第113話 魔術回路と迷宮探索


今日は、午後から水ギルドにお邪魔する。


付き人のマルコを連れて。聖女のことは、綺麗さっぱり忘れることにする。


小田原さんとアイサとガイは、荷馬車班として馬具の調整をした後は、旅の道具などの買い出しに出かけている。


ケイティは魔道具屋に自分の魔道具の受け取りに行くとのことだ。ケイティの魔道具とは、例の敵将バーンの忘れ形見の大剣を、魔道具に改修したものだ。タダで加工してくれたらしい。


旅の準備が整うのも近い。


そして、俺が何故水ギルドに来ているかというと……


「さ、旦那様。1」と、サイフォンが言った。


ここは水ギルドの建物の中の応接間。俺の目の前のテーブルには、透明な石版が置かれている。


スキル鑑定の魔道具なども、見た目は同じものだ。


これを使うと、俺の体には水魔術の魔術回路が刻み込まれることになる。


俺は、水魔力は潤沢にあるが、水魔術がほぼ使えない。それは、使い方を知らないからに他ならない。


どんなに頭が良い人でも、数式を知らなければ難しい数学の問題はなかなか解けない。


本当の超天才は知らないが、普通の人ならそんなもんだ。この魔術回路というのは、例えるなら最適化された数式で、これを体に刻み込むと、本来は難しい問題を簡単に解くことができるようになるというものだ。


端的に言うと、俺でも『水を操る』以外の水魔術が使えるようになる。


「まったく、一体何を戸惑っているんだか」と、サイフォンがジト目で言った。今はギャルモードだ。


「いやぁ。せっかくまっさらな体なんだから、少し勿体ないような気がして」と応じる。


嘘のような本当の話。水魔術レベル1は百万位で買えるから、買おうと思えばいつでも買えた。


「処女をこじらせた行き遅れじゃあるまいし。観念なさい」と、サイフォン。


処女をこじらせたって……


「分かった分かった。流石にクリーンくらいは覚えたい」


「クリーンは水魔術レベル2。お値段三百万ストーンなり。レベル1は、水生成と冷気生成とか」


三百かぁ。


「ひぇ……お前達って、レベル何だったっけ?」


「私が6。ベルが5、他はみんな4。普通の水魔術の他に、軍用スキルも覚えてる。意外と優秀なのよ?」


魔術のレベルは、一応10がマックスだとされている。いや、マックスを10と定義していると言った方が適切だろうか。なお、レベル10は神話級。実質のマックスはレベル9らしいので、そう考えると、こいつらは年齢の割には結構な高レベルのような気がする。きっと、親御さんらが投資くれた所作だろう。


「ふうむ。お前達って、意外とお嬢なんだな」


「そうね。首都の国立魔道学校に通えるくらいにはお嬢かな。じゃあ、インストール行くわよ」


「一気に行ってくれ」


サイフォンは透明の石版を持ち上げ、それに魔力を通していく、集中し、俺の左腕にかざす。


魔力の奔流を感じる。腕に、何かがまとわり付いていく……


パキッ


「あん?」


乾いた音が響き、サイフォンが変な声を出す。


「どした? ……石版、割れたな」


「オ、オーバーフロー? まさか、魔術回路の焼き付けが出来ない?」


「え? それって、まさか俺がアレだから?」


「この辺ってさ、ひ、ヒト用の魔道具だから、ひょっとしてあなたには使用できない?」


「マジかよ。それって、割れても大丈夫なもん?」


「大丈夫じゃ無い。弁償……」


「あ、あの、おいくら?」


俺達は、これから旅支度だから、お金が掛かるのだ。余計な出費は避けたい。


サイフォンは、「ひ、百万近く……かな」と言って、可愛く笑った。


「どうしよう。まあ、お前達がいれば、百万位は……」


「水ギルドの魔力備蓄装置持ってくる。それにこっそり魔力入れて。今日ちょっと残業するわ……」


俺、魔力タンク役くらいしかできないのか……水生成くらい使いたかった……


その後、水ギルドの大きな水晶玉に魔力を叩き込み、今度、スイネルに送って行く水ギルドの人と顔合わせして、水ギルドの建物を後にした。


スイネルまで送って行く人は夫婦だった。お値段お二人で百万ストーンなり。約7日間の旅程だから、一日7万ストーンの計算だ。食事や護衛の事を考えると、それくらいは妥当な値段らしい。


帰り道、「旦那様、魔術はどうでした?」と、マルコが言った。マルコは、サイフォンの判断で別室待機だったのだ。一応、俺の正体は秘密なのだ。最近、あまり自重していないけど。というか、マルコは長期雇用にした。こいつは、孤児でぼっちだから、しがらみもないしな。だから、別に全てを秘密にすることもない。


「俺、体質的に魔術回路が体に構築できないらしいんだ」と、返す。


「ええ? そうなんですか。そんな人いるんですね」


「そ。だから俺、スキルなしだから」


「ス、スキルなし? そうなんですね。でも、大丈夫ですよ」と、マルコが言った。


「そうだなぁ。少し不便かなぁくらいだもんな」


「ええ、旦那様なら、きっと大丈夫です」と、マルコ。


マルコなりに、俺を慰めてくれているんだろう。



・・・・


マルコと二人でモンスター娘らがいるホームに帰ると、まだ輜重隊も小田原さん達の新荷馬車も帰って来ていないようだった。


モンスター娘達の超巨大荷馬車の周りでは、『炎の宝剣』のメンバーが睨みを効かせている。


「お帰りなさい、旦那様」と、ステラさんが言った。夕食の下ごしらえをしていたようだ。彼女、日給千ストーンだけど、本当によく働いてくれる。


「ただ今。まだ誰も帰っていないんだな。今日はフル稼働だったからな」


いつもはネムが留守番なんだが。


「そうですね。もう少しすると、輜重隊が帰ってくるとは思うんですが」と、ステラ。


「了解。よし、マルコ。空いた時間で探索の続きするぞ」


「はい。分かりました」


マルコは、ステラに布巾フキンを貰い、テーブルの上を拭き始める。今から例の迷宮探索だ。



・・・・


俺の千里眼は、任意の所から開始できない。


開始は、必ず自分の肉眼もしくは千里眼で見える範囲からだ。そこから視線を動かして目的地まで飛ばなければならない。


千里眼を出している間は、俺の意識がそっちにとられてしまうため、本体の方が若干無防備になる。


無防備といっても、不意打ちでない限りは、あまり問題にならない。これは訓練すると、千里眼を出しながら動き回れるようになると思うが、まだその域に達していない。

インビシブルハンドも似たようなもので、これを出しているうちは、注意がそっちに逸れてしまう。訓練すれば、自分の手足のように使えるようになると思う。


というか、インビシブルハンドは超便利だ。手を伸ばさなくても物が取れるし、手が足らないときも自由自在に手を増やせるのだ。慣れるのは時間の問題だ。


一方の千里眼は、使いすぎると頭がくらくらしてくるため、いまいち使いづらい。ラノベで良くあるスキル『並列思考』なんて、俺は持ち合わせていない。


応用次第では色んなことに使えるのだが。


そんなことを考えながら、千里眼を飛ばす。ここらバッタ男爵所管の地下迷宮入り口は徒歩30分ちょっとだが、千里眼なら数分で付く。少しもどかしい速さだ。


入り口から入り、勝手知ったるバッタダンジョン。徒歩で4時間ほど掛かった地底湖まで、速攻で到着する。


そして、地底湖に潜って、別エリアへ。


「よしマルコ。まずは釣り鐘岩の所まで行くぞ。今日は」


「はい。分かりました」



・・・・


「前回と同じ1時の出口に入る。いいな」


「了解です」


しばらく、マッピングが続く。


ここは魔物も多い。目を真っ赤にした巨大蜘蛛が大量にいる。間引かないと街に出てくるんじゃないかと心配になってくる。


「よし、ここは行き止まり。200メートル手前のY字路を右側に行ってみよう」


魔物を無視し、ガンガンと進める。


ふと、鍾乳洞の幅が大きくなる。


「分岐点から150メートル。洞窟幅広くなる。いや、壁の色も少し違う気がするな」


俺の千里眼は、ちゃんと色も分かる。

だけど、音と匂いは分からない。なので、今の所会話は聞けない。だけど、インビシブルハンドで物を触れる以上、振動である音は聞き取れるはずだ。いずれは研究して遠くの音も分かるようにしたい。


「やけに真っ直ぐだな……丁字路に到着。カーブの部分は、やけに直角……左に行ってみるか」


洞窟というか、まさか、これは……


「まっすぐ……左手側に等間隔に横穴。何だこれ」


「等間隔、ですか?」


「そうだ。いや、ほぼ等間隔だ。真っ直ぐの通路に、同じ大きさの横穴がずらりと並んでいる……のだが」


これは、本当に洞窟か?


「は、はい。お次は?」と、マルコが言った。


「ちょっと集中させて」


この通路は、。いや。若しくは蜂の巣のような……


横穴の一つに入ってみる。


ボロッボロになっているが、ここの広さは、既知感があるような気がする。


入り口が狭くて、直ぐに広くなる。そして、四角い窓……


「マルコや……」


「はい。何でしょう」


「地下迷宮って、地下遺跡って言われることがあるよな」


「はい。そうですね。階層の深くには、そう呼ばれるエリアが存在しています。アイテム類は遺跡から出土するのが基本ですけど」


「遺跡から出るアイテムって、もともと何なんだろな」


「さ、さあ。太古の探索者達の忘れ形見とか、あるいは迷宮の支配者のいたずらと言う人もいますけど……」


「ふむ……」


この通路のこの肌触り……インビシブルハンドで掴むとボロボロと崩れるが、そのねずみ色の土塊の中に、赤さび色の筋が入っている。これは、まさか鉄筋コンクリート??


それならば、ここは多分、マンションかホテルなどの人工構造物ではないだろうか。


部屋の窓から外に出る……


! 心臓が跳ね上がる。窓の外は断崖絶壁だった。


今の俺の視線は千里眼だから、地面が無くなったって別に落ちることは無いのだが、名残でびっくりしてしまう。


断崖絶壁の下は、よく分からないくらいに深い。この壁が鉄筋コンクリートだと仮定すると、ここは高層ビルか何かではないだろうか。


ならばここ、いや、この異世界とは一体……


ふと、崖の下で何か気配を感じる。


ここには、魔物がいる。だから、気配がしても何も不思議ではないのだが……


その気配は、確実にこちらに近づいてきている。


先ほど壁をインビシブルハンドで握り潰したから、その気配を感じて何かが寄って来たのだろうか。


俺は、インビシブルハンドを引っ込め、こちらに登ってくるナニカを確かめるべく、千里眼の向きを変えて待ち構える。


そこにいたのは……それは、最初ロッククライマーかと思った。


そのクライマーは、二本のかいなを持っている。ちょうど、人間と同じくらいの大きさだ。二本の腕が引っ付いている部分の近くには、何か丸い物があった。当然、それは頭部に位置しているわけで。


登ってくるナニカの背中側に回る。


やはり……こいつは人の造形に見える。だが、髪の毛が無い。もちろん、服は着ていない。


両手両足を使って、器用にこの断崖絶壁を登ってくる。


そうだ、目だ。目が赤ければ魔物、そうで無ければ魔物化前の動物だ。


俺は、千里眼でヤツの顔面の前に移動する。


だが……そのクライマーの目は……何処にも無かった。いや、目のくぼみはあるのだが、まなこが無い。


ここは暗闇だから、目が退化しているのだろうか。


そうだとすれば、このクライマーは、ここで進化した脊椎動物だということになる。


というか、腕、肩、頭部の大きさのバランス的に、こいつはヒト最低でも類人猿であることには間違いない。この世界は、ヒトの誕生から、相当の時間が経っているのだろうか。それにしては、この世界の文明水準は低い気がする。軽く宇宙船が飛んでいるような世界だったら、ヒトがこのような進化を果たしていても信じられないこともないが……


「マルコや……」


「はい。何でしょう」


「地底人っている?」


「はい? いや、地下迷宮に住んでいる方はいらっしゃると思いますけど」


「そっか。どうしよう……今日はここまで、かな?」


「は、はあ……」


これは、どこに相談すればいいんだろう。バッタ? それも違う気がする。とりあえず、仲間に相談かな。この異世界は、まだまだ俺が知らないことが満ちあふれている。


俺は千里眼を終了し、仲間が帰ってくるまで、少し休憩することにした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る