第100話 バッタ男爵の迷宮
バッタ男爵が所管している地下迷宮の入り口は、割かし広かった。幅20メートルはあろうかという半地下形状だ。その半地下のドームの奥に、幅10メートルくらいの亀裂があって、そこが入り口になっている。まるで鍾乳洞のようだ。
いや、石柱っぽいのが見えるから、そのまんま鍾乳洞ではないだろうか。いわゆる、ファンタジー的なダンジョンとは思えない。
それはそうとして、ここは魔物が出てくる可能性のある所。ちゃんと陣形は整えて臨む。今回の陣形は、ロバを中心にして、俺が先頭、その斜め後ろに案内役のスザク。右舷にナハト、左舷に童貞熊のヘアード。そして後ろがヒリュウだ。
地下に入ると、直ぐにスザクが明かりの魔道具を灯して、「しばらくは真っ直ぐのようです」と言った。
実は、低層階は、地図が有料で購入できるのだ。今回は初めてだし、ちゃんと購入した。そして、スザクをマッパー役に任命。
「ここの地下迷宮は、5階層のようです」と、スザクが言った。
ここでいう『階層』とは、別に鉄筋コンクリートの建物のように綺麗にフロアに分れている様子を示したものではない。入り口から、あくまで人が入り込める最深部までの距離を表したものだ。
1階層でおよそ移動6時間の距離と数えるらしい。要は、この迷宮は、入り口から最短で休まず最深部まで移動した時、およそ30時間掛かる深さということだ。結構な距離だ。しかも、この階層表示、通路を全て踏破した時の時間では無く、あくまで最深部到達までの時間だから、迷宮全体の規模は、もっと大きい。
この世界には、こんな迷宮がわんさかとある。この迷宮の入り口はあと3箇所ほどあって、それぞれで別の貴族が管轄しているが、迷宮自体は基本的に共同利用ということになっている。入ってしまえば同じだろうとは思うが、入り口の場所で、善し悪しがあったりはする。入り口の位置が街の中心に近かったり、迷宮の入り口付近で有用なハンティングスポットがあったりすると、その入り口は人気が出る。そういった便利で有用な入り口は、概ね大物貴族が所有している事が多い。
もちろん、未発見の進入路があるかもしれないわけだが。なので、迷宮同士が実は繋がっていたり、5階層だと思っていた迷宮が実は10階層だったなんてこともよくあることで……
というか、地下迷宮に潜む犯罪集団は、そんな秘密の通路を知っていて、そこを根城に活動しているとのことだ。この世界において、まだまだフロンティアが残っているのが地下迷宮というわけだ。
と、言うわけで、初めての迷宮を攻略開始。まあ、迷宮といっても、普通に巨大な鍾乳洞みたいだ。
三十分ほど歩くと、横道が見えた。
「ここは真っ直ぐ?」と、後ろのスザクに聞く。
「はい。順路としては真っ直ぐです。横は横で結構深いらしいのですが、別の入り口に近づくため、あまりお勧めはしません」と、スザク。
進んでいるつもりで地上に近くなっているということか。
ん?
その横道で、何かが動くものが……
「ストップ。何かいるな」
「え? 見えるのですか?」と、スザク。
「俺の目はとても良いからな」
というか、ここで千里眼発動! 俺は、幽体離脱状態で気配があった横道を覗くことにした。
「何かいたの?」と、最後尾のヒリュウが言った。
「待て待て……」
意識を千里眼の方に集中する。
……いたいた。これはトカゲだな。魔物かと思ったけど、どうもまだ魔物化していないトカゲだ。大きさは大根より少し大きいサイズ。
インビシブルハンド作動。
後ろから鷲づかみっと……余裕で捕獲成功。そのまま持ち上げてこちらに持ってくる。
知らない人が見たら、ジタバタと動くトカゲがひとりでにこちらに浮き上がって飛んでくる感じに見えるだろう。
「うひやぁあああああ!」
スザクが俺の真後ろで素っ頓狂な声を上げる。
「うるさい。アレやってるのは俺だ。だが、余所では言うなよ」
「つ、捕まえたのですか?」と、童貞熊。
「そうだな。で、コレは何だ」
「こ、これは岩トカゲですね。野生の岩トカゲです。臆病なので人が来ると逃げるんです」と、スザク。
「そっか。コレは売れるのか?」
「はい。買い取ってくれます。このサイズで五千ストーンくらいだと思います。普通は罠を使って捕るんです。売った先で、
「じゃあ、生きたままにしておかないといかんな」
「そうですね。口と手足を縛ってズタ袋に入れましょう」
・・・・
スザクと童貞熊が頑張ってトカゲをお縄にする。探索開始30分で五千ストーンの稼ぎか。どうも効率が悪いような気がする。
その後も順路通りに進み、30分に一度くらいの頻度で岩トカゲを捕獲していく。とても地味な作業だ。
そして、少し童貞熊が歩き疲れたところでお昼時間に……
少し開けたところで、持ってきた弁当を頂くことにした。
・・・・
「迷宮探索者って、いつもこんな地味なことしてんの? 俺、てっきり魔物が襲い掛かってくるのをばったばったと倒して素材大量にゲットとか考えていたんだけど」
「ここは街の近くですから。浅い箇所は、基本的に魔物は狩り尽くされています。ここなら、もっと深い箇所に行かなければ魔物はいないのではと思います」と、スザク。
「そっか。ネオ・カーンのスタンピードはどうやって起していたんだろう」
「田舎の迷宮など、あまり人が立ち入っていないところでは、魔物の密度が濃くなります。人為的なスタンピードは、それを強い魔獣で追い立てることで起すと聞きます」と、スザク。
「ふう~ん。おや。天井付近に何かいるな」
「ヤモリかもしれませんね。私達の明かりの魔道具に寄って来た、小さな虫を捕獲しにきたんでしょう」と、スザク。
「へえ~一匹捕まえたっと」
インビシブルハンドでイチコロだ。
「え? 本気ですか?」
「ヤモリって、売れたりする?」
「愛好家がいますので、綺麗だったり、珍しいのだったら売れるのではないでしょうか」
「ほう」
インビシブルハンドで捕まえたヤモリを手元に持ってくる。
そこには、尻尾の部分が赤く膨らんだ綺麗なヤモリがいた。
「まあ、ファイヤーゲッコーですね。縁起物です。きっと売れますよ」と、スザク。
「へえ~どのくらいで売れるの?」
「そんなに値は付かないとは思いますけど。ですが、貴族の中に愛好家がいるんですよ。品評会で金賞を取った個体なんかは、それこそ一匹で百万ストーンとかの値が付きます」
「ふむ。そういうのって、人工的にふ化させてんでしょ。綺麗な個体同士を掛け合わせたりして」
「そうですそうです」
それならば、原種なんかは二足三文かもしれない。だけど、綺麗だからなぁ……
「まあ、一応、持って帰るか。小さいから嵩張らないし」
その後、飯食うのが遅い童貞熊を待っている間、ばしばしとヤモリハンターを始める。座っていながら、千里眼とインビシブルハンドを使って。地味に楽しい。
「お? 今度のは色が違うぞ」
「あ、それはサンライトゲッコーです。黄色い筋が入っていて綺麗なんです」
「ほう。色んな種類がいるんだなっと。ほら捕った」
「早っ!」
「あら、今度のは黒い。まさか、ダークゲッコー」と、ライオン娘が食いついた。
「ナハト知ってんの?」
「ええ。タケノコは闇の神を祭っていますから、ダークゲッコーは縁起物なんですよ」と、ナハト。
「ほう。ひょっとして、水や風や土もいるのか?」
「いますけど、ここにいるかどうかは分かりません」と、スザク。
「ふむ。ここまでくるとコンプリートしたい気もするが、あまり時間もないしなぁ。ぼちぼち先に進むか」
スザクは、「そうですね。この先に地底湖がありますので、日帰りならその辺りが妥当ではないでしょうか」と、買って来た地図を見ながら言った。
「ふむ。地底湖か。何かいんの?」
「湖底にオオシジミがいるみたいですね。キロ500ストーンで買い取って貰えるようです」と、スザクがガイドブックを読みながら言った。
「ふむ。うまそうだな。そっちに言ってみっか」
・・・・
途中、野良の巨大ヤスデに遭遇したり、岩トカゲを追加したりしながら、今日の目的地、シジミのいる地底湖に到着する。
天井にコウモリがぶら下がっているのが見える。どこかに小さな出口があるのかもしれない。
「さて。ここが地底湖か……結構深いぞコレ」
見たところ10メートル以上はありそうだ。
「そ、そうですね。あ、あそこは浅いですよ。あそこにシジミがいるんじゃないですか?」と、スザクが言った。
「ふむ」
確かに、浅いところがある。
「マ、マジでここで貝掘りするの? 絶対寒いって」と、ヒリュウが言った。
「水退けてやろうか?」
「そんな無駄なことに魔力使うくらいなら、水ギルドで仕事しなよ」と、ヒリュウに突っ込まれた。
「さて、どうしよう。シジミ食いたいし、ちょっと行ってくる。俺だけだったら、みんな寒く無いだろ?」
「はい? どういう意味で……ひゃあ」と、スザクが変な声を出した。
俺が服のままざぶざぶと地底湖に入って行ったからだろう。今回は、水魔術が使えるヒリュウがいるため、濡れても一瞬で水気を吹き飛ばすことが可能なのだ。
俺は腰に下げた短剣を思い出し、それを腰紐から外してスザクに投げながら、「おいマルコ、この地底湖に巨大なワニとかはいないよな」と、聞いてみる。
スザクは、「そ、そんな記録はありません。というか、誰ですかマルコって」と言いながら、俺が投げた短剣をキャッチする。
こいつにスザクは立派すぎる。今日からマルコと呼ぶことにする。
俺は、単身、地底湖に潜水を開始した。
・・・・
直ぐに湖底に到着する。
ふむ。底に細かな砂がある。この砂はどこから来たのか。
天井から落ちてきたのか、それともコウモリの糞が堆積しているのか。
コウモリの糞説が正しければ、少し息をするのが嫌になるが、我慢する。
俺は、手にポイズン・ハープーンを出現させる。今回は毒抜き状態で出したから、単なるハープーンだ。
長さ120センチくらいの、先が尖った単なる
俺は、そのパープーンで地面をほじる。すると、ゴロゴロと子供の拳サイズの二枚貝が掘り起こされる。ここで
これは大漁だな。こんなところで貝掘りするヤツなんかいないからだろうな。売値はキロ500……100キロ捕って5万か……だが、1トンで50万だ。
俺は、大きめのインビシブルハンドで、地面の掘り起こしを開始した。
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