第109話 ウルカーン神殿への参拝
さて、午前中はびっくりしてしまった。
マルコの知り合いというヤツに出会ったら、剣の鞘で俺が腰から下げている短剣『亡霊』をツンツンと突いて来やがった。しかもダサいとか冒険者辞めろとか好き勝手言いやがって。
だが、俺はおっさんだ。そんなことで切れて喧嘩したりとかはしない。それよりも、ダサいと言われたのがショックだ。本当に似合っていないのだろうか。いや、大丈夫。きっと大丈夫だ。この短剣はとても貴重なものなんだ。何と言っても、銘が入っているのだ。その名も『亡霊』。腰に下げている姿も、きっと格好いいはずだ。
その後も青年二人組に助けてもらったり、飯食いに行ったりと色々あった。まあ、あの坊やの剣は、インビシブルハンドで鞘ごと握り絞めておいた。なので、実は剣を鞘から引き抜こうとしても、曲がって引き抜けなかったはずだ。いや、無理に引き抜こうとすると、剣が中折れして、短くなった剣が引き抜かれ、大爆笑アンドざまぁという落ちだったのだが。
まあ、俺はガキと喧嘩するつもりはないし、午後からは気を取り直していこう。
今日午後は、ウルカーン神殿に向かうのだ。
神殿といっても、本当のウル神の総本山は、別の所にある。当然俺達は立ち入り禁止だ。今日行くのは、ウルカーンの街中にある神殿である。
ウルの総本山が伊勢神宮なら、ウルカーン神殿は明治神宮といった所だろうか。
いわゆるウルカーン神殿とは、かつてのウルカーン城を寺院に改修して神殿にし、一般公開している所らしい。なので、そこにウルの巫女はいないが、平民含めて一般公開されている寺院であるため、観光と情報収集を兼ねて参拝することにしたのだ。
世界の異分子の探索は後回しにしているとはいえ、サボりすぎるわけにもいかない。まずはそれぞれの国にいる亜神とやらを調べるべく、暇を見つけて神殿に行くことにした。
もうすぐウルカーンを
と、言うわけで、俺とマルコとデンキウナギ娘のナインで街中にあるウルカーン神殿を目指す。何故この微妙なメンバーなのかというと、手が空いているのが俺達だけだったから。
うちらは留守番メンバー以外は皆仕事しているし、モンスター娘達も商業ギルドに行って交易品の取引をしたり、ウルカーン政府の当局と傭兵契約の手続きをしたり、意外と忙しいのだそうな。それは護衛を雇うくらいには忙しい。
逆に俺はというと、サイフォンに、誰にでもやれるような仕事はあまり自分でするなと言われている。なので、自分にしか出来ないようなことを選んでやっているつもりだ。
なので今日は、情報収集なのだ。
昼食会場から歩いて約30分。
街の中に、とても急勾配な山があるのがみえる。
元々ウルカーン自体、丘の上に街がある感じなのだが、ここはその中に切り立った小高い山が突き出ている感じだ。その急な斜面には階段が設けてあり、上の方に確かに石積みの古城がある。その古城が、今はウルカーン神殿らしいのだ。
ここの国民は、日頃はこちらの神殿にお参りするらしい。
ウル神殿は貴族区の中の更に奥、王城の隣にあるという。外国人の俺達は、とてもではないが入れてもらえないだろう。
「うっわぁ。ここを登るんですか?」と、マルコが言った。こいつは、背中に大荷物を抱えている。全財産を入れているのだそうな。
地下迷宮探索の時には入り口で預けていたが、基本的にこいつは自分の全財産を持ち歩いている。そういう性格なのだろう。うちの荷馬車が出来たら、そこに預けるそうだが……。
まあ、ここの階段は、荷物を担いでいる状態では少しげんなりする程度の段数がある。
なので、「俺が背負ってやろうか?」と、マルコに言った。レディにはやさしくせねば。こいつは、最早うちの従業員なのだし。内政系が少なかったうちのパーティにおいて、こういうヤツは希少かもしれないと思っている。孤児だったらしいが、多分、地頭はいい。
マルコは小さな目を見開き、「ひぇ? いいです。駄目です」と言った。
どういう駄目なのだろう。自分の宝物を他人に渡したく無いのか、それとも俺に悪いと思ってのことなのか。
「そのまま行くのか? 途中でへたばった方が迷惑かけるぞ」と、ナインが言った。彼女は、俺が言いたいことを察してくれたらしい。
デンキウナギ娘のナインの荷物は、腰に下げている剣の他は、たすき掛けにしているポシェットだけだ。可愛らしい。
マルコは、このくらいなら大丈夫というので、そのままで階段を登ることにした。まあ、いざとなれば、俺がマルコごと持てばいいだけの話だ。
つづら折りの階段の横には、火がちろちろと燃えている祭壇が設えられている。ここでは、火そのものが信仰の対象のようである。
この階段は
歩くこと数十分。ちょうどマルコの息が上がってきたところで、分岐にさしかかる。
「これはどちらに行こうか」
「え、ええつと、横に行ったら美術館だそうです」と、マルコが言った。
「ほう。入れんの?」
「庶民にも開放されています。有料と書いてありますけど」と、マルコ。
「へぇ~。行ってみるか」
異世界美術館というのも興味がそそられる。
・・・・
「ここは、旧ウルカーン城の兵士詰め所だったところらしいですね。そこを改修して石像などの保管庫兼、それらを展示する美術館にしているようです」と、マルコが言った。
有料エリアだからと恐縮しているマルコを説得して中に入り、今は彼女に解説してもらっている。俺は文字が読めないからな。
口に出す言葉は、おそらく微弱な魔力が伴っているからか、魔術的な何かで理解できるのだが、文字は駄目だった。それは、小田原さんやケイティも一緒のことだ。
「石像を造る文化があったのか。いや石像というかレリーフなのかな」
いわゆる仏像みたいなオブジェがあるわけでは無く、石壁に掘られた彫刻が飾られている。大きさは結構大きい。高さ3メートルくらいあるのではないか。
「そうみたいですね。ウルカーン各地に残っていた石のレリーフを集めていると書かれています」
「ふうん。ウルのシンボルは炎だったよな。街中にもよくあるよな。炎の祭壇みたいなやつ」
「そうですね。あれ、街灯としての機能もあると思うんです。他の神とは違って、ウル神は炎そのものって書かれています」と、マルコが美術館の説明書きを見て言った。
「ほう。ウル以外の神はどんな描かれ方がされているんだ?」
「天のノート神は男性ですね。大きな翼を持っていて、天からの光、すなわち太陽の恵みを与えます。そして、水と地と木は、女神様なんですよ」と、マルコが言った。
その辺は、元いた世界でも女神として描かれる場合が多いなと思った。地母神とか。植物の恵みは、子をなす女性と同一視されるのだろう。それから、女神はここでも三姉妹だった。
「ほうほう。この辺のレリーフも色んな意味があるんだろうな」
なんだかごちゃっとしたレリーフがある。
「そうですね。水と地と植物の女神様が協力して雨が降るっていう教えを表しているレリーフらしいですね」と、マルコが説明書きを見ながら言った。
そのレリーフをよく見ると、乳房がある三人の人物が空中に舞っている姿で、その三人が一緒に丸い輪っかを握り絞めている構図であった。
「ふうん。残りは? 描かれていない残りは、エアとリュウだよな」
「エアは、風と認識されているけど、実は物質世界そのものを指しているっていう説がある。だから、エアの神には足がある」と、デンキウナギ娘のナインが言った。
よく見ると、確かに天のノート神と三女神には足が描かれていない。そして、次のレリーフがそうだろうか。
天から降ってきた丸い輪っかを受け取るような造形のレリーフで、確かに足がある人物がそれを受け取っている。エアとは、人や植物が住む、世俗の空間そのものを守護する神なのかもしれない。日本神話でいうところのスサノオさんかな?
「それから、リュウにも足がある。リュウは人の神。人そのものの守護神。闇と聞くとネガティブに捉える人がいるけど、闇と言うより、どちらかというと太陽の影の部分」と、ナインが言った。
「ほう。光の神と対を成す意味での闇、それが人間ってわけか」
「そうそう。問題は、人間の守護神リュウを奉る私らが、他の人間よりずいぶん
ちょっとだけキリスト教の失楽園を思いだしたが、これとはずいぶん違うみたいだから言わないことにした。それから、ここにはリュウのレリーフは無いらしい。残念。
「そう思うと、この七曜の神は、この世界の理をあらわしていて、それがそのまま信仰の対象になっているのかな? 七曜だったら、全てが揃ってこその世界の成立なのにな。何だが、そういった神を信仰している国が戦争するのも馬鹿みたいだな」と、俺が言った。
「そうだねぇ。かつて、
「そっか……、実は、俺のとこの日本はそれやったんだよな。各地の伝承を集めてがらがらぽん。日本神話が成立して。だから、未だに一億人くらいが何となく纏まっている」
ま、これは俺の個人的な史観。異論はあるだろう。
横を見ると、マルコが一億って何? などと言っている。こいつは桁が多い数字は分からないようだ。
「ふうん。おや、最後の一枚、いや、これは……」と、ナインが言った。
「神敵?」と、マルコが呟く。説明文にそういうことが書かれていたのだろう。
その大きなレリーフには、大きな雨粒みたいなヤツが沢山掘られていた。どことなく不気味だ。
「神敵? やっぱりいるのか悪魔的なヤツ。宗教には付きものだよな」
「神敵は神に仇成す者です。山ヒルとして描かれることが多いらしいです」と、マルコが言った。
この沢山の大きな雨粒は、山ヒルらしい。何で山ヒルが神敵なんだろう。
この不気味なレリーフを見つめていると、ふと山ヒルの中央にヒト的な造形を発見する。
「ヒルの中に人がいるな」と呟く。
「ああ、神敵は少女だよ」と、デンキウナギ娘のナインが言った。
「ほう。悪魔が少女というのも珍しいな。普通は頭が三つとか、頭部が山羊とか、おどろおどろしい描かれ方をするもんだけど」
「実在するからね。神敵は」と、ナインが呟いた。
「え? そ、そうか。ここではそうだったのか」
ついついこことは別の世界、すなわち日本とかの感覚でものを言っていた。ここは、神的な存在が、物質的に実在する世界なんだった。
「神敵の少女は、普段は何して過ごしてるんだろうね」
「さあ。殺すべき神を求めて世界を彷徨っているって聞いたけど」と、ナイン。
彷徨うも何も、神がいる所って神殿なんだろうし、それはどうなんだろう。まあ、神敵なんて不名誉な名前は、そう名付けられただけで、普段は普通にリラックスしてお茶でも飲んでいるのかもしれない。
「ところで、この辺の宗教的価値観ってさ、ひょっとして他の六カ国も一緒?」
この神の認識はウルカーンだけなのだろうか。だが、ナインの言い方だと……
「概ね同じかな。このレリーフはかなり古いものみたいだけど、絵画の方だとかなり美化して描いてるね。特に自分とこの神はカッコ良く描くよ」と、ナインが言った。
「じゃあ、この大陸の人らは、みんな同じ宗教じゃねぇか」と、言ってみる。建国神話が同じなら、同じ宗教ではないかと思ってしまう。
「そうなるの? まあ、千尋藻達だったら、そう感じるのか」と、ナイン。この子は、ほっこりした顔に似合わず、教養があって、地頭がいい気がする。
「ちなみに、ここの世界で、死後の世界はどうなってんだろ」
宗教には、必ずと言っていいほど死後の世界がある。
「地面に潜っちゃう」と、ナイン。
「どういう意味? それは全員? 神を信じるものだけとかではなく」
「全員。死んだら例外なく、全員地面に潜る」
「神を信じていれば救われるとか、天国にいけるとか、輪廻から解脱できるとかはないの?」
「よく分からないけど、そんな考えは多分無い。ノートゥンのヤツラはうまいこと言って、寄付をすれば、財産を地面に潜った後にも持って行けるとか言って、金を集めてるけど」と、ナインが言った。
免罪符かよ……まったく宗教ってヤツは現金だな。
ま、死後の世界は、日本の神道に似ているのかもしれないな……
「ほうほう。面白い。さて、レリーフ見終わったし、次に行くか」
俺がチラリとマルコをみると、目が点になっていた。話についていけなかったようだ。マルコは孤児で学校に通っていないらしいしな。今度本でも買ってやるか。
計算の方も、今ケイティがネム用に九九をはじめとする算数の教科書とか作っているから、一緒にやったらいい。
外に出ようと振り返ると、ふと、天井にあるとある造形に気付く。それは丸い輪っか。天使の輪っかなのかよく分からないが、そもそもノート神が手に持っているのも輪っかだし、三女神が握り絞めているのも輪っか。地上の神エアが天から貰うのも輪っか。
この輪っかこそ、この世界の神々に共通する何かなのだろうか。それとも……八百万の神々を産みし最初の神に関係する何か……まあ、俺がここで想像しても仕方が無いか。
俺達は、ぼちぼちとウルカーン神殿にお参りし、少しばかりのお賽銭を入れて、ホームに戻っていった。異世界美術館も、意外と楽しめた。
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