第96話 バッタ男爵とのサロン
エリエール子爵との面会を終えた俺とサイフォンは、今度はバッタ男爵のサロン室に招かれていた。
人攫いの話と、それから剣の売り先について相談するためだ。
バッタ男爵の召使いである僕っ子と、メイド服を着たネムが、俺達にお茶を運んでくれる。戦闘メイドたるもの、お茶くらい出せないといけないということで、ネムは剣以外のこともここで勉強していたりする。
俺の目の前では、クメール将軍の剣を分解して観察するバッタ男爵がいた。
「まったく、お前達、何か上等な剣をもっているなと思っていたが、まさか銘入りの宝剣だったとはな」と、バッタ男爵が言った。
「そ。何を隠そう、クメール将軍が持ってた剣。パクってきた」と、答える。
「ふん。もはや驚きはせん。大方、クメール将軍を倒したのはお前だろう」と、バッタ男爵が言った。
「その辺はご想像にお任せしますがね。それで、その剣の買い取り、武器屋で250万って言われたんだけど、美術品としてなら高く売れるって聞いたもんで、どうかな」
「この剣は魔道具が付いていない。だが、材質がとてもよい鉄を使っているようで、錆一つない。武器として250万の買い取りなら、少し安いくらいの感覚だな」と、バッタ男爵。
「美術品としてなら?」
「この銘は、ティラネディーアの名工のものだ。ワシはコレクターではないから値段は分からんが、250万以上では売れるだろう。だが、貴族に売るのであれば、気を付けることだ」と、バッタ男爵。
「アドバイス貰えたら嬉しい」と俺。
バッタ男爵は、剣を組み立てながら、「取引は、現金一括の即金払いのみにせよ。後払いや分割、美術品や何かの権利などとの交換は信用するな」と言った。
「了解。250万以上なら、男爵に売ってもいいけど」と、言ってみる。
バッタ男爵は少し遠い目をして、「ワシは、貧乏男爵だ。ネオ・カーンの資産も失ってしまった。今度の戦争でも稼げん」と言った。
転売する気もないのだろう。バッタ男爵は、おそらくトマト男爵よりも貧乏だ。トマトはまだ壺や皿を沢山もっている。アリシアに割られまくっているけど。いや、本当に高価な壺や皿かどうかわからんな。アリシアにセクハラする口実にしているだけかもしれん。
「よし、次は、人攫いの話だな。おい」と、バッタ男爵が控えていた僕っ子にいうと、僕っ子が一礼して部屋から出て行った。誰かを連れてくるのだろう。
・・・・
しばらく待つと、僕っ子が金属鎧を着けた兵士を連れて来た。
兵士は、キビキビとした動きで、座っている俺達の丸テーブルの横に立ち、手に持っている書類を広げる。
「報告せよ」と、バッタ男爵が言った。何だか、俺まで偉くなったみたいで、少し恐縮する。
「はっ。男爵が捕らえました4名は、ウルカーン在籍のハンターで間違いありません。普段はそれぞれ別々に活動していたハンターですが、一緒に大物狩りをするときもあるそうで、当日はウルカーン南方で得物が多いだろうと予測して、本当に狩りをしていたようです」と、兵士。最初から俺達を襲うつもりではなかったということか。
兵士は続けて、「ですが、キャンプ地にタケノコのモンスター娘がいるのを見た瞬間に欲が出てきて、誘拐を試みたようです。一人が拘束スキルを持っていたということもあり、魔がさしたのでしょう」と言った。
「しかし、拘束出来たとしても、売り先が無ければ金にはならぬだろう。そこの辺りはどうなのだ?」
「予想通り、地下迷宮の連中に知り合いがいたようですね。ハンターは、職業柄地下組織と接触する機会が多いので、彼らも人身売買のシンジゲートと知り合っていたのでしょう」と、兵士。
ここの世界も、一枚岩ではないようだ。国家権力に従わない犯罪組織がいるのだろう。
「そうか。我が国は、相当浄化作戦を進めているはずなのだがな」と、バッタ男爵。
「そうなのですが、近年は不景気で……儲かれば、いとも簡単に法を犯す連中が多いのです」と、兵士。
「そういうわけだ、千尋藻よ。武闘派の国家ウルカーンであっても、簡単に潰せない地下組織というものはある。しかも、今回のそいつらは、文字通り地下迷宮を根城とする組織だ」と、バッタ男爵。
「地下迷宮か……度々聞くけど、今までエアスラン騒動でスルーしてきたんだよな。そろそろ、地下迷宮のことも調べていきたいな」と、応じる。
報告を済ませた兵士が部屋を退出していく。
「千尋藻よ。ウルカーンにも地下迷宮がある。地下迷宮は、信じられぬくらい大きな空間があるとされる。そこには、地上の国家の権力が及ばない組織が隠れ住み、迷宮から湧き出る魔物の素材や、発掘されるアイテムなどにより、巨万の富を築いている」
「ひえ。地下組織の全貌は分かっていないので?」
「分からぬな。だが、別にやつらは地下迷宮の支配者ではない。様々な組織がバラバラに存在しているだけだ。秘密の出入り口を知っていて、地下を隠れ家にしているだけの犯罪組織もあれば、脱税以外の犯罪には手を染めず、ひたすら素材狩りをする組織もある」と、バッタ男爵。
「国家が管理したりしていないのだろうか。そんなに利権があるのなら」
「もちろんしている。貴様が今身に付けているシャツの素材になっている糸は、糸蜘蛛という人と同じくらいの大きさの蜘蛛を繁殖させ、生産しているのだ。糸蜘蛛は地下迷宮の環境が飼育に向いているからな。同じように、魔鉄鋼は鉄鋼貝という貝を養殖して生産するし、岩トカゲは食肉として繁殖させている。荷馬車用の化け蜘蛛も、地下迷宮産の地蜘蛛を品種改良して役立てているのだ」と、バッタ男爵。ラノベで語られるいわゆるダンジョンかと思ったら、思いっきり世知辛い話になった。まあ、国家が管理するということは、必然的にそうなるのだろう。
「国が地下迷宮の探索とかはしないのか?」
「もちろんやっておるさ。軍の訓練にもなるからな。迷宮権益を持っている貴族も、私兵を出して探索をしたりしているな」と、バッタ男爵。
そこまで権力者が関与しても、地下組織が生き残るくらい、地下迷宮というやつは巨大なのだろう。
「ところで、魔物は地下迷宮で発生すると聞いたけど」
「そうだ。普通の動物が、地下の魔に当てられると、魔物になる。魔物になると、人を襲うようになる。時には地下迷宮から這い出て、村や街を襲うこともある。そして、人が魔物になることもある。地下迷宮とは、危険なところなのだ」と、バッタ男爵。
「なるほど」
「興味があるのか?」と、バッタ男爵。
「あるかないか聞かれたら、無いことも無いという感じかな。まあ、そんな地下迷宮に潜む独立組織が、モンスター娘を高額で売買しているというのが気になるな」
「彼女らは彼女らで、十分に気を付けていると思うがな。さて、千尋藻よ。ウルカーンの迷宮の入り口の一つに、ワシが権益を持っているところがある。迷宮に入るのなら、そこを利用する場合、少しは便宜を図ってやれる」と、バッタ男爵が言った。
地下迷宮というのは、地下で繋がっているとはいえ、入り口ごとに権利が決まっていて、その入り口から入って得た素材は、その入り口ごとに設けられた管理所に全て売却せねばならない仕組みらしい。その際に、税をある程度引かれてしまう。その代わり、様々なサービスが受けられる。予定の時間になっても戻ってこなかった際に、捜索隊を出してくれたり、それから、案内役やポーターを割安で雇えたり、マップの情報を購入できたり、講習を受けたり、レンタル倉庫にレンタル装備などのサービスもあるとか。
目の前の男爵は、貧乏とは言え、そんな管理所を一つ持っているらしい。
話がモンスター娘の人身売買から飛んだが、雑用ギルドとは別のお金稼ぎの当てが出来たのかもしれない。今度試しに行ってみて、コスパがどれくらいか確かめてみよう。
・・・・・
バッタ男爵との面会を終了し、ネム達を引き連れて待ち合わせの中央市場に集合する。なお、サイフォンは水ギルドの方に行った。ナイル伯爵との面会の可否は、今日の所は保留にしている。
待ち合わせ場所には、種付け師のアイサと小田原さん、そしてなぜか騎馬弓おっさんと三つ編みお下げのぼっち女がいた。
「お疲れ小田原さん」
「ああ、千尋藻さん、情報は後で聞くとして、今から荷馬車屋だな。一応、アドバイザーということで、彼らを連れて来た」と、小田原さんが言った。
「種付け師のアイサは分かるとして、他の二人は?」
「俺は騎馬護衛のプロだ。今は金が無くて買えないが、良い馬屋を知っている。今は戦争前で入手しづらい時期なんだが、俺の伝手なら譲ってくれるはずだ」と、騎馬弓おっさんが言った。
「彼の話は、一応、炎の宝剣に裏を取った。概ね事実のようだ」と、小田原さん。
「ああ、正直に言うと、俺は足を怪我して障害が残っているんだ。日常生活に支障はねぇが、剣士は出来ねぇ。だけど、弓なら扱えるし、元々得意だった騎馬を利用して、騎馬弓を始めたんだ。それから雑用ギルドや護衛ギルドの伝手で新人講習をしたりしてな」と、おっさんが言った。名前はガイというらしい。それだけ聞くと、知り合いになっておいて損はない人物ではある。
次に、小田原さんがぼっち女の方を向いて、「彼女はスザクと言って、ポーター歴が長いらしい」と言った。
彼女はぼっち女だ。彼女が元々在籍していた男4,女4のパーティが解散というか、男女で別々になったときに、他の女性メンバーは速攻でパーティを再結成し、彼女はその中に入れて貰えなかったという悲しい過去を持つ。なんでそんな状態になったのかは知らないけど。
つぶらな瞳で可愛らしくはあるのだが、スタイルは貧相だ。明るい茶髪を三つ編みにして左右に垂らしている。まるで、チビ○子ちゃんに出てくる脇役の女の子みたいだ。服装は、ブーツに革手袋、腰には剣という冒険者風の格好をしている。そして、何故か大きなリュックを背負っている。
その女性は、「あの、スザクといいます。前のパーティでは、アイテムや素材の管理と、荷物運び役をやっていました。スキルではありませんが、素材鑑定の知識がありますので、魔物ハンターや迷宮探索のお供にどうぞ」と言った。
ううむ。うちにはいない人材だが、何故ここに? というか、地味な顔の割に名前が立派すぎる。
「彼女は地下迷宮探索向けの素材管理も行うが、行商護衛の際の物資管理や荷物運びの経験もあるらしい。今は暇らしくてな、今回のアドバイザーというわけだ」と、小田原さんが言った。
そうか、今から荷馬車を買いに行くから、そのアドバイザーという訳か。まあ、そういうのも必要かな。旅は道連れっていうし、まあ、今日くらいはいいだろう。
俺達は、ぞろぞろと荷馬車屋に向けて歩き出した。
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