第102話 地底湖の向こう側


大漁……大漁だ。ここは、おそらく誰も手を着けていない場所だ。いや、シジミがいる事はガイドブックに載っていた。地底湖からシジミを掬い揚げるのが面倒だから、誰も捕らなくなったのだろう。


ひと掬いすると、ざくざくと大漁のオオシジミが取れていく。


多少重たいだろうが、今回はロバ一頭にポーターが二人もいるから、どうとでもなるだろう。大量に捕ってやる。もちろん、全て捕るようなことをしたら絶滅してしまうから、手加減はしてやろう。


俺は、大量のオオシジミを大きめのインビシブルハンドに乗せて、満杯になった先から仲間の元に運んで行く。インビシブルハンドを見たことが無い人が見たら、大量のオオシジミがひとりでに宙に浮いているように見えるだろう。きっとホラーだ。


時間はあまり残っていないというのに、ついつい夢中になってしまう。


さてさて、あの大きなシジミは、1個当たり200グラムだとして、目測だが、1000個、すなわち200キロ近くは捕ったのではなかろうか。そろそろ浮上するかと思っていると、ふとあることに気付く。


ここは地底湖の湖底で水深は20メートルくらいだ。ここから上を見上げると、仲間達が灯している明かりの魔道具の輝きが見える。当然仲間達の居場所はそこなんだと思うのだが、のだ。これはどういうことだろうか。


まさかな……

すかさず千里眼を発動させる。


仲間達がいる方とは逆側に千里眼を飛ばす。


しばらく水中映像が届くが、千里眼は見事気中に到達する。


ビンゴだ。このバッタ男爵のエリアは、地底湖で別のエリアと繋がっている。喜ぶのはまだ早い。そのエリアは、発見済みのエリアかも知れない。


そのまま千里眼で辺りを見渡す。


すると、子供の三輪車サイズの地蜘蛛が大量にいるのが見えた。しかも、目が赤い。こいつらは魔物だ。こんな一階層の浅いところに、魔物の大軍か……少なくともここは、最近まで人の手が入っていないということになる。さてさて、どうするか……


魔物の大軍を見物していると、目が赤くなっていない蜘蛛を発見する。証拠はこいつで良いかと思い、インビシブルハンドで魔物化していない蜘蛛を鷲づかみにする。


蜘蛛は一瞬足をジタバタさせるが、直ぐに足を引っ込めて小さくなる。


死んだふりだろうか。


さて、この蜘蛛を水に入れたら流石に死ぬだろう。俺は、慎重に水を操り、この蜘蛛を生きた状態で仲間のいる向こう側に連れて行くことにした。



・・・・


俺が蜘蛛を連れて仲間達の元に戻ると、マルコと童貞熊がぎょっとした顔でこちらを見つめていた。


まあ、仕方がないか。彼らからしたら、蜘蛛が宙に浮いている状態で水の中を進んで来たのだから。


「あんたねぇ。時間掛けすぎ。もう戻る時間よ」と、ヒリュウが言った。


「済まん。向こう側に別エリアを見つけたもんで」


「はあ!?? ……マジで言ってんの?」と、ヒリュウ。


「その蜘蛛が証拠。水気飛ばしてくれ」


「もう、あなた水魔術得意なんだから、クリーンくらい覚えなさいよ、お父さん」


「練習中。今はお前に頼んだ方が早い」


ヒリュウは、クリーンの魔術で俺の頭や服に付いた水分を飛ばしてくれる。


「千尋藻。この地底湖の先には、あの蜘蛛がいるような地下迷宮が続いているということでいいのかい?」と、ナハトが言った。


「そう。こいつは魔物化していないけど。同じ種類の魔物化した蜘蛛が大量にいた」


「ええ? こんな浅い階層にそんな……まさか新エリアか、本来はとても深い箇所に繋がっているとかかも」と、マルコが言った。


「これは通報案件なのかな?」


「す、すみません。私は利権関係のルールとかには疎くて」と、マルコ。


「そっか。まあ、バッタには貸しを作っておこう。よし、戻るぞ」と俺が言うと、童貞熊とエロロバが悲しい顔をした。


「どした?」


「あ、あの、この貝の量、とても持てる量では……」と、童貞熊が言った。


地上では、大量に陸揚げされたオオシジミをズタ袋に詰めている最中だったようで、5キロの米袋サイズの袋が40袋はあった。しかも、袋に入れられていないオオシジミがまだ残っている状態だった。


「袋にまだ余りはあるのか?」


「え、ええ。あと10枚くらいあります」と、童貞熊。


「詰めるだけ詰めて、一旦、浅い所に袋ごとぶち込んどけ。後で取りに来よう」


「諦めないのね。まあ、しょうが無い。それでも2,3万ストーンくらいにはなるわけだしね」と、ヒリュウが言った。


「済まんけど急いで帰るぞ」


「ぶひぶひ(重てえ。どうすんだよこれ。これ以上は無理だぞ)」と、エロロバが言った。岩トカゲ10匹くらいとオオシジミ10袋くらいで音を上げたみたいだ。だが、途中で歩けなくなっても困る。


「マルコと童貞熊はどうだ」


「わ、私は4つくらいは」と、マルコ。


「ぼ、ぼくは10個でしょうか」と、童貞熊。うっかり心の中で呼んでいるニックネームを口に出してしまったが、スルーしてくれたようだ。


「私も少し持つよ」と、ナハト。


「じゃあ、ナハトには2つかな。最後尾のヒリュウは一応身軽でいてくれ。残りは後で取りに来よう」


「アンタは持たないの?」と、ヒリュウ。俺のインビシブルハンドなら、全て一度に持って帰ることだできるだろう。だけどなぁ……


「全部持てないことはないけど、それはまた変な噂が立ちそうだ。それよりもだ。ここは安全みたいだからよ……」


俺は、なんとなく、ここの入り口にいたスラムの子供達を思い出していた。


「ああ~はいはい。アンタはお人良しのお父さんだったね。まあ、帰ろっか」と、ヒリュウ。


俺達は、それぞれ荷物を分け合って、帰路につくことにした。



・・・・


「ぶもお(キッツう~もう限界だぜ)」と、エロロバが言った。そういえばこいつにも何か名前を考えてやらねばならないなと考えながら、「もう直ぐだからよ。シジミだけ持ってやる」と言って、シジミ10袋分を両手で持つ。インビシブルハンドは使わない。


「ぶも(済まねぇ)」


「別にいいってことよ」と言って、ラストスパートを掛ける。このロバは、意思疎通が出来るだけでなく、ちゃんと労働するから意外とよい買い物だったと思っている。多少エロいが。


「ストック借りてくればよかった」と、マルコが少し足を屈めて言った。こいつも疲れているようだ。


「ストック? 杖のことか。俺のでよければやるぞ」と言って、地面をツンツンするために造ったハープーンをインビシブルハンドでマルコに投げる。今の俺は両手が塞がっているからハープーンは持てないのだ。


このハープーンは魔術で生成してはいるのだが、俺の本体が長年蓄えている石灰分とエナメル成分で生成されているから、かなり丈夫で重さもちょうど良いのだ。先っぽの尖った部分は俺が散々杖にしたら丸まっているが。


マルコは俺からパープーンを受け取り、「あ、ありがとうございます」と言って、ハープーンを杖にして踏ん張った。マルコは、俺のパープーンをまじまじと見つめながら歩き始める。あれは純白かつ表面に光沢があって、とても綺麗なのだ。触り心地も最高で、杖にするにはとてもいい棒だ。


もう、明るい入り口は見えている。何とか明るいうちに帰って来られたようだ。帰りはお昼休憩も岩トカゲハントもしなかったからな。


だが、今から検量して換金してそれから野営地まで帰らないといけない。迷宮探索って、日帰りはかなり無理がある気がした。



・・・・


「おお~一杯捕ってきましたね」と、この迷宮入り口の管理人が言った。


今は、彼らの目の前に今回の収穫物をドンと置いたところだ。


「貝掘りは得意だからな。ところで、バッタ男爵に早急に連絡を取りたいがどうしたらいい?」と聞いてみた。


「早急にですか? 男爵が滞在されているお屋敷は、ここから早馬を飛ばして一時間の距離ですが、ここには馬がいません」と、管理人が言った。


かくなる上は、俺の千里眼プラスインビシブルハンドで手紙を送るという手もあるが、今回はそこまで急ぐ話ではない。というか、明日、俺が朝直接面会した方が早そうだ。


「まあいいか。男爵には俺が直接会いに行く。計量の方は、今日はもう遅いから明日でいいか? 貝はそこの川に浸けておけばいいだろ。トカゲは死にそうだったらこいつだけ今日でもいいが」


「もう日が傾いていますからね。分かりました。我々としても助かります。岩トカゲだったら一日ぐらいじゃ死にませんよ」と、管理人。


「了解。だが、シジミは少し食う分を持って帰りたいな。いいか?」


「本当は駄目なのですが、あなたは男爵からよろしくと言われています。少しなら」と、管理人。なかなか話が分かるやつだ。


俺は、「悪いな。ほい」と言って、千ストーンほどのチップをやって、オオシジミが入ったズタ袋2つを持ち上げる。


管理人のオヤジは、「まいど」と言って、にんまりと笑った。


俺は、「帰るぞ。今日はこいつで一杯だ」と言って、仲間の方を振り返った。



・・・・


身軽になったところで、急ぎ帰路につく。色々と考えることはあるが、まずはこの巨大なシジミを食いたい。そして明日にはバッタに相談だ。


というか、明日はここにヒリュウとマルコと童貞熊をロバ付きでお使いに出そう。任務目的は、今日の清算と迷宮内に放置してきたオオシジミの回収だ。ついでに、ポーターにスラムの子供達を連れていけばいい。あそこは思ったより安全そうだったから、子供でも大丈夫だろう。童貞熊もマルコも意外と体力ありそうだったし。ヒリュウがいれば、大概のことはあいつが何とかするだろう。


俺は、今後のプランを考えながら、隣を歩くロバの首をポンポンと叩いた。こいつの名前を考えながら……

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