道に戻るようなルートだった。平野が多く、移動も監視も楽そうだ。直進と左折は少しだけ勾配があるルートで、街道沿いに川や森が見えた。


「なんとなく、右折にしよう。相手の直前で曲がることになるけど」


右折する交差点は、貴族と思われる馬車の位置の300メートルほど手前だ。


まあ、あいつらが因縁つけてくるような貴族と決まったわけではない。曲がるのが直前でもいいだろう。


それに、ふらっとルート変更するのも、こういった場合は警備上いいというし。敵潜水艦から逃れる旧日本帝国海軍のねずみ輸送のごとく、思いつきでルート変更する。


「ピーカブーさん、この先一キロほどで右折! 連絡よろ!」


俺が前を進むピーカブーさんに伝えると、ピーカブーさんは早速その前を進む炎の宝剣らの荷馬車に伝えてくれる。


さて、何事も無ければいいのだが。

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