第108話 マルコの大冒険 ドキュン編
にこやかな旦那様の表情に甘え、私はかつての仲間と会話することにしました。
でも、できるだけ手短にしたいです。私は今、仕事中なんですから。
「ふうん。路頭に迷っているかと思ったけど、仕事見つかったんだ」と、私に話しかけてきた子、私のスラム時代からの仲間が言いました。路頭に迷うと分かっていて、パーティに入れてくれなかったということでしょうか……
その子の目線は、私のリュックに吊り下げている白い棒に向けられています。
その棒は、旦那様にストックとして貰った棒です。手ぶらだったはずの旦那様が、何時のまにか持っていたのです。最初、地下迷宮の湖底で拾ったのかと思いましたが、旦那様は白い棒を造るスキルか何かを持っていらっしゃるようでした。だって、旦那様のお知合いは、みんな同じような材質のものを持っていらっしゃいますから。杖とかステッキとか腕輪とか指輪とか……
今、このストックは、持ち手部分に革紐を巻いて使っています。色艶が美しく、とても軽くてしなやかで丈夫な棒です。
これは私の宝物。私の財産。そもそも、私の全財産は、今背負っているリュックに入っているものだけです。これをいつも持ち歩いています。荷馬車が出来たら、それに置かせて貰おうと考えていますけど。
「うん。あなた達も、パーティは順調?」
と、言いつつも、少し違和感を感じます。何故ならば、この子らは、私を追放したからです。物心着いた時からずっと一緒だった私を。私が役立たずだったということは認めますけど、一方的にパーティから外すなんて……そういえば、役立たずだったはずの私は、旦那様の元では普通に活躍している気がしますね。不思議です。
孤児仲間三人組の後ろには、背の高い男性がいます。歳はまだ若いです。私達とあまり変わらないと思います。彼が、彼女らとパーティを組んだという元男爵令息の方なんでしょうか。私に自慢しまくっていましたので、間違いありません。
だけど、私にとって、元男爵令息というのが、今となってはどうでもよい肩書きに聞こえてきます。なぜならば、サイフォンさんは現役の辺境伯令嬢ですし、あのキャンプには普通に男爵令嬢の方もいらっしゃいます。そして今真横にいる旦那様は、剣術指南としてエリエール子爵家に通われていらっしゃるのですから。
私の質問に対し、「う、うん。ぼちぼちね」と、元パーティメンバーが答えました。
私は、できれば彼女達と会いたくありませんでした。なぜなら、自分は、彼女らを恨んでいたはずだから。私は彼女らにパーティーを追放されて、途方に暮れていたのです。追い詰められて、娼館の門すら叩いたのです……雇って貰えませんでしたけど。
でも、実際会ってみると、彼女らの事は、どうとも思っていない自分がいました。というか、色々なことがありすぎて、正直忘れていました。
まあ、私は無事に旦那様の所に就職していて、そこで何不自由ない生活を送れていますから、最初に彼女らに抱いた負の感情は、今ではどうでもいいような気がしています。
「こいつがお前達の元パーティか? 変なおっさんと仲間になったんだな」と、彼女らの後ろにいる元男爵令息の男性が言いました。変なおっさんとは失礼ですが、あまり否定できない私がいます……だって、変なんですもの。
「仕事中、なんだがな……」と、旦那様が口を開きます。少し不機嫌の様な気がします。まずい。旦那様は、多分とても強いと思うのです。そうでなければ、サイフォンさん始め、あんな沢山の濃いメンバーを率いられるはずはありません。
私は、私の元パーティに『ゴメンネ』という意味でぺこりと頭を下げ、掲示板に向き直りました。ここは、彼女らとの会話は後回しです。今は仕事優先です。
かちゃり
へ?
旦那様の腰辺りで、金属同士が軽くぶつかる音がして……
よく見ると、元男爵令息の彼が、自分の剣の束を持って、鞘の先っぽで旦那様が腰から下げている短剣を突いているではありませんか。
元男爵令息は、もう一度カチャリと旦那様の短剣を突いて、「だっせぇ。そんなんで仲間が守れるかぁ? おっさん、冒険者辞めなよ」と言った。顔がニヤニヤと笑っていて憎たらしい。
私は、柄にも無く頭に血が上り、さてどうしようと思って、旦那様の顔を見た。
え……ええ? 旦那様の表情は、なんと、驚愕……とてもびっくりしているようです。まさか、今の嫌味を真に受けたの? マジで?? いや、ごめんなさい。旦那様の格好、私も少しだけダサいと思っていました。でも、今は機能的でいいと思います。素敵です。はい。
「あ、あんたら、何やってんの!」と、後ろから女性の声が。彼女は、デンキウナギ娘のナインさんだ。よかった。これでこのぴりぴりしたムードが……
「何だぁ? 亜人かよ。気持ち悪りぃ」と、元男爵令息が言った。
「あ”? いま何つったかコラァ……」と、ナインさんが返す。ぶ、ぶち切れてるぅう。可愛いはずの丸顔が凶悪に歪んでるぅうう。体がぱりぱりと帯電してるぅうううう。こ、この人、短気だったんだ。
冒険者ギルドの中がざわつく。喧嘩だぁ……私も、これまで何回か街中で喧嘩は見たけれど、当事者になるのは初めてです。
「けっ」
そう言う元男爵令息は、手に剣を持っています。鞘は付けたままですが、直ぐにも抜剣出来る状態で……。
ガタン
音のした方を振り向くと、冒険者ギルドのテーブルに座っていた大柄な男性二人が、怖い顔をして立ち上がり、こちらに大股で歩いて来るところでした。
「兄ちゃん、外行こうや。暴れたけりゃ、俺が相手になるぜ?」と、一人目。赤い髪の大男です。ナイスガイです。
「ごめんね、お嬢さん。この街の人達が皆あいつと一緒と思わないでね」と、二人目。青い髪の細マッチョです。イケメンです。
元男爵令息は悪びれもせず、チッと舌打ちして冒険者ギルドを出て行きました。私の幼馴染みと一緒に。
「ふん。私がぶちのめしてやったのに」と、ナインさん。
「ドキュンってやつぁどこにもいるんだなぁ」と、旦那様が呟いた。この人は、何を他人事みたいに……
・・・・
その後は、冒険者ギルド近くの個室食堂で、お昼御飯をすることに。何故か先ほど助けていただいた赤い髪のナイスガイと、青い髪のイケメンとご一緒することに。
「いや、悪いな。このために仲裁に入ったんじゃねぇんだがよ」と、赤髪の大男。
「いえいえ。これも情報収集のうちなんで。遠慮無く食ってくれ。マルコもナインも何か頼め」と、旦那様。
青髪のイケメンが、「済みませんね。ここで断るのも失礼になりそうだ」と言って、メニューを取った。
「俺のはマルコと同じヤツでいいからお前が何か頼んで。あ、言い遅れました。私は
「おお、俺はグインだ。こちらの青いヤツはアーツ。俺達は冒険者パーティ『暁の絆』のもんだ。いつもは4人で活動している」と、赤い髪の大男、グインさんが言った。
続けて、デンキウナギ娘のナインさん、そして私も自己紹介をした。とても緊張しました。ちゃんとスザクと名乗りました。
「しかし、モンスター娘達って、ひょっとして、ちょっと差別されてる?」と、旦那様が言った。
「残念ながら、そういう目で見ているやつはいる。特に下級貴族に多い印象だ」と、赤髪のグインさん。
「僕の認識ですが、大物貴族はそんな差別的なことはしません。元リュウグウの戦士達の強さと美しさを知っていますからね。ですが、下級貴族は自分達の上には絶対に越えられない権力者がいるんで、どうしても被差別ランクをつくりたがる。平民を馬鹿にするのも下級貴族が多い」と、青髪のアーツさん。
「なるほどなぁ。俺の知り合いの男爵はそんなこと無かったけど。中にはそういうヤツもいるんだろうな」と、旦那様。
やはり、旦那様は御貴族様と繋がりが。
「ところで、あなたら、迷宮派? それとも地上派?」と、旦那様。
「俺たちゃ両方いけるぜ。だが、穴の中より、地上護衛が多いな」と、赤髪さん。
その後、旦那様は色んな質問をお二人にしました。
物価や景気のこと、戦争のこと、ティラネディーアやノートゥンのこと。戦争前のエアスランやララヘイムのこと。
情報収集するというのは本当だったようです。
その後、運ばれてきたお料理に舌鼓を打ち、この日は解散となりました。なお、お料理は1食2500ストーンくらいの野菜炒め定食にしました。貧乏だった私がこんな美味しいものをお店で食べられるなんて……旦那様には感謝です。
だけど、うう~ん。私の感性は当てにならないかもしれませんが、あの二人はひょっとして……ホモかもしれません。しかも、ガチホモです。私もスラムからここまでの人生で、そういう人に出会ったこともあります。
その人達の共通点……それは体臭が同じなのです。
あの人達は、旦那様の胸筋や股間にちらちらと視線を向けていたのが印象的です。
でも、いい人達だと思います。
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