第74話 おっさんvsスパルタカス


罪人部隊の百人隊隊長スパルタカスは、剣を引き抜き、俺に相対する。


せっかく、あの地獄からここまで逃げて来たのによ……


「俺は、お前に恨みは無い。お前は、他にやることがあるはずだ」と、問うてみた。本心だ。可能なら、ウルカーンの増援部隊から、逃げ延びて欲しい。


「お前は、俺達を裏切ったということで、いいんだな?」と、スパルタタカスが言った。


「……ゴンベエのチャームが解けた、と言ったら、信じてくれるだろうか」と、応じる。


スパルタカスは厳しい顔をして、「お前、お前は! 俺達の仲間だと思って……うちの大将もってしまって、それを逃したら、俺らの意味がねぇ」と言った。


「お前達の意味ね……」


「剣を抜け! 俺は、筋を通さねぇやつは大嫌いだ!」


「素手で十分」


俺は素手どころか、片腕に女を担いでいる。というか、抜けと言われても剣は持っていない。


「おらあ!」


怒ったのか、スパルタカスが剣を抜いて猪突猛進してくる。アンタがそんなことじゃだめだろう。


彼の後ろには、固唾を呑み込みながら、こちらを見ている部下達がいる。半数は怪我人のようだ。彼らは、この戦争が終わったら、隊長と一緒に会社を立ち上げると言っていた。


スパルタカスは、剣を両手持ちで下段に構え、こちらに走ってくる。

走りながら、風魔術で自分に追い風を起している。この辺は、やっぱりエアスラン兵といったところか。


俺は、パイパンを肩に担いだまま、スパルタカスの正面に陣取る。


この頑固者は、姑息な技、例えばインビシブルハンドで足を蹴躓けつまづかせて倒しても、言うことは聞かないだろう。ニルヴァーナを使えば、ウルカーン軍から逃げられなくなってしまう。ならば……


「うぉおおおおお! ブレイク!」


それが彼の必殺か……聞いた事がある。『ブレイク』は、ただただ刃物の貫通力を上げるスキル。


単純だが、極めるととことん強くなる部類のスキルらしい。


俺は、左肩に担ぐパイパンにブレイクが当たらないよう、右肩でスパルタカスに相対する。


彼の鋭い下段突きが、俺の心臓に向けて放たれる。


同時に俺は、体をそのまま強引にひねり、相手の前面にショルダータックルを噛ます。

スパルタカスは、俺と正面衝突し、上半身が激しく揺れる。


こちらはパイパンと俺で二人分の質量があるからな……体当たりしたら、まず負けないだろう。


俺の肩に激突したスパルタカスは、白目を向いて剣を手放し、地面に崩れ落ちる。


スパルタカスのブレイクによる刺突は、見事に俺の胸を捉え、その剣は俺の体に突き刺さっていた。


だが、その剣も、俺の特別製の胸筋とあばら骨は貫通出来なかったようで、内臓は傷ついていない。


「お見事ですだ……」と、どこかで見た罪人部隊の兵士が、少し悲しい顔をして言った。


その他数人がスパルタカスに駆け寄る。あの男は、皆に慕われているようだ。


「俺は行く。達者でな」と言って、踵を返す。


「はい。あなたは、この人を殺さなかった。そのことは感謝しております。私らは、絶対にここから生き延びてやりたいと思います」と、罪人部隊の兵士が言った。


別の罪人部隊の兵士が、「あの、コレを」と言って、何かを投げてくる。


それは、質素な朱色の鞘……


おそらく、俺の胸に刺さっている、スパルタカスの剣の鞘だろう。この剣は、片刃の直剣だった。

長さは六十センチもない。しかも、かなり細い。無骨そうなスパルタカスに似合わない繊細な剣だと思った。


俺は、その鞘を空中でキャッチし、「この剣は貰っていく」と言って、この場を後にした。



・・・・


俺の、本来の行き先は、モンスター娘達のキャラバンの方向だ。きっと、皆俺のことを心配してくれているだろう。


だが、俺には、少し寄るところあがる。


というか、この肩に担いでいる子はどうしよう。まあ、デブ猫が俺と併走しているから、どこかで下ろして、猫に預けよう。


で、俺が向かっている先は……それはゴンベエの根城があった場所。大きな岩の影だ。


テントは今朝片付けたが、ゴンベエのカッターはその場に置いていた。


このままゴンベエと別れるのも忍びないというのもあるが、俺と一緒に行くはずのヒリュウもいない。


まさかとは思うが、あいつら俺を騙していないだろうかと少し心配になる。俺にクメール将軍を殺させておいて、その後は知らんぷりして逃げるという……


もしそうなら、地獄の果てまで追っていって、あのロケットおっぱいを心行くまで揉みしだいてやる。



……ゴンベエの根城跡に到着する。


だが、そこには誰もいなかった。ヒリュウもいない。さて、どうしよう。千里眼で戦場を俯瞰ふかんしてみようかな……などと、立ち止まって思考していると、背中から「ねえ、それそろ下ろして?」と、声がした。


肩に担いでいたパイパンが起きたようだ。ニルヴァーナはあまり吸い込んでいなかったようだ。


俺は、少ししゃがんで、パイパンの足を地面に下ろす。ついでに、俺の胸に刺さったままになっていた剣を引き抜く。


この直剣には、剣先に俺の血が付いていた。俺の体は、ゴンベエの攻撃すら効かなかったのに……大したもんだ。


しかもこの直剣、綺麗に手入れがしてあって、ピカピカと銀色に輝いている。

だけど、このまま鞘に仕舞ったら、剣が錆びないだろうか。


俺が剣を眺めていると、「ねえ、どうしたの?」と、パイパンが言った。今のこいつの表情は、普通だ。これまで、怒っているか、苦しそうか、嫌そうか、ニコニコしているか、若しくはセック○シーンの表情しか見たことがなかった。


普通の顔を見たのは、これが初めてなのかもしれない。彼女は、オレンジ色の髪を靡かせた、ごく普通の女子に見えた。多少発育がいい体をしているが……


『にゃー(どうしてここで止まる? 勇者よ)』と、デブ猫が言った。


「俺は勇者じゃねぇ。ここに知り合いがいるかもってな。そう思って来た」と応じる。


「あの、ありがとう勇者様。妹達を救出するのはこれからだけど、その、私なんかのために……」とパイパンが言った。


この子は、俺が自分パイパンのためだけに、人を殺めたと思っているのだろうか。猫から何も聞いていないのだろうか。


だが、ここに誰もいないと言うことは、そう思われても仕方がないような気もした。


「ま、達者で暮らせよ」と言って、踵を返す。


あのロケットおっぱいと全裸の忍者は、今度念入りに犯しておこう。


『ニャー(お前は、私に何も望まないのだな)』と、デブ猫が言った。


「猫の手を借りるほど、切羽詰まっちゃいねぇよ」と言って、歩き出す。


『にゃー(困った時は、猫に話かけろ)』と、デブ猫が言った。


何だそれ。こいつは一体何者だったのだろう。こいつは猫の神獣種らしいのだが、そもそも、神獣種とやらの存在が、俺にはよく分かっていない。まあ、いいや。今回は、こいつの趣味に付き合わされただけだったな……


帰ろう。仲間の元へ。本当は、パイパンにセクハラでもしようと思っていたのだが、興が冷めた。


俺は、この場にパイパンとデブ猫を残し、森の中を仲間達のいる北東に向けて走り出した。



・・・・


しばらく森を走ると、数十メートル後ろに気配を感じる。


というか、俺は、気持ちゆっくり走っていたのだ。一縷の望みを掛けて。誰かが追いかけて来てくれないだろうかと。


ストイックに一人で帰路についたはいいけれど、やっぱり心細かった。


さて、後ろの正面は誰かな?


俺は、前方の木や根っこを気にしながら、ちらりと後ろを振り返る。


タタタタタという細かいステップが聞こえる。


俺は、さらに歩を緩める。そこにいたのは……


「こっちを向かずに聞いて。今は、どこに誰がいるか分からない」と、全裸の忍者が小声で言った。


俺を追いかけて来ていたのは、ヒリュウだった。


忍者は裏切っていなかったようだ。俺は、少しだけ安堵し、前を向いて走り続けた。

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