第124話 『努力』の代償

#筆者注

誤;インビシブル⇒謎単語

正;インビジブル⇒不可視の


過去に戻っての修正は省略させていただきます(それをすると手間なのとメッセージが大量に飛んでしまいますので)。申し訳ありません。


それでは、本編をお楽しみください。


***********************


「出たか……拭いてくれ」


場の空気が、完全に凍り付いた。


ベッドの上で寝そべりM字開脚を見せつけている男の名前は、ハルキウ・ナイル。れっきとした伯爵家の四男坊、15歳のはずだ。


ブツがベッタりと付いたホールが、ヒクヒクと動いたり、引っ込んだりているのが余計に腹が立つ。


まさかとは思うが、こいつは自分で自分のケツすら拭けない人物だったのだろうか。


緊張のあまりお漏らししたとか、それならば同情するが、この、さも当たり前であるかのような態度から察するに、これがこいつの日常なんだろう。


だがしかし、こいつはお客さんだ。ここで放り出すわけにもいかない。今からこいつに尻の拭き方を教えるというのも時間がかかるし、それは相当精神がすり減る行為のような気がする。クリーンか何かで洗った方が手っ取り早いだろう。ただ、そもそも、こいつの護送費には、こういったケアは含まれていないはず。何の事前説明も受けていないからだ。それとも俺の感覚の方がおかしいんだろうか。総額三千万の仕事だからなぁ……


「あ、あのぉ、かゆいんですけど?」と、ハルキウ坊やがホールをさらけ出したままの状態で言った。


仮に、こいつが尻を拭けない人物だった場合、一体これから誰が拭くというのか。


この場合の正解は……俺は、集まって来ている女子グループの一角に、あの人を見つけた。そう、寝間着姿のファンデルメーヤさんだ。彼女は、こいつのおばあちゃんだ。可愛い孫のためなら、ホールの掃除くらい大丈夫だろう。


「あの、ファンデルメーヤさん? 頼んでもよろしいでしょうか」


ファンデルメーヤさんは肩をビクッとさせ、硬直する。どこか一点を見つめているようだ。


「お、おえぇえええ……」


あ、嘔吐えずいた。耐性が無かったようだ。上位の御貴族様は、子供や孫のシモの世話など、自分ではしないのだろう。


「ベル、ファンデルメーヤ様を介抱してあげて。私が思うに、この子のケアは、同性がいいと思うのよ」と、同じく駆けつけてきていたサイフォンが言った。直ぐにベルがファンデルメーヤさんの背中をさすりながら、荷馬車の方に戻って行く。


「そ、そうか? クリーンが使えるヤツなら……」



男性のクリーン使いなら、ジェイクと、それからケイティも確か使えたはずだ。俺、クリーンが使えなくて良かったよ。


俺は、クリーンはおろか、水を出すウォーターすら使えない。俺が使える魔術は、水を操るという単純なものだけだ。


魔術回路を焼き付けることもできないし、今の所詰んでいる。


サイフォンは真顔で、「あそこまで固形物がこびりついていると、クリーンは止めた方がいい。目も当てられなくなる」と言った。何故なのか想像しようとしたが、直ぐに止めた。


「僕嫌ですよ?」と、ジェイクが言った。


「私もごめんです」と、ケイティが言った。


「自分もパス。ガキは水の中にでも閉じ込めておけ」と、小田原さんが言った。


「そ、そうだカネだ。こいつの尻拭き担当者には、日当、いや、1回10万を払う……」


そう言って、アイサの方を見る。全力で顔を背けられた。スキル悪臭耐性を持つ種付け師でも、アレの掃除は嫌なようだ。


マルコの方を見る。彼女は、彼の股間をガン見していたが、俺の視線に気付き、自分が何を期待されているか理解したようだ。


そして、ぽろぽろと涙を流し出す。


「ご、ごめん。ごめんよマルコ。おじさん、パワハラだったな。いかんな……いかん……この仕事、受けたのは俺だったよな……」


俺は、水をイメージする。


いわゆる『クリーン』は、少量の水で体や着ているものの表面の汚れを浮かび上がらせ、押し流していくというもの。その魔術を極端に汚れた水で行った場合、全身が逆に汚れてしまうだろう。


ならばどうするか……


正解はおそらく、水。しかも大量の水だ。俺なら、出来るはずだ。思い出せ、俺は、深海の化け貝。水の超怪物。


深海の、静謐を思い出す。いらついていた心が、一瞬で鏡面のようになる。


水よ……あれ!


水が、空中に出現する。その量は、どんどん増える。100%ピュアな水だ。そこに、少しだけ塩を混ぜる。なんとなく、塩ならば、ばい菌の繁殖を抑えてくれそうだからだ。


そこにイメージするは、巨大な洗濯機。


大量の水を、直径5メートル、高さ3メートルの円筒形に整えていく。


そして、中央は右回転、その外側は左回転、さらにその外側は右回転。それを幾重にも重ねると、ゴウゴウという音を立て出して、まるでミキサーのようになる。


「よし」


次に、寝そべりM字開脚少年の胴体を、大きめのインビジブルハンドでつかみあげる。何となく、インビジブルハンドにブツが付かないように上半身を掴む。


「え? う、う、うぐわーーーッ!」


掴みあげる最中、空中で足をジタバタさせやがった。くさいのが拡散するじゃねぇか。


俺は、すぐさま巨大ミキサーの中にヤツを放り込む。


「必殺! 洗濯強モード式デッドリィ・ウェイブ!」


「ぎょはぁああ、うわっぷ…………ぱあ、ぎゃ………やう゛ぇ……ごぽ…ごくっ………


少年が、綺麗になっていく……


しばらく後、この騒ぎはお開きとなった。



・・・・・・


翌朝、朝食を食っていると、俺のテーブルにネムが来た。あいかわらずのエプロンなしメイド服ズボンバージョンだ。この子、メイド服をほぼ作業着的な感じで使っている。


「あの子、今朝はおしっ○漏らしたんだって。昨晩、水を飲み過ぎて気絶したまま寝かせたからだよ」と、ネムが言った。


「そうか。しっ○だけだったら、クリーンで良いんだろ?」


「そうだけど。昨日千尋藻がさ、怒って変な魔術使うから、皆気を使っちゃって。結局、基本的にマルコが担当して、他の誰かが交代でサポートに入るってことになりそうだよ」と、ネムが言った。


「え? そうなの? 俺、怒ってなんかいないぞ? というか交代って言ってもさ、あいつ毎晩漏らす分けじゃないだろ……て、やっぱり毎晩なのか?」


「あ~ちょっとその辺、私から説明しとこっか」と、後ろからサイフォンが現われた。


その後、朝食を取りながらサイフォンが説明してくれたことによると……


それは、魔力内包量の仕組み。要は、魔力を使い切ると気絶してひどいことになる代わりに、魔力量が少しだけ上昇するらしい。だから、将来魔術士を志す者などは、魔力を使い切ろうとする。


だが、これは単なる気絶ではなく、全身の筋肉が弛緩するような危険なものらしく、訓練でわざと魔力を使い切る場合、基本的にベッドの上で行うらしい。だが、その際には、往々にしてうん○としっ○を漏らしてしまうとのことだ。


「では、昨日の彼は、『努力』していたんだな。魔力量を上げるべく」


「そうなるね。結構いるのよ。毎晩するやつ。特に貴族には。魔力が多いと将来性があるってことで、色々と有利になるからね。騎士団は魔力が多いと有利だし、それから結婚とか。嘘かホントか知らないけど、魔力量が多い人って、子供も多くなるって話があるのよ」と、サイフォンが言った。なるほどと思った。


「ちなみに、どれくらい上昇するんだ?」


「小さい時から努力したら、努力していない人と比べ、だいたい5から6倍にはなるみたい。彼の魔力は、もっとあるかもだけど。貴族って、元々多い人がいるのよ」と、サイフォン。


「ほう。5,6倍か……それ、結構すごいのでは?」


「まあ、命のやり取りをするような状態だったら、その努力は絶対に自分を助けてくれると思うけど、でもねぇ」


「どした?」


サイフォンはポケットから小さな水晶玉みたいな魔道具を取り出して、「例えばこの魔道具、ウルカーンの魔道具屋で10万ストーンの品ね。これで、『努力』していない人の約半分くらいの魔力が備蓄できんのよ」と言った。


「ええつと。ひょっとして、魔力量って、金で解決できる?」


「そういう側面はあるね。昨日買ったヤツは20人分くらい備蓄できるやつで百万円。軍事用だったら、百人分くらいざらよ。もちろん、戦争、特に籠城戦ともなれば、兵士全員の魔力総量が重要になってくるから、魔力量が多い人が兵士に向いていることには代わり無いけど」と、サイフォンが言った。


「ううむ。絶対必要な努力ではないと?」


「そ。将来軍隊に行くって決まっているんなら別だと思うんだけど、普通は、その『努力』は小さい時に止めてしまう。小さい時は、両親とか、貴族だったらそういう係に見守られながら、魔力を使い切るの。そうやって、魔力をぼちぼち増やしていくんだけど……」


「ちょっと待って、小さい時に止める理由は?」


「シモの世話がしやすいってのもあるけどね。小さい時の方が、魔力内包量の成長が早いんだけど、大きくなると鈍化するのよ。そうね、8歳くらいがピークで12歳くらいで下げ止まる感じかな。だから、普通は小さい時に卒業するんだけど」


「彼は、大きくなってからも止めなかったわけだ」


「ナイル伯爵は、彼に『エクスタシー』というスキルを与えているみたいね。あれ、魔力を使い切ると快感を得られるやつだから。彼の場合、もう努力というかは、オナニーと一緒になっていると思う。今までは、付き人が処理してくれてたみたい」


「そっか……業が深いな……ま、いっか。マルコ主体で、皆で交代交代面倒みるんだろ?」


サイフォンはジト目になりながら、「あなたが十万払うなんて言うからよ。冷静になったら結構良い条件ですもの。ひとまず、彼は彼専用のベッドにすべきね。彼、多分更生する気ないから、何言っても無駄。一週間辛抱した方がまし。この話はこれでおしまい」と言った。


「そっか。ちょっとだけ聞いてみるんだが、その人一人分というのがどういう単位か知らんが、お前達でだいたいどんなもん?」


「その辺はかなりのプライバシーだけど、そうね。私で10人分かな。他の子で4から7人分くらい」と、サイフォン。努力し続けた15歳のハルキウ少年が5から6より上だとして、サイフォン軍団は結構高レベルな気がした。というか高いなサイフォン。と、いうことは……


「10人って……まさかお前も?」


「何よその目は。私がセック○以外でお漏らししたことある? 元々高かったのもあるけど、私のケツ筋は強いのよ。鍛われ方が違うのよ」と、サイフォンが返した。


「そ、そうかぁ。ネムとか俺はどのくらいなんだろ」


「ネムは置いておいて、あなたはこれで分かるかも」


サイフォンはそう言って、テーブルの上に何かを置いた。


「何これ」


テーブルの上には、水筒のようなものがあった。装飾も施されておらず、味気ない円筒形の物体だ。


「これはね、『パラス・アクア』よ。今は装飾品を外してあるわ」


「んん?」


パラス・アクアといえば、今回の報酬で『使用する権利』をゲットした魔道具だ。その容量は確か……


「これって、三千人分とかなんとか」


「そ。三千人。これが至宝の実力。これに魔力入れてみてよ。私ら、移動中これ使って仕事するし」


サイフォン達は、移動中魔力を使いまくるような水ギルドの仕事をするらしい。


「分かった。入れ方は、いつもの魔道具と同じでいいんだな?」


「使用感は同じ」


俺は、その水筒を手で握り、そして魔力を叩き込む。


俺はいつも、水ギルドに出かけるサイフォン達に、こうやって魔力を持たせていた。彼女らの給料は歩合制らしく、沢山仕事をした分だけ稼ぎになる。なので、俺の魔力を魔力備蓄用の魔道具に入れて渡していたのだ。


しばらく待つ。なかなか満タンにならない。流石は伯爵家の家宝。


俺が集中していると、水筒の色が心なしかブルーに変化する。


「あ、もういい。めて」と、サイフォンが言った。


「どした?」


「この手のヤツは、あまり満タンまで入れない方が良いのよ」と、サイフォンが返した。


「ふむ?」


三千人分が満タン近くと言うことは……


「ネム、秘密ね?」と、サイフォンが満面の笑みで言った。


「分かってるよ。そんなの、僕にとってはどうでもいいこと。それよりも、少しだけ地稽古しようよ。走り込みと素振りは終わったし」と、ネムが言った。


走り込みは小田原さんとやっているようだ。二人とも毎朝の日課なんだとか。


「分かった。これから輜重隊とここで合流するからな。しばらく時間がある」


今日の仕事は輜重隊の護衛だ。ウルカーンの貴族街を出発した荷馬車は、『雪の音色』と『暁の絆』に護衛されて、ひとまずここまで来る予定だ。それからは、コンボイでバッタ男爵達がいる防塁を目指す。


さて、それまでは、ネムと稽古でもしようかね。


俺は、お漏らし事件など綺麗さっぱり忘れ、ネムと地稽古するべく、目の前の朝食をがっついた。

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