第127話 バッタ男爵達との面会
仲間が補給物資を下ろし、逆に街まで戻す
戦局を聞くのと、遠距離連絡の話をするためだ。
相変わらずの濃い二人が防塁内部に設えられた陣の椅子に座っている。
フリフリドレスを着たおっさんがバッタ男爵で、ゆるふわローブに身を包んだ女装のデカい中性的なおっさんがエリエール子爵だ。
「お疲れ様です。防塁、立派になってますね」と、とりあえずのご挨拶。
「ここは、戦後わしらの開拓村にしようと思ってな。結構本気で工事している」と、バッタ男爵。ほう。タダでは転ばないようだ。
「最初に情報だけど、この近くの陣にノートゥンの聖女が来ているわ。会わなくていい?」と、エリエール子爵。
いるのか
「聖女って、ハナコさん?」
「そう。知っているの?」
「名前だけは。今は、別に俺達が会う必要もないでしょうね。面会するなら平和になってからかな。ところで、前線の戦況は?」
あのおばさん聖女は軽くスルー。まずは、戦局を聞く。
「今日で貴様の輜重隊も最後だったな。戦局だが、少し芳しくない」と、バッタ男爵が言った。
「芳しくない?」
意外な答えだ。ウルカーンの戦術は、ここから2日程の距離に設けられた野戦陣地に、穴熊のように籠って籠城する作戦だった。ウルカーンの貴族達の出兵には時間がかかるため、防御を固めつつ準備が整うのを待って、ネオ・カーンまで攻め上げる予定と聞いていた。
さらに、先日は野戦陣地に攻めてきたエアスラン軍を撃退したと聞いたのだが……
「そうだ、芳しくない。追撃戦で洒落にならない被害を出したようだ」
「俺、戦は素人だけど、追撃戦って、普通は相手の数を減らすチャンスじゃないかな」
「定石だとその通りだ。今回は、罠だった可能性がある」と、バッタ男爵。
「罠……まさか、釣り野伏か」
「貴様の国ではそう呼ばれているのか? 前回、籠城していたウルカーン軍は、離れた『シラサギ』から騎兵500を出陣させ、相手の後方を突いた。それと呼応するように、籠城していた本体が野戦を仕掛け、相手の前線は崩壊。そのまま追撃隊を編成し、逃げる相手に迫ったのだが、その追撃隊が壊滅的被害を受けている」と、バッタ男爵。
俺らが旅の準備をしている間、そんなことに……
釣り野伏とは、緒戦でわざと負けたふりをして
日本の戦国時代でいうと、あの
ウルカーンの将軍は籠城戦が得意と聞いたが、相手の方が上手だったか。
「追撃隊1200人を率いていたのは、我が国の第二王子だったの。ご本人は無事だったようだけど、消耗率は九割を超えるのではと言われているわ」と、エリエール子爵。
「追撃側が九割って……完全に釣られたな」
「相手は速さが自慢の兵だ。逃げる振りをして陣を敷いていたのだろうが、作戦とはいえ
「ううむ。思えば、クメール将軍の兵士らも強かった。援軍が間に合わなければ、シラサギは数日で落とされたと思う。悪鬼生成を使わなくても。あの国って結構強いの?」
「そうね。本来、精強で知られていたのは、我がウルカーン軍だったはずなんだけど。彼らは10年ほど前に貴族を解体し、中央集権国家に生まれ変わっている。国軍を育て、産業を国家ぐるみで育てているの」と、エリエール子爵が言った。
「貴族解体からの富国強兵と殖産興業か。どこかで聞いたことがある政策だな」
この世界には、転移者達がいることを思い出す。
ひょっとすると、自分のチートを利用して国の要職に就いた者たちが、自国の近代化を図ろうとしているのかもしれない。
そう考えると、少し気になる事がある。
「エアスランってさ、そもそも何故ウルカーンを攻めてるわけ? ネオ・カーンは取ったんでしょ?」
エリエール子爵は獰猛な笑みを見せ、「100年続くネオ・カーンを巡る攻防を一歩進めるためには、相手国のより深い位置まで踏み込まなければならない。だけど、ララヘイムまで加担し、ここまで準備を進めているとなると、別の意図を感じざるを得ないわね。まあ、私の直感だけど」とだけ言った。相手に聞いてくれと言いたそうな雰囲気だ。話を変えることにする。
「ところで、エリエール子爵達は、ララヘイム派ではないという認識でいい?」
この人らやアリシア達が迫害されないか、少し懸念していたのだ。
「それは、誰が派閥の線を引くかによる話ね。そもそも、ララヘイム派という派閥は存在していなかった。最近言うようになった言葉なのよ。私にララヘイムの親戚はいないけど、ララヘイムと縁が深いスイネルで貿易しているから、こじつければララヘイム派といえなくもないってとこかしら」と、エリエール子爵。こじつけが通じるなら、殆ど魔女狩り状態だな。
なお、スイネルという港街は、今回の俺達の目的地。ハルキウとファンデルメーヤさんを届ける街なのだ。ウルカーンの港湾都市で、貿易でララヘイムやタケノコ、そして何気にエアスランとも繋がっている街だ。
「千尋藻よ、ウルカーンは、不景気だと聞いたことはないか?」と、バッタ男爵。
「聞いた気がする。居酒屋なんかはそこそこにぎやかだったけど、料理の値段がララヘイムより高いとも聞いた。ひょっとして、インフレ?」
「ウルカーンは徐々に物価が上がり、仕事が少なくなって、国民の生活は厳しくなっている。別に重税はかけていないのだがな」と、バッタ男爵。
「税を掛けなくても、国民の生活が厳しくなる条件はあるのよ。エアスランが、自国の貴族解体で、貴族がため込んでいた莫大な財産を放出させたの。それを殖産興業に回したため、エアスランだけでなく、ララヘイムやスイネルでは好景気に湧いている。その資金がウルカーンにも入ってきているから、貨幣の価値が下がっているのよ」と、エリエール子爵が言った。
「ううむ。難しい話だけど、ひょっとして、ウルカーン政府は自分のところの不景気を外国のせいにしてる?」
「物分かりがいいな千尋藻よ。我々は国内政治では宰相派と呼ばれているが、経済的にみると貿易派、スイネル派といえなくもない。我々が今回の戦争から
「要は、国王派は不景気で富が流出した分は、戦争で取り返そうとしているってわけか。宰相派には後方で戦費を落とさせておいて」
「まあ、そんなところだ。本当は、富はあまり流出しておらんのだがな。経済政策がいい加減なせいで、インフレの速さに経済が追いついておらんだけだ」
「そっか。話は戻るけど、例の法改正で困った事にならないかって心配しただけ」
「困った事になる可能性はあるな。例のララヘイム三法で宰相派を弱体化できれば、次はさらなる税制改正法だろうからな」
「ひょっとして、スイネル商人に重税かけちゃうとか?」
「ふっ、そういうことだ」と、バッタ男爵がニヒルに笑った。
「大変だなぁ。俺、冒険者で良かったわ。今からスイネル行って、その後はノートゥンに行くし」
「うらやましいな。ついでと言っては何だが、うちのマツリをワシの荘園『ナナフシ』まで連れて行ってくれぬか。費用は出す」と、バッタ男爵が言った。ここからナナフシまでは4日くらいだ。
マツリというのは、バッタ男爵のところの僕っ子で、平民の孤児だったのだが、先日バッタ男爵の養子になった女性だ。
「了解。ヘアードも送るし、そもそもそこで補給させてもらう予定だから、別にいいぜ」
「あれには荘園の仕事も覚えてもらわねばならんからな。帰りの移動は自分達でなんとかする。頼んだぞ」
戦争の話が終わったところで、次の議題に移ることにする。
俺は、「戦況とマツリの話は分かった。それで、男爵とも何かの縁。遠距離で連絡が取り合える方法があると言ったら、信じる?」と、切り出した。
その気になれば、俺は『シラサギ』まで千里眼を使って飛んでいき、アイリーンともコミュニケーションをとることができる。だが、彼女ほど戦争に近い立場となると、もはや中立を保てる自信がない。だから、この戦争が終わるまで、俺はアイリーンとは距離を置くことにしている。
逆にバッタ男爵達は、そもそも非戦派であり、情報はしっかり仕入れているので、情報源としてこちらもありがたい。
「信じるもなにも、可能だから言っているのだろう。しかし、貴様は一体……」
「まあ、この世界には、モンスター娘だっているんだ。人の形をした別の生き物もいるんだろう」
俺は、適当にごまかした。
・・・・
その後、マツリとマルコ、それからサイフォンにも入ってもらい、合図や符丁などの連絡方法を打ち合わせる。
俺がこの世界の文字を書くことが出来たのなら、この連絡方法もかなり自由度が上がるのだが、まだ勉強を始めたばかりで、うまく単語や文法を操れない。当面は、一旦誰かに代筆してもらい、それを書き写すという方法で情報を伝達する。
その際、偽装防止のために、俺のサインを渡しておく。
サインは、日本語で『千尋藻』だ。実際に、俺の筆跡で千尋藻と書いてみせる。このパスワード的なものは、たまに変更しようと考えている。これで、なりすましは防止できると思う。
逆に、エリエール子爵側からは、定型文や暗号を提案された。書置きをしておくためのものだ。もっと早くに言って欲しかったと言われてしまったが……
この技は、俺をハブとした広域連絡網の可能性すら秘めている。軍事利用したら、とんでもないことになるだろう。
エリエール子爵は何か言いたそうだったが、俺の気持ちを察しているのか、そこまで自分達の都合を押し通してこない。新進気鋭といわれるエリエール子爵からすれば、この能力はとても魅力的だろうが、今のところ、俺の立場、すなわち戦争には加担しないという方針を尊重してくれている感じだ。
なので、今は淡々と事務的な話を進める。
話し合いを続けていると、あっという間に時間が過ぎる。
暗号や符丁のすり合わせに関しては、いくら時間があっても足りないため、今後、徐々に足していく感じで話がついた。
そして……出発の時間になる。
これで、戦闘メイド達、そしてアリシアと会えるのはしばらく先になる。
ウルカーン軍は、追撃線で被害が出たとは言え、依然として野戦陣地と籠城戦力は健在である。さらに続々と援軍が到着しており、その野戦陣地がエアスランに抜かれ、彼女らが戦闘する可能性は低いとはいえ、この先で戦争が行われているのは事実だ。少し心配になる。
本陣のテント幕をめくって外に出ると、そこにアリシアがいた。
アリシアは凛々しい顔つきで、「これでしばらく、会えなくなるな」と言った。
「そうだな」
「お前と一緒のコンボイは、なんとも言えない安心感があった」と、アリシア。結構寂しがっているようだ。いや、不安なのかもしれない。
なので、「戦争に負けそうになったら、俺が飛んで来てやる。だから、安心して仕事してな」と、返す。
「それは豪快だな。飛んできて、何をするかによるがな」
「お前を連れて逃げる。多分、千人くらいは一緒に飛べる」
「そうか。それなら、負けそうになっても、希望を持ち続けることができるな」
アリシアは、どうやって飛ぶのか特に気にすることなく、ゆっくりと、時間を掛けて俺を荷馬車まで連れて行ってくれた。
そして……お別れの時が来る。
俺達のコンボイは、すでに俺待ちの状態で待機している。少し申し訳ない。
「じゃあな、アリシア」
アリシアは、「うむ」と、凜々しく頷く。
防塁に配置されている戦闘メイド達が、こちらに向かって剣などを掲げる。
武運を祈ってくれているのだろう。俺は、ゆっくりと荷馬車の屋上に登る。
そして、俺達のコンボイは、再びウルカーン方面に向けて進み出した。
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