第95話 戦況と水ギルド関連のヒアリング


戦闘メイドの訓練のあと、再び天井の高い立派な廊下をひたすら歩く。サイフォンと一緒に。


綺麗なメイドの揺れるお尻を眺めながら。そのメイドの背中には、巨大なマサカリが担がれているけど。


ちなみにだけど、俺は彼女のお尻は撫でていない。


今日は、この屋敷の戦闘メイド達にも稽古を付けた。とはいえ、斬りかかってくる彼女らの攻撃を避け、ひたすらお尻を撫でるだけだ。


いつものトマト男爵の下で働く20人の戦闘メイドだけでは無く、この屋敷の戦闘メイド達のお尻も撫でまくった。最初びっくりされたが、特に注意されなかったから、大丈夫だったのだろう。ついでにネムも撫でた。あいつは、どんどんお尻の肉付きが良くなってきている。撫で心地で分かる。あいつは栄養状態が良いと。


それはそうとして、目の前のメイドである。


この子は、今朝の訓練には参加していなかった。きっと、新人ではなく、ベテラン戦闘メイドなのだろう。


お尻もお胸もお顔も一級品だ。きっと、マサカリの腕前も相当なのだろう。


俺とサイフォンは、その戦闘メイドに案内されて、エリエール子爵との面会部屋に向かっている。


ネムは訓練の後、アリシア達と一緒にメイドのお仕事を手伝っている。ちゃんと掃除のノウハウも身に付けて貰わねば。なお、ケイティはアリシアの妹ステシアの方に行っており、診察セックスが終わったらキャラバンの方に帰る予定だ。


左右に揺れるメイドのお尻を眺めることしばし、とある立派な扉の前で、そのメイドが止まる。


メイドがドアを軽くノックし、「連れて参りました旦那様」と言った。仕草が優雅だ。


ドアを通された先には、トマトとバッタ、そして、豪華そうな白いドレスを着た貴婦人がいた。


いや、貴婦人だと思っていた人物は、何かがおかしい。彼女は一番部屋の奥にいるはずなのに、その手前にいるバッタより大きく見える。遠近感がおかしい。


「おお、千尋藻よく来た。この方が、エリエール子爵だ」と、バッタが言った。


バッタ男爵は腕が太く、声が野太く、顔も大きい。そして何より、とても日焼けしている。そのくせ服装は乙女趣味なのだ。今も明るい紫色を基調としたふりふりのドレスに身を包んでいる。


対して、エリエール子爵は、体全体が大きく、ゆったりとしたローブに身を包んでいる。身長も横も顔も大きい。だけど、お肌は白い。


ライトブラウンの髪の毛も、綺麗にアップで結われている。


エリエール子爵は、「あなたが千尋藻ね。この度は、こいつらがお世話になったようね。感謝しかないわ」と言った。少しハスキーだが頑張って高音を出している声だ。バッタの野太い声と比べたら、まあ、女性っぽい感じはする。だけど、こいつは男だ。間違い無く。


「はい。千尋藻城です。お見知りおきを」と、適当に言った。


すかさずサイフォンが、「お初にお目に掛かりますエリエール子爵。私はララヘイムのオリフィス辺境伯が娘、サイフォンにございます。此度はエアスラン軍に従軍しておりましたが、故あって彼に同行しております」と言った。そして、手土産をメイドに渡す。


「おお。オリフィス辺境伯か。幾度かお会いしたことがあるわ。この度は、お互い戦争という形になってしまっているが、終わってしまえばまた良い関係が築けよう」と、エリエール子爵。ララヘイムと聞いてびっくりするかと思っていたが、案外平穏だ。トマト達が事前に説明していたのかもしれない。


「さて、千尋藻よ。さっそく始めよう。まずはエアスラン軍との戦闘のことだな」と、トマトが言った。


そして伝えられる戦況……


エアスラン軍の全容は、歩兵だけで三万人。その他騎兵や工作兵、斥候や輜重隊を合わせると、五万人規模になるらしい。

明らかにネオ・カーンのみの占領ではなく、その次を意識した数だ。実際に、少数とはいえ、ウルカーン方面にあるシラサギにも攻め入っている。


だが、シラサギ攻防戦で相手の出鼻をくじいたことで、完全に相手軍の動きを止めている状況らしい。


あの時、シラサギに到着したのは、ジュノンソー公爵家の精鋭である騎兵200。今後、歩兵700を追加派遣し、元々いた兵数と合わせて約1000人体制にする計画らしい。


その1000人でシラサギを要塞化させ、簡単には落ちなくさせる。その上で、ウルカーン軍の本体二万がシラサギ経由とは別の街道を南下し、ウルカーンより2日くらいの位置で、野戦陣地を築くという作戦だ。


これによりウルカーン本国への侵攻路は潰せるので、しばらくそのままで耐え、その後はティラネディーアとノートゥンからの援軍を待ち、大軍を整えて、ネオ・カーンで決戦という感じになるらしい。


この作戦がうまくいくかどうかは分からないけど、機動力に勝る相手と戦う場合、まずは防御を固めるのが鉄則なんだとか。


「そうですか。ならば、しばらくナナセ子爵は無事で、ウルカーンも戦場にはならないと」


「その通りだ。ナナセ子爵のシラサギ防衛戦は大手柄と言っていいわね。最新情報によると、彼女は追撃戦で、相手の将軍と英雄級の首級をあげたらしいの」と、エリエール子爵が言った。


実は、クメール将軍をコロコロしてしまったのは俺だし、エリオンくんは自滅だが、こっちではそういう評価になっていたらしい。まあ、俺は手柄を公にするつもりもないし、そのメリットもない。なので、この状況はこのままにしておこうと思った。


エリエール子爵は、「シラサギの粘りが無ければ、今頃は万単位の軍勢の移動を許していたことでしょう。敵の動き次第では、我が国は準備不足のもと、ティラネディーアとノートゥンの援軍も間に合わない状況での決戦となっていたことも考えられる。しかも、このウルカーン近辺でね。それを回避した彼女の評価は、うなぎ登りみたい」と言った。


それは何よりだなぁ。彼女が喜んでいるのかは別として。ただ、依然として、相手五万はここから一週間の位置にいるのだ。本当にここまで攻めてこないのだろうか。


「素人意見で申し分けないのですが、相手はいつでも軍を動かせる状態のような気がしますが、そこの所を教えてください」と、言ってみた。


「相手が消耗を恐れずこちらになだれ込んできたら、こちらとしても相当な出血を強いられていたことでしょう。だが、戦争とは勢いが肝心なの。勢いが無くなった軍は、慎重にならざるを得ない。エアスランは、血気盛んなクメール将軍がいなくなったことで、勢いが無くなっているわ。一番消耗の多い部隊には、誰も志願したくないものなのよ」と、エリエール子爵が言った。


「エアスランは、軍閥が強いとは言え、民主主義国家だ。負けたら議会への説明等がとても面倒だと聞く。我々、王政の国家では考えられない理由で、進軍の足が止まることもあると聞く」と、トマト男爵が言った。


「なるほど。ウルカーンとしては、その隙に軍備を整えると」


「そうだ。我々はあまり出番が回ってこないだろうがな」と、トマト男爵が言った。


「そうなんですね。あの街の権益を持たれていたのに」


トマト男爵は雑用ギルドの株を51パーセント持っていたと聞いた。


「此度の戦争は、防衛戦から侵略戦になった。ネオ・カーンは取られたが、シラサギ戦では勝利した。この国の貴族は、エアスランに勝てると思っている。このまま勝って、エアスランをネオ・カーンから追い出せば、その戦争に参加した貴族はネオ・カーンの権益を得ることができるし、エアスランからの賠償金も得ることができる」と、トマト男爵。


「お主、我が国の貴族には、国王派と宰相派がいる事は知っていよう?」と、バッタ男爵が言った。


「ええつと、国王派がナナセ子爵やヴァレンタイン伯爵、それからジュノンソー公爵とかですよね」


「そうだ。対して、我々やエリエール子爵が宰相派だ。もともと、5年前のネオ・カーン攻めは国王派が主導したのだ」と、バッタ男爵。


「ところが、ヤツラはあの街で虐殺事件を起し、それに激怒した国王が、罰として街の権益の一部を他の貴族に渡したのだ」と、トマト男爵。


「ははあ。今度こそネオ・カーンの権益をゲットするべく、国王派が優先的に兵士を出して、宰相派をパージしていると」


「わはは。パージというか、我ら宰相派は、あまり戦争を好まぬのだよ」と、バッタ男爵が言った。


「そういうことだ。我らは本来、交易でお互い豊かになろうという思想を持っている。略奪主義ではない」と、トマト男爵。


すると、俺の隣に座っているサイフォンが、俺にチラリと視線を向ける。あの話をしろということだろう。


「なるほど。交易の話が出たところで、こちらのサイフォンから少しお話が。水ギルドから貴族を紹介したいという話を受けたところでして」と、俺がエリエール子爵に言った。


「あら、ナイル伯爵のことかしら」と、エリエール子爵が言った。


「はい。ご存じでしたでしょうか」と、サイフォン。


エリエール子爵は、ティーカップに口を付け、ゆっくりと、「ナイル伯爵こそ、宰相派の筆頭貴族家で、国王派のネオ・カーンでの虐殺を批判し、あの街の権益の一部を割譲させた貴族なの」と言った。


なんと、国王派の政敵ということか。


「ナイル伯爵は、母親がララヘイムの元王女、伴侶もララヘイムから迎えている。今回の戦争では、どうもエアスランにララヘイムが付いているから、立場が危うくなっている」と、エリエール子爵。


「ナイル伯爵には、4人の子供がいるのだが、うち2人はまだ幼く、ここウルカーンの魔道学園に通っていらっしゃるのだ。彼らを一時疎開させたいと考えられているようだ」と、トマト男爵が言った。


「私の所に打診がきたのよ。家族を、港街スイネル付近に逃がしたいってね」と、エリエール子爵が言った。ずいぶん踏み込んだ発言だと思った。


サイフォンは少し目を見開き、「そのような状態なのですか?」と言った。


「そうね。市中にいるララヘイム人はまだ大丈夫だと思うけど、ララヘイム派の貴族はまずいでしょうね。だけど、港街スイネルはララヘイムとの貿易で成り立つ街。ララヘイム人もララヘイムと縁のあるギルドや貴族も多い。そこに逃げることが出来れば、ララヘイム人というだけでおいそれと手を出すことはできないでしょうね」と、エリエール子爵。


「そのナイル伯爵が、私の様な流れ者に何故」と、サイフォンが言った。


「ナイル伯爵はララヘイム人を大切にしているし、そして信頼している。ララヘイム派の貴族達を屋敷に招いてサロンを開くこともあるし、ララヘイムからの行商人を招いて情報収集をすることもあると聞く。だけど今回は、そんな悠長な話ではないような気がするわね」と、エリエール子爵が言った。


「私が水ギルドにお伺いしたその日の面会打診ですから」と、サイフォン。


「そうなのね……ララヘイム派の貴族が、ネオ・カーンの権益を失った貴族達の恨みのはけ口にされる可能性はあった。時間が無いのかもしれないわ。馬鹿なことをしなければいいのだけど」と、エリエール子爵。


「あの、さっきおっしゃられたナイル伯爵からの打診って……」と、俺がエリエール子爵に聞いた。


「受けたわ。ナイル伯爵の三男と自分の妻を、ここから東にある私の荘園経由で港街スイネルに送り、そこからララヘイム行きの船に乗せる」と、エリエール子爵が言った。


「そうなんですね……うん? ウルカーンにいらっしゃるお子様は、確かお二人だと」


「もう一人、15歳の四男がいらっしゃる。私は、リスクの分散だと捉えているわ」と、エリエール子爵。


リスクの分散……片方に何かがあったとしても、全滅は免れるように、ばらばらにしようとしているわけか。


サイフォンが、俺の方をチラリと見る。


余計なしがらみはごめんなのだけど。でも、まだ頼まれたわけではないし……


この件は、これ以上詮索しても話が進まないだろう。


俺達は、その後数点の確認をして、エリエール子爵の部屋を後にした。


この後は、バッタ男爵と面会だ。人攫いやクメールの剣の事で相談せねば。

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