第71話 一殺、五千万の女


城壁を取り囲むようにして発動されたファイアウォールであったが、水魔術士達の活躍により、トラップと白兵戦で打たれた者意外の殆どのエアスラン軍は、城壁の外に逃げ延びていた。


ファイアウォールが出現すると、相手からの攻撃も出来なくなるため、エアスラン軍は城壁より五十メートルほど離れた位置で、一旦落ち着いて集合を掛けていた。


そんな中、エアスラン軍の一角では、クメール将軍の下に部下達が終結していた。


「クメール将軍、ご無事ですか」と、副官が言った。副官の横には、城門外で待機していた英雄エリオンもいた。


「ああ、多少熱かったがな、うまくいった。それよりも、被害状況は?」と、クメール将軍。


「城壁上で死者8名、城門内で死者7名です。負傷者もそれ相応には出ておりますが、志気は落ちておりません」と、副官が言った。


「よし。一旦森まで引いて、陣形を整えさせろ。ファイアウォールが収まるまで待つ」と、クメール将軍が言った。


「は!」と、副官が言って、後ろに下がろうとする。


その時、斥候兵が駆け寄り、「将軍! ゴンベエ殿から伝言!」と言った。


「どうした?」


「敵に援軍、騎兵三百です」と、斥候が言った。


クメール将軍は、「何だと?」と言って、燃えさかるシラサギを見る。


指揮官自体が前線に出ることのリスク……それは即時的な情報が得られないこと。時と場合によっては、それは致命傷になる。


今のシラサギ城内は、城壁外面に炎の壁が出現しており、とても近づいて確認出来るような状態ではなかった。


その炎の先では、自らが送り出した悪鬼と、敵の猛者と思しき兵士をスキル『悪鬼生成』で悪鬼にしたはずの男が、シラサギ軍と死闘を繰り広げているはずであった。


クメール将軍は厳しい顔をして、「このタイミングで援軍か……それが本当なら、想定より異常に早いぞ。だが、悪鬼投入は間に合った。うまく戦術に掛かってくれるとよいが」と言った。


副官は、「撤退を急がせましょう。我らだけで勝つ必要は無い戦いです。それに、騎兵三百ならば、この落とし穴だらけの泥炭地は進みにくいはず」と言って、クメール将軍と共に下がろうとする。


その瞬間、ぽっ……と音がしたかと思うと、シラサギを取り囲む炎の壁が、一瞬で収まる。


クメール将軍の視線は、開かれた城門に向けられた。あそこには、二体の悪鬼がいるはずなのだ。


悪鬼を至近距離で軍に解き放った場合、うまくいけば短期間のうちに、悪鬼が三体、四体と増える。悪鬼を攻撃すると、攻撃者が悪鬼になる可能性があるからだ。また、倒すと、倒した人物も高確率で死亡するため、倒すのに相当の手間が掛かるのが悪鬼だ。


なので、このまま放置すると軍は壊滅。下手すると街ごと悲惨な状態になることも予想された。そうなったらなったでエアスラン軍にとっても面倒なのだが……


だが、ファイアウォールが消え去った城門には、1体の騎兵が佇むのみであった。


その騎兵は、巨大なスレイプニールに跨がり、美しい銀とブルーの鎧を纏っていた。


城門から差し込む日光を背にし、どこか神々しさを感じさせる騎士が、ゆっくりと城門を潜る。


撤退中のエアスラン軍は、その幻想的な光景にどこか釘付けになり、戦場において一瞬の静寂が訪れる。


だが、その騎士はどこかおかしかった。


まず、頭部が黒い。肌が黒いのでは無く、頭の部分がまるまる漆黒であった。そして、その手にもつ武器も、どこか違和感があった。


騎士が持つ武器はランスかハルバードと思われたが、その先端は武器と言うには異常に大きかった。


数秒後、クメール将軍以下、エアスラン軍はその武器の先端が何であるか、理解する。


それは、メイド服を身に着けた大柄な人体と、包帯が巻き付いた冒険者の服装を纏った小柄な人体。ただし、頭部はすでに無く、手足をだらりと下げ、首から赤い血がピュウピュウと吹き出している状態で、長物の武器に串刺しになっていた。


黒い頭部の騎士は、何もことを発さずに、スタスタと騎馬で歩み出た。


さらに、シラサギの城壁の上には、ずらりと弓兵達が並ぶ。


「う、うゎあああああ!!」


自軍必殺の戦術を簡単に無力化された上での謎の騎士。前線にいる新米兵士達の、恐怖のバロメータが簡単に振り切れてしまう。ある者はカッター、ある者は走り、敵に背中を見せて逃走を開始する。


エアスラン軍の前線が一斉崩壊する。


だが、その頭上に無慈悲にも火の球と弓矢が降り注ぐ。



◇◇◇


何だあれ……


確かあれはクロサマ……ゴンベエ情報によると、生ける伝説の悪鬼キラー。一殺五千万の女……


その女が、単騎でエアスラン軍の前に立ちはだかっている。


俺とゴンベエは、その様子をシラサギ南部の木の上から見物していた。


最初はエアスランが優勢だった。城壁に跳び乗り、城門を潜り、そのままシラサギ軍を押しきるかもしれないと考えた。そうなったら、俺はどうしようと本気で混乱しそうだった。


そうしたら、いきなりシラサギの壁が燃上がり、エアスラン軍が一時撤退。すげぇと思っていたら、それが数分も経たないうちに、綺麗さっぱりと消え失せた。


その後、シラサギの城門から、ヤツが出てきた。


それは騎兵……騎兵が槍みたいな武器に、人二人分の胴体を突き刺し、こともなげにスタスタと歩いている。


というか、二人分の胴体のうちの一つは、メイド服だ。クロサマは、悪鬼専門の傭兵。本来は、軍隊同士のいざこざには出てこないはずだ。

シラサギの中で、一体何があったのだろうか。


俺がぼんやりとその様子を眺めていると、フワリと隣にいるやつが俺に近づき、口づけをする。ほんわりといい匂いがする。


黒髪おかっぱのロケットおっぱい……言わずとしれたゴンベエだ。


さっきは俺の事、好きじゃ無いとか言っていたくせに。


ゴンベエは、「そろそろお別れかもね。それで、どうする?」と言った。


この問いは、俺がクメール将軍の暗殺に乗るかどうかの最終確認だろう。


俺は、ここについて来た時に、クメール将軍の暗殺は成り行きで決定するという曖昧回答をしていた。我ながら、よくそんな回答で信頼されたものだ。

さて、俺の曖昧さに折り合いを付ける時が来た……


俺は、キスされたドサクサに、相手の背中側に手を回し、お尻を触っておく。良い尻肉だ。


ゴンベエは嫌がらない。こいつは、頼み事するときだけこういう……


「忍者の里からの褒美と、協力を得ると言う話、信じていいんだな」


「信じて。そのために、ヒリュウを残すんだから」と、ゴンベエが言った。ゴンベエは、クメール将軍暗殺後もエアスラン軍に残る。色々と工作することがあるらしい。ゴンベエ達忍者の里『ヨシノ』は、別にエアスラン自体を裏切っているわけではないのだ。単にお国の無茶をこっそり止めようとしているだけで。


「俺が褒美に、お前が欲しいと言ったらどうだろう」と言ってみる。我ながら、告白しているみたいで少し気恥ずかしい。


「暗殺がつつがなく成功し、あなたが私達と良好な関係を続けるというのであれば、そのことは、それに値する」と、ゴンベエが言った。


「じゃあ、やる」


もともと、あの将軍サマはコロコロしたいくらいはらわたが煮えくり返っていたのだ。一回首を跳ねて少し溜飲が下がったが、実の所彼はピンピンしていて、パイパンというネオ・カーンの女性を犯しまくっている。心情的に、あの男を排除しても良いと考えてしまう。多少俺が危険を犯したとしても、トレードオフで忍者の里の協力と、七曜の忍者が手に入るのなら、安いものだと考えた。


「あ、あのぉ。一応聞くけど、何で私?」と、ゴンベエが言った。


「何でって……またしたいから? 顔と体も好みだ」と言っておいた。ここははっきり言わないといけない気がした。


もちろん、根無し草の俺達にとって、忍者の里とやらの協力は魅力的だ。だけど、それ以上に、俺はゴンベエのことを気に入っていた。


容姿や能力もさることながら、チャームに掛かったときの乱れ方、チャームが解けた後も、一応、最後までさせてあげる責任感と可愛さ……


ゴンベエは一旦目線を下げてため息をつき、「私は彼氏無し行き遅れで、セック○の訓練はしたけど、愛人にしたいという有力者もいなくって……結婚のあてもないし、認められるかもね」と言った。


俺は、俯くゴンベエをの顔をのぞき込み、「じゃあ、ヤツを暗殺しようか」と言ってみた。


「う、うん……わた、わたしね、自分で言うのもなんだけど、理想が高くて、そのくせ不細工だから、なんだかねぇ。うん。まあ、いいや。一緒になれたらいいね」と、ゴンベエが言った。


俺は、何だか無理をさせているような気がして、「無理強いをするつもりは無いんだけど。とりあえずは、仕事を片付けないとな」と言って、戦場を見下ろす。下では、エアスラン軍が撤退を開始している。一部は完全に逃亡モードに入っていた。


ゴンベエは、もう一度俺に口づけをした。少し長い口づけだ。まるで、俺にチャームを掛けているような、おまじないのような感じがした。


ゴンベエは唇を離し、「別に、無理強いじゃないよ。じゃ」と言って、木の上から飛び降りていく。少し寂しさを感じながら、無理矢理次の事を考える。


俺は、


少し前まで庶民だった俺にとって、自分に敵意の無い人物を、自分の意思で殺すというのはハードルが高い。

なので、殺す理由を必死で考える。


アイリーンにひどい仕打ちをした恨み? ゴンベエの頼みだから?

それともネコに頼まれたから?


しっくりこない。


結局はゴンベエの古里、『ヨシノ』が考える、エアスラン人達大多数の幸福のためなのだろうか。


そうか。あの悪鬼生成だ。悪鬼生成は悪だ。あれは、人の尊厳を踏みにじる行為。人類の敵。今はそう思うことにしよう。


俺は、ゴンベエがいなくなって少し寒くなった体の右手側を気にしつつ、目を瞑り、精神統一モードに入った。


覚えたての、幽体離脱戦法である。


そしてインビシブルハンド……


見えない手で、あいつをひねり潰してしまおう。

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