第125話 ハルキウの朝

しゃーーーー…………


「う、ううん……」


朝日を受けて、ハルキウ・ナイルが目を覚ます。努力おもらしからの、デッドリィ・ウェイブ事件の翌朝だ。


そこで、ハルキウは自分の股間が濡れていることに気付く。


おかしい。昨日、『努力』した後は、あのおっさんに洗ってもらったはずなのに、股間が濡れている。背中までぐっしょりだ。何故だ?


あの時、体を洗って貰うときに、大量の水を飲み込んだからだと思われた。洗ってもらうのに贅沢は言えないが、少し激しすぎだと少年は思った。


頭が真っ白になる。この歳でお漏らししてしまった。まずい。ここにはおばあさまも居るのに。きっと怒られるに違いない。『努力』と単なるお漏らしは次元が違うと、ハルキウは考えていて、今朝のこれはどう考えても単なるお漏らしだ。


ハルキウは、ベッドから体を起すと、どうやって処理をしようかと悩む。ここには、自分の付き人、イタセンパラはいないのだ。


というか、着替えはどこだ?


ハルキウは、びちょびちょになった自分の下半身と背中に不快感を覚えながら、掛け布団を剥がす。


その時、寝室の外……寝室といっても、薄い幌が掛けてあるだけのものだが、その外から気配がしたかと思うと、「あのぉ~」と、女性の声がした。


「え? い、いや、その、な。うん。」


「今朝もですか?」


そう言ったかと思うと、出入り口の幌が広げられる。


そこには、夕飯時、一緒のテーブルにいた貧相な女性が自分を覗き込んだ格好で立っており、べっちゃりのベッドと、股間を観察されてしまう。だが、毎晩付き人のイタセンパラにシモの世話をしてもらっていたハルキウにとって、そこまでの恥ずかしさはなかった。


「あの、昨日は申し分けありませんでした」と、その女性が言った。


「昨日ですか? 何か謝まられることってありましたっけ」と、ハルキウが返す。


「昨日、私はあなたのお世話を拒否しました」


「え? そうだっけ。そんなの気にしないよ」と、ハルキウが言った。


ハルキウ少年は、こんなにも礼儀正しい女性がいるのかと少し感心し、自分の世話をさせてあげようと考えて、ベッドの上でびちょびちょの服を脱いでゆく。


その女性はいつのまにかマスクを付けており、大量に持ってきていた乾いたタオルと水桶に入った水で、ハルキウの体を噴き上げていく。


「今朝は小だけですね」と、貧相な女性が言った。


「そうだな。大が出るのは魔力を使い切った時だけだ」と、ハルキウが返す。


「そうなんですね。良かったです」と、貧相な女性が言った。


「君、名前は?」と、ハルキウ。


「スザク、なんですけど、マルコって呼ばれてます」と、貧相な女性。


「ええつと、マルコさん? 済みませんね。『努力』は夜だけの予定だったのですが、朝も世話していただけるなんて」


ハルキウは、とても申し分けなさそうな顔をする。


それに対し、スザク《マルコ》はにこりと笑い、「いえ。これで十万ですから」と言った。


「そ、そう? 十万?」


「あの、ここはムいていいですか? 中まで掃除しないと汚いって聞いた事があります」と、マルコが言った。


「え? これは防御力が高い状態だからこれでいいって、イタセンパラが言っていたんだけど」と、ハルキウ少年が返す。


「防御力? よくわかりませんが、まあ、旦那様のも小さい時は同じような感じですし。じゃあ、皮の中までは拭きませんね」と、マルコ。


「う、うん」


ハルキウ少年は、ちょっとだけ年上の女性に体を拭かれまくり、少しだけどきどきした。


いつも、侍女イタセンパラに拭かせている時は、ほぼ気絶状態で、暗い夜の事だから、あまり実感がなかったのだ。今は太陽が昇り、明るくなっているから、とても斬新な気がした。



・・・・


「はい。できました」と、マルコが言った。


「あ、ああ。良かった。いや、ここはありがとうかな?」と、ハルキウが言った。彼の中で、『努力』の方は、貴族としてのたしなみで仕方のないことだが、今朝のガチお漏らしは、ちょっと恥ずかしいことであった。


マルコは、「いえ。では、私はこれで。ああ、洗濯物があれば、一緒に洗いますから、洗濯物置き場に持って行ってください」と言って、テントから出て行く。ついでに、着替えの下着などを置いていく。


ハルキウは、急いで着替えの服を身に着けて、マルコの後ろに付いていった。


「あの、今日はこれからどうすれば良いんでしょうか」と、ハルキウがマルコに言った。


「どうって……とりあえず、朝食を取られてはいかがでしょうか。今日は仲間が合流してくる時間まで少し時間がありますから、皆さん、結構プライベートなことをされています。ネムちゃんは早朝から剣の修行ですしね」と、マルコが言った。


「ほう。あの子が剣を? 私も剣を使う」と、ハルキウが言った。剣なら、自分も腕に覚えがある。彼は、自分のすばらしい剣の腕を披露すれば、可愛い彼女ネムにモテるかもしれないと考えた。



・・・・


ハルキウは、急いで朝食を取り、それから剣の修行が行われているという場所に行く。


着いたそこには、奇妙な風景が広がっていた。


まず、スキンヘッドの御仁がゆっくりとした動きで何かやっている。ハルキウには、それが呪術的な行為に思えたが、実際には太極拳の型をウォーミングアップがてらやっていただけのことである。


それから、大きな水の盾を構えて相手の攻撃を受ける練習をしている人達もいる。攻撃側と防御側に分れて結構激しい動きをしている。その人達は、全員女性だった。朝だというのに、ガンガンと大量の魔力を消費して訓練を行っている。あれだけの魔力をつぎ込む様な訓練は、なかなか王立魔道学園でも行われないなとハルキウは思った。


また別の所では、十字架のような杖を持った七三分けのおっさんが、おちびちゃんなモンスター娘と何かやっている。どうも何かしらの魔術を習っているようだった。


さらに、先ほどまで自分と一緒にいたマルコでさえも、別の少女、確かモンスター娘の護衛パーティにいる魔術士に、何かを教えてもらっていた。


ハルキウは、これが冒険者の裏側かと少しだけ感心した。冒険者とは、粗暴な者達だと勝手に思い込んでいた。実際は、有事の際に役立つように、早朝から訓練に勤しんでいたのだ。それは、まるで魔道学園の朝の課外授業の様に思えた。


そしてハルキウは、その訓練風景の一角に、見知った少女を見つける。


昨日、一緒のテーブルでバーベキュウを食べた少女、ネムだ。


上下真っ黒い服に身を包み、誰かに必死で剣を振るっている。


いや、よく見ると、練習の相手はあのおっさんだった。確か千尋藻という……だがそのおっさんは、何故か上半身裸で、手には何も持っていなかった。


これは剣の訓練ではないのかと思いながら、ふと奇妙なことに気付く。


ひたすらネムの剣を避け続けているおっさんの動きが変なのだ。


急激に進む方向が変わっている? いや、アレは、空を蹴っている。ハルキウは、同じ学園にいる風魔術使いを思い出した。その人物は、器用に圧縮空気を足元に発動させ、それでジャンプ力を高めたり、飛び上がった空中で真横に飛ぶことができた。


ハルキウがネムとおっさんの訓練を観察してると、今度はそのおっさんが空中に駆け上がる。あり得ない。


いや待てよ? 友人のスルストに聞いた事がある。エアスランにある忍者の里には、そういった事が出来る猛者がいるのだと。そいつに出会ったら、絶対に逃げろと言われたっけ。各国の要人は、そいつの暗殺対象にならないように、あらゆる策を講じていると言われているが、果たしてそれは本当なのかどうなのか……


あ!? 変なおっさんが、訓練のドサクサに紛れてネムのお尻を撫でた。


ハルキウは、何故だが許せない気持ちになった。彼女のお尻を触っていいのは自分のはずなのに……今日は自分の剣の腕を披露して彼女にモテようと思っていたのに、なんだあの男は……


ハルキウは、ズカズカとネムとおっさんの訓練の現場まで歩いて行き、訓練の申し出を行おうとした。


近くまで寄ると、ネムが剣を振るう度に、ピュン、ビュッと、激しい音がするのに気付く。あの音がすると言うことは、かなりの上級者だ。


ネムという少女は、なかなか剣の筋が良い気がするとハルキウは感じた。模擬剣とはいえ、なかなかあの音は出ないのだ。


でも、そのような剣戟であっても、あの変なおっさんは避け続けている。


ハルキウは、このおっさんもなかなかのやり手ではないのかと考えた。武器を持っていないのは、モンクなのか、それともネムの訓練のためかどちらかだろうと思った。


「ブレイク!」


ネムがスキルを使用する。手に持っている武器が輝きを放ち、ブレイクが一直線におっさんの胸に叩き込まれる。いや、ハルキウの目には、そのおっさんはわざと避けずに受けているように見えた。


ドッという鈍い音を立て、ネムの刺突がおっさんの胸に突き刺ささ……いや、刺さっていないかな? まあ、あの剣は模擬剣だろうから、当然かとハルキウは考えた。でも、痛くはないのかな……


「ちょ、待てネム。人が近くにいる」


上半身裸の変なおっさんは、模擬戦を止めてしまう。


「あ、そのお邪魔でしたら申し分け無い。自分も剣を使うもので」と、ハルキウが言った。


「お、おおう。じゃあよ。若者同士で練習してはどうだ?」と、おっさんが言った。


「え”!? 危ないよ。危険だよ」と、ネムが応じる。


「剣の修行に危険は付きもの。だけど、私は負けませんよ」と、ハルキウが言った。


ハルキウは、ちゃんと、家から模擬剣を持ってきていた。移動中も訓練をサボるわけにはいかないからだ。そしてその模擬剣は、今は彼の手に握られていた。


ハルキウが模擬剣を手に、ウォーミングアップを始める。


「え? で、でもさ、当たったら死ぬよ?」


「ほう。ずいぶんと自信がおありですね。ネムさんは見たところ、切るタイプの剣技だ。私は突きが得意です。ちなみに、あなたの剣術スキルは何ですか?」


「え? 昨日剣術レベル2とブレイクを買って貰ったんだ。でもさ……」


「ふふ。私は剣術レベル4の他に、『見切り』『瞬発力アップ』も宿しています。当たりませんよ。稽古をつけて差し上げましょう」と、ハルキウが言った。


「おん? いや、地稽古は止めとけ。死にかねないぞ?」と、おっさんが言った。タオルで体の汗を拭き始めている。ハルキウは、おっさんの癖に、かなり鍛え上げられた体付きだと思った。というか、体から湯気が出ている。


「地稽古? 模擬戦なら大丈夫……あ! ここは学園ではないから、回復術士がいないのか……」と、ハルキウが言った。剣の稽古で怪我は付きものである。必然的に、回復術士がいなければならない。その程度の常識は、ハルキウにも備わっていた。


「回復術士は優秀な人がいるけど、流石に死んだら生き返らないから」と、ネムが言った。


ハルキウは、「いや、防具を着ければ、学園の模擬戦でも、死者は……」と言いかけて、口を紡ぐ。


実は、模擬戦で死者が出ることはある。それだけ剣の道に進むと言うことは大変なのだ。


「これ真剣だし」と、ネムが言った。


「はい?」


別次元の話が飛んできた。


目の前の少女は、さっきまで何のためらいもなく変なおっさんに真剣で切り付けていたというのか。というか、真剣は重い。それをあれだけキレのある音を出すまで降り続けることが出来るのだろうか。


しかも、このおっさんは縦横無尽に逃げていた。ネムの剣筋もあらゆる所から飛び出していた。いや、最後のブレイクは体に当たっていたような気がしなくもない。果たして自分に、同じ事が出来るだろかとハルキウは考えた。


「う、うそでしょ? 真剣で模擬戦だなんて」


ハルキウは、ネムから剣を貸してもらい、その刃をまじまじと見つめ始めた。



◇◇◇


「ふう。いい汗かいた」と、何となくこぼす。


「お疲れ様です旦那様。ハルキウさん、意外と大丈夫でしたね」と、サイフォンが言った。


「そうだな。良かったよ。凹んでなくて。お漏らしが日課なら、そんなメンタルになるのかな? 今は若者同士で仲良くやってる」と、返す。


今はネムと何かおしゃべりしている。


サイフォンはつつつつっと寄ってきて、小声で「ねえ、城さん。今晩、体けといて」と言った。


「ん? するのか? まあ、あの少年はどうせ気絶するからな。別にいいのかな……」


青少年に気を使って、セック○は極力目立たないようにしようと考えていたんだけど、それもどうでもいい気がしてきた。


「少年のことは、たぶん大丈夫よ。それよりも、昨晩は水魔術成功おめでとう。何だか初心に返っちゃった。あなたやっぱり、水魔術の超天才なのよ。魔術回路無しで水を出したでしょ? 魔力量も規格外だし。だから今日は、お祝い。11人全員でお相手するわ」


「そ、そうかぁ。まあ、その時の流れで」と、返してしまう。夜警要員は、ヒリュウにネムにガイがいるしな……


サイフォンは幸せそうに、「じゃあ、特大の水ベッドを造っておくわ」と言った。

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