第68話 猫の依頼と援軍到着

空が明るくなる。小さな鳥のさえずりの音も聞こえる。朝だ。


「おはよ」と、起き上がっていたゴンベエが言った。手で髪をすいている。隣のヒリュウは、すでにいなくなっていた。


昨日はあの後、現われた大きなデブ猫と話をして、それからぐっすりと休んだ。


「おはよ。俺にもクリーン掛けて」と言った。


ゴンベエは、「はいはい」と言って、クリーンを掛けてくれる。汗臭さとべたつきが無くなり、すっきりする。


ゴンベエは、俺にクリーンを掛け終わった後、「する?」と言った。俺の目線がしたそうな感じだったのだろうか。


「いや、」と、応じる。


ゴンベエは、「そう……」と言って、毛布を畳んでいく。少し乱暴に畳んでいる気がする。おや、少しご機嫌斜め? 意外な反応だ。


これは、まあ、後でいちゃいちゃしよう。


「今日は進軍だよな」


「そう。今日勝負をかけるみたい。相手の城門は壊れているし、トラップも殆ど姿を見せているから、悪鬼を使うかもね」と、ゴンベエ。


「その混乱に乗じて……か。うまく行くといいけど」


「その時の流れでいいよ。私の立場の事は気にしないで。どうとでもなるから」と、ゴンベエ。


どうとでもなるのか。


俺達は、どこか消化不良気味な状態で、野営のテントを出る。


ゴンベエは、テキパキとテントを畳み、カッターと呼ばれる移動系の魔道具に荷物を積み込む。


ゴンベエはこちらを向いて、にんまりとした笑顔を作り、「さてと、朝御飯貰ってこよ。今日、あなたは、をこなしたら、私についていてね」と、静かに言った。


やっぱり、少し怒っていらっしゃると思った。



◇◇◇


所変わり、ここはモンスター娘達のキャラバン隊。


おっさんと忍者がいちゃいちゃとしている間、彼女らはたくましく次の野営ポイントに到着し、十分ではないまでも、休憩を取ることが出来ていた。


そして、今は皆で朝食の準備に取りかかっている。


ただ、その野営ポイントには、例の壁が屹立していた。動いたので濁っている。


その壁の前、それを見上げるは11人……


「なぜ、こいつがここに。食欲が失せる色しているし」と、サイフォンが言った。


「あなたについて来たんじゃないかと思います。分身うん○が入っているし」と、相方ベルが言った。


「いや、おそらく旦那様が、こいつに私達を守れと命じたんだと思う。そうでなければ、もう、こいつ意思を持っているんじゃ」と、サイフォンが言った。


「気持ち悪いこと言わないでください。ウン○壁が意思を持つはずありません」と、相方が突っ込んだ。


「だけどよ、中の懸濁物だが、少し揺れていないか?」と、サイフォンが言った。


確かに、水壁の中の懸濁物は、ゆらゆらと動いているようだ。


「意思を持つことと、固形物が揺れることの因果関係が分かりません。それよりも、戻りましょう。ごはん食べましょう」と、相方が言った。


ご主人を失った水魔術士11人が、ぞろぞろと食堂の方に歩いて行く。



・・・・


水魔術士達が巨大荷馬車の方に戻ると、そこには、いつも荷馬車の天井に登っているアンモナイト娘のピーカブーが、地面に降りて来ていた。


「あ~ちょっといい?」と、ピーカブーがジークに言った。


「なんだ?」と、ジークが返す。


「何か来るよ。地面が震動してる」と、ピーカブーが言った。


「ほう。どれだけの規模なんだ?」と、ジークが言った。


「相当大規模。騎馬隊かも」と、ピーカブーが言った。


「本当であるか、ピーカブー殿。それは、ウルカーンからの援軍ではあるまいか」と、バッタ男爵が言った。たまたまここに居合わせたようだ。


「方向的にはそうかな。ここに来るまで、あと数分くらい? 一応、警戒しよ」と、ピーカブーが言った。


「分かった。皆、朝餉は後回しだ。何かが来る」と、ジークが言った。


メイド軍団たちも朝食の準備の手を止めて、みんな各々の武器を手に取る。


冒険者や行商人達も、各々の荷馬車や大八車から武器を取り、北から来るであろう何かに身構える。



・・・・


しばらく経つと、ドドドドと大きな地鳴りがし始める。

普通の荷馬車では、こうも大きな音はしない。


キャラバン隊がその地鳴りの正体をじっと待つと、街道の先から、騎馬に乗った兵士が現われる。


「あれはグリフォン旗! 来たか」と、バッタ男爵が言った。


「確かにあれは、ウルカーン最強の軍隊。ジュノンソー家の家紋だ。しかも、先頭集団のあの方は……」と、トマト男爵が言った。


「おお、英雄ダイバ殿だ。間違い無い。ジュノンソー公爵が、シラサギに援軍を出してくださったのだ」と、バッタ男爵が言った。


「皆の者、武器を下げよ。彼らは我らの友軍だ」と、トマト男爵が自分の戦闘メイド達に声を掛ける。


騎馬隊は、キャラバン隊らを認めると、休憩を入れるつもりなのか、キャンプ場の広間に入ってくる。


キャラバン隊に一瞬緊張が走るが、相手はそのまま突撃してくる訳でも無く、魔術を放つ訳でも無く、下士官らしき者らが大声を上げながら、騎乗したまま騎馬隊を広場に整列させていく。その動きは、かなりの練度を感じさせた。


「ジーク、」と、ピーカブーが荷馬車の上から言った。


「分かってる。ここに派遣されてきたのか」と、ジークが応じた。


「悪鬼が出たからね。可能性はあった」と、シスイが荷馬車の中から言った。疲れ果てたような顔をしているが、体を引きずる様にして、馬車から出てくる。


「みんな、クロサマだ。ご挨拶しよう」と、ジークがキャラバン隊に声を掛ける。


ウルカーン組の方では、元領主夫人が、「あの方は、英雄ダイバ将軍です。お出迎えしましょう」と言って、先頭に出て行く。


そして、街道からやってきた騎馬隊が整列した後、数機の騎馬が、キャンプ地で休憩を取っていたコンボイに近づいてくる。


その騎馬の一人、無骨な鎧に身を包む老兵が、「ふむ。お前達は、ウルカーンの貴族か? それに、タケノコのキャラバン隊に、行商人に冒険者か」と言った。


ウルカーンの両男爵と元領主夫人は頭を垂れ、トマト男爵が「はい、我らはネオ・カーンよりウルカーンに向かっておりますトマト男爵とバッタ男爵でございます。彼女はヴァレンタイン伯爵の妻、ケイ殿でございます」と言った。


「ご苦労だった。ネオ・カーンでの出来事は、聞いている。我らが来たからには、やつらの好きにはさせぬ」と、老兵が言った。


そして、騎馬集団の中から、異質な一騎が進む。


その騎馬は、巨大なスレイプニールで、騎乗するのは、美しい銀と青の全身鎧に身を包む人物。長く、斧の部分が少し小さいハルバードを、背中に背負っている。


全身鎧のその人物は、フルフェイスだけは身に付けていなかった。だが、本来むき出しになっているはずの顔は、境界がおぼろげに見える漆黒で、白い目だけがその漆黒の中に浮かんでいた。


「クロサマ、久しぶりだ」と、ジークが言った。


「愛らしいお前達……息災であるか?」と、クロサマが言った。


「ディラハン? いや、違う気がする。まさか、スカジィ……」と、七三分けの男が言った。


クロサマは、七三分けの方を向いて、「ほう。面白い男がいるな……それも二匹」と言った。


瞬間、七三分けとスキンヘッドが身構える。


「おいおい、この人は俺達と同じ国の者で、今はウルカーンでクロサマだ。ケイティの言うとおり、スカジィ娘と呼ばれている」と、ジークが言った。


「私はケイティ。どうぞよろしく、クロサマ」と、ケイティが言った。


クロサマは、「ああよろしくケイティ。娘らを、よろしくな」と言った。


どこからともなく聞こえてくるその声は、まるで亡者の声のようで、ウルカーンの貴族達は恐縮していたが、キャラバン隊のモンスター娘達からは、どこか憧憬のまなざしを向けられている。


老兵は、「我らは、シラサギに行かねばならん。これで失礼するぞ」と言って、踵を返す。


クロサマは、「リュウグウの子らよ。そして、不思議な男達よ。達者でな」と言って、こちらも潔く、踵を返す。


少し後、「なあ、ジークさん、アレは何者だ?」と、スキンヘッドが言った。彼の目線は、クロサマの背中に釘付けになっている。


「あの人はクロサマ。タケノコ島でも、五本の指に入る猛者だ」と、ジークが答えた。


「そうか。世界は広いな」と、スキンヘッドが言った。


一殺いっさつ、五千万」と、シスイが言った。


「ん?」と、スキンヘッドが反応する。


「彼女が悪鬼一匹を屠る度、我が国に五千万ストーンが支払われる。クロサマは、もうずっとそうして我が国を支えてくれている人なの」と、シスイが言った。


「そうか、カッコぇえ」と、スキンヘッドが言った。



◇◇◇


俺は、ゴンベエに朝食を貰ってきてもらい、一緒に朝食をとる。

椅子に座る際に、ゴンベエにキスをする。彼女もそれに応じる。俺はゴンベエに魅了されているという立場だ。ちょくちょくディープなスキンシップを披露しておく必要があるのだ。周りの兵士からじろじろと見られるが気にしない。


朝食を食べる。意外と美味しい。というか、ゴンベエは将軍に次ぐ立場だから、きっと、美味しい食材の食事をこちらに回しているのだろう。


「それでね。今日、予定通り勝負をかけるみたい。カッターで飛び回り、相手の魔術と弓を無駄撃ちさせ、その隙に歩兵を前進させて、そして一気に城門を越える。その時に、悪鬼を解き放つ作戦。今日は、クメール将軍も出る予定」と、ゴンベエが小声で言った。


俺は、「了解」と言って、彼女を抱きしめた。


ゴンちゃんは、「はいはい」と言って、ハグに応じた。



・・・・


朝餉の後の進軍準備。

下士官達の怒声の元、陣形が整えられていく。


俺は、その後ろの小高い岩の上に陣取るゴンベエの横で、その様子を眺めている。途中、歩兵の誰かが俺に軽く敬礼をする。昨日の罪人部隊のヤツラだろう。俺は、エアスラン式敬礼で返す。


これから戦場に行く者達。哀愁を漂わせるでもなく、元気よく出撃していく。


だが、少し気になる事がある。それは、人数が少ないような気がするのだ。


俺が高校生の時、一学年が十クラス三百人だった。だいたい三百人の感覚は分かる。


なので、「ちょっと少なくね」と言ってみる。


「それがね、本日復帰とみられていた怪我人が、思ったほど復帰していないんだって」と、ゴンベエ。


「怪我……ひょっとして、トラップの?」


「そう。みんな足をやられていて、しかもそのトラップには糞尿が塗られていたから、それが原因なんだって。回復魔術で傷を治しても、化膿してしまってどうにもならないとか」と、ゴンベエが言った。


「ふ、ふう~ん」


俺達のトラップ、結構効いていたみたいだな。


進軍の最中、クメール将軍の姿も見える。今日は、大将も出撃だ。昨日の彼の姿を思い出す。パイパンという女性とやっていた。


自分の首を跳ねたはずの俺を信頼し、自陣に引き入れた。何時までも愛し合う俺とゴンベエを見て、あきれた顔をしていた。


まあ、敵も人間だ。だが、これは戦争。今から裏切る俺を、悪く思わないで欲しい。


その時、「ニャー」と、猫の声がした。昨日のデブ猫ではなく、普通の猫だ。


俺は、「行ってくる」と言った。


「急いでね。時間までここで待ってるけど」と、ゴンベエ。


俺は、何となく「ゴンちゃん。好きだ」と言って、ゴンちゃんを抱きしめる。


ゴンちゃんは、「はいはい」と言って、キスをしてくれる。大したプロ根性だ。


俺は、抱きしめるゴンちゃんから離れ、猫が歩いて行く方向にさっと移動して行った。



・・・・


「ニャー」と、別の猫が鳴く。こいつらの声の意味は分からない。


だが、道順は合っているはずだ。

全くエアスラン兵が見当たらないからだ。


猫に導かれたそこは、小さな建物。


俺は、その中にさっと入り、しばらくじっと待ち続ける。


少し緊張してきた。


コレは昨晩、デブ猫と打ち合わせした作戦どおり。うまく行き過ぎて、ドキドキしてしまう。


あのデブ猫は、猫を自由に操ることが出来るらしい。いや、猫に指示を出せると言った方が正確か。


俺が殺してしまった巨大猫は、彼の仲間だったらしいのだが、特に恨んではいないらしい。戦場で相対したのだから、負けた方が殺されるのは仕方がないというのが彼の感覚だとか。


その彼、いわゆるデブ猫は、自称、神獣種とのことだ。見た目はタダの大きな猫で、あまりにも地味だから、誰も神獣とは思わないし、いつもは普通の家猫の振りをしているらしい。エサも貰えるし、案外便利なのだとか。


そのデブ猫が俺に依頼してきたのは、クメール将軍の排除。どこで俺達の情報を仕入れたのか不明だが、あの猫は、俺達がクメール将軍を暗殺しようとしていることを知っていた。


だが、ここで問題が一つ。クメール将軍は、スキル『身代わり』を持っている。そのスキルは、致命傷を負いそうな時に、自動で別人と自分を入れ変えるというモノだが、その発動条件に問題がある。


有り体にいうと、自分の体液が混じっている人物しか身代わりに出来ない。唾液や血液でもいいらしいが、一番良いのは精液なんだとか。


だから、クメール将軍は、ずっと誰かとセック○しているんだと。それは好きだからではなく、自分が死なないように。まったくなんという男だ……


それで、今クメール将軍の身代わり役なのが、パイパンというテイマーの女性。


あのデブ猫は、パイパンの事を小さい時からずっと知っていて助けてあげているらしく、今回もどうにかして助けてあげたいらしい。


で、あのデブ猫の策は……


バタン、と急に小部屋のドアが開いて、外から誰かが入ってくる。中に俺がいることは承知のようで、特に驚きもせずに、バタンと扉が閉じられる。


オレンジ色の髪をした、健康的な体付きをした女性。ゴンベエもいいが、こっちもいい。むっちりしていて、如何にも男に好かれそうな体付きだ。


彼女は、「急いで」と言って。壁に手つき、スカートをたくし上げてお尻をこちらに向け、ぎゅっと目をつぶる。


ここは、実は仮設トイレだ。しかも女子の。彼女を確実に助けるためには、するしかないらしいのだ。クメール将軍ではない誰かのものを、入れておくのが確実なのだとか。


「エロくしないと、立つものも立たない」と返す。第一、俺だって嫌なのだ。他の男のオンナとするなんて。


彼女は、一瞬とても嫌そうな顔をするが、直ぐにニコニコとした顔になり、「して欲しい」と言った。


「まだまだだな」と返す。俺は、頼まれてここにいるのだ。何で嫌そうな顔をするのか意味が解らない。


パイパンは、自分の胸をはだけさせ、「お願い。私として。妹たちを、助けて……」と言った。目を瞑ってはいるが、今度は切実な気がした。


エロさ的にはまだまだ足りない気がしたが、時間が無い。俺は、精神統一し、彼女に一気に襲い掛かった。

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