第104話 ララヘイム三法

さくっと、バッタ男爵の執務室に通される。


この日焼けしたおっさんは、相変らず紫色のドレスに身を包んでいた。


事情は簡単に文章にして渡してある。サイフォンが書いてくれた。


「と、言うわけで男爵、あの地下迷宮、0.5階層ギリギリの所あたりで、別の迷宮に繋がってるぜ」と言った。


バッタ男爵は、頭を抱え、「う~ん」と唸る。


「どうしたんで? 喜ばしいんじゃ?」と聞いてみる。


「そうだな。貴様が言う抜け道は、おそらく初期の探索時から何らかの地形変化で通れる様になったものだろうな。水の中までいちいち確認せぬからな」と、バッタ男爵が言った。


反応が薄いな。地下迷宮の大きさは利権に直結すると聞いたのだが……


「男爵は嬉しくないと?」


「ううむ……迷宮探索には金が掛かる。新しい区画があるからといって、美味しい区画とは限らない。貴様がそこで見つけてきた地蜘蛛は、品種改良前の化け蜘蛛と同じ種類だったようだ。珍しい種ではない。ならば、一旦水の底に潜って浮上するという手間が掛かる区画の経済的価値は、まだ未知数なのだ」と、バッタ男爵が言った。


「そっか。あの区画は浅いかもしれないし、他の出入り口の近くかもしれないもんな」


「そういうことだ。ワシが金を出して探索すべきエリアかどうかは、凄く判断が難しいのだ。投資を間違えれば、ただでさえ貧乏なのに、ワシはますます貧乏になってしまうな。がははは」


バッタ男爵は明るくそう言うが……


「投資を募るとか。トマト男爵やエリエール子爵に支援を求めるとか?」と、言ってみる。


「彼らも何らかの地下迷宮利権は持っておる。そちらの投資で手一杯だろうて。ワシの地下迷宮は、細々と取れる岩トカゲやら化け蜘蛛のエサとなるオオヤスデや、オオシジミの産地くらいの認識であったからの。今更投資が必要となると、そんな蓄えもないな」


「あそこって、他に入り口もあるんでしょう? その入り口の貴族とタイアップすれば?」


「今回の分岐点は、どうみてもワシに有利な位置だ。開発の恩恵があるのはワシだけだ」


「そ、そうかぁ。せっかく未知の地下迷宮があるのに。入り口はここから馬で1時間の距離だから、そこまで悪くないのに」


「貴様の言う通りだ。だがな、ワシは投資をしていたネオ・カーンが敵に奪われてしまったのだ」と、バッタ男爵が少し視線を落として言った。


それはそうか。せっかく棚ぼたで貰った利権に投資していたら、敵に奪い返されてしまったのだ。きっと借金とかもあるのだろう。


「そっか。まあ、俺がここにいるうちは、少し探索を進めておくよ」


「それは助かる。かたじけないな。ワシの荘園に行くときがあれば、貴様達を歓待しようではないか」と、バッタ男爵が言った。


「男爵の荘園は港街スイネル方面だったっけ」


「そうだ。ワシの荘園の名は、『ナナフシ』という。特産品は牧草だ。最近は、結構質が良くなってきていてな。売値を上げることができ、去年から黒字経営だ」と、バッタ男爵が言った。少し嬉しそうだ。


牧草か。最近ロバとスレイプニールを買ったから、寄ってみるのもいいかもしれない。


「わかった。覚えておく。とりあえず、あの地下迷宮での便宜は、引き続きよろしく」


「ふん。産出品を、自分が食べるために少し勝手に持ち帰るくらいは、別にどうということはない。昨日の収穫で、結構な量を売ってくれたようだな。その分の何割かはワシの収入になるのだ。 ありがたい」と、バッタ男爵が言った。


「ところで、ついでに戦況も聞いていい?」


「いいぞ。最新情報が入っておる」


「ナイス男爵」


持つべきものは、権力者の知り合いだな。バッタ男爵は、自分が剣士だからなのか、武に秀でる者を丁重に扱う所がある。


「我が国の戦略は、ナナセ子爵のシラサギに千、それとは別の街道に設ける野戦陣地に二万を送る計画であることは前回話したな」と、バッタ男爵。


「聞いたね」


。先に主力を潰す気だろう。我らの準備が整わないうちにな」


「ほう。個人的にはナナセ子爵の方でなくて良かったよ。準備は間に合いそう?」


「準備は、当然のことながら完全には間に合わぬ。そのために、相手も拙速で攻めてきているのだからな。だが、相手も短期間で大軍の移動は出来ぬ。勝てると踏んだ最低限の布陣で挑むだろう」と、バッタ男爵。


「そっか。勝てそう?」


「がはは。それは分からんよ。相手も必死だ。だが、前線にいる国王派の貴族達は、勝てると考えておる。一応だが、我ら宰相派も出陣することが決まったぞ?」


「え? そなの?」


前までの話では、宰相派は戦争利権からパージされていると聞いたけど。


俺がびっくりした顔をしていると、バッタ男爵は「出陣と言っても、ウルカーン南部の防塁に詰めておくだけだ。これは、万が一野戦陣地を抜かれたときのための保険と、我らに対する嫌がらせだろうな」と言った。


「嫌がらせ?」


「そう、嫌がらせだ。ワシらにも、戦費を落とせということだな」と、バッタ男爵。


ああ、何となく分かった。防塁に詰めるだけでも金がかかるから、手弁当で防衛任務に就けということだろう。建前は、国王派は最前線に行くから、宰相派は後ろを守れという事なのだろうが、実際は、戦争後の利権は国王派のみがゲット。弱い立場の宰相派は後ろで金を落としておけというわけか。ただ、リスク管理としては正しいような気もする。まあ、正しいからこそ、バッタ男爵らも断れないのだろう。


「あの、ご質問よろしいでしょうか、バッタ男爵」と、サイフォンが口を開く。


「何でも言ってくれ」と、バッタ男爵が応じた。彼は俺に恩があるとはいえ、サイフォンにまでそういう態度を取るのか……意外と恩にはちゃんとむくいる人だったらしい。


「お聞きしたいのは、ララヘイム縁の貴族の迫害の動きです。我ら、4日後にナイル伯爵と面会する予定なのです」と、サイフォンが言った。


バッタ男爵は目を伏せて、「……通称だが、ララヘイム三法というものが議会に提出された。信じられぬことに、この法律は可決されるかもしれぬ」と言った。


「そ、それはどういう」と、サイフォン。


「特定奴隷制定法、国家叛逆罪改正法、特別税制改正法の三つの新法が議会に提案されている。要は、ララヘイムゆかりの貴族を追い詰めることが可能になる法律だ。エアスランやララヘイム人というだけで、簡単に身柄を拘束し、財産を没収できる内容になっている」と、バッタ男爵。


サイフォンは、「何ということを……」と言って、悲しい顔をした。


「国王派にとっては、相手はいきなり実力を持って攻めてきた風に映るのだ。今回ばかりは反対派の勢いも緩い。だが、我が国は時代遅れの方針を執りつつあるな」と、バッタ男爵も少し悲しい顔をした。


特定奴隷制定法で財産没収と人権の一部制限を可能にし、国家叛逆罪改正法で簡単に国家反逆罪を適用できるようにし、特別税制改正法でいかようにも課税できる体勢にするつもりなのだろう。ララヘイムという国は、海運で儲けていると聞く。それに付随する商人らも多いはずだ。


これは、中世西洋の魔女狩り、もしくは異端審問を彷彿とさせる。明確な根拠無く人を一族郎党貶めることが可能な法律だ。


俺は、ウルカーンに到着したとき、とても繁栄している街だと思った。人々も豊かで、優しく、それは政治がしっかりしているからだと感じた。


だが、一枚扉を開けると、そこには闇が潜んでいるような気がした。

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