第103話 サイフォンとの一幕

早朝……


「おはようございますじょう様」と、寝起きのサイフォンが後ろで言った。俺を城と呼ぶときのサイフォンは、お嬢モードのサイフォンだ。こいつはギャルモードとの二面性がある。


「ああ、おはようサイフォン」と、振り向かずに答えた。何故ならば、俺はうつ伏せで寝ているから。サイフォンは、先ほどまで俺の側面に抱きついて眠っていたのだ。今は身を起し、ベッドの脇に畳んでいた自分の下着を身に着け始めている。


なお、俺の背中には、すでにギランが張り付いている。体温を奪うために。今朝は先ほどまで夜警だったようだ。両生類娘にとっては辛かったことだろう。


「地下迷宮で捕まえてきたヤモリですか? 原種ですから、あまり値は付かないと思いますよ」とサイフォンが言った。


今、俺の目の前には、水で造った籠に閉じ込めている色とりどりの生きたヤモリ10匹ほどがいた。みんな可愛らしい。寝起きにつんつんして愛でていた。売ると一匹百ストーンくらいにはなるらしい。


色とりどりで結構綺麗だ。日本だったら、一匹千円以上で売れそうだけど。まさか百ストーンくらいとは……


「その値段聞いて少し凹んだ。せっかく捕まえて来たのに」と、応じる。


「焼いて食べても美味しいはずです」と、サイフォン。こいつ食う気なのかよ。


「まあ、今日、マルコに言って洞窟に返してきてもらおう」


「まあ、お優しいのですね。ところでそのマルコさん。あなた、白い杖を渡されましたね?」と、サイフォンが言った。少し拗ねているような気がする。


「杖というか、アレは元々鉾だったものだな。俺がシジミを掘り起こすためにしたためた棒だし、先っぽはあまり尖ってないと思うけど」と、返す。


サイフォンは真面目な顔をして、「アレは、とても高価な素材です。いいのですか?」と言った。


「まじで? そうなのか。単に高価なだけなのか? 俺の体の一部と同じ材質だから、何かしら呪術的なものに使われないか少し懸念していたんだけど。あげた後に」


「そうですね。本当に、アレがあなたの体の一部を切り取ったモノだったとしたら、世に出回るのは少し危険ですが、あれはそうでは無いような気がします」


「アレは備蓄していた成分を使って、鉾の形に構築しているだけなんだけど」


「それならば、呪いは殆ど関係無いとは思いますが、アレはとても綺麗なエナメル質です。最高級の美術品に使用されるレベルだと思います」


そう言われると、少し恥ずかしい。俺の分泌物みたいなものだからな。というか、ピンときた。


「お前も欲しいのか?」と言ってみる。


サイフォンは、服を着る手を止め、俺に体を密着させてくる。今はブラと上着のシャツ一枚だけで、他は何も身に付けていない。


サイフォンは「そうですね。私達11人は、自分達の杖や魔道具はネオ・カーンに置いて来ましたから、今は何も装飾品を持っておりません。もし可能なら、あなたとの繋がりを、私達にも」と言って、俺の首筋にキスをした。


サイフォンがおねだりするなんて……いや、これは序列の問題なのかもしれない。ぽっと出のマルコが俺の鉾を持っていて、直属のサイフォン達が何も持っていないというのも色々とマズイのだろう。気持ちの上でも、統率の上でも。だがしかし、こいつとマルコが同じモノでは不満だろうと考えた。


「分かった。何が欲しい? いや、どういう形が欲しいんだ? アレは自由にカスタマイズできるんだ。何を隠そう」


サイフォンは一瞬で破顔し、「嬉しい」と言った。こいつは、俺に永遠の忠誠を誓った騎士だ。今はこうして男女の関係でもある。こうして過ごせば、情も湧く。多少のことはやってあげたい。


「では、指輪を。いずれ最高級のウルトラマリンの宝石を埋め込みます」と、サイフォンが言った。


「指輪ね。だけど、マルコと同じ材質では嫌だろう。」と、返す。冗談のような本気の話だ。


「はい。光栄でございます」と、サイフォンが言った。


俺は、この世界では伴侶はいない。まあ、こいつが喜ぶんなら、指輪くらいはいいか。


俺は、自分の右手の薬指の第二と第三関節の間の骨を外し、指から引き抜く。純白の骨が現われる。引き抜いた部分の骨は、じわじわと元通りになっていく。こんなことをしていると、俺って人間では無いんだなと思い知らされる。


俺の体の骨は特別製。俺の本体の貝殻よりも、堅くしなやかに造られている。


「手を出しな」


サイフォンは、ぼろぼろと涙を流しながら、「はい……」と言って、自分の右手を差し出す。俺が右手の指の骨を外したから、自分も右手を出したのだろう。俺とこいつは婚姻関係ではないから、なんとなく右手の骨にしたのだけど、あまり深い意味はない。


俺はうつ伏せで寝ながら、自分の骨の形をサイフォンの右手薬指に押し当て、それに魔力を流し込む。そして、骨の形を変えていく。


サイフォンの指の大きさに合わせ、きつくも無く、大きすぎない程度の輪っかに整える。円形にするのが難しい。色は純白で申し分ない。後で石を取り付けると言っていたから、少し太めに造ろう。


悪戦苦闘し続けること数分。綺麗な指輪が出来上がった。輪っかの断面は楕円形で、全体的に純白の輪っかだ。


「嬉しい……ありがとうございます」


サイフォンはお嬢モードでお礼を言った。そんなに嬉しかったのか。


「他の10人はどうする?」と言ってみる。


「彼女らには、短めのハープーンでいいと思います。先っぽに水魔力を備蓄する魔道具を付ければ喜ぶでしょう」と、サイフォンが言った。


「ハープーンは銛だからなぁ。ご希望の色と形にできるから、後で要望を聞いてみるか」


俺がそう言うと、俺の背中から気配がする。


「私にも、あるんだよねぇ」と、ギランが言った。こいつもこういったモノが欲しいのか。いや、モノというか、気持ち的なものなのかな。最初は体だけの関係のはずだったのに……いや、本当にそうなら、こうも肉体関係は続かないか。


「ああ~はいはい。好きな形を考えとけ」と、背中のヤツに言った。


すると、サイフォンがにこやかな顔になり「やっぱり、あなたはギランには優しいのですね」と言った。



・・・・


朝起きて、朝食を取りながら、迷宮探索組へ指示を出す。すなわち、ヒリュウと、通称マルコ、童貞熊ヘアードに、ロバを連れてバッタ男爵の迷宮探索の件を託す。先日預けていた分の検量と、迷宮内に置いてきた数万相当分のシジミの回収だ。シジミは、ちゃんと少し持って帰るように言ってある。ちなみに、値が付かなかった色とりどりのヤモリたちは、迷宮内でリリースするように指示している。


そして、俺とネムとケイティとサイフォンで、バッタ男爵がいるエリエール子爵邸へ向かう。



・・・・


屋敷に着くと、まずは戦闘メイド達との朝練を軽くこなす。


それから俺とアリシアの地稽古も行う。俺もだんだんと戦闘に慣れてきた気がする。アリシアの攻撃もかなり避けることが出来るようになってきた。まあ、あいつの癖を覚えてきただけかもしれないけど。


それから、ネムはそのままメイド見習いの方へ、ケイティはアリシアの妹ステシアの看病へ、そして俺とサイフォンは一緒にバッタ男爵との面会に行く。サイフォンは、色々なことに詳しいので連れてきた。こいつは一日で十万近く稼ぐスーパー水魔術士だが、仕方が無い。こちらの用事が早く済めば、午後からは水ギルドに復帰できるだろう。


今日はあの地下迷宮の話をするついでに、国内情勢を聞こうと思っている。バッタ男爵は貴族としては下級なのかもしれないが、情報はきっちりと仕入れている。


ちなみに、サイフォンと件のララヘイム派の大物貴族との面会は、こちらとしてはOKを出しているのだが、相手さんの都合がつかないという理由から、4日後という予定になっている。

貴族も大物となると、準備には色々と時間が掛かるものらしい。


そのサイフォンの右手クスリ指には、純白の指輪がはめられている。俺の右手クスリ指の骨を加工して作ったものだ。


俺は、日本に嫁と子供が居ながら、未婚の女性に指輪をプレゼントしてしまった。しかも特別なものと取られてもおかしくないものを。


俺は、日本に居るとき、嫁に対して不満はありはしたが、離婚を踏み切る程度ではなかった。だが、別世界に来てまで、貞操を貫き通すほどではなかったらしい。


まあ、ほぼ毎日体を重ねているからなぁ。そりゃ情も湧く。少し後ろめたさはあるが、後悔はしていない。


サイフォンは、少しだけ幸せがにじみ出ていそうな表情をしながら、俺と一緒に子爵家の戦闘メイドの後ろを歩いていった。

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