第91話 ウルカーンの夜


俺達は、昼間の用事を終え、ウルカーンの居酒屋街にやってきていた。


メンバーは、三匹のおっさんとサイフォンのみだ。


ネムとヒリュウは、夕食用の惣菜を持たせ、他の水魔術士組と一緒にキャラバンの方に向かわせた。


そして、俺達が何をしているかというと、夜の偵察である。


今、このウルカーンの街には、戦争前夜という状況を前にして、意外にも腕に自信のある者達が大量に押しかけている状態にあるらしい。


本来、ウルカーン軍の軍人は、貴族であるべきとされているが、戦争に行くのが貴族だけかと言われるとそうではなく、お供の兵士を連れて行くわけで、往々にしてそのお供の兵士は平民なのである。


では、そのお供の平民兵士をどうやって選ぶかというと、もちろん、腹心的ポジションには気心の知れた人物を置くのであろうが、頭数を増やすために、自分の荘園から警備兵を連れて来たり、希望する平民を登用したりすることもざららしいのだ。


要は、いつもは開拓村や冒険者、ハンターなどで生計を立てている人らが、一旗揚げようとウルカーンの街に押し寄せて来ているらしいのである。


貴族のお抱えになると安定した給料が出るし、田舎でくすぶっているよりも戦争に参加した方がいいと考える人達もいるし、今の境遇をどうにかしたいと考えて戦争に参加したい貧困層も一定数いるようなのである。


そして、道具屋からの情報で、今のウルカーンは、そういった腕自慢がわんさかと押し寄せている状況らしく、田舎や他の街から来た連中は、酒場で情報交換しているというのだ。


なので、俺達は彼らからの情報を収集すべく、こうやってウルカーンの居酒屋街にまで足を運んだと言うわけだ。情報の他に、お買い得的な人材がいたら、目を付けてみようという目的もある。


いや、90パーセントほどは興味本位だ。異世界居酒屋に行ってみたかったのだ。

四人で居酒屋に行くくらいの現金はあるわけだし。


と、いうわけで、市場近くの大衆居酒屋に行くべく、ここまでやってきた。


見た感じ、この辺は風俗街ではなく、売買春が盛んに行われている地区では無いと思う。


「さて、お店は適当に入るか。ウルカーンは内陸国だから、肉料理が中心なんだよな」


「ここから東に7日の距離に、海の街スイネルがある。そことララヘイムは貿易していてね。今は戦争の影響でどうなっているのか分からないけど、案外居酒屋は食材の仕入れとかで海産物の流通にも詳しいから」と、サイフォンが応じた。今日の居酒屋は情報収集なのである。海産物の入荷状況を調べなければ。


昼間、汎用品の剣五本を売って250万の収入があったから、ちょっと強気なのである。


600万で売れる予定の短剣は、ケイティの杖の加工費の見積もりが出るまで売却しない予定だし、クメールの宝剣は、今度バッタに会う時に相談する予定で、今日のところはネム達に、本拠地の大八車に持って帰って貰っている。なお、鍛冶屋に持って行った折れた剣の先も、5万ほどで買い取って貰えた。


それから、今の所売り先が無い赤い短剣は、俺の腰にぶら下がっている。


この短剣は、ある意味もう一振りの売値600万より希少価値が高そうなので、盗まれないようにこうしている。アクセサリーとしてカッコ良いし。大きくないから嵩張らないし。


それはそうとして、今から居酒屋にて情報収集を行うのだ。


なので、「まあ、とにかくどこかお店に入ろう。まずはそれからだ」と言った。



・・・・


「かんぱ~い、お疲れさんです」


「メニューメニューと……」


俺達は、適当なエールを人数分頼んで、早速食べ物を選ぼうとメニューを見るのだが……


「おい、読んでくれサイフォン。俺は文字が分からん」と、サイフォンに言った。俺達は、相手がしゃべる言葉は理解できるが、文字は読めなかったりする。おそらくだけど、口から発する言葉には魔力が込められていて、それを魔術的な何かで意味が通じるようになっているのだと思う。だから、文字の方は意味が解らない。


サイフォンは、「いいけど、今日は私と無限セック○ね」と言って、メニューを俺から奪う。その言い方だと、自分とのセック○がペナルティみたいな扱いになっている気がするが……どうでもいいけど。


「夜の件は別だ。どんな料理があるんだ?」


「ちっ、後でトイレに付いていってやる。メニューはねぇ……本日のサラダと本日のスープ。それから、本日のお勧めね。メインは、淡水タコの油炒め、イノシシ肉の香草包み焼き、鹿肉とアスパラの胡椒炒め、二枚貝で炊き込んだお米の海鮮餡かけ。川魚とカワイカの檄辛炒め、ニョッキのクリーム煮込み。全部一皿3000ストーンくらい。ララヘイムに比べるとかなり高いかな。まだ読む?」


「タコがあるじゃねぇか。頼め。というか、今日のお勧め全部でいいんじゃね?」


タコは大好物だ。それはもう本能レベルで大好きだ。だが、他のメニューも全部うまそうだ。


「太っ腹ねぇ。でも、いいかもね。このテーブルに人呼ぶんでしょ?」と、サイフォン。


「そ。ナンパ頼むぞ」と、返す。


俺達の今日の目的、それは情報収集なのだ。


サイフォンは、居酒屋でおっさん十人をナンパした実績がある。


「その前に、少しだけ私らの話していい?」と、サイフォンがまじめな顔をして言った。


「なんだ改まって」


「少しだけ。今日、うちら水ギルドに行ってさ、仕事は戦争特需で結構割がいいのにありつけそう」と、サイフォンが言った。


「幸先いいな。でも、戦争特需で何故水ギルド?」


「そりゃ、消毒用アルコールとか血清製品の精製なんかも水ギルドの管轄だしね」


「ほうほう」


俺が思っていた以上に、水ギルドとは裾野が広いらしい。


「話を戻すと、水ギルドのギルド長が、私を知っていたみたいで、とある貴族に会ってくれって言われてしまって。どうしよう」と、サイフォン。


そうきたか……


まずったかな。サイフォンは、オリフィス辺境伯という大きな貴族家の出身で、ウルカーンに留学経験もあるお嬢様だ。ララヘイムは民主主義に移行しつつある国家らしいのだが、依然として貴族が力を持っている国だ。


「おいおい、結構大きな話だな。何だってお前に会わせたいと思ったんだろ」


「その貴族、私のウルカーン留学時代に、一度だけお会いしたことがある方なの。おそらくだけど、今回ララヘイムがエアスランに付いたでしょ? その絡みだと思う」と、サイフォン。


「う~む。ウルカーンにララヘイムと縁のある貴族がいたとして、普通に考えてその貴族の立場はヤバイよな」と、俺が返す。


「多分そんなとこだと思う。ウルカーンとララヘイムは、これまでお互い融和政策を取っていたから。婚姻関係を結んでいる貴族も多いのよ。今回会って欲しいと言われている方は、母親がララヘイムの元王女で、奥さんもララヘイムの伯爵令嬢クラスの人。ただし、昔に私と面識がある人と言っても、別に世話になったとか、そういうのはない。だから、水ギルドに顔を出した初日にそんな話が来たのは意外だった」と、サイフォンが言った。


そう聞くとかなりの大物っぽいな。


「そうか。明日は朝からトマトの所に行くけど、一緒に行くか? その貴族のこととか聞いてみよう」


サイフォンは、「そうね。私もそれをお願いしようと思ってた。大物貴族はいきなり会わない方がいいの。どんなことに巻き込まれるか分かったもんじゃないから。じゃあ、この話はコレまでで、誰か声かけてくる」と言って、俺達のテーブルを立ち上がった。


・・・・


「あ、ども。隣村からやってきましたヘアードと言います」と、熊さんみたいな風貌の青年が言った。


サイフォンがお酒奢るって言ったら、速攻でついて来た。イチコロだ。こいつは多分、童貞だろう。


「そっか。まま、沢山食べてくれ」


今、俺達のテーブルには、沢山の料理が並んでいる。


「はい。ありがとうございます。田舎ではこんなちゃんと味付けされた料理は無くて」と、青年が言った。


「それで、君も戦争に参加するつもりなのか?」


「戦争に参加するといいますか、何でもいいので働きに出たいんです。戦争後、新しく荘園とか開拓村ができると思うので、どこかに住まわせて貰えたらと」と、青年が言った。


「君の村はどんな村なんだ?」と、ケイティが言った。


「小麦を作っている村なんですが、もう大きさが限界なんです。老人が多くて大きくしようにも労働力が無くて。若者は皆街に出たがるので若手がおらず、年頃の女性も少なくて……私には、結婚相手もいないんです」


「ふうん……」


やっぱり童貞か。


「村の年齢構成をもう少し詳しく」と、ケイティが食いついた。


こいつは学校の先生だから、妙な所に興味を示す。


それからしばらく、ケイティとヘアード青年の会話が続く。


彼の村は、平和であるが、全く娯楽のない所のようだった。しかも、既得権益は老人が押えており、若者は窮屈な社会だったらしい。そりゃ、移動の自由があるなら移動するわと思ってしまう。


その後、彼からは、好みの女性やらモンスター娘やらの話を聞いてバイバイした。モンスター娘の話をしたのは、反応を見るためだ。どうも彼女らのことを、差別している人達は一定数いるらしい。ヘアード青年は、モンスタ-娘達を別に何とも思っていないようだった。


青年がテーブルを去った後、「どうだったケイティ」と言った。こいつは鑑定持ちなのだ。


「はい。彼は、農業と怪力の二つのスキルを持っていました。スキル農業は、木と土魔術の一種のようなのですが、農作物の病気などの発見が早かったり、その病気を治すためのスキルのようですね」と、ケイティが言った。


「農業か。まあ、うちら農業はしないしなぁ。しかし、戦争そのものというより、戦後にできるであろう荘園や開拓村に行きたいというのが希望なのか」


「田舎の問題は、日本もここもあまり変わらない気がしますね」と、ケイティ。


「彼は堅実だな。戦争で手柄を立てて一発大もうけではなく、新しくできるであろう荘園や村で農業をしたいということだからな」と、小田原さん。


って聞くからね。さて、次行く?」と、サイフォンが言った。


「そうだなぁ……」


「うちは男手が少ないですし、彼のような怪力スキル持ちは貴重かもしれませんがね」と、ケイティが呟いた。


ケイティの言うことには一理あるが……俺は、活気づいている居酒屋の中を見渡した。


次は誰をナンパしようかなっと。

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