第107話 マルコの大冒険 冒険者ギルド編

私はスザクです。はい。最近、何故かマルコと呼ばれています。


旦那様に何でですかと聞くと、お前に『スザク』は立派すぎる。まだ早いと言われました。『マルコ』か『タマちゃん』、どちらか迷ったが、言いやすいからマルコにするとのことです。意味がよく分かりません。


そのせいで、皆からマルコと呼ばれています。サイフォンさんでさえ、私のことをマルコさんと呼ぶのです。


でも、スザクという名前を忘れられた訳では無く、今はまだ半人前だからマルコであって、いつかはスザクと呼ばれたいと思います。


それで、今私が何をやっているかというと……


「次は右10メートルで行き止まり」と、旦那様が言いました。


私は、机の上に広げているマッピング用の用紙に、右手方向に10メートル相当の線を引いて行きます。


「本道に戻って、そのまま50メートルは何も無し。いや、その50メートル地点にクラゲみたいな岩がある。この岩をクラゲ岩と名付けよう」と、再び旦那様が。


私は急いでマッピングをし、『クラゲ岩』と書き足しました。


「そのままさらに50メートルは何も無し。そにこから右に10度ほど折れて、直進10メートル地点……足元に小さな穴。人は入れんな。さらに20メートル地点に丁字路。まずは左から行くか……50メートル何も無し。さらに……20メートルに再び丁字路。複雑になってきたな」


旦那様はそう言って、お茶を口に含みます。


これは何をしているかというと、なんと地下迷宮の探索です。ウルカーンのホームにいながらです。


私にも美味しい緑茶と呼ばれるお茶が出され、それを嗜みながら、旦那様がおっしゃる地形を必死にマッピングしていきます。実は私、お茶なんて初めて飲みましたよ。


それに、最初は冗談かと思ったのですが、旦那様には、『見える』らしいのです。遠くの風景が。私は最近、旦那様の付き人の様な感じで一緒にいることが多いのですが、この人と一緒にいると、不思議なことがよく起こります。


「おお。広間に出た。広いぞ。小さな川も流れている。ここの広間に釣り鐘みたいな鍾乳石がある。釣り鐘岩と名付けよう。うへぇ出口が沢山ある。説明が面倒だな」


次は広間に出たようです。


「おいマルコ。お前、時計の針の読み方は知ってるんだよな」


「は、はい。12進法の針の動きですね」


時計はとても高価な物で、もちろん自分では持っていませんが、街には時計台がありますし、目にする機会は結構多いのです。


「そうだ。広間の大きさは直径20メートルの円形。釣り鐘岩を12時として、入って来たのが4時の方角な。それから出口が1時、6時、9時、11時だ」


「ええつと……」


急いで言われた地形を書き起こします。


「いいか? お次は、1時の方向の出口に入ってみよう。まずは20メートル直進なにもなし」


こんなやり取りをかれこれ1時間以上続けています。よく集中力が持つものです。旦那様がおっしゃるには、自分は社畜だったから、この程度のことは余裕で出来るのだそうです。


意味がよく分かりませんでしたが、とにかく凄いです。本来、これだけのマップを造るためには、探検隊を組んで何日も掛けて行うものなのです。しかも、旦那様は自分勝手に進めるのでは無く、時々こちらの進捗の様子も気にしてくださって、私も何とか付いて行くことができています。


「ふう。今日はこれくらいにするか。行きが面倒なんだけど……」


旦那様の『遠くが見える目』は、いきなり地理座標を指定しての開始は出来ないようなのです。要は、最初は自分の体の肉眼で見える範囲からしか始められないらしいです。まずは遠くを見渡せる目を発動させ、それからその視線を動かしていって、バッタ男爵が所管する地下迷宮に入って、それから例のシジミが取れる所まで行って、それから水に潜って……


それにしても、この人のこの能力が本物なら、地下迷宮探索はぐっと進むはずです。

きっと、何処の国や組織も旦那様の能力を欲しがるでしょう。


ああ、だからなのか。私が、ここに今も雇われている理由……それは多分、私が旦那様の能力を垣間見てしまったから。雇われる際に、サイフォンさんにここで見聞きしたことは絶対に秘密だと言われましたので、秘密が漏れるくらいならと、仲間として囲ったのでしょう。


まあ、私は孤児みなしごですから、情報を知っていても、しゃべるべき人はいません。


きっと、私は知り合いが少なく、ぼっちだったから旦那様に雇われたのです。そして行く当ても無いから、秘密が漏れる可能性も少ない。そもそも、私にとって、旦那様は恩人です。旦那様達はこんな私を拾ってくれたんですから、それを裏切るようなことをするつもりはありません。


「よし、マルコ。道具を片付けたら、次は冒険者ギルドだ」と、旦那様。


旦那様は、少しせっかちなところがあります。


「は、はい。わかりました」


私達は、お留守をネムさんとヒリュウさんに任せ、冒険者ギルドに向かいました。今日は、冒険者ギルドの偵察なんだそうです。



・・・・


扉を開けると、カランカラランという大きな鐘の音が鳴ります。

この音は、冒険者ギルド名物です。


中に入ると、まずは広間があって、そこに自由に座れるテーブルと椅子が置いてあります。ギルドからの仕事の説明や、仲間達とのミーティングに使用されます。今日はお昼前だというのに、沢山の冒険者達がいました。


旦那様が、きょろきょろしながら中に入って行きます。相変わらずの手ぶらです。


私達もそれに続きます。今日は、私の他に、デンキウナギ娘のナインさんが一緒に来られています。彼女は、今雇っていらっしゃる冒険者パーティ『炎の宝剣』の更新手続きに訪れたとのことです。ウルカーンは比較的治安が良い街ですが、それでもどんなことが起こるか分からないため、外出する際には必ず複数人で出かけることにしているんだそうです。


「じゃ。私受付に言ってくるよ」と、ナインさんが言って、ひょこひょことしっぽを揺らして人混みを分けて受付の方に行きました。彼女は身長が低く、お顔も丸くいつもにこにこしていますから、まるで子供みたいで可愛いです。ですけど、年齢は19歳の私と同じくらいと聞いています。


「おいマルコ。仕事の依頼はあのボードか?」と、旦那様。


「は、はい。ウルカーンの冒険者ギルドでは、仕事はボードに張り出されます」


「ほう。ネオ・カーンは受付が対応してくれたけど。まあ、ここは都会だから仕方が無いのか」


「ネオ・カーンってそうだったんですね」


「よし、日雇い系の仕事を見繕って読んでくれ」


旦那様は、この国の文字が読めません。なので、私が付き人になっているんです。


「日雇いですね。分かりました。人数制限はどうしましょう」


「うちは沢山いるけど、皆仕事してるしな。ソロから3名程度だな」


「他の冒険者のヘルプの仕事も結構出ています。翼竜の討伐、オオミミズの捕縛、隣街までの護衛。どれも一泊二日ですねぇ。日当は、2~3万。危険手当がプラス5万。今、ガイさんが行かれているのもこんな感じの仕事らしいです」


日当は、必ず貰えるお給料で、任務中に危険があった場合はプラス5万が支給されるという契約内容です。ちなみにガイさんというのは、私と同じ時に旦那様に雇われた騎乗弓兵の男性です。旦那様と同じくらいか、少し若いくらいのおじさんです。


「ふむ。討伐系か。雑用系はないのか? ペットの世話とか、ドブさらいとか」


何故にドブさらい? それにペットの世話って何? 誰か教えて……


「そ、そうですね。ドブさらいは毎月末に開催されるんですよ。私も小さい頃は……「お、スザクじゃん」


そうそう、私の名前はスザク……。私が旦那様の通訳の仕事をしていると、後ろから聞いた事あるような声が。


振り返ると、数日ぶりの懐かしい顔がありました。彼女は、スラム時代からの腐れ縁。数日前まで同じパーティを組んでいた女子でした。よく見ると、他の二人もいます。


私は仕事中と思いつつも、無視するのも憚られたので、「あ、うん。ちょっと、今仕事中、でさ」と言いました。


私の隣の旦那様は、少し優しい顔をしていらっしゃいます。少しくらい、昔の仲間と話をしてもいいでしょうか……


私は、依頼ボードの方に向けていた体を、彼女らの方に向けました。

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