第120話 不穏な空気
ハルキウ少年が屋敷に戻ってきたのは、俺がファンデルメーヤさんに好きなお茶を聞かれ、グリーンティと答えたばっかりに、自慢のお茶コレクションを見せられている最中のことだった。なお、通信方法の件は、すでに伝え終えている。準備とはいえ、俺の能力の一部を伝え、ナイル伯爵の執務室のデスクに、連絡用のノートとペンを置いておくだけだからな。
ファンデルメーヤさんは、ハル少年のおばあちゃんといっても、御年49歳。俺は43だから、実はあまり歳が変わらない。いや、6つは違うが、同じ40代なら同族意識を感じてしまう。それからこの女性、結構スタイルがいい。中年太りをしておらず、すらりとしていて、なんというか、格好いい体格なのだ。旦那はお亡くなりになっているらしい。手を出そうとは思わないけど。
この、少しだけ年上の女性は、旅に持って行くお茶をるんるん気分で選んでいた。めちゃくちゃ楽しそうだ。正直な話、護送する人がこの人では無く、こてこての御貴族様で、何やら面倒な人なら、断っていた可能性もある。
だけど、この人なら、移動中は平民扱いで良いという条件も信頼出来ると思った。まあ、平民扱いといっても、ファンデルメーヤさんについては護衛対象の年長者扱いはせざるを得ないと思うけど。
いくら三千万くらい貰えるとしても、お断りしたい人というのはいると思うのだ。三千万というと、個人としては大金に感じるが、実は団体や法人としては大したお金ではない。
まあ、一週間での稼ぎと言う意味では大変な金額なのだが、それでも彼女らを護送するために、色んな準備が必要になる。それを考えると、三千万というのは妥当かそれより少し割が良いくらいの金額だ。
一方、この40代の女性は、俺達と旅をするのがとてもともても楽しみらしいのだ。完全に旅行気分だ。敵が出てきたら、自分が魔術をぶっ放したいらしいが、誰も居ない荒野あたりでストレス解消させてあげれば、満足してくれないだろうか。
そんなこんなで、俺は、この話にオッケーを出した。護送対象には、彼女の孫、まだ学生さんの男子もいるが、おまけのようなものだろう。短期留学から帰って来たという彼とも面会したが、まだ15歳のはずなのにとても身長が高く、受け答えもはっきりしていた。なかなか聡明なお子さんなんだろう。15歳だから多感な時期だろうが、今回は、祖母であるファンデルメーヤさんも一緒に行くし、まあ大丈夫だろうと考えている。うちは女性も多いから、若い男性を入れるのは少し気を使ってしまうのだが。
思考を最初に戻すと、ハルキウ少年がナイル伯爵の屋敷に戻ってきた。
手には長細いバッグと、直剣を持っている。学生寮まで取りに行った荷物だろう。ここを出る時には、転校を嫌がっているそぶりだったので少し心配したが、戻って来たときには、普通にしていた。気持ちの整理が付いたのだろうか。今回はいきなりの転校指示だから……友人だけでなく、ひょっとしたらガールフレンドがいたのかもしれない。
ここからは、彼とファンデルメーヤさんは馬車で郊外まで出て貰う。そこからは平民の格好をしてもらって、誰も見ていないところで馬車から出て、そのまま俺達のキャンプ地までお忍びで行く。それからは、俺達と一緒に行動して貰う。
出発日時はまだ決めていなかったが、ナイル伯爵には、逆にそれがよいと言われた。日時が決まっていると、待ち伏せの危険性が増すのだとか。まだ
準備が色々とあるもので……
その準備の一つ、今回の支度金として貰う一千五百万は、サイフォンと相談した結果、九割はウルカーンで使い切ることにした。
内訳は、スレイプニール一頭と水魔力の備蓄装置の追加購入、そしてスキル各種だ。ネムや水魔術師11人衆の能力の底上げに投資する。ついでに、ウルカーンで新しく仲間にした連中にもぼちぼち投資することにしている。
アイサとマルコとガイ、それからステラ夫婦を正式採用する。あくまで長期雇用という形だ。
ネムには、お望み通りの『剣術レベル1』と『ブレイク』、『スカウトレベル2』、ついでに『プロテクションレベル1』という自動バリア系の魔術を買ってあげよう。プロテクションレベル1は、50万円くらいなのだが、ちょっとした衝撃を魔力消費で相殺させるというパッシブスキルだ。要は自動発動バリアだ。あのクメール将軍にも何らかのバリア的なパッシブスキルが付いていた。あれがあると、なかなか安心感が増すのではないか。
レベル1なら強い突風を防ぐ位の防御力しかないが、それでも、奇襲を受け易いスカウトにとっては頼もしいスキルになるだろう。
俺の付き人マルコは『空間認識』というマッピング用のスキル辺りが良いかと思う。それからネムとお揃いで『プロテクションレベル1』も与えてやろう。それから、マルコは本名がスザクというたいそうな名前なので、火魔術系のスキルでもいいかもしれない。
騎乗弓兵ガイは、すでに弓術レベル2を持っているから、遠くまで見通せる『遠視』と、お揃いで『プロテクションレベル1』も付けてやろうかな。商隊が賊に襲われた場合、まず最初に狙われるのは、弓兵や斥候なのだ。それも、弓もしくは音がしない魔術でひと思いに殺される。だから、斥候の防御力を上げるのは、うちらとしても理にかなっている。
そうなると種付け師アイサはどうするか。スレイプニール管理に役立つ何かのスキルかな?
それから、飯炊き要員で腎臓病のステラは、本来ウルカーンでお別れの予定だったのだが、ずいぶんサイフォンに懐くというか陶酔してしまっているため、いっそのこと旦那共々正式に雇用した。
サイフォンの魔術透析術はかなり高レベルらしく、最近は体調がとてもよいのだそうだ。彼女の旦那は、男泣きしつつ、この恩には絶対に報いると言ってくれた。俺としては、年頃の男女が多い俺のパーティで、夫婦なら男女問題も起さないだろうという都合もあるにはある。この夫婦には、体力増加系のスキルを買ってあげる予定だ。旦那には荷馬車の御者の仕事を覚えてもらうとしよう。当面はアイサが御者を務めると思うけど。
それから、ララヘイム組は、国立学校を出ているだけあって皆優秀なスキルを持っているが、まだまだ伸び代はある。なので、一人50万円以下くらいで自由に選ばせることにした。
スキルの話からは外れるが、童貞熊ことヘアードは、実はバッタ男爵の荘園『ナナフシ』でお別れだ。ヤツは辛抱強く働き者ということで、バッタ男爵に紹介したところ、二つ返事で移住オッケーされた。逆にとても感謝された。今のナナフシは経済が発展している最中で、若い男手はいくらいてもいいらしい。ヘアードは農業系のスキル持ちなので、とても良い人材だったらしい。なので、彼はウルカーンからナナフシまでのお付き合いになる。
支度金で戦力を底上げするとはいえ、俺達は素人が多い。なので、この依頼にかかわらず、しばらく信頼出来る冒険者を雇いたいとは考えていたのだが……
知り合いで信頼出来る冒険者というと、『雪の音色』と『暁の絆』がいるが、彼らはこのままエリエール子爵の輜重隊任務に就きたいとのことだった。今、彼らは俺達の下請という立場だが、スイネルに旅立つ前に、彼らをエリエール子爵に紹介しておこうと考えている。下請ではなくて、直接雇用に切り替えてもらうのだ。
そんなこんなで、これ以上戦力は増やせないかと思っていると、ケイティが、『ちょっと、知り合いに声を掛けてきます』と言って、雑用ギルドに出かけて行った。おそらくだけど……彼を復帰させる気なのかもしれない。
俺が今後の事を頭の中で整理していると、「では、頼んだぞ、千尋藻城よ」と、ナイル伯爵が言った。この人は、自分達が迫害されることを知っていながら、この国に残るつもりらしい。大したプロ根性ではある。まあ、この国が何処まで本気でララヘイム人排除に向かうのか読めないから、彼の覚悟の程は知らないけれど。
だけど、俺は彼の覚悟に敬意を表し、「分かりました」と言った。『分かりました』というのは、サラリーマン用語で、最早何の質疑事項は無く、全面的に了解したと言う意味だ。この言葉を発したら、依頼には全力で応えなければならない。少なくとも、俺のサラリーマン世界はそうだった。
ファンデルメーヤさんは、ナイル伯爵、要は自分の息子に向き直り、「これで私達はもう大丈夫。ライン……元気でね」と言った。気丈にしているが、どこか寂しそうな表情だと思った。自分の実の息子とのお別れだからな。
これから、彼女とその孫のハルキウ少年は、平民が着るような服に着替え、お忍びで俺達と合流する。しばらくナイル伯爵とは会えなくなるだろう。
俺とサイフォンは、彼らとキャンプ地で合流するべく、先にこの屋敷を退出した。
◇◇◇
ここはどこかの地下迷宮。
一人の男性が、ペットのドラゴンと戯れていた。寝そべりながら、頬ずりしてくる小型のドラゴンの顎を撫で回している。
その最中、別の人物が男性に駆け寄る。背が小さく、細身の人物だ。
その人物は、「旦那! 新しい情報が来たよ」と、元気な声で言った。どうやら女性のようである。
旦那と呼ばれた男性は、「ふうん。何の情報かな?」と応じる。少し面倒くさそうだ。
「ほら、アレだよアレ。誰かを暗殺するやつ」と、元気な女性が言った。
「暗殺と言っても沢山あるだろ……いや、この時期なら、ひょっとして前に聞いたヤツか。ララヘイム人をウルカーンから追い出すついでに、有力なララヘイム派貴族を弱体化させるというヤツだ」と、最初の男性が言った。寝転びながら、ドラゴンの顎や頭をなでなでしている。そのドラゴンは翼が無いタイプの地竜で、熊くらいの大きさであり、気持ちよさそうに撫でられながら目を閉じている。
「そうそう。ナイル伯爵っていう貴族が、家族をスイネルに逃がすんだって。ターゲットはそれ」
「ふうん。引き続き情報収集よろしく。さくっとやってしまおう」
「いやいや、それでさ、どうも護衛に冒険者がついていて……」
「護衛くらい付けるだろ。どうでもいいさ」と、ペットを撫でる男性。
「それがちょっとあるのさ。その冒険者、調べたんだけどね、どうもモンスター娘のキャラバンと一緒にいるらしいんだ」と、小さな女性が言った。
「ほう……そうきたか。モンスター娘は禁断の果実。
「あいつら、同じ種族の女しか生まないもんね。攫って脳を焼いて理性と知能を抜いて、セック○しまくって、数を増やしてってやるわけね」
「そうだ。雌穴はどうでもいい。あいつらの体は、素材として最高なんだよ。一匹捕まえて繁殖に成功したら、延々と同じ希少な素材が大量に手に入る。よし、暗殺ついでに攫うぞ。コスパが良いってヤツだ。せっかく準備に金かけて地上に出るんだ。儲けるぜ」
小さな少女は、「わかったよホーク。仲間を集めておくよ」と言って、にこりと笑う。
そして部屋を飛び出して行く少女の口には、鋭い犬歯が覗いていた。いわゆる八重歯だろうか。
その姿を見つめる男性は、自分の金髪を掻き上げる。そこには、長い耳があった。
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