第126話 護衛任務の試行錯誤
朝、野営地で待っていると、とある荷馬車がやってくる。
エリエール子爵の
今日は、おニューの荷馬車、『三匹のおっさん』号もここから合流する。本番前の予行演習を兼ねて、バッタ男爵達がいる防塁まで俺達が輜重隊を護衛する。ちょっと試したいこともあるのだ。
一応、モンスター娘らのキャラバンと『炎の宝剣』も同行する。彼らも、荷馬車用の化け蜘蛛を新調しているから、試運転だ。
ただ、別に今すぐにウルカーンを立つわけではないため、朝から小田原さんとジェイクはロバで街まで買い物に、水魔術士達は最後のバイトと、ついでに一緒にスイネルまで送り届けるメンバーを連れて来る。待ち合わせはここだ。ここから防塁までの往復は4時間くらいだから、十分明るいうちに戻って来ることができる。
合流後、野営箇所は少し場所を変える予定にしている。その場所はまだ決めていない。ルートもふらりと変えようと考えている。ウルカーンからスイネルまでのルートは、結構枝分かれしているらしい。他の街や貴族らの荘園が点在しているためだ。
輜重隊の随伴兵が俺達の荷馬車に近づいてきて、「いよう。来たぜ。今日はコンボイだろ?」と言った。
『暁の絆』のリーダー、赤髪のグインだ。
さて、そろそろ出発だな。
・・・・
ゆっくりとコンボイが進みだす。
護衛対象の二人、すなわち、ハルキウ坊やとファンデルメーヤさんは、荷馬車の中でくつろいで貰っている。もう少し人通りが少なくなり、見通しが良い場所だったら、外を歩いて貰っても構わないだろう。荷馬車の進むスピードは、人が早歩きする程度なのだから。
そして俺はというと、荷馬車の屋上にしつらえた椅子に座り、目を閉じている。体に付いている方の目から情報が入ると、気が散ってしまうためだ。
なので、椅子に座り、目を閉じている状態で、千里眼を発動する。この千里眼、実は何個もある。沢山展開しすぎると、俺のこの頭では情報過多で気が狂いそうになるため、何個あるかは試していない。今日は四つで試運転だ。多分、六つか八つくらいまでは処理できると思う。それ以上は無理。あくまで、今のボディではという話だけど。
千里眼を、上空20メートルくらいに飛ばし、上下左右に向ける。
そして、荷馬車の移動速度に合わせ、一緒に移動させる。
脳内にイメージするのは、監視カメラの映像だ。大きなモニターに四つの別々の映像が見えている感じだ。最初は360度カメラ風にしようと考えたが、意外と確認しにくいため、真正面に四つの画像が見える感じにした。
次に、インビジブルハンドを展開させる。実は、千里眼自体は音まで収集できない。だが、インビジブルハンドは音を捉えることができる。インビジブルハンドは、ただの念力ではなく、その場所に物理的に存在することができる。だから耳で言う鼓膜のような役割も果たすことができると考え、色々と試したらできるようになった。
魔力というものはイメージの力で色々なことが出来ると実感した。ただ、今のところ、そこまで性能はよくない。インビジブルハンドの近くでしゃべってもらったら、何とか聞き取れる程度だ。
そのインビジブルハンドを、一つずつスカウトに張り付かせる。
人の手と同じくらいのサイズのものが、各人員の左手首を軽く握り締めている。
これはどういうふうに使うかというと、例えば……
ライオン娘のナハトに付けているインビジブルハンドの人差し指で、彼女の手の甲をトントントンと叩く。
すると、『はい。こちらナハト。どうした?』と、聞こえてくる。会話はばっちりだ。だが、ここで問題があって、このインビジブルハンドは、口の役目はできない。地味に不便だ。手から声を出す研究は試みてみたが、まったくダメだった。声帯を模倣するのはなかなか難しいのだ。
なので、現時点では、簡単な符号でコミュニケーションを取れるように練習している。
モールス信号を参考に、人差し指で相手の手の甲をトンと叩く刺激と、親指で手首付近をペシペシとつつく刺激の組み合わせでパターンを決めている。
人差し指で素早くトントンと二回叩く。これは、『何でもない』という否定の合図だ。
『否定だね。了解』と、ナハトが応じた。
こんな感じで、応答せよ、了解、否定、SOS、注意せよ、戻れ、不審人物発見、それから数字などを決めている。ちなみに、
まあ、護衛移動中、スカウトはそこまで遠くには行かないから、大声で叫べばある程度の注意喚起はできるのだが。
俺の千里眼が慣れてくれば、視線をもっと上空に上げるか、前の方に移動させるかすれば、いち早く敵を察知することができるかもしれない。
右舷を行くガイに、『注意せよ』の信号を送る。右前方に、畑仕事のおばさんと小さな子供が見えたからだ。そのおばさんが襲ってくることはないと思うのだが、子供の方が飛び出してきて荷馬車にはねられるかもしれない。
すぐに、ガイが辺りをきょろきょろとし、おばさんらを見つけると、『荷馬車が通るから気を付けて』などと伝えている。普段はあまりここまで厳重には警備しないが、今日は練習だからな。
すると、すぐに今度はウマ娘から連絡が。急いで『応答せよ』の合図を送ると、『林の先に気配を感じるから見て来て欲しい』と返ってくる。
急いで千里眼を一つ追加し、ウマ娘の言う方に向かう。そこには、ダチョウみたいな二足歩行の大きな鳥が、くるくると回っていた。この鳥は、一体何をやっているのだろう。一匹でひたすら同じ場所をくるくる回っている。きっとバカな鳥なのだろう。
「マルコ、ウマ娘の先、でかい鳥がくるくる回ってる。ピーカブーさんに伝えて」
マルコがすぐさま拡声器の魔道具で、前方を行く超大型荷馬車の屋上にいるピーカブーさんに伝える。すると、「それ美味しいやつ」と返ってくる。
『獲物を狩れ』の発見の符号は決めていなかった。ピーカブーさんに鏑矢で合図を出してもらう。
そんなこんなで監視任務を続けるのだが……
めっっちゃ疲れる。俺だけ疲れる。というか、これはあまりよくないかもしれない。
あまりにも俺の能力に頼りすぎている警備だからだ。俺がいない時や休憩時はどうするのかという話だ。
ある程度は各スカウトに任せ、俺は精々空からポケェと鳥瞰図的に荷馬車の進行方向を眺めているだけでいいかもしれない。敵の待ち伏せ発見にだけ全集中する感じだ。
もしくは、インビジブルハンドによる遠距離通信役に徹するとか。
そういうわけで、一時間ほど進んだ後、休憩を挟むことにした。
・・・・
一旦空き地で休憩を取る。移動中の護衛にも休憩を与えるため、別のメンバーが監視につく。
「本当に会話が届くんだな」と、ガイが言った。
「そうだな。一方通行なのが地味に不便だけど。他にこういった通信系のスキルはないのか?」
ガイは、「聞かないな。鳥を使った手紙のやり取りはあるが……まあ、あっても軍事技術だ。一般には公開されていないだろう」と返した。
「ふむ。シラサギの時もいちいち早馬でやり取りしていた気がする」
「あまり詳細仕様は聞かないが、これはかなり強力なスキルだと思うぜ?」と、ガイが言った。
「そうだな」
詳細仕様については、俺自身もまだ把握しきれていない。
だが、この千里眼とインビジブルハンドにも欠点はある。それは、自動追尾機能がないこと、座標指定ができないこと、気を抜くと消えてしまうことだ。
なので、荷馬車移動中は、ずっと千里眼を動かさないといけないから疲れるし、インビジブルハンドを誰かの元にずっと置いておくことはできないし、どこか指定する位置座標にいつも展開できるものでもない。さらに、千里眼から千里眼やインビジブルハンドは出せるが、その逆、すなわちインビジブルハンドから千里眼は出せないのだ。なので、誰かが緊急事態を知らせたとして、その人の目の前を確認するためには、俺自身か、千里眼の視界から千里眼を発生させ、そこから飛んで行かないといけない。そんなことをやっていると、結構、脳みそが疲れるのだ。
なので、ナイル伯爵との連絡には、ノートを使うことにしている。それから、今から会うバッタ男爵やエリエール子爵にも、同じように連絡を取り合う仕組みを開設してもいいと考えている。しばらくウルカーン国内に留まる以上、ウルカーンとエアスランの戦局も気になるし。
休憩中、作戦変更を相談する。
結果、俺が状況を一つ一つ判断するのではなく、細かな行動判断はスカウト本人らに任せ、俺は本気でヤバそうな連中の索敵のみに注力する。
ただ、遠隔会話は何かしら使う場面があるだろうとの判断で、俺の隣にマルコを置いて、連絡事項の記録を行ってもらう。
そして移動を再開。何事もなく一時間ほど進むと、上空に上げた千里眼が、バッタ男爵らがいる防塁を捉える。防塁が少し立派になっているような気がする。土木工事を行ったのかもしれない。
・・・・
その防塁に近づくと、見知った戦闘メイド達が敬礼をしてくれた。俺の、弟子達だ。
ここは戦場から離れているというのに、相変わらずみんな緊張した面持ちで、街道の先をにらみ付けている。
最初はみんなあどけなさがあったのに、今では立派な軍人さんみたいだ。早く、みんな普通のメイドに戻れるようになったらいいなと思った。
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