第78話 1章のエピローグ 後編
まぶしい光を感じ、目を開ける。
すると、目の前の人物と目が合ってしまう。
そういえば、一緒に寝たんだっけ……
目の前のギランは、何故かばつが悪そうに俺の視界外に逃げてしまう。
「ギランか。そろそろ朝か?」と言って、起き上がろうとする。
ギランは、「まだ早いよ。朝餉の準備にも取りかかってない」と言って、再び俺の胸の上にコテンと倒れ込んだ。俺は、ギランの頭部の重みで、再びベッドに倒れ込む。
俺が異世界転移して、どれだけ時間が経っただろうか。こいつとは、なんやかんやと一番長い時間一緒にいる気がする。
俺は、何となくギランの頭をなでなでしながら、軽く二度寝に入った。
・・・・
二度寝しつつ、千里眼的な視点で辺りを確認すると、ムカデ娘のセイロンとマジックマッシュルーム娘のシュシュマが、
少し遠くでは、メイド軍団も朝餉の準備を行っている。
そろそろ起きるかと思い、寝床からもそもそと起き出す。そうするとギランも一緒に起きてきた。
ギランは、ベッドの上に落ちている自分の下着を、いそいそと身に着け始める。俺もさくっと身に着ける。
ここは俺用の水ベッドスペースだ。一応、プライベートを守るため、衝立は立ててある。
昨日は、ジークの尋問もあったから、巨大荷馬車の真横辺りの見えにくい所に設置していた。
俺は、「先行くぞギラン」と言って、衝立の外に出る。
ギランの「うん」という声を背中で聞きながら、キャンプ地をぶらぶらと歩く。このキャンプ地には、俺達のコンボイしかいない。今日は戦闘メイドの訓練の約束もしていないから、暢気なもんだ。
さて、ケイティと小田原さんを探すかとキョロキョロしていると、後ろから気配がして、「おはようございます、旦那様」と声を掛けられる。
彼女は、少し垂れ目の水色ロン毛ストレート。シックなローブに身を包み、とてもおしとやかで清楚で可憐な雰囲気を漂わせている。
早朝から髪型もバッチリ決め、声を掛けるのさえ気が引ける程のお嬢様オーラを発している。
「ああサイフォン。お疲れ」と応じる。
「はい。お疲れ様です旦那様。ところで、朝の処理はどうする? どの穴を使用してもいいんだけど、わたしのがお勧めかな。前と後ろ両方オッケー」と、サイフォンが言った。鼻息が荒い。
こいつは、ララヘイムの大物貴族、オリフィス辺境伯家というところのお嬢のはずで、顔も雰囲気もお嬢なのだが、しゃべると途端に残念美人になる。
俺は、「いらね」と言ってこの場を立ち去るために踵を返す。
「ま! ギランとやったのね。朝からあの両生類のお口でしたんでしょう」と、サイフォンが俺に体を近づけてきて言った。
人聞きの悪い。朝からはやってない。朝からは。
「今度な今度。お前とは、これからも一緒だろ」と言って、体を寄せてきたサイフォンのお尻を撫でておく。
サイフォンは、「うふん。お待ちしていますわよ」と言って、嬉しそうな顔をした。
ちょろい。
俺は、そのままうちの大八車のあるエリアに移動する。
そこには、いそいそと寝床を片付けるジェイクの姿があった。
俺は、「あれ? ここはお前だけか。他の連中は?」と、ジェイクに言った。
ジェイクは少し手を止め、「あ、千尋藻さん。小田原さんは怪我人の巡回に。ケイティさんは昨晩からマジックマッシュルーム娘と一緒にアリシアさんの妹さんの所に。ネムはアリシアさんのところで朝練です」と言った。
ふむ。人それぞれ色々やることがあるもんだ。
これからどうしようかと迷っていると、少し遠くで、ジークとシスイ達が、知らないおっさん達と何か話をしているのが見えた。
その知らないおっさんとお姉さんは、弓矢を担ぎ、腰に狩ったと思われる大きめの鳥をぶら下げている。あれは、まさかハンター?
俺は、暇つぶしにその場所に行くことにした。
・・・・
とりあえずジークの所に行き、「どうしたん?」と聞いた。
ジークはこちらに振り向き、「ああ千尋藻、彼らは地元のハンターみたいだな。得物を買い取って欲しいんだと」と言った。
「ここはもうウルカーンに近いから」と、シスイも言った。
ハンターのおっさんは、「エアスランが攻めて来るっていって、こっち方面は行商人は向かわねぇ。ハンターも少なくなっちまって、お陰で狩りが
「沢山捕れても、アタシらは街に持っていけないから、交渉ってわけ」と、ハンターのお姉さんが言った。
「だがよ、その腰にぶら下げてるキジならいいが、山の奥のイノシシだと? もう熊に食われていねぇか?」と、ジークが言った。
「まあ、その時はその時で、お金はいらねぇ」と、ハンターのおっさん。
彼ら、どうも得物を取り過ぎて持て余しているようだ。それから、ウルカーンでも戦争が始まりそうだという空気があるように感じた。
それはそうとして、俺は今暇なのだ。なので、「手が無いんなら、俺が行ってこようか? 暇だし」と言った。
俺がそう言うと、ハンターのおっさんは、少し嫌そうな顔をする。おっさんで悪かったな……いや、違うか。この違和感……こいつらハンターなのは間違い無いんだろうけど。
「遠慮するな。俺だって、イノシシくらいは一人で持てる」と言って、一緒に歩き出そうとしてみる。
「私も行こうか?」と、どこからともなくライオン娘が出てきて言った。彼女は相変わらずの巨乳だ。ネコ科だからか知らないが、ライオン娘は気配を消すのが上手だ。音も無く歩いてくる。
彼女とは、昨晩色々とやった。ライオン娘は胴体がライオンだ。それは新境地だった。ライオンの腰の辺りには、布が被せてあるのだが、歩くと具が見えそうになる。
これまではふう~んくらいだったのだが、昨晩やった後では、何というか、その腰付を見るのもためらわれてしまう。
「ねえ千尋藻、私ともう一度したい?」と、ライオン娘が言った。
「いや、もう二度としたくないね」と、嘘をついた。
彼女はにこりと笑い「ねえ、彼ら、二人だけだと思う?」と言った。
「さて」と言って、周囲を見渡す。ハンターのお姉さんは、表情が引きつっている。
俺は、千里眼的な視線を発動する。いや、もうこの能力の名称は『千里眼』でいっか……その千里眼で、周囲を見渡す。
「現場はあっち」と、シスイが指を指して言った。
俺は、急いで千里眼を移動させ、その方面を確認する。
「ふむふむ」と言いながら、大急ぎで森の中を探す。
ライオン娘は無言でじっと俺の回答を待っている。
千里眼で森の中を探すと、そこにはイノシシ……と!?
「そうだな。二人だけだと思うぞ?」と、何となく嘘をついた。
ライオン娘は、「じゃあ、行こっか」と言って、手ぶらで歩き出す。
俺も手ぶらだ。スパルタカスの形見の片刃直剣は、大八車に置いたままだ。一応、ムカデ娘に研いでもらって錆を落としたから、腐蝕の心配はあまりないはずだ。
ジークは、「頼んだぞ。じゃ」と言って、この場を離れてしまった。
ライオン娘が俺に目配せし、そして一緒に歩き出す。
俺達の少し前に、ハンターのおっさんとお姉さんが続く。
彼らの作戦では、おそらく俺達がイノシシに気を取られている隙に、この先で待ち伏せている彼らの仲間が不意打ちをすることになっているのだろう。こいつらは、詐欺というか強盗、いや人攫いか。俺達を真っ向から襲うのではなく、姑息な手で連れ去るつもりらしい。
だが、待ち伏せている彼らは、いつでも俺のインビシブルハンドで拘束する準備が出来ている。
彼らが人攫いというのは、今の所俺の予想であるし、ここで俺というイレギュラーが参加していることで、犯行を思いとどまってくれるかもしれない。
俺は衛兵でもないしな。別に人攫いを摘発するのが仕事じゃない。ここで犯罪者を捕まえても、面倒なだけだ。おっさんを水牢の刑にしても、気持ち悪いだけだし。
俺は歩きながら、「さて、これからどうしよっかねぇ」と、腕を頭の後ろで組みながら言った。
ライオン娘は、「好きにすればいいと思う。あなたの役目は、多分それ」と、俺の目を見ながら言った。
俺の正体は、昨日ライオン娘達に説明した。彼女の好きにすればいいという言葉は、今日のこのイベントのことではなく、俺の今後のことを言いたいようだ。
しかし、好きにすればって、分かるような分からないような……
俺は、世界の異分子を倒すためにここに送り込まれた。
送り込んできた存在は、おそらく相当高位の存在だ。
そいつが何故俺達を選んだのか。いや、きっと他にもいるんだと思う。同じ宿命を背負った存在が。
想像だが、俺達をこの世界に呼んだ高位の存在は、異分子討伐のために、おそらく色んなタイプのカウンターを放ったんだと仮定する。
その一つが俺達三匹なのだとすれば、それは確かにライオン娘の言う通り、俺達は、俺達だから選ばれたわけで、それならば自然体でいるのがいいのだと思う。
ケイティと小田原さんは、この世界に呼ばれたときに、好きな能力を問われたらしい。俺はあまり覚えていないが、ケイティはエロスキルを望んだ。いや、異世界で色々な夢を叶えるための能力を望み、それをスキルという形で叶えられた。
小田原さんは、単純な強さでは無く、素手による強さを選んだ。本人も、素手で何処まで強くなれるか試したかったと言っている。
「そっか。好きにするか……でもなぁ。好きにしすぎると、絶対に痛い目見ると思うんだよなぁ」と呟いてみる。
そう思うのは、日本企業で純粋培養されてきた俺の社畜精神なのかもしれない。
ライオン娘は黄金の髪をかき分け、「うふふ。迷うのもまた良し。全ては『神』の、思うがままってね」と、俺の目を見て表情を観察しながら言った。
あ~言いやがった……俺が想像しつつも口に出すことを避けていた、あの言葉……『神』というキーワードを。
俺は、「この世に神はいない」と言った。
するとライオン娘は、「それは嘘。あなたは、神の存在を信じている」と言った。それは意外だ。いや、神を信じる、ではなく、神の存在を信じている、か。それならば、分からなくも無い。
「神は死んだ」「それは嘘。あなたは、神は今もいると考えている」
「神は……万物に宿る」「それは微妙。私は、言っていることの内容が真実かどうかは分からない」
俺とライオン娘が会話に興じていると、先行するハンター達が立ち止まる。
このままライオン娘との会話を楽しみたかったのだが、現場に着いたようだ。
たしかに、仕留められたイノシシはいる。だが、人二人いれば運べないこともないサイズだ。
俺は、彼らに向けて、「さて、と。このイノシシを運べばいいんだな」と言った。
ハンターの男女は、無言で周りをきょろきょろする。
そして、その数秒後、周りに待機していたおっさんとおばさんのハンターが弓を
「おや、四人いたわけね」と、俺が言った。
「悪いな兄ちゃん。俺達ゃ普通のハンターなんだが、モンスター娘は高く買ってくれるとこがあんだよ」と、俺達をここまで連れてきたおっさんが言った。
俺は、ライオン娘の方を向いて「ギルティかな。どうするナハト」と言った。
彼女の名前はナハト。最近やっと覚えた。
「大人しく拘束に応じてくれたら、命までは取りゃしねぇ」と、隠れていたおっさんが言った。
「ハンターは皆拘束系のスキル持ってるから。一見して悪人かどうかは分からない。でも残念」と、ライオン娘のナハトが言った。
「うお!? なんだこれ」と、ハンターのおっさんが声を上げる。
俺のインビシブルハンドで、とりあえず相手の弓を取り上げる。俺はともかくナハトに矢が当たったらまずい。
「こいつら殺しちゃっても良いんだけど。一人くらい残しておいて、情報抜いても良いかもね」と、ナハトが言った。
「コロコロは寝覚めが悪い。情報抜きはジークに悪い。とりあえず、四肢を握り潰しておくか」
俺はインビシブルハンドで四人の両手足を掴む。
四人の顔が引きつる。この世界にはスキルというものがあるのに、個人で戦局を覆すような者が存在しているのに、油断しすぎだ。
「ま、待て、金はいらねえ、だから……」「嫌ぁ、アタ、アタシはこいつらにそそのかされていただけで」「ひ、ひいいい」
ハンター達が狼狽える。
「みぐるしい。じゃあ、いっくぞー」
俺は、インビシブルハンドを思いっきり握り絞める。
このインビシブルハンドは、普通サイズでも握力がとても強い。ヒトの四肢など軽く握り潰すことが出来る。
俺は、声にならない声を聞きながら、ついでにとばかりに仕留められていたイノシシも掴む。
俺は、横にいるライオン娘に、「戻るかナハト」と言った。
ナハトはニタリと笑って、「分かった」と言った。
俺達は、キャラバンに向けて歩き出した。
#1章完
もう少し備蓄がありますので、直ぐに2章に入ります。
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