第70話 悪鬼生成
城壁近くの見張り台から、軍服姿のナナセ子爵が姿を現す。
五百メートル先の森の出口には、エアスラン軍が陣形を整え、今にも戦闘を開始しそうな勢いだ。
彼らの主力は、ウインドカッター部隊に歩兵部隊と思われた。
進軍を諦めなかったと言うことは、落とせると踏んでの事だろう。
「相手には、魔術探査のプロ、エリオンがいる。こちらの防御陣は見破られているとみていい」と、ナナセ子爵が自分の後ろにいる部下に言った。
「魔術的な防御にわざと穴を開け、そこをキルゾーンに設定するという策、さて、吉と出るか凶と出るか……」と、白おじさん。
「凶と出た場合、その時はその時。あがいて援軍到着まで粘る。敵さん、動き出したわ」と、ナナセ子爵が言った。
まずは、ウインドカッター部隊が泥炭地の低空を駆け巡る。
昨日と同じ作戦と思われた。
「我がシラサギの英雄達よ! 侵略者が、また現われた。性懲りも無く、五月蠅く飛び回る。あんなヤツラは、火の中に飛び込む虫けらに過ぎない! 恐れるな! 援軍を待つ必要もない。焼け! 焼いて地上に落としてしまえ! 火の神の鉄槌を下してやろう!」
見張り台より、ナナセ子爵が檄を飛ばす。それに応じるように、鬨の声が起きる。
シラサギ守備隊百二十の、二日目が始まる。
◇◇◇
クメール将軍は、シラサギの城壁前を飛び交うカッター部隊を見ながら、歩兵に囲まれて
十メートルほど前方には、包帯で包まれた百五十センチほどの物体を抱えた兵士がいた。
その包帯の中には、悪鬼が入っている。ネオ・カーンの冒険者ギルドから追放された者を捕らえ、身動きを取れなくした状態で、悪鬼生成を使ったものだ。
悪鬼は食事を取らなくても、しばらくは生きる。体を完全に拘束していても、特に精神を病むことは無く、解き放てば周囲の人間に悪意を振りまき、手当たり次第に犯し、殺す。
ネオ・カーンの街では、何故か優秀な若者が追放されるという事件が頻発しており、彼ら追放者は、これ幸いにとネオ・カーン近くに隠れていたクメール将軍達に捕らえられ、悪鬼という戦略兵器にされていた。
悪鬼の強さは、悪鬼になる前の強さに比例する。
悪鬼になることで痛みや恐怖心が消え、身体能力も上がるのだが、あくまで悪鬼のベースはそれ以前の本人の能力に依存するのだ。
だからこそ、優秀な追放冒険者はクメール将軍の格好の的にされていた。
「将軍、敵は今日も撃って来ませんな。何かの罠でしょうか」と、副官が言った。
「少なくとも、泥炭地のトラップはほぼ姿を見せている。あるとすれば城壁前後と城門の中だ。壊れた城門はそのままにしてあるようだ」と、クメール将軍が言った。
「城門の先は、間違い無くキルゾーンでしょうな。あそこには、トルネードとサンダーボルトを打ち込んでから突撃させます。同時に、トラップが少ない東側の城壁にカッターで跳び乗り、敵をかく乱させましょう」と、副官。
「よし。こちらは相手の二倍いる。悪鬼を解き放つまでごり押しでいけ。相手は、戦場を知らない烏合の衆だ。一気に行くぞ」と、クメール将軍が言った。
そして、クメール将軍とその側近達は、じりじりとシラサギ城門に向けて前進を続けていく。
・・・・
ランダムに飛び回っていたカッター部隊が、一斉に東側の城壁に群がり、飛び跳ねながらトルネードを放つ。トルネードの主な使い方は、相手の目などを攻撃する接近技であるが、同時に敵の弓矢の軌道を変えて当たり難くする効果もある。何より、突撃する兵士の気持ちを楽にする効果が戦略上重要であった。
また、城門の方にもカッター部隊が接近し、トルネードとサンダーボルトを放つ。
この場所に、相手が待ち構えていることは、火を見るより明らかである。サンダーボルトはスパークより広範囲に電撃を送る軍用スキルで、壁に隠れている敵にも効果があるため、室内やこういった視界が悪い戦闘では多様されていた。
そして、数機のカッターが城壁に跳び乗りながら、トルネードを放つ。
「よし、うまく取りついたぞ。歩兵、突撃せよ!」と、副官が叫ぶ。
草の中を進んでいた罪人部隊と水魔術士達が、大声を張り上げ、城門の方に殺到する。
その後方を、クメール将軍達の悪鬼運用部隊が、じりじりと歩を進める。
◇◇◇
シラサギ防衛部隊は、怒濤の如く押し寄せるエアスラン兵の波に、浮き足立っていた。
「敵、動きました! 総攻撃です。ファ、ファイアウォールを起動した方が良いのでは……」と、兵士が言った。
「ファイアウォールはまだよ。ある程度相手が城門内に入ってから。少しでも敵を減らす努力をしないと、じり貧よ? それよりも、敵が東側のトラップに食いついた。東で少しでも多くの敵を消耗させて」と、ナナセ子爵が言った。
「了解です。対人地雷『インフェルノ』の配置転換を急がせます」と、白おじさんが言った。
「急いで。東が手薄と思っている今がチャンス」と、ナナセ子爵が言った。
シラサギ防衛隊は、トラップに食いついたエアスラン軍を火あぶりにするべく、手薄と思わせていた東側に、隠しておいた地雷を敷設し、備蓄していた魔力を流し込む。
お縄になったヒリュウからもたらされた情報……敵に探知魔術のプロ、エリオンがいるということ。シラサギ軍は、彼らが探知魔術を過信すると踏んで、わざと魔術トラップの陣容に穴をあけ、そこをキルゾーンとする策をとった。
その策中に、敵のウインドカッター部隊が突撃してくる。
・・・・
ボウッ! と地雷が炎を噴き上げる。
城壁の上に跳び乗った瞬間のカッターが炎に包まれ、薄い帆に炎が燃え移る。
カッターに搭乗していた兵士は、たまらずカッターから手を離し、城壁の下に落ちていく。
ただ、風魔術を身に付けたエアスラン兵は、風魔術をうまく操り、城壁下へ軟着陸を果たしている。
次のカッター部隊の兵士が、「運が悪いやつめ!」と叫び、城壁の上に跳び乗る。
だが、そこにも吹き荒れる炎。その兵士もカッターを手放し、今度は城壁の上に着陸を果たす。
次々にカッター部隊が続くが、その殆どが炎に焼かれていた。
「くそ! 話が違うぞ!」と言いつつ、カッターから降りた兵士が城壁の上に敷設されてあるはずの地雷を探す。インフェルノは、地面から掘り起こして横に寝かせると発動しない。
だがそこに、城壁背後の櫓から、弓矢が放たれる。エアスラン軍もトルネードで応戦するが、下手に動くと地雷が作動するため、狙い撃ちにされていく。
兵士達も異変に気付きはするものの、一度出された命令は混戦の中ではなかなか変更できず、次々とインフェルノを発動させてしまう。
まさに入れ食い状態ではあるが、流石に百を超えるカッター部隊、それなりに被害を出しつつも、徐々に地雷の撤去を進めていく。
・・・・
東側のキルゾーンに跳び込んだカッター部隊であったが、相手は百二十の寡兵。うまく弓兵を引き付ける形となり、歩兵を無傷で接近させることに成功する。
そして、歩兵部隊が、城門に取り付く。
西側の城壁から弓矢や炎魔術が撃ち下ろされるが、それは木の盾と水魔術のウォール・アイスで防ぎ、後ろから押し出されるように、エアスランの歩兵が城門を潜る。
城門の先には十メートル×十メートルほどの空間があり、その周りにバリケードが設置されていた。
分かりやすいキルゾーンだ。
エアスランの歩兵部隊は、相手方にトルネードやサンダーボルトを撃ち込みながら、先に水魔術士を展開させる。もちろん、火魔術対策のためだ。
その時、最前線の歩兵と水魔術士らが、ズルリと地面に引き釣り込まれる。
「落とし穴だ! こいつらやっぱり、罠を張っていやがった!」と、兵士が叫ぶ。
「飛び越えろ。この距離くらいはどうとでもなる!」と、後ろの兵士が叫ぶ。
最前列の兵士が雄叫びを上げながら、風魔術で幅五メートルほどの落とし穴を飛び越え、シラサギ軍のバリケードに突撃していく。
だが、バリケードの隙間にいるシラサギ軍に、何故かメイド服を着たガタイの良い戦士がいて、「白兵戦はウルカーンの方が強い。切り伏せろ!」と叫ぶ。
エアスラン軍は、城門を潜った後、飛び道具避けにウォール・アイスで天井を造り、前方の敵に集中する作戦を執る。
対するシラサギ軍は、炎で攻撃を加えながら、こちらも白兵戦で勝負する構えだ。
しばらく、魔術が飛び交う中、剣戟の音と怒声が響く。
メイド服を着た戦士が、放たれるトルネールにも怯まず、城門に入って来たエアスラン兵を剣で切り伏せ、切られたエアスラン兵は落とし穴に落ちていく。
この手練れの兵士のお陰で、エアスラン軍がなだれ込めず、シラサギ軍の消耗は軽微であった。
メイド服を着た戦士が敵と切り結ぶ度、シラサギ軍で歓声が上がり、志気を高めていく。
狭いところでの寡兵隊寡兵の戦いが功を奏したのか、シラサギ軍はこれ以上のエアスラン軍の侵入を防いでいた。
だが、兵士数が二倍に及ぶエアスラン軍の圧力は弱まらず、徐々に敵兵の城門侵入が増えていく。
そして、シラサギ軍のバリケードの一部が崩されたその時、「ファイアウォール起動!」と、どこか遠くで女性の声がした。
その数秒後、城壁が一斉に燃上がる。
これにより、ファイアウォールの内外での行き来が妨げられ、シラサギ側にいた兵士は本体と孤立する。
逃げ遅れた兵士は多数に無勢で討ち取られるはずであった。
だが、その炎の壁に穿たれる一陣のキラキラとした風……
「アイスストーム! これも長くは持ちません、今のうちに!」と、水魔術士が叫ぶ。
城門付近では、シラサギのファイアウォールが、ララヘイム水魔術士のアイスストームに中和され、通れるようにされてしまっていた。
そして、エアスラン軍の作戦では、シラサギのファイアウォールが起動したら撤退する予定になっている。
強力な水魔術であるアイスストームは長時間使えため、急いで撤退しなければ、後続が足止めされ、前線が孤立して被害が大きくなってしまうためだ。
アイスストームのトンネルを潜り、城壁内に入っていたエアスラン軍が次々と撤退する。
エアスラン軍はシラサギ軍の二倍の兵数がいる。クメール将軍は、焦ることは無いと考えていた。
一方のシラサギ軍は、自分達の街を守るとの思いから、志気が高かった。また、昨日、ほぼ被害が出なかったことも、エアスラン軍恐るるに足らずとの思いが生まれていた。
シラサギ軍のメイド服の戦士が、「敵が逃げていくぞ! 追撃だ! 少しでも敵を消耗させろ!」と叫ぶ。
追撃戦は、相手の数を一気に減らすことが出来るチャンスだ。シラサギ軍は、相手の数を減らすべく、一斉に自分達のバリケードを越え、相手に追撃を掛けようと試みる。
だが、その瞬間、「うぽっ?」と、メイド服の戦士が変な声を出す。
「どうされました団長」と、隣の女性兵士が言った。
団長と呼ばれたメイド服の男性は、首を変な方向に曲げながら、その女性を見て、「セック○させろ」と言った。
女性兵士は訳が分からず硬直するが、メイド服の男性は、その女性兵士に抱きつき、いきなりあそこをまさぐる。
「団長!? どうなさって、
だが、周りの兵士は厳しい顔をして、団長とその女性兵士に剣を向ける。
女性兵士は、「え?」と不思議な顔をして、今自分に抱きついている団長の顔を見る。
その顔は、邪悪に歪み、そして先ほどまで鳶色の瞳だったものが、赤く光っていた。
女性兵士が絶句している中、メイド服の団長は女性兵士のズボンを引き剥がす。
また、敵が撤退したはずの城門付近にも、何かがゆらりと動いていた。
包帯が絡みつく体、直剣を持った手、そして、赤い目。
美しく、小さな女性であった。
歯をがちがちと噛みしめ、恨めしそうに「男は死ね」と言った。
シラサギ軍の城門内に、悪鬼二体が解き放たれた。
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