第69話 シラサギ攻防戦二日目
下士官の声やドンドンという何かの音が鳴り響く。
その音に併せ、ナナセ子爵領温泉城塞都市『シラサギ』前に、エアスラン軍が整列を開始する。これからシラサギ攻めの二日目が始まる。
作戦は、まずはウインドカッターという風魔術で動く移動体に乗った兵士が、風魔術を放ちながら城の前を駆け巡り、隙を見て城壁上の敵に攻撃を加える。今回は、城門部分にも攻撃魔術をぶちかましていく計画らしい。
シラサギ軍も弓矢や魔術で応戦するのだろうが、それは風魔術や水魔術のバリアで防ぐ予定だ。
カッターを担いだ兵士の後ろには、歩兵もいる。歩兵の主力は、スパルタカス率いる罪人部隊だ。彼らはカッター部隊が敵を引き付けた後、一気に突撃する。その中に、クメール将軍もいるはずだ。
俺は、その様子をかなり離れた木の上から見下ろしていた。ゴンベエと一緒に。
俺は、なんとなくゴンベエにハグし、顔を近づけてみる。
ゴンちゃんは、「こ、ここは、もう誰も見ていないから……」と言って、顔を背ける。キスはしてくれないようだ。少し寂しい。
俺は、さっきまで望まぬセック○をしていたというのに。厳密に言うと、お互い望まざる相手としていたわけで、そりゃ盛り上がる訳がない。相手は必死に声を出してくれていたけど。彼女なりに、男が喜びそうな事をしていたんだろうと思う。だが、嫌だということが露骨に伝わって来るわけで……
なので、俺としてはゴンちゃんに慰めて欲しいのだが。だけど、ココで問題が一つ。ゴンベエも、別に俺の事を好きなわけではないということ。俺が昨日のノリで好き好き言っており、彼女は仕事でそれに応じているだけで。その事実を考えると、かなり寂しい。だが、少し気になることが……
「ゴンちゃん、ひょっとして、俺がクメールの女としたから、怒ってる?」と、聞いてみる。
「怒ってなんていないでしょ。こうやってハグさせているし」と、ゴンちゃん。
「キスは駄目なんだ」
「キスしたら偵察しにくいじゃない。そもそも、あなたおっさんでしょ? 童貞少年じゃないんだから……」と、ゴンちゃん。
「歳を取っても、性格や好みははあまり変わらない気がするんだけど。でもさ、これが終わったら、俺たちしばしの別れじゃん。少し寂しい」と言ってみる。
基本的に、俺がここにいる条件は、今日までという約束だ。別れるのは寂しいし、俺としては彼女に少し甘えてしまっている所があある。
「ああ、はいはい。体を服の上から触るのと、口意外に口づけする程度ならいいよ。でも、セック○は止めて。ここ、木の上だし」と、ゴンちゃん。少し譲歩してくれた。優しい。
確かにここでしたら、木がゆっさゆっさと揺れて、とたんに居場所がばれてしまう。まあ、別にばれてもいいんだけど。
俺は、嫌がるゴンちゃんのうなじの臭いを嗅ぎながら、下の戦場の様子を眺める。
「あ、北から何か来る。まずいね、アレは援軍かも」と、ゴンちゃんが言った。
ここはシラサギの街の南部。援軍が来るとしたら、北からだ。俺も北方面を見てみるが、全く違いが分からない。
俺がその旨を問うと、「あの辺りから鳥が飛び立っているでしょ? 不自然」と、ゴンちゃんが言った。流石は斥候のプロ。俺にはよく分からなかったが、彼女が言うにはそうらしい。
「どうしよう。シラサギに援軍が来れば、ここでウルカーン進軍も止まるかもよ」と、言ってみる。
「そりゃそうだけど。偵察行こっか。本来の私らの役目」と、ゴンちゃんが言って、するすると木を降りていく。
一応、俺たちの役目は斥候なのだ。どこで何をするのか、という事は、ある程度自由が与えられている。
「城門は見ておかなくていいのかよ」と聞いてみる。
「城門は、偵察の必要ないでしょ。それよりも、援軍が誰なのか知っておきたい」と、ゴンベエが言った。
実はこの世界の魔術の集団戦というのも少し興味はあったのだが、俺達は木から下りて、北門の方に回ることにした。
◇◇◇
出撃前のエアスラン軍では、十人隊長達が声を張り上げながら、陣形が組まれていっていた。
対するシラサギ軍の有効射程は昨日で分かっているから、それから十分離れたところで陣形を整え、一気に攻め上げる作戦だ。
その陣地の中心に、クメール将軍がいて、少し難しい顔をしていた。
「ちっ、予定より兵が少ないな」と、クメール将軍が言った。
「思った以上に回復しませんでした。トラップに仕込まれた毒のせいでしょう。少し、見積もりが甘かったところがあります」と、副官が言った。
開戦直後の戦力は、クメール隊三百人、シラサギ軍百二十であったが、昨日の時点で、シラサギ攻めの部隊は、死者十五人を出していた。さらにシラサギを包囲するために歩兵五十人を出していることから、今回のシラサギ攻めに投入できる人員は、二百三十人程度と見積もられていた。
だが、足の怪我が完治せず、使いものにならない兵士が三十名ほど出ており、今陣形を組んでいるのは二百人程度であった。また、包囲用の兵士五十人のうち、先日のおっさん達との戦闘で約二十人が討ち取られていたため、包囲兵からの転用もできないでいた。
「敵のトラップの真意は、こちらの足を殺すことであったか……」と、クメール将軍が呟く。
「怪我をした者が元貴族だった場合、治療を優先させるため、ネオ・カーンまで運ぶ手間と労力を掛けています。足を狙うのは合理的だと考えます」と、副官が言った。
「多少の補充と輜重隊が送られて来てはいるが、本陣も、今はネオ・カーンの統治と次の出撃準備で忙しいときたか」とクメール将軍。
「はい。やつら、こちらを楽な仕事とでも思っているのでしょう。いざとなれば、本陣を待てばいいだけだと」と、副官。
「くかか。ここの地の利は相手にある。いくら戦争の素人集団であっても、その利は大きい。しかも、時間を掛けてしまっては援軍が送られてくる可能性がある」と、クメール将軍。
「我々は最速でここまで来ました。敵に援軍が来るのは、来たとしても後数日後でしょう」と、副官。
「そうだな。ここからウルカーンまでの道のりと、あいつらの行動の遅さから察するに、援軍は当分来ない。来ても少数。それに、今のシラサギには、あのおっさん達はいない」と、クメール将軍。
「はい。タケノコ島のキャラバン隊の方について行っているとのこでしたな。うち一人はゴンベエ殿がチャームに掛けて引き抜いているわけですが……」
「ふん。チャームだなどど生やさしいことを。あれは本人の意に反する命令を出すと、洗脳が解ける可能性がある。シラサギ攻めには使えん。ここを落としたら、洗脳と拘束魔術のプロを読んで、徹底的に躾てやる。今は、ここに強敵がいないことが分かっているだけでも、よしとせねばな」と、クメール将軍。
その時、本陣に一人の兵士が入ってくる。
「将軍、進軍方向を相談させてください。エリオン殿の探知魔術は、昨日の段階で終了しており、そのレポートによりますと、あちらの城壁にはファイアウォールが仕込まれているということです。いざとなったら発動させる気でしょう」と、兵士が言った。
ファイアウォールとは、その名のごとく、炎の壁を出現させるトラップ型の魔術だ。相手を焼き殺すというよりかは、侵入を阻害し、敵を分断させる目的で使用される。
「ふん。当然考えられる対策だ。ファイアウォールが発動したら、一旦兵を引かせる。あの魔術は長くは続かん」と、クメール将軍。
「それから、城壁頂上に、対人地雷『インフェルノ』が仕掛けられているようです」と、兵士が言った。
「ほう。さすがはエリオン殿だ。城門上の魔術トラップまでを見抜くとは。だが、設置間隔はどの程度だ?」とクメール将軍。
ウルカーン謹製『インフェルノ』という対人地雷は、その上を通る物体に反応し、強力な炎を拭き上げる魔道装置だ。内蔵されている魔力が続く限り、何回も発動し続ける。
すなわち、人が上を通ると炎を噴き上げ、いなくなると炎が収まる。そしてまた何かが通ると、再び炎を噴き上げるという代物だ。
「西が七メートル間隔、東が二十メートル間隔とのことでしたが……」
「ほう。トラップは東が手薄か。だが、そちらが穴と考えるのもまた早計か」と、クメール将軍。
「そうですね。地雷が間に合わなかった分、兵士を多く置いている可能性はあります」と、兵士が言った。
「さて、逆に、西の地雷原を突破できれば、こちらの有利に働くが、被害は出てしまうな。さてさて」と、クメール将軍が『シラサギ』を見つめながら言った。
シラサギの城壁の上には、すでに数十人の弓兵が展開されていた。
「どうなされますか?」と、副官が言った。
「インフェルノを
しばらく後、シラサギの有効射程付近まで近づいていたウインドカッター部隊が、一気に泥炭地を駆け巡る。
開戦二日目、戦いの幕は切って落とされた。
◇◇◇
所変わって、おっさんと艶めかしい体付きをした女忍者が森の中を行く。
「この辺でいっか」と、ゴンベエが言って、速度を落とす。
それを聞いた俺も、速度を落とし、ゴンベエの後ろに続く。
「街道の近くで隠れるよ」と、ゴンベエが言った。
なお、援軍が来ているかもしれないという情報は、上には伝えていない。確証が持てなかったというのもあるが、ここはゴンベエの目的達成のために、故意に伝えなかったのだ。
ゴンベエは、忍者の里『ヨシノ』の命を受け、エアスランの侵略をエアスラン側が大負けしない程度に終結させるという任務を負っている。エアスランがウルカーンの本国に攻め入ると、ウルカーンと基本的価値観が近い他二カ国の本格的な介入を招いてしまうし、しかも禁呪『悪鬼生成』の使用が露呈すると、全ての国家を敵に回してしまう可能性があり、そうなるとエアスランが全方位から叩かれ、エアスランに籍を置く『ヨシノ』も無事では済まなくなる。
そういう判断から、『ヨシノ』の長は、ゴンベエにエアスランの進軍を遅め、あわよくば弱体化させるよう密命を与えている。
そして、今は俺という悪鬼生成が効かない人物を手元に置けたことで、そのスキルを有するクメール将軍を暗殺する絶好の機会と考え、戦場に混乱を起すべくこのような行為に及んでいる。
ゴンベエは、街道脇の少し小高い位置に
だが、街道には全く誰もいない……
俺は、なんとなくゴンベエの背中の上に寝そべろうと試みる。地面は冷たいのだ。
「ちょ、止めてよ」と、ゴンベエが言った。
「暇だし」と言って、お尻を触る。
「この、しつっこい。あのね、私、あなたのこと、好きってわけじゃないんだから」と、ゴンベエが言った。
はっきり言われるとショックだ。今の今まで恋人気分だったし、ゴンベエも、少しはその気になっていると思っていた。まったく女心は分からない。まあ、はっきり言わないと、行動を改めないと思われたのだろう。今は戦争中だし。
俺は、手を引っ込めて、匍匐前進の姿勢になり、真面目に偵察任務モードに入る。
「あの、そこでそんなに落ち込まないで。はぁ~」と、ゴンベエがため息をついた。
俺だって……いや、意外と心細かったのだろうか。俺は、彼女に甘えていたのだろう。そう思うと、ゴンベエは母性に溢れている。特にロケットのようなおっぱいが。
まあ、ゴンベエに怒られたところで、真面目に仕事をすることにする。仕事と言っても、じっと街道の先を見つめるだけだけど。
しばらく待つ。
案の定、地面が冷たい。地面に体の熱を吸われ、少し寒くなってきた時、お腹に違和感を感じる。
どことなく地鳴りのような何かを感じるのだ。
俺は、何となくゴンベエの方を見る。
ゴンベエも俺の方を向いて、僅かに首肯し、見つからないよう頭を下げる。
俺もそれを真似て、ぎりぎり街道が見える程度まで、頭を下げる。
さらにさらに待つと、ソレは現われた。
ドドドドと震える地面。六本足の巨大な軍馬に跨がる重装備の騎兵達。
全速力には見えないが、それでもかなりの迫力だ。
それが、街道を真っ直ぐに駆けて行く。その数は、優に百騎は越えている。
「大将は英雄ダイバか。ナナセ子爵の父親が動いたのね」と、ゴンベエが言った。
この先には、エアスラン軍の北門の封鎖部隊がいる。本来は、バーンという隊長が配属されていたところだが、俺達との戦闘で二十人も消耗してしまったため、今は十五人くらいしかいない。しかも、手練れのバーンとその部下は殆ど討ち取られたため、今は素人集団だとゴンベエが言っていた。
そんな所に、この人数で突撃されたら、ひとたまりもないだろう。
迫力ある軍馬の躍動を眺めていると、ふと、変な騎兵が見える。
銀とブルーの美しい全身鎧……だけど、頭部だけが黒い。
その頭部は、ゆらゆらと揺らめく黒い炎の様に見えた。
「あれはクロサマ……」と、ゴンベエが言った。
クロサマ……間違い無く、それはあの黒い頭の騎兵のことだろう。
黒く揺らめく炎は、どことなく夕闇に潜むミミズクの造形に似ていると思った。あれはまさか、モンスター娘……クロサマが纏う全身鎧は、どことなく女性の体格に合わせたもののように思えた。
俺とゴンベエは、しばらく無言でウルカーン軍の騎兵隊をやり過ごす。
騎兵が去った後、「クロサマとは何なんだ?」と聞いてみた。
ゴンベエは、立ち上がり、体に着いた落ち葉を払いのけながら、「クロサマは、生きる伝説。悪鬼専門の傭兵。それに、あの隊の隊長はウルカーンの英雄ダイバ。これはチャンスかも」と言った。
ゴンベエは、自分の故郷のために、エアスラン軍からスキル『悪鬼生成』を使うクメール将軍を排除したいと考えている。その切り札として、彼女は俺を仲間に引き入れたわけだ。
その理由は二つあって、一つはエアスラン軍の進軍を緩めるためと、禁じ手である悪鬼生成を使い続けると国際社会で孤立してしまう恐れがあるためだ。エアスランが勝ちすぎると戦禍が拡大するし、エアスランが潰れると、同じ国家に属するゴンベエの故郷にも影響が及んでしまう。難しい舵取りが必要な任務だ。
それにしても、悪鬼生成対、悪鬼専門の傭兵の戦いか……是非見物せねば。
俺達は、シラサギ戦を観察するため、森の中を南下していった。
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