第97話 荷馬車の購入


俺、ネム、小田原さんの他、ガイという弓騎兵のおっさんとスザクというポーターで、一路荷馬車屋に向かう。


なお、荷馬車屋とそれを曳くためのウマやスレイプニール、それから化け蜘蛛などを扱うお店は別だ。


まずは、荷馬車屋に向かう。


かなり広大な敷地をもつ工房みたいな所に到着する。俺は、一度ネオ・カーンの荷馬車屋に行ったことがあるが、そことは比べものにならないくらい広い。


「おお。一杯あるな」


大小様々な荷馬車がずらりと並んでいる。


今は戦争前夜だから、品薄だと思ったのに、結構沢山ある。


「そうだな。さて、荷馬車は、土台と車軸さえちゃんとしていれば、後はこちらでどうとでもなると思う。中古でもいいから、土台が丈夫なヤツを選ぼうぜ」と、小田原さんが言った。彼は、顔に似合わず工作が大好きみたいなのだ。頼もしい。


「まずは大きさだな。パーティは15人もいるからな。ある程度大きくないといけない」


俺達は、すでにモンスター娘のキャラバンより大所帯なのだ。概ねサイフォン達11人が合流したせいだ。


「そうだな。俺達は行商はしないとはいえ、そこそこ快適に過ごそうと思うと、それなりの大きさが必要だろう」と、小田原さんが応じた。


そのまま荷馬車屋の中に入ると、店員が出てきて「どのような御用向きでしょうか」と言った。


小田原さんが「荷馬車を保有したい。品物を見せて貰ってもいいか?」と応じた。


「あ、はい。分かりました。ご予算はどの程度でしょうか」と、店員。


「予算は300万前後だ」と、小田原さん。


「はい。それですと……」


交渉が始まった。ここは、小田原さんに任せよう。



・・・・


「ご要望の品なら、この辺りになります」


店員にヤードの一角に案内される。装飾が施されていない行商用の荷馬車だ。


だが、どれも御者1人プラス四人も乗ったら満杯になるサイズだ。


「さすがにタケノコのキャラバンが使っているサイズはないな」と、小田原さんが言った。


「ああ、彼女らは長旅用のやつを使っていますね。アレだと車輪部分の予備を含めて三千万はしますよ」と、店員。アレって三千万もするのか。


「別に完成品で無くてもいいんだがな」と、小田原さん。


「それでしたら、部品取り用の中古なんかがありますが……」と、店員。


「最悪、土台と車輪、車軸だけでもいいんだがな」と、小田原さん。


「は、はあ。それなら、工房の方に行っていただいての相談となります。組み立て費用が掛からない分、お安くはなりますが……」



・・・・


そして通される工房。そこには、所狭しと色んな部材が並んでおり、職人さん達が忙しそうに作業をしていた。


そんな中、車輪部分だけが大量に置いてあるスペースがあった。


「おお、コレなんか結構大きくなるんじゃないのか」と、小田原さんが言った。


そこに置いてあるのは、荷馬車の車軸の部分だけのパーツだった。これを荷馬車として利用しようと思うと、最低でも床と壁を取り付けなければならない。大きさは、モンスター娘達の超巨大荷馬車を一回りサイズダウンした感じだ。


そこそこ丈夫そうな土台だと思った。車輪も大きいし。


「それなら100万でいいぜ」と、工房の奥からおっさんが出てきて言った。


「親方、この方らが完成品で無くてもいいとおっしゃるもんで」と、最初に対応してくれた店員が言った。


「自分で組み立てるあてがあるのか?」と、親方が俺達の方を向いて言った。


「自分が木魔術持ちなもんでして」と、小田原さんが応じる。


「ほう。珍しいな。エルヴィン出身というわけでもなさそうだ。木材は持っているのか?」と、親方。


「いや、木材も買いたい」と、小田原さん。


「そうか。品物は急ぐのか? 今は戦争前で注文が殺到していてな。完成品はともかく、その土台に合う木材を加工するのに時間が掛かっちまう」と、親方。


「そこまで急ぎはしない。高い買い物なんでな、じっくりと選びたい」と、小田原さん。


「移動途中で壊れちまったら大変だからな……兄さん、木魔術使えるんなら、仕事もやっぱりそれ関係かい?」と、親方。何だか含みを持たせた言い方だ。


「自分達は、ネオ・カーンから逃れて来た口なんだ。仕事はこれから探す予定だ」と、小田原さんが応じた。


「ほう、仕事が無いのか。木魔術使いだったら即戦力なんだがなぁ」と、親方。ああ、ピンときた。


小田原さんが俺の方をチラリと見る。


「小田原さん、ウルカーンでの仕事だったら、別に雑用ギルドでなくてもいいと思いますよ」と言った。


「オヤジ、荷馬車のパーツが安くなるんなら、自分がここでバイトをしてもいいぜ」と、小田原さんが言った。


「ホントか! もの凄く助かるぜ。ひとまず、戦争がらみの大急ぎの仕事がある。数日で少し落ち着くはずだから、手伝ってくれるんなら、その後はあんたらの仕事を優先しよう」と、親方。


「ひょっとして交渉成立? ウマの方はどうしよう。何頭引きとかあるのだろうか」


親方は、最初に100万だと言った土台を見て「このサイズだったら、化け蜘蛛なら1匹、ウマなら4頭、スレイプニールなら2頭だな」と言った。


「分かった。基本的にこのサイズのタイプで準備を進めましょう」


「じゃあ、千尋藻さん、自分は早速ここで……」と、小田原さんが言った。彼は、物作りが趣味のようだ。工房を見てそわそわしている。まあ、お金も稼げるし、いいのか。ついでに荷馬車のメンテのノウハウも身に付けて欲しい。


「じゃあ、馬屋の方は私らだけで行ってきますんで」


「ああ、また夜に合流しようぜ」


俺達は、小田原さんを工房に置いて次に行くことに。



・・・・・


「おお、あそこだ」と、ガイが言った。今から行くのは、彼の知り合いの馬屋さんだ。


繁殖や飼育はアイサの村などの地方で行っているが、成馬は街の馬屋で購入できるようだ。


郊外にある家屋の裏には、広いグラウンドがあった。

馬を走らせるための広場だろう。


ガイは意気揚々と俺達を先導し、そして馬屋の扉を開いて「よお、ガストン、ガストンはいるか!」と言った。


「あ、ガイさん、夫は今は外出中ですよ」と、女性の声がする。


ここは、店舗というか、牧場みたいな感じだ。10メーター四方の区画がずらりと並び、その中に馬やロバや牛が入れられている。


「そ、そうなのか。しまったな。お客さんを連れてきたのに」と、ガイが言った。


おや。女性はこの牧場の主人の奥さんなのか、長靴を履いて馬がいる区画の中に入って何かの作業をしているところのようだ。


その女性は、「少し待ってくださいな。この子、時々こうしないとストレス溜めるので」と言いいながら、馬のお腹の下にしゃがみこんで何かやっている。


「あ~あれやってんだ」と、先ほどまで空気だったアイサが言った。


「あれって何だ?」


「アレってあれだよ。男がみんな好きなやつ」と、アイサが言った。


「男が好き? いや、まさかあれか?」


馬の隣にいる女性は、しゃがみこんで、馬のブツを握り絞めていた。あ、ああ、ひょっとして抜いてあげているのか。牡馬なんだろう。ここでは去勢とかしないんだろうか。


「アイサよ。去勢ってしないの?」と、聞いてみる。


アイサは、「荷馬車用のは去勢するけど、軍馬は戦争ぎりぎりまでしないこともあるかな。やっぱり筋肉の発達とか違うし」と言った。


「この子は毛並みが良いから、種付け用に去勢していないんです」と、馬屋の女性がしごきながら言った。


「ふうん……あれ? こいつって馬?」


よく見ると、お肌がグレーで体付きが小さい気がする。キャラバンに居るウマ娘と同じくらいのサイズだ。


「旦那旦那、これはロバ」と、アイサ。


「ロバか。荷馬車用ではないんだよな」


「ロバは燃費が良いから、結構使っている人いるよ。パワーは馬ほどではないけどね」と、アイサ。


「ふうん」


「ぶほぶほ(ああ~ええで~最高や。い、いぐっ)」


「こ、これは……」


「ぐふっぐふ(お嬢さんの手つきは最高や。雌ロバなんてクソやでクソ)」


「気持ちよさそうにしているね」と、アイサが言った。


「あ、あの、こいつを飼育しようとしたら、定期的にあれせんといかんの?」


「こいつというか、去勢していない牡馬や牡ロバだったら、ちゃんと処理してあげないと凶暴になるよ」と、アイサが言った。


「雌馬はどうなんだろう」


「雌馬かぁ。私が言うのもなんだけど、雌はねるからあまり良くないよ。特に初心者は」と、アイサ。


「拗ねるのか」


「そうそう。こじらせると数ヶ月もへそ曲げたりするし。面倒臭いよ。荷馬車曳かせるんなら、去勢した牡馬かな」と、アイサ。


「ぶほぉおおお!(いっぐぅううう)」


「……この店、魔獣を取り扱ってるのな」


「え? 魔獣? そんなわけないよ。魔獣だったら貴族に買われていくと思うし」


「お前の動物会話って、感情が分かる程度だったっけ」


「そうだよ。彼は今、エクスタシー状態だね」とアイサ。


「ぶもぉ(あ、あへぇ……)」


「おいロバ。お前は何もんだ」


「ぶも?(何だ? 俺の至福の時間を邪魔すんなおっさん)」


「おい、ガイ。こいつの値段はいくらだ?」


「え? 旦那ロバ買うのか? まあ、あの大八車用ってんならいいと思うがよ。ロバだったら50万くらいじゃねえか?」と、ガイ。


「……去勢費用はどれくらいだ?」


「ん? 種付け用なのにもったいねぇ。でもまあ、10万位のはずだぞ」


「ぶひ?(お、おい、まさか、やめろよ。止めてくれよ)」


「このサイズのロバだったら、地下迷宮にも連れていけます」と、スザクが言った。


「お前もロバの世話ができるのか?」と聞いた。


「え、ええ。一通りは出来ますけど、去勢していない牡ロバの経験はありません」と、スザク。


そうなのか。


「おい、ロバ。お前何でこんなとこいるのか知らんがな、うちで働く気はあるか?」


ロバはニタリと顔を歪ませ、「ぶもう?(無い。ここのお嬢さんのフィンガーテクは最高で、メシもタダで食えるし、買われそうな時はそいつを嫌がれば売られねぇ。仕事は適当に雌ロバとヤるだけだしな。ここは最高なんだぜ?)」と言った。


「え? 旦那って、まさか会話してる?」と、アイサが言った。


「俺は動物会話はできねぇ。だが……ここだけの話、魔獣との会話はできる」


「そ、そうなんだ。ただ者ではないと思っていたけど、そうだったんだ」と、アイサ。


「おい。去勢されたくなかったら、俺に買われて仕事しろ」


どうも動物の飼育というものは、かなり専門的らしい。だが、意思疎通ができるこいつなら簡単なような気がする。ただ、シモの処理が必要になるが。


「ぶ、ぶひ(嫌だ。どうせお前も荷馬車を曳かせるんだろう。あんな重たいものは無理だ)」


「曳くのは大八車くらいだ。後は地下迷宮での荷物運びくらいだ。真面目に働く限り、去勢はしないでおいてやる。シモの世話は、そうだな、アイサ」


「え? すんの? 別にいいけど」


アイサは、自分が何をすれば良いか理解したらしく、さっとロバのいる区画に入り、お腹の下を覗き込む。


「あらあら、なかなかご立派」と言って、しごき始める。


「ぶも?(な、何コレ何コレ、う、うごおおお・・・・・)」


アイサの方が上手か……



・・・・


「まいど」と、その後戻って来たこの牧場の主人、ガストンが言った。


俺の手には、エロロバの手綱が握られていた。


40万ストーン即金だ。ついでに飼葉も数日分買った。去勢はしなかった。


「ねえ、ロバなんて買ってどうするの?」と、ネムが言った。


「移動時は大八車用。街に滞在するときは荷物運びに使おう。俺が乗馬してもいいし」


「おいおい、ロバに乗っている人はあまりいないぜ?」と、ガイが言った。


「そうなのか。まあ、小さいの一匹くらいならなんとかなるだろう。スレイプニールの方は、仲間と相談だな。一頭250万ならちょっと元手がな」


「高い買い物だから慎重になるのは分かるんだが、今後はいつ入荷されるかわからんぜ」と、ガイが言った。


今の俺達は、現金約一千万円プラスクメールの宝剣がある。荷馬車に300万、スレイプニール2頭で500万なら払えない額では無い。だが、スレイプニールは維持費が掛かるのだ。しかし、今は戦争向けに買っていく貴族も多いらしく、あまり待てないと言われてしまっている。


「そうだな。スレイプニールは荷馬車を曳かせても馬力があるし、騎兵用の馬としても使えるんだっけ」


「そうだ。荷馬車を持つんなら、スレイプニールがお勧めだ。化け蜘蛛は牽引能力は抜群だが、燃費が悪すぎて、移動途中にエサを捕らえる体勢を整えていないと、所有は大変だぜ?」と、ガイが言った。ちなみに、荷馬車用の馬なら100万で買えるので、4頭でも400万だ。だけど、頭数が増えるので飼育が大変そうだ。


「結構いい仕上がりのスレイプニールだったね」と、アイサ。


「だろ? あそこは目利きがしっかりしていてよ」と、ガイ。


「だけど、何でこいつが含まれていたんだ?」


と、エロロバの首をポンポンと叩きながら言った。


「そいつは野生だったらしいな。勝手にロバ小屋に入って来てメシ食ってたらしい」と、ガイ。


「ぶふん(俺はロバ界ではちょっとしたもんなんだ。雌にはモテモテだったんだぜ?)」


「お前は何歳なんだよ」


「ぶも(わかんねぇ。100年は生きてると思う)」


「そうか。まあ、しっかり働けよ」


「ぶもぶも(仕方ねぇ。歩くのは別にいいんだ。エサの用意と手こきは頼んだぜ)」


「まあ、飼い主の義務は果たしてやる。ただ、フンはちゃんと決められたところでするんだぞ」


おっさんロバは、にちゃぁと笑って、「ぶふっ(分かってるって。仲良くしようや、旦那)」と言った。


少し高い買い物を独断で決めたけど、まあいいだろう。しゃべるロバなんて珍しいしな。


ただ、世話するためにはアイサやスザクを雇うべきなんだろうな。


ま、仲間と相談するか。


俺達は、夕暮れのウルカーンの街をロバと歩いていった。

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