第117話 ナイル伯爵の四男(15歳)

ウルカーンに向かうとある街道に、豪華な装飾が施された馬車約五十台あまりが列を成している。


その周囲には、朱色の全身鎧に身を包んだ騎乗護衛兵百騎あまりが警備に就いていた。彼らは国軍の兵士であり、護衛対象はその馬車五十台である。


その物々しい車列の中、とある馬車に乗っている15歳の男子学生が、窓の外を見ながらもの思いにふける。


その男子学生は、学園の制服、日本でいうところのブレザー的なものを身に付けていた。


均整の取れた顔立ち、高身長で鍛え上げられた身体、そして、前を切り揃えた青い髪の持ち主である。


「ふう~」と、その男子学生がため息をつく。


「どうしましたの? ハル」と、馬車に同乗している女子学生が言った。金髪ロールの美少女だ。


「やべぇ……努力しすぎた……」と、ハルと呼ばれた男子学生が窓の外を向いたまま呟く。


彼の本名は、ハルキウ・ナイル。


ナイル伯爵の四男で、今はウルカーン王立魔道学園に通う学生である。


ナイル伯爵の子息ということは、祖母がララヘイムの元王女、母がララヘイムの伯爵令嬢ということになる。


「うふふ。あなた、スルスト殿下に勝利したの、そんなに嬉しかったの?」と、女学生が返す。


ハルキウ・ナイルは、「まあな。今回の短期留学、俺が主席で間違いないだろう」と言って、顔をほころばせる。


彼女の言うスルスト殿下というのは、ウルカーン王族の第五王子その人である。


火の神をたてまつる国の王子にふさわしく、燃えるような黄と朱色が混じった髪。剣術に秀で、もちろん火魔術も得意である。そのスルスト殿下と、ハルキウ・ナイルは友達と呼べる間柄あいだがらであった。


「あ~はいはい。あなた、剣術と魔術の実技で一本取りましたものね」と、女学生が応じる。


ハルキウ・ナイルは、「まあ、座学では少し負けたがな」と言って、再び窓の外を見る。


ハルキウ・ナイルの実家は、ナイル伯爵家……すなわち、お金持ちであった。


当然、英才教育を受けており、現在は、ウルカーンで最高峰とされるウルカーン王立魔道学園中等部二年生である。


彼の場合、幼少の頃より優秀であったため、将来に期待したご両親は、彼に特別なスキルを与えていた。


そのスキルの名前は、『エクスタシー』といった。


スキル名からはピンと来ないのだが、このスキルは、魔力が枯渇する際に、快感が得られるというものである。


何故こんなスキルが存在しているのか。それは……この世界の魔力内包量、いわゆる最大魔力量というものは、限界まで使い切ると超回復を起すことに由来する。要は、魔力を限界まで使い切ると、体内に内包できる魔力の限界値が僅かに増えるのである。


魔力量が増えるということは、魔術が軍事から生活まで広く利用されているこの世の中であれば、それはそれは素晴らしいことではあるが、この魔力量が増加する時期は、幼少期が大きく、年齢を重ねるにつれて小さくなる。


要は、この世界、小さい頃に気絶するまで毎日魔力を使い切っていたら、魔力量がめきめきと上がっていくのである。


そりゃ、世の中の親は、我が子の魔力内包量を上げるべく、あの手この手で英才教育を施すのであるが……


勉強すれば知識が増える、運動すれば身体能力が上がる……そうすれば、将来きっとその努力が自分を助けてくれる。そのことは明白であるにも関わらず、結局は諸々の事情により、子供というものは親や先生がちゃんと教育的指導をしないと努力しないものなのである。


人々がなかなか魔力内包量を上げる訓練をしない理由は、他にもあって、それは魔力が枯渇した際に、ひどい状態になるのだ。まず、気絶してうん○としっこを漏らす。それは大人になってからも同じである。さらに、かなりの倦怠感を感じる。例えるなら、射精した後の数倍の疲労感に見舞われる。


なので、魔力が枯渇すると魔力内包量が上がると分かっていても、人というものはなかなかその努力をしないのである。


それを当然の如く分かっているナイル伯爵は、出来の良い息子のために、とあるスキルを投資することにした。


そのスキルの名が『エクスタシー』なのである。


このスキルは、魔力枯渇の際に感じる倦怠感を緩和させ、逆に快感を感じるというパッシブスキルである。ただし、うん○としっこは漏らす。なので、魔力枯渇の際には注意を要するが、このスキルは、分別の付かない子供であっても、快楽を得たいがために、自然と魔力を使い果たす癖が付くのである。


なので、ハルキウ少年は、幼少の頃より、必死で魔力を使い続けた。


そんなこんなで、エクスタシーを得たハル少年の魔力量は相当なものになっている。もちろん、量だけでは無く、本人の努力により、彼の魔道技術は、一国の王子を凌駕するまでに至っている。だが、このスキル、副作用として、性感が徐々に鈍くなり、遅漏になってしまうというデメリット(?)があるのだが、それはまた別の話……


そのハルキウ・ナイルは、「もしよ、エアスランのヤツラが、ウルカーンまで攻めてきたらどうする?」と言った。少しわくわくウキウキしているような口調だ。


「ううん……前線はチータラ様が守っていらっしゃるから、その前提は不毛だと思いますわ。だけどそうねぇ……今の王都にはハルとスルスト殿下と、さらにダルシィムもいるじゃない? まあ、楽勝じゃないかしら」


「この王都には、もちろんお前もいるぞカルメン。それにしても、鉄壁の英雄チータラ将軍かぁ。俺の超スキル『テラ・ブレイク』と、チータラ将軍のスキル『穴熊ザ・ベアーズホール』、どっちが強ぇかな」と、ハルキウ・ナイルが言った。


その表情は、どこかウキウキとしているように見えた。


「うふふ。ハルったら、まあ、いずれ勝負をお願いしてみたらどうかしら」と、カルメン。


「そうだな。戦争が終われば父上に頼んで稽古をつけさせてもらおう。それまでは努力だな。今日も魔力使い切って強くなるぜ」


「うふふ。私も使い切らなくっちゃ。大人になったら、相当差が付くんですもんね」


努力好きである若い二人の会話は続く。




・・・・


「おお! もう勝ったのか。もう少し長引いてくれたら、俺の出番もあったかもしれないのに」と、ハルキウ・ナイルが言った。


今、彼らウルカーン王立魔道学園中等部二年生らは、約一ヶ月間に亘るティラネディーアへの簡易留学を終え、ウルカーンに帰還していた。


そして、教導官から伝え聞いたのが、ウルカーン軍の勝利であった。


いや、正確には、一万で籠城するチータラ将軍率いるウルカーン軍が、それを包囲するエアスラン軍を打ち破ったというものだ。


籠城側が攻め手を打ち破るというのも変な話だが、ウルカーン軍は、少し離れているシラサギに駐留させていた騎馬隊500を出撃させ、エアスラン軍の背後から襲い掛かるとともに、籠城させていた兵士を突撃させ、見事野戦でエアスラン軍を撤退せしめたとのことである。


その時、ハルキウ少年の後ろから、「残念だったなハル。追撃戦は、どうも兄上が指揮を執るようだ」と、朱色と黄色の髪をした大柄な少年が言った。


「スルスト殿下! なら、追撃戦はステファン殿下が出陣!? それは熱いな。勝利間違い無しだ」


「うふふ。ステファン殿下なら間違い無いですわ。ウルカーン魔道学園主席卒業ですもの。数年前にジュノンソー公爵令嬢と婚約破棄なさったけど、それはアイリーン・ジュノンソーの性格が最悪だったからというお噂……」と、カルメンが言った。


「ああ、それは俺も聞いたぜ。クラスのカースト下位のグループをいじめ抜いて、大問題になっていたと聞いた」と、ハルキウ・ナイルが言った。


「それで、兄上がアイリーン殿の取り巻きを追放しまくって、何とか問題を解決したと聞いたがな。まあ、そんなアイリーン殿もナナセ子爵となって、どうもシラサギというところで戦争に赴任しているらしいぞ?」と、スルスト・ウルカーンが言った。


「ふうん。あの人、確かネオ・カーンに居たんじゃなかったっけ……まあいいや」と、カルメン。


「よっし。戦争の話はもういいや。もう一度模擬戦やろうぜ」


「ふっ。ハル。お前はまだまだ強くなる気だな? 一体どこをめざしていることやら」と、スルストが言った。


「そりゃあてっぺんよ。このアトラス大陸一の武将になってやる」と、ハルキウ・ナイルが言った。


夢を語るハルキウ少年を、仲間達が暖かく応援するような表情で見守る。


その時、教導官が近づいて来て、「ハルキウ・ナイル。少し話がある」と言った。


「はい。ハルキウはここに。何用でございましょうか」


「ご実家から連絡が来ている。至急屋敷に来るようにとのことだ」と、教導官が何かペーパーを見ながら言った。


「実家? そうですか。今はまだ安息日ではありませんが……」


「よい。学園からは許可が出ている。もうすぐナイル伯爵の馬車が到着なさるそうだ。あなたはそれに乗って、至急ナイル伯爵がいらっしゃる屋敷に戻りなさい」と、教導官。


このウルカーン王立学園からナイル伯爵の屋敷までは、歩いて三十分ほどの距離だ。送迎用の馬車なら、もう少し早く着くだろう。


「わ、分かりました」


ハルキウ・ナイルは戸惑いながらも、教導官の伝言どおり、久々の実家に帰省することにした。

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