第94話 カオス後の朝


目が覚めた。


昨日はずいぶん飲んだはずだが、気分は悪くなっていない。というか、俺の体、酔いはするが、悪酔いはしない。多分だけど、体が酔ったふり、いや、酔っている状態を作り出しているだけなんだと思う。俺の体の正体は、本体から切り離された触手の一部だからだ。かなり特殊な触手だと思うけど。


ところで、体が重い。何故ならば、俺の上には、サイフォンが乗って眠っているから。こいつはおっぱいもお尻もそこそこ良い物をもっている。体も、肺活量が多そうな体付きをしている。決して華奢ではない。


昨日は、結局こいつに押し切られてしまった。サイフォン曰く、無限セック○の刑に処された。今の体は体力もあるし、サイフォンのセック○はとても上手だし、別に悪い気はしないのだけど……


サイフォンは、俺が目覚めたのを感じとったのか、自分も起き出して、「おはようございます。城様」と言って、軽い感じのキスをしてくれる。城とは、俺の名前だ。こいつは、こういう時だけ名前で呼ぶ。


綺麗な青い髪が、俺の顔に覆い被さる。このような綺麗なブルーは、自然界には存在しないと聞いたことがあるが、そんな情報はどこ吹く風で、サイフォンの髪は綺麗な青色をしている。


「ああ、おはよう。さて、起きるか」と言って、体を起そうとする。今日は早朝から活動しないといけないのだ。


「私はいいのですが、ギランが待っていますよ」と、サイフォンが言った。


ギランは、寝起きに布団に入ってくるという習性がある。体温を奪っているのだろう。


俺は、「あ~来い来い」と言って、再び仰向けになる。


サイフォンは優しく微笑み、「うふ、あなた、ギランには優しいのですね」と言って、自分はするりと布団から抜け出す。


サイフォンは、お嬢モードとギャルモードの二面性がある。今はお嬢モードだ。


「まあ、ギランだからな」と応じる。ギランは、俺が人殺しをしてしまった時に慰めてもらってから、何だかこういう関係が続いている。


サイフォンがベッドから抜け出すと、ぬるりとあいつが入ってくる。仰向けの俺の上に、今度はオオサンショウウオ娘が覆い被さる。ひんやりとしていて、一気に体温が奪われる。


「あ~あったけぇ。あら、堅いじゃん。する?」と、ギランが言った。


「しない。今日はそろそろ起きないと」と応じる。


今日は、早朝からトマト男爵のところに行かないといけないのだ。こいつとすると長いのだ。


今日はトマトのところで戦闘メイドの朝練のバイトをし、その後は男爵達と面会だ。


そこで、戦争の状況や、先日俺が捕らえた人攫い達のその後を聞く予定にしている。ついでに、サイフォンの用事も済ませないといけない。水ギルドからの依頼で会って欲しいと言われた貴族のことをヒアリングしなければ。


それから、クメールの宝剣のことも相談してみようと考えている。あれは武器としての価値は250万前後らしいのだが、美術品としてなら、もっと高値が付くかもしれないと言われている。


俺は、ギランの体温がだいたい俺と同じになったくらいで、もそもそと水のベッドから起き出した。



・・・・


テントの外に出ると、意外と賑やかだった。ここは荷馬車用のオートキャンプ場的なところだから、色んな人がごちゃごちゃいるのだが、基本的に荷馬車や衝立などを利用して、ある程度のプライベートゾーンは確保されている。


すでにメイド服に着替えているネムが、ムカデ娘達の調理場の隣で朝食を取っている。

こいつは、これから俺と一緒にアリシアの所に剣の稽古に出かけるのだ。


と、どこかで見た奴らが見慣れぬことをやっている。


昨日の種付け娘アイサが、ムカデ娘の隣に立って何かやっている。というか、見慣れぬ女性もいる。


「なあ、ネム。あいつらって……」


「え? 昨日酔っ払って沢山連れてきたでしょ。お陰で、寝床が狭かったんだから」と、ネムが言った。


「そういえば、ここで二次会したんだよな」


「あら、おはようございます。お手伝いさせていただいております」と、厨房に立つ華奢な女性が言った。


その隣では、アイサが「おはよう。手伝ってるよ」と言った。


アイサはともかく、その隣の人は誰だっけ。


俺がぽけぇとしていると、サイフォンが出てきて「あの、覚えていないの? 奥さんが病気の人、本人ではなく、奥さんを安くアルバイトで雇うことにしたじゃない」と言った。


そういえばいたなあ。そんな人。確か奥さんが病気だから仕事が欲しいとか言ってきた人。

本人ではなくて、その病気の奥さんを雇ったのか。


サイフォンは、「私達、荷馬車を買って独り立ちするのは良いんだけど、うちの子、あなたが御飯担当にしようとしていた宿屋の娘は、水魔術で稼がせた方が実入みいりが良いのよ。なので、ウルカーンにいる間は、バイトを雇った方が効率的なわけ」と言った。


「あの、病気の方は大丈夫なわけ?」


「彼女の病気は腎臓ね。私の水魔術で対症療法はなんとかなる。魔力はあなたがいくらでも出せるでしょ」と、サイフォン。


「そ、そうか」


対症療法って、人工透析みたいなものなのだろうか。凄いな水魔術。


「あっちで飯食ってる連中はどうするんだ?」


向こうのテーブルでは、若い三つ編みの女性とおっさんと熊みたいな青年が三人で朝メシを食べている。その三人組は、確かぼっち女性と、騎乗弓が得意なおっさんと、熊みたいな田舎農家の青年だ。


俺の視線に気付いたサイフォンが、「昨日、ついて来ちゃった人らね。どうすんの?」と言った。


どうしようも何も、うちに余裕はない。とはいえ、昨日盛り上がって深酒した仲でもある。朝飯くらいはいいかと思った。


「朝飯くらいならいいや。俺は飯食ったらトマトのとこ行かないといけないから、ケイティか小田原さんに後の事は頼むか」


それを聞いていた厨房のアイサが、「私、午後から荷馬車見に行くって言われてんだけどさ。ここで待っていればいいの?」と言った。手元ではお皿を洗っているようだ。こいつは普通に溶け込んでいる。まだ雇った覚えはないはずだ。


「まあな。荷馬車見に行くのは午後、俺が戻ってきてからな」と、応じる。


それにピクンと反応したおっさんが……


「おお、兄弟、荷馬車持ちたいんだって? それなら、護衛騎士は付きものってもんだ」と、飯食っていたおっさんが言った。誰が兄弟だよ……


「無理にパーティに入れてくれなんて言わねぇ。護衛契約でもいいし、なんなら指導任務でもいい。俺は、昔そういう指導の仕事もやっていたんだ。『炎の宝剣』のことも知ってる。あいつらは、俺が指導したんだ」と、おっさん。歳の頃は、俺と同年代か少し下だろう。


ううむ。それだけ聞くと、話を聞いてみてもいい気がする。


「話だけは聞いてやる。ひとまず、俺が帰ってきてからだ」と応じると、おっさんの顔がぱああと和らぐ。何故かその後ろのぼっち女と童貞熊も。


その時、マジックマッシュルーム娘がぱたぱたと俺とサイフォンの方に駆けてきて、「はい」と、包みを渡す。


「ありがとシュシュマ」と、サイフォンが言った。シュシュマというのがマジックマッシュルーム娘の名前だ。


「何それ」


俺がそう言うと、サイフォンはふか~いため息をつき、「手土産。今日はエリエール子爵と面会でしょ?」と言った。


確かにそうだが、バッタとトマトの上司だからその辺スルーしてしまっていた。


「あのねぇ。田舎の男爵クラスならまだしも、ここはウルカーンの首都で、そこの子爵クラスなわけ。手土産くらい持っていかないと、失礼と思われるかもしれないでしょ。なので、私が頼んでおいたってわけよ」と、サイフォン。


「そ。タケノコ名物干しアワビとからすみのセット。締めて十万ストーンです」と、シュシュマが言った。


十万て……まあ、いいのか、そのくらいは常識なのか。というか俺が食いたいわ。アワビとからすみ……


「ねえ、早くしないと遅れちゃうよ」と、メイド服姿のネムが言った。


「そうだな。急いで食べよう」と応じると、俺達のやり取りを聞いていたアイサがさっと朝御飯が乗ったお盆を渡してくれる。気が利くやつだ。


俺が朝食をがっつき始めると、騎乗弓のおっさんがネムを見て、「な、なあ、嬢ちゃんのその格好、ひょっとして……」と言った。


「僕は、剣士見習いだよ」と、ネムが返した。よく見ると、ネムはスカート姿のメイド服に、昨日買ったと思われる上等なブーツを履いている。彼女、本当はスカウトなんだが、本人はもう剣士のつもりでいるようだ。


俺は、メシを急いで食いながら、「戦闘メイドの訓練に混ぜてもらってんだ」と言った。


「おいおい、戦闘メイドと言えば下級貴族の子女のトレンドじゃねぇか、旦那達よくそんなとこに出入りできるもんだ」と、騎乗弓のおっさん。


ネムは、「僕もそう思うんだけど、この人怖い物しらずでさ。何故だかこうなった」と言った。


「もともと、俺がメイドの訓練のバイトしてたんだ。こいつは、そこに無理矢理押し込んだんだ」


「貴族の訓練のバイトって……そりゃあ」


俺は、絶句するおっさんをスルーし、俺のお盆を受け取るために手を伸ばしているアイサにお盆を預け、「よし、行くぞネム」と言って、スタスタと歩き出す。直ぐにその後ろをネムとサイフォンがついてくる。初日から遅刻するわけにもいかない。


後からケイティも屋敷に来るはずだ。アリシアの妹であるステシアの様態を診るために。



・・・・


貴族区に行くための門を潜り、その後緩やかな登り道を上がることしばし、聞いていたとおりのお屋敷があった。


トマト男爵とバッタ男爵の寄り親であるエリエール子爵の住居だ。


庭付きでとんでもなく大きい。


そりゃ、寄子や親族がウルカーンに訪れた際の拠点でもあるし、それなりの施設が整えられているのだろう。


扉の前でドアをノックする。


俺とネムはやや緊張し、サイフォンはいつもの水色シースルー付きのローブ姿で、澄ました顔をして佇んでいる。


そして、ドアがゆっくりと開けられる。


「いらっしゃいませ。どのような御用向きでしょか」と、とても綺麗な声がした。


メ、メイドだ……綺麗な人だ。


シックな黒いスカート、その上に白を基調とした刺繍が入った綺麗なエプロン。黒い上着の襟元に、控えめな刺繍とフリル付きの白いブラウスが覗いている。美しいゴールドブロンドの頭には銀のカチューシャ。そして、美しい装飾が施された斧が、背中に背負われている……


斧?


「あ、あの、千尋藻ちろもと言います。トマト男爵の仕事と、その後の面会に伺いました」と言った。


そのメイドは綺麗な声で、「伺っております。戦闘メイドの訓練指南役でございますね。まずは、武器を預からさせていただきます」と言って、優雅にお辞儀をする。


俺とネムがそれぞれの武器を渡し、サイフォンがバッタに見せるために持ってきていたクメールの宝剣を渡すと、それを玄関のロッカーに仕舞い、「どうぞ」と言って、踵を返す。


付いてこいと言うことだろう。


やっぱ都会のメイドは違うわ。トマトの時は、最初スカートはいていないヤツが出迎えたからな。


などと思いながら、そのまま天井の高い廊下をひたすら歩く。


そして、中庭に出た段階で……


「よし、来たな千尋藻、早速始めるぞ」と、見知った顔が言った。アリシアだ。


「アリシア、一日ぶりだな」と、応じる。


アリシアの格好は、いつものメイド服だ。刺繍もほぼなく、フリルもよく見るとスス汚れている田舎丸出しのメイドだ。


だけど、アリシアはどこ吹く風で、堂々と満面の笑みを浮べている。流石はスラム出身のメイド。格が違う。


アリシアは、「ああ、一日ぶりだ。ところで、稽古を付けてもらう人数が増えた。ウルカーンの戦闘メイド達だ」と言った。


確かに、アリシアの周りにいる戦闘メイドは30人くらいいる。前は20人くらいだった。このお屋敷の戦闘メイド達なんだろう。


よく見ると、その戦闘メイド達の服装には、かなりの格差がある。要は、質素なネオ・カーン組と、おしゃれなウルカーン組だ。


だけど、ネオ・カーン組、すなわち俺の教え子達は、そんな中でも堂々としている。彼女らは、一度修羅場を経験しているからだと思った。彼女らは、実戦、しかも勝ち戦を経験しているのだ。


俺は、アリシア達に元気を貰ったような気がして、「別にかまわんさ。早速始めよう」と応じた。

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