第106話 とあるララヘイム派貴族の独白


<<ナイル伯爵の独白>>


私は、ウルカーンでナイルという伯爵位を持つ、ラインハルトという。ララヘイム王家の血を引く女性を母に持ち、妻にもララヘイム人を迎えたから、私の息子達はララヘイム人の血の方が濃い。皆私の母に似て、美しい青い髪をもって生まれてきた。


さて、私は今、追い詰められようとしている。ララヘイムとの繋がりもあって、ウルカーンの宰相派として権力を振るってきたが、そのララヘイムがあろうことか、戦線布告無しのエアスランとの戦争に、兵を出しているというのだ。全面戦争ではないにせよ、これはまずい。


ララヘイムとの繋がりは、私のアイデンティティーだ。これまで政敵として糾弾してきた国王派の過激なやつらが、これ幸いにと私を蹴落とそうとしている。単に私が失脚するだけならまだ自己責任な部分もあるが、あろうことか、あいつらは外国人差別をよしとする新法を成立させようとしている。しかも戦時であるため、法の施行は法の成立とともに実施されるだろう。


一番最悪なのが特定奴隷制定法だ。我が国は、奴隷制はとうの昔に止めてしまっている。だが、かつての奴隷制の名残で、強制労働を科している犯罪者達のことを、通称、労働奴隷と呼んでいる。


要は、借金でお金が返せなくなった者達、犯罪をして他人に迷惑を掛けて賠償金が課され、それを支払えない者達を強制的に働かせるための法律が存在しているのだ。


だが、その奴隷達の所有権は国家に帰属し、奴隷の個人所有は認められていない。要は、奴隷という名称は、犯罪者だけに適用される呼称なのだ。


しかし、今回の特定奴隷制定法は、特定の条件を満たせば、奴隷を国家でなくても所有できるというものだ。


その特定の条件とは、国家反逆罪だ。特定奴隷制定法とは、国家反逆罪を犯したものは、奴隷にしてもいいという法律なのだ。


ここで、同時に別の法律、すなわち国家反逆罪を規定する法律を改正し、国家反逆罪の定義を広げたのだ。要は、親族に敵国出身の人物がいる場合、具体的な被害が無くとも、国家反逆罪に該当するかどうかの、取り調べが可能な内容となっている。

もう一つの特別税制改正法は、親族に敵国出身の人物がいる場合は、重税を課し、更に国家反逆罪で有罪ともなれば、一族郎党の財産没収が可能な内容となっている。


はっきり言って最悪だ。こんな法律が出来てしまえば、エアスランやララヘイムとの関係が修復不可能なものになってしまう。我が国は超大国ではないのだ。他国と貿易せねば日常生活もままならなくなる。エアスランとララヘイムとの貿易が完全に止った場合、生活水準が、50年前に戻ることだろう。もちろん、今の人口密度をまかなうことは出来ず、相当な混乱が起きるはずだ。


ただでさえ不況で国民生活がじわじわと苦しくなっているのに、これで経済はトドメをさされる。どうも国王派の連中は、ウルカーンの不況は商人が不当にものの値段を吊り上げているからだと思ってようだが、それは違う。不況の原因は、エアスランとララヘイムが好景気だからだ。経済を回すために、大量の資金を市場に投入している。そうなると、通貨であるストーンの価値が違ってくるのだ。


普通の平民の給料を比較した場合、ララヘイムとウルカーンでは倍近くの開きがあるといわれる。そんな国と貿易したらどうなるか……しかも相手は農業国。だからこそ、ウルカーンも中央集権国家に生まれかわろうと検討が進められてきたというのに。


この国は、どうしてこんな国になってしまったのか。


ウルカーンとは、炎の神ウルを崇め奉り、強く、厳格で、弱者を助け、犯罪を許さず、それでいて従順な民には優しく温かい国だったはずだ。政治の世界でも、貴族の権力が強いとはいえ、貴族同士が激論を交し合い、議論中ヒートアップしてしまうこともあるが、そうして決定していく国の方針は、色んな意見が取り入れられた素晴らしい結論になることも多かった。


ウルカーンは、この大陸のほぼ中央に位置する。北はノートゥン、西はティラネディーア。南はエアスラン、南東はララヘイム。海を隔てて東には、かつてのリュウグウ、今のタケノコがある。


大陸の中央国家で物流の要であり、列強国の中でも抜きんでた文化と軍事力を持つ国となった。


それが今では、地下迷宮の犯罪組織の摘発はそっちのけで、一方的に主権国家に侵略戦争を仕掛け、大した外交努力はせず、その数年後には二カ国連合に逆に攻め込まれている始末。


国内の貴族はわがままで、自分達の都合しか考えず、政敵を追い詰めるためには時代に逆行した法律をも簡単に審議にかける。


一体、ウルの巫女はどうしているのか。本来は彼女がウルの予言により、国王や宰相を諫め、または導き、これまでは、多少の小競り合いはあっても、他の五大列強国同士共存してきたはずなのだ。


そもそもであるが、今代のウルの巫女は、どうも偽物だという噂がある。ウルの巫女は、10年ほど前に世代交代している。だが、それは正当なものではなくて、

追放されただけではなく、地下迷宮の犯罪組織に、売春婦として売られたという噂がまことしやかに囁かれている。


それが本当だとしたら、国の正当性を揺るがすほどの大事件だ。我が国ウルカーンにとって、炎の神ウルとは、アイデンティティーであり、絶対にけがしてはならない存在だからだ。


一体、この国はどうなっているのか。昨今、追放や婚約破棄が至る所で起こっている。そして今度は奴隷制の復活。


この国を覆う黒い闇は、単に不景気というだけでは留まらない。それは、じわじわと何か未知の怪物が蝕んでいるように感じる。


だから私は、この国を見限る。だけど私自身は、この国の貴族として、ここに残ろう。それが、ウルカーン国王に忠誠を誓い、この国で財を築いた貴族の務めだからだ。だが、親族を、親族だけは逃がしたい。


しかし、一気に逃げては駄目だ。それを理由に政敵から糾弾される恐れがある。すでに、長男は私の荘園に赴任させているし、次男はララヘイムに留学させている。このくらいなら、どの貴族もやっている。リスクの分散というやつだ。


そしてこの度、17歳の三男は、エリエール子爵に私の妻ごと任せた。新進気鋭の彼なら、責任を持って息子と妻をスイネルに届けてくれることだろう。


残るは私の母上と15歳の四男だ。母上は元王族、不便な生活は強いたくないが、母上は学生時代冒険者として地下迷宮に潜ったこともあるおてんば娘だったらしい。この異常事態、きっと理解してくださるだろう。どこか、どこかに信頼出来る委託先はないものか……


そういえば、先日、目を掛けている水ギルドのギルドマスターが、血相を変えて、私に報告に来た。


水ギルドには、水魔術が得意なララヘイム人縁の者達が務めることが多い。そのため、私は常日頃水ギルドに出資し、関係を築いてきたのだ。貴族にとって情報はとても重要だから、ギルドマスターには何か情報が入ったら直ぐに知らせるように言ってある。


その水ギルドのギルドマスターからもたらされた情報、それは、ララヘイムの才女、オリフィス辺境伯の娘が、部下10名を連れてウルカーンの水ギルドを尋ねてきたというものだ。


私は、彼女のことを知っている。彼女がまだ学生だったとき、屋敷のサロンに招いたのだ。とても清楚で美しい女性であったと記憶している。


今の彼女らは、冒険者パーティと共に行動する単なる旅人ということだが、私は、ここに奇妙な縁を感じている。


四男と母上を託すのは、ひょっとして……


まあ、まずは面会だ。あの最悪な法改正はまだ少し先だ。施行されたとしても、それが平民に適用されるのはまだまだ先だろう。そう考えれば、平民の中に紛れ込ませるのも一つの手かもしれない。


だが、今、四男は王立魔道学園の短期留学でティラネディーアから戻ってきている最中だ。四男が戻って来るのを待ち、彼女に引き合わせてみよう。そして、私も見極めなければならない。


かつて、水魔術の才女とうたわれた彼女、サイフォン・オリフィスという人物を。


ナイル伯爵は少しだけ深呼吸をし、執務室のデスクに置かれた便せんに、何かを書き込み始めた。

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