第112話 聖女登場
朝起きる。
何か軽いなと思っていたら、俺の上で眠っていたはずのサイフォンが、ギランに変わっている。
最近はこのパターンが多い。サイフォンとベッドインして、途中でギランが紛れ込む。そして朝は、ギランに体温を奪われる。
ムカデ娘のセイロンともちょこちょこするが、彼女は日中に求めて来る。台所の隅っことかトイレとか。なので、必然的にこうなる。
こういう関係も慣れてきたし、まあいいかと思う自分がいる。
「ギラン。そろそろ起きるぞ」
俺がそう言うと、ギランは「ふぁい」と言って、大あくびする。こいつには、あくびが良く似合う。
今日、輜重隊の任務は仲間達に任せる。護衛には、冒険者を新しく追加で雇った。先日出会った『暁の絆』と『雪の音色』達だ。赤い髪のナイスガイと、青い髪のイケメンだ。日帰り単発の仕事はありがたいらしく、エリエール子爵の輜重隊を護衛する任務を委託した。今回も『雪の音色』を雇っているので、合計4人の冒険者を雇っていることになる。一応、これでも儲けはちゃんと確保できる見通しだ。というか、雑用ギルド便利だな。人が足りないと思ったら、直ぐに補充できる。
なお、うちらの代表者には、ネムを任命した。彼女は孤児ではあるが、文字の読み書きはできるし、最近では九九を始め、計算も勉強している。それに、バッタやトマト、それからアリシアやマツリにも顔が利く。補佐にヒリュウを付ければ十分だろう。ヒリュウがいれば、だいたい何とかしてくれるだろうと勝手に期待している。
そして、俺はというと、我がパーティの新しい仲間、荷馬車くんの納品引き渡し式に出かけるのだ。
これでようやく、我がパーティにもホームが出来る。仲間達と共に色んな所に旅に行ける。結構嬉しい。
今は荷馬車用のキャンプ地で、ほとんど難民のような生活をしている。基地があるだけでも違ってくると思うのだ。
と、いうわけで、朝からケイティ、最近の俺の付き人マルコ、種付け師のアイサ、騎乗弓のガイらを連れて、まずは牧場に行く。小田原さんがいる荷馬車屋に行くのは、牧場でスレイプニールを受け取ってからだ。
・・・・
「おいマルコ。お金を」
「は、はいぃ~」
マルコがガタガタと震えながら、自分のリュックからお金の入った袋を取り出す。
スレイプニール3頭分、1頭が250万ストーンだから、合計750万なり。
ウルカーンは物価が高いとはいえ、1ストーンは基本的に1円くらいの価値があるから、感覚としては即金で750万円の支払いだ。流石に緊張するのだろう。750万は大金だが、エリオンの短剣が700万、クメールの宝剣が500万で売れたから、余裕で買える。機転を効かせて戦場からパチってきたヒリュウに感謝だ。
「あの仕上がりで250万は安いぜ」と、ガイが言った。俺は、スレイプニールの値段の感覚は分からないが、プロがそう言うんならそうなんだろう。
一応、荷馬車を曳く2頭は去勢された牡だ。騎乗護衛用の1頭は去勢していない牡。切るのも勿体ないくらいの若くて良いスレイプニールらしい。
「よし、行ってきな。しばらくウルカーンにいるんだろ?」と、牧場主のガストンが言った。
「ああ、あと数日はな。それ以降はスイネル方面だ」と、ガイが答える。
「分かった。それまでは
ガイが騎乗護衛用のスレイプニールに乗る。荷馬車用の2頭は、アイサとマルコが手綱を持って歩いて連れて行く。まずは荷馬車とスレイプニールを繋ぐ器具を合わせないといけない。
俺達の奇妙な一行は、小田原さんが待つ荷馬車へと向かっていった。
・・・・
「千尋藻さんこっちだぜ」と、小田原さんの声が聞こえる。
色んな木材に紛れてスキンヘッドが見える。
「これが、俺達のマシンだ」と、小田原さんが言った。
そこには……
「おお。綺麗な……」
子供の背丈くらいある大きな車輪に、丈夫そうなマイクロバスくらいの大きさのボディが乗っている。
そのボディの片面は、木目が美しい一枚板が付いていた。
天井と逆の側面は、ハードポイントとしてのフレームだけが付いている。
「片面は矢避けにしようと思ってな。板を張ったんだ。せっかくだから化粧板にした」と、小田原さんが言った。
「幌はまだなんですね」と、聞いてみる。これでは中が丸見えだし、雨が降ったらずぶ濡れだ。
「ああ。幌は素材屋で買わなきゃならん。タープも含めて別オプションになる」と、小田原さん。
別オプションと言うことは別料金か。まあ、この辺をケチってはいけないと思う。
「まあ、いいの付けましょう。これから、これが俺達のホームになるんだから」
ホームと言っても、全員がこの荷馬車の中で生活するわけではない。荷馬車を利用してタープを広げたり衝立を立てたりして、生活空間を創るのだ。
「あいよ。それから備品も結構かかるぜ。まずは馬の調整だな。馬具を取り付けるから、スレイプニールを荷馬車の前に持ってきてくれ」
・・・・
そこからは、ガイやアイサ、そしてマルコが手伝って馬具の調整をしていく。俺とケイティは完全に空気だ。
「備品というと、後は薪割りの斧とか調理器具か」
「衝立ももっとあった方がいいかもしれませんし、ここは暖かいとは言え、これから冬が来ます。防寒設備が必要でしょう」と、ケイティが言った。
「なるほどな。毛布も人数分となると結構嵩張るよな」
「そうですね。毛布より、旅人用のシェラフで良いのがあるようですね。魔物の皮と羽毛を加工して作ってあるようです」と、ケイティ。
シェラフと言うのは、いわゆる寝袋だ。確かに、それなら省スペースで済みそうだ。
「それから、移動にもかなり金が掛かるからな。移動ついでに行商もしないと破産してしまう」
そう。俺達は行商人ではないとはいえ、稼ぎ口を持っておかないと旅もおぼつかない。今回のスイネル行きは、水ギルドの伝手で少しだけアルバイトが出来そうだ。
水ギルドの管轄は、実は幅広い。人工透析もそうだが、意外な所では血清の精製だ。献血で得られた血液を血清にするのは水ギルドの管轄だ。水ギルドはそれを薬剤ギルドに卸し、実際にクスリを作って売るのは薬剤ギルドになる。それから消毒用アルコールの精製や、布を染める染料の一部を生産するのも水ギルドだ。
なんやかやと裾野が広いのが水ギルドだったりする。
今回は、アルバイトがてら、血清製品を運ぶし、移動中の余った水魔力でアルコール類を精製しながら運ぶ。それから、意外と儲かるのが旅客と手紙だ。要は、ついでに人と手紙を運ぶのだ。この世界の移動は命がけ。護衛無しでは無理だ。なので、どうせ移動するならと、人や手紙を送り届ける。
俺達は大所帯だが、まあ、若干名なら大丈夫だろうということで、今後風当たりが厳しくなりそうな水ギルド所属のララヘイム人をスイネルまで乗っけていく。
そんなことを考えていると、何やら大通りが騒がしくなる。この荷馬車屋は、何気に大通り近くに立地していたりする。
「何だろな」と、俺が呟く。
ケイティが、「親方、あの騒ぎはご存じで?」と、スレイプニールの馬具のサイズ合わせを眺めていた荷馬車屋の主人に言った。
「ん? ああ、今日は確かあれだ。うちの国にノートゥンからの援軍が来てるだろ? そのパレードだろう。聖女が見れるかもしれないぜ?」と、主人が言った。
ノートゥンの聖女だと? 彼女の名前は確か……
「ハナコ……確か、聖女はハナコという名前だったよな」
「ん? ああ、そうだったかな。確かそんな名前だ」と、主人。
聖女ハナコには、いずれ会おうと考えていた。スイネル経由でノートゥンに行った時にでも尋ねようかと。
何故ならば、ハナコは花子。すなわち日本人の名前だからだ。
「聖女ハナコは、エアスランとの戦争に合流するのか」と、俺が呟く。
「いやいや。おそらく、最終防衛ラインあたりの野戦病院で怪我人の治療をするだけだと思うぜ」と、主人。
そうなのか。まあ、これは4,5人の勇者パーティの話ではなく、万単位が激突する戦争の話だからな。回復役の聖女は、勇者と少人数で冒険するより、野戦病院で仕事した方が効率がいいのだろう。
大通りの騒ぎがどんどん近づいてくる。
俺が「ちょっと見てくる」と言うと、ケイティが「私も行きましょう」と返してくる。
「小田原さん、ちょっと聖女見てくる。聖女ハナコ」
「ん? 自分も行こうか」と、小田原さんが言ってこっちにやってくる。やっぱり気になるのだろう。
ふむ。日本人三人で見に行くか。
三人で大通りに出ると、立派なスレイプニール4頭が巨大で豪華な装飾が施された馬車をゴトゴトと曳いてくる所だった。
その馬車はオープンになっており、その上には……
巨大なトラ! いや、そのトラには牙がある。セイウチよりちょっと短いが、巨大な牙が生えている。いわゆるサーベルタイガーというやつか。小麦色のもふもふに黒い斑点が付いている。しかも二頭。
……いや待て、サーベルタイガーのインパクトが強すぎたが、オープンカーの中央には、一人の人物がいる。
赤と金で飾られた煌びやかな法衣。頭には縦長の大きな帽子。
だけど、それを身に纏っているのは…………おばはん??
いや、ただのおばはんではない。サーベルタイガーのせいなのか、大阪のおばはんのように見える。酒樽のような体格だが、お顔の化粧から察するに、おそらく女性だとは思う。いや、聖女と言うくらいだから女性は女性なのだろう。だが、大きな帽子の隙間からはみ出ているのはパーマ掛かった黒髪で、化粧はとても厚く、しかもあの輝きはおそらく下から照明の魔道具か何かで照らしてシワを見えにくくしているものと推察される。
そして、時々手を振る彼女の五本の指には、これでもかという大きな宝石が付いた指輪がはめられていた。まるで、怪しげな占い師のような出で立ち。
こ、これは……まあ、おっさんが異世界転移する世界なのだ。おばさんが転移していたとしても、何もおかしくはない。しかも、何らかのチートを持って。
おかしくは無いが……何だろう。この残念な気持ちは。
まだ性悪ビッチ
だが、だがしかし。あれは……さすがに……
ふと、馬車の上のサーベルタイガーと目が合う。じっと見つめられるが、興味なさげにぷいと視線を戻される。
あれは魔獣なんだろうか。これだけの権力者だ。きっと魔獣に違いない。
手を振っていた聖女が、地面に突っ立っている俺達三人に気付く。
馬車がゆっくりと進みながら、聖女は俺達に一瞥をくれる。
ふむ。俺とケイティは、黒髪の直毛で、どちらも日本人体型だ。要は身長170センチくらいで、この国の人達からすると、背が低い。
その反応は……聖女は、手を振りながら、そのまま馬車で立ち去ってしまった。俺達が日本人だと気付いたかどうかは分からないが、無反応で過ぎ去った。
さて、どうしよう。
例えば、見えない忍者状態のヒリュウを放つ、もしくは、俺が千里眼を使うなど、今の俺には彼女を監視したり、コンタクトを取ったりする手段がある。
せっかく聖女が近くにいるのだ。俺達の本来の目的のため、彼女と接触するのもありだろう。
「あれ、どうしよう」と、俺が呟く。
「パスで」と、ケイティが言った。
「しかし、アレは日本人かも……」
ケイティは厳し顔をして、「彼女のスキルは、『欠損回復』、『超回復』、『絶倫付与』、そして『絶対服従』です。それから、『吸盤』という謎スキルも所持しています」と言った。
はい??
「さらに、彼女の周りにいる護衛は、全員『魔力贈与』と『ザーメ○量アップ』を持っています」と、ケイティが続けて言った。
「ま、まじかぁ……あれ、性女だったのか」
おばさん性女だなんて、一体誰得なんだよ……
「パスしましょう。彼女の護衛兵は皆イケメンです。すなわち、彼らは聖女の性的パートナーである可能性があります。私達は、そこまで急ぐ必要はない」と、ケイティが言った。
「そ、そうだぜ千尋藻さん。彼女はこれから傷病兵の手当で大忙しだ。手を煩わせてはいけねぇ」と、小田原さんまでもが言った。
確かに、彼女の周りに居る護衛兵は、イケメン揃いだ。きっと、イケメン好きなのだろう。俺達はイケメンではないからなぁ……
「そ、そうか。まあ…………後回しでいっか」
俺がそう言うと、おっさん二人はとてもまぶしい笑顔を見せた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます