第2章 三匹のおっさん、ウルカーンに着く

第79話 2章 プロローグ 前半 小峰綾子

ガタタン・・・ゴトトン・・・ガタタン・・・


繰り返し繰り返し響くこの不思議な音と振動は、各駅停車の鉄道が走る音。


繰り返し、繰り返し、返しては繰り返すこの音は、まるで人の鼓動のようで、どこか安心し、どこか不思議な世界にいざなうような感覚がある。


小峰綾子は、ぼ~っと街を眺める。


その窓ガラスに映る自分の姿は、少し疲れた女の顔。

今はマスクを着けているから、目元だけ綺麗にしていれば美人に見えるはずなのに、面倒だからそれも止めてしまった。綺麗に見せても、誰も見てくれないのだと思ってしまっていた。

緑に染めているはずの髪の色も、窓ガラスに映っただけではよく分からなかった。


髪を、緑に染めるの止めようかな……


そもそも、何で自分は緑に染めているのか。それは、アニメやゲームなどのサブカルチャーに影響されたから。


とりわけ、小峰綾子の趣味は、ゲームだった。家庭用の据え置き機ではなく、パソコンのブラウザやスマホで手軽にできるタイプのぽちぽちガチャゲーだ。


かつては、毎日数本のゲームのデイリークエストをこなし、イベントの時にはがっつり時間を掛けて遊んでいた。最近では、時間が空いたときなどに数十分ずつぽちぽちと遊ぶ程度だった。


だけど、あの一件以来、ゲームがつまらないと感じるようになり、それ以降ほとんどログインしなくなった。


そういえば、あいつはスマホの無料小説が趣味だと言っていた。


小峰綾子は、何となくスマホを取り出し、無料小説サイトを検索し、適当な所のサイトをタップする。


その後も数回タップし、人気順の上位にある適当な小説を開く。時間もあるし、何か読んでみようと考えたらしい。


小峰綾子がとりあえず行きついた小説は、少年が交通事故に遭い、異世界に転移するという物語りだった。



・・・・


目的地、JR秋葉原駅に着く。


小峰綾子は、偶然見つけた小説サイトに投稿された物語を読んでいた。


難しい言葉は使われておらず、普段活字を読まない彼女でもすんなり読むことができた。なので、駅を降りてからも、歩きスマホで続きを読んでしまっていた。


物語のストーリーは、事故に遭った少年が、殆ど同じ体と容姿で異世界に転生するというもの。転生する途中、神様に会い、ギフトと呼ばれる特殊能力を、一つだけ望む通りに与えると言われる。


主人公の少年は、生前はいじめられっ子だった。家庭環境も良くなかったらしく、根暗に育ち、彼女はおろか、男友達も少なかった。


なので、少年はブレイブリーというギフトを貰うことにする。このギフトは、相手に力と勇気を与えたり、逆に皆の力を少しだけ貰い、自分の力にするというもの。日本では存在しなかった、仲間というものを次の新しい人生で築こうという意思の表れだった。


異世界に転生した主人公の最初のシーンは、山の中だった。


彼が不安な気持ちになりながら山道を歩くと、荷馬車が襲撃されている場面に出くわす。


相手は盗賊で、荷馬車には美しい娘がいた。


少年は勇気を振り絞り、その荷馬車に加勢する。


早速神様からもらったギフトを使用し、速攻で盗賊を殺害、美しい娘を助け出す。


その美しい娘は街の有力者の一人娘で、お礼をしたいから自分の街に来て欲しいと言う。


主人公はそれについて行くことにし、街に入ると、ふと奇妙な光景を目にする。


それは奴隷市場。


小峰綾子は本物の奴隷市場なんて知らなかったが、その小説には、街道から見える位置に様々な奴隷が展示されているような感じで描かれていた。


そして、その中にとびきりの美人奴隷がいた。

少年はその美人奴隷が気になり、奴隷商人に事情と値段を聞く。


奴隷商人が言うには、その美人奴隷は貴族の娘で、政敵に負けたことからこうして見せしめのようにして奴隷として売りに出しているのだとのことだった。そして値段は百万円くらい。


少年は美人奴隷が欲しくなるがお金が無い。その時、盗賊から助け出してあげた美人な街の有力者の娘が、自分の父親ならそのお金は出せるかもしれないと言った。


何せ、主人公の少年は、彼女の命の恩人なのだ。


少年は、娘の言う通り、その金持ちの父親に娘を助けてもらったお礼として、百万円相当の金品を受け取る。


そして奴隷市場にトンボ帰りして、公爵令嬢をゲットする。


魔術と呼ばれる技法で奴隷の所有権を少年に移す。奴隷の所有権とは、単なる誓約書ではなく、主人に危害を加えようとしたり逃げようとしたら首が絞まるような仕掛けを発動させる権利を持つということらしい。


だけど、法に背くような命令や、例えば本人の意にそぐわないような命令は発動させることができないというギミックになっているらしい。どうでもいいことだが、彼女は性奴隷ではないという設定で、セック○は禁止なのだとか。まあ、この小説サイトは全年齢対象であるからして、その設定は仕方がないものと思われた。


だがだが、その公爵令嬢は、自分を買ってくれた少年が気に入り、その日のうちに体を許してしまう。


この小説サイトは18禁ではなかったため、性描写は控え目だったのだが、セック○が終わったあと、少年の年齢が16歳、公爵令嬢が15歳だと明らかになり、これを読んだ小峰綾子は少し気持ちが悪くなった。


その後は、冒険者ギルドとやらに登録し、二人で価値のある素材探しに森の中に入る。


そうすると、そこには巨大な魔物に襲われている一人の獣人がいて……


その獣人は、猫がモチーフと思われるケモミミが付いていて……助けてあげると意気投合して仲間になって……


その後、大量の素材を持って冒険者ギルドに戻ると、超絶美人のエルフがいて、何故か自分を奴隷にして欲しいと主人公にお願いする。


彼女は、どうやら逃亡中の身で、身を隠すためにそうしなければならないという説明だった。主人公は葛藤しながらもそれを受け入れ、その日の晩、全員からセック○して欲しいと言われ、誰とするか悩む。悩んだ挙げ句、誰ともセック○せずに一緒のベッドで全員仲良くお休みする。


小峰綾子は、だんだん読むのが辛くなり、そっとスマホをバッグに仕舞う。


ちょうど病院に着いたところだ。ここに、あの人がいる。まだ目覚めないあの人が……



・・・・


病室をノックすると、直ぐに『どうぞ』と返ってくる。女性の声だ。


小峰綾子はドアノブをひねり、病室に入る。


そこには、あの人の奥さんがいた。ベッド横の丸椅子に座っている。


オレンジゴールドに染めた、ナチュラルボブの美人だ。確か同じ歳だと言っていたので、あいつと同じ四十代のはずだが、信じられないくらい若く見える。何か読んでいたのか、手に持っているスマホには活字が映っていた。今、娘の桜は学校があるため九州に戻っている。なので、今は奥さん一人が看病をしている。


その奥さんは、一瞬だけ綾子と目が合うと、直ぐに自分の旦那の顔に目線を移す。


そして、自分の旦那に「綾子さんがいらしたよ」と言って、椅子を立ち上がる。少しうつむき加減の背筋だが、不思議と気丈な感じがする。


この人は、自分が来ると何故か二人っきりにさせてくれる。きっと、自分に折り合いを付ける時間を与えてあげているのだろうと、小峰綾子は考えた。


奥さんが病室から出て行く。


これまでの経験上、彼女は大体一時間くらいは戻ってこない。


小峰綾子は、さっきまで奥さんが座っていた丸椅子に腰掛け、相変らず寝たままのあの人の顔を見下ろす。


普通に寝ている様な感じだ。自発呼吸もできるし、血色も悪く無い。


さて、一時間何をしようと考え、何となく再びスマホを手に取る。さっきの小説は途中で投げてしまったが、それは多分、主人公が男だったからだろうと考えた。


次は女主人公にしようと思い、小説サイトの検索機能で『女主人公』のキーワードを選択する。


さてさて次は……


小峰綾子は、とあるタイトルが気になった。


それは、『10』というものだった。


直ぐにタップする。


それは、剣と魔法の世界が舞台で、目付きがとても悪い公爵令嬢の物語だった。

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