第66話 ゴンベエの勧誘


引き続き夜の森。


俺は、ゴンベエにこの世界の国家のことを聞かれ、つい数時間前に誰かに聞いた事を思い出す。


「ええつと、火の神『ウル』を崇めるウルカーン、風の神『エア』を崇めるエアスラン。水の神『ララ』を崇めるララヘイム、土の神『ティラ』を崇めるティラネディーア、天の神『ノート』を崇めるノートゥンの五カ国が列強国。エアスランとララヘイムが民主主義の中央集権国家で、他の三つが貴族共和制。その他、木の神『エル』を祭るエルヴィンと、闇の神『リュウ』を祭るタケノコが中立国としてあるんだっけ」と、俺が言った。


「そうね。概ね合っているけど、ララヘイムは、貴族院と衆議院の二院制の中央集権国家。エアスランは貴族解体に成功しているけど、部族的な派閥は色濃く残っているし、中央集権国家ではあるけど、完全な民主主義国家とは言えない。結局、軍閥が強いのよ。その他、エルヴィンは何を考えているのか分からない謎の部族国家だし、タケノコが中立の立場を取り出したのは、リュウグウでなくなってから。リュウグウの時は、ララヘイムと同盟国だった。同じ海洋国家、今でも仲良くはやってるようだけどね」と、ゴンベエ。


個人的にタケノコの前身であるリュウグウとやらが気になるけど、今はスルー。


「ええつと、エアスランの話に焦点を当てると、部族閥が残っているのって、ひょっとして、ゴンベエ達もその一つ?」と、聞いてみる。


「そう。私達『ヨシノ』は、エアスランの一部族。だけど、別にエアを祭っているってわけじゃなく、地図上でエアスランの中だから、エアスランとして数えられてるわけ。私達も貿易とかして生活していかないといけないから、一応それは了承していて、エアスランに税を納めているし、徴兵の義務にも応じている」と、ゴンベエ。


「あいつら、意外と礼は尽くすし、結構高度な地方自治は認めるし、集めた税でちゃんと医療補助とか、道路や城壁の整備や保守もやってくれるし、領内の経済も発展してきてて、別にエアスランでもいっか、というのがうちら部族の概ねの意見だった」と、ヒリュウが言った。


「そう。それがね、いきなり戦争の話になって、その戦争に禁呪を使用するとか……それに、ネオ・カーンを取り戻すだけならまだしも、ウルカーン本土を攻めるなんて言い出して。それで、我々としても警戒しているわけ。エアスラン自身を」と、ゴンベエ。


「警戒しつつ、従軍はしているわけだな」と、俺。


「そうね。だけど、うちら忍者は諜報や斥候が主な任務。歩兵には兵を出していない。その理由はね、今代の巫女は、少しおかしいんじゃないかって、判断しているわけ。もちろん、長を初めとする部族の総意として」と、ゴンベエ。


「おかしい? それから巫女とは?」


「さっき、神様の話をしたでしょ? ウルとかエアとか。その存在は、ヒトより上位の存在で、普段は見えないし、意思を持たないと言われている。でも、巫女と呼ばれる存在が、その神威を纏って、いわゆる預言を聞いたり、神事の祭りを行って無病息災などを祈ったりすんの。神威を纏った際に、神の意志やら代々の巫女の記憶まで受け継ぐと言われていて、」と、ゴンベエ。


「その巫女がおかしくなったと?」


「そうね。今回のエアスラン侵攻は、巫女の意思が強く働いていると言われている。他の神の本拠地を攻めるという、何千年も続いてきた不文律を破って、一体何をしたいのか」と、ゴンベエ。


「言葉は悪いけど、亜神である巫女が狂っていると?」


世界の異分子……咄嗟に頭に思いつくが、早とちりしてはいけない。


「そうねぇ、それを含めて調査している。当たり前だけど周りのガードは堅いし、」と、ゴンベエ。


「そっか。と、いうことは、ゴンちゃんがこの戦争に参加しているのも、別の意味がある気がするな」


「そう。私達はこの戦争に、おさの命令で別の任務を持って参加した」と、ゴンベエが言った。


「あ~もう、そこまで言うのね。私もはらを括る。……そしてそこのゴンベエは……」と、ヒリュウが言った。


こいつ、シャール元帥とやらの愛人だか寵姫だったかのはず。実は暗殺者、いや、指令があれば何時でも暗殺できるものとして派遣されていたスパイだったのか。ジーク達の尋問ではばらさなかったようだ。いや、自分達に都合のいい情報だけを、あえてばらしたのかもしれない。


「私の任務は、最前線の情報収集の他、亜神異変の手がかりになりそうな情報の収集。そしてあわよくば、エアスラン軍の進軍を邪魔し、ウルカーン侵略を思いとどまらせること」と、ゴンベエ。


「そもそも、エアスランにウルカーンを滅ぼせるだけの軍事力は無い。今優位なのは、中央主権国家として常備軍を持ち、戦力を投入できる速度が早いだけ。相手がきちんと戦力を整えたら、エアスランは互角かそれ以下の実力しかない。逆に押し返されて、ネオ・カーンを奪還されるかもしれない。そりゃ、5年前にエア・ゾアを取られて悔しいのは分かるけど、あそこは百年前はウルカーンだった訳だし」と、ヒリュウ。


この二人は、忍者の里『ヨシノ』からエアスラン軍に送り込まれたスパイだった。エアスランも、忍者を利用するつもりで、獅子身中の虫を入れてしまったということか。いや、彼女らの意思は、別にエアスランを滅ぼすことではない。無茶なことをさせないようにしているだけだ。


「俺の出番は、ひょっとして……」


「クメール将軍を倒せるあなたを、味方として手元に置いておきたかった。というか、あいつのスキル『悪鬼生成』って禁呪、結構やばいと思う。それを理由に、他の国が団結してしまうかもしれないし、下手するとララヘイムすら怒って軍を引く可能性もある。そうなるとエアスランが完全に孤立してしまうし、最悪私らの故郷、ヨシノも危なくなる。そうなる前に、あの男、クメール将軍を排除したい」と、ゴンベエ。


ゴンベエの目的は、あくまでエアスランがウルカーン本国を攻めるのを防ぐことであって、エアスランの負けではないということのようだ。

それはそうか。彼女達は、国はエアスランでいいと考えているわけだし。単に指導部に信頼が置けないだけで。


さて、そこまで分かったとこで、次は俺と俺の仲間の立ち位置の整理だ。


「悪鬼生成の使用がエアの了承済みなら、手遅れじゃね? それに、その将軍サマを排除したとして、俺はどうなる? 全くメリットがない。単にエアスラン軍に恨まれて終わるだけのような気がする。それに、そいつを仕留めるまで、俺はどうなるんだよ。エアスラン軍として従軍するのか? それは勘弁して欲しい」


「手遅れかどうかは分からない。それに、あなたのこれからの立場は、私に任せて。チャームを掛けて引き抜いたっていうことにすれば、通るはず。嫌なことはさせない。これでも、私の軍の中での立場は結構上なのよ。嫌になったら、チャームが解けたと言って、逃げたらいい」と、ゴンベエ。


「とはいえ、俺は仲間にほぼ断りもなく出てきている。あまり長くは滞在できないぞ」


「それなんだけど、勝負は明日だと思う。あのトラップ地獄のせいで結構な負傷者が出ている。回復できるかもみたいなことは言っていたけど、多分無理。クメールはこれ以上の消耗は避けるだろうから、おそらく悪鬼生成を使う方針を採用する。その時の混乱は、おそらくエアスラン軍にも及ぶ。チャンスはその時と考えている」と、ゴンベエ。


「将軍の暗殺か……だけどなぁ。味方に内緒でそんな大事をするとなると……」


「お願い! 私が直接手を下すと里を巻き込んだ大問題になるし、逆に悪鬼にされてしまうかもしれない。それにね、協力してくれたら、あなたを、うちの長に会わせたいと思ってる」と、ゴンベエ。


忍者の長とやらに興味はあるが……今更旅をUターンして喧嘩を売ってしまったエアスランに行くのもなぁ……


「俺を連れ出した理由は分かった。だけど、いずれにせよ、俺にはメリットが無いな。お察しのとおり、俺は転移者。転移した理由とかがよく分からないから、とりあえずウルカーンに行って、亜神とやらの情報収集をしようとしてた。俺達を拾ってくれたモンスター娘達のキャラバンに、恩返しもしたいしな」


「亜神の事を知りたいのなら、それこそ長に会うべき。さっき私が言ったインビシブルハンドの使い手は、長その人だからね。それに、あなたが私達の仲間になってくれたら、長なら、何かしらの褒美を与えることができる」と、ゴンベエ。


「褒美?」


正直、あまり名誉や金品を貰ってもしょうが無いと思ってしまう。


だが、ピーカブーさんの忠告、俺達が各国から要注意人物としてマークされる可能性。その対策として、自分達が強くなるという発想を思い出す。自分達の後ろ盾として、強力な部族と友好関係になるのも悪く無いのかもしれない。


「褒美は、金子きんすでも名誉でもいい。望むのであれば、年頃の女性でも……」と、ゴンベエが俺を見つめて言った。


その目は……うぬぼれかもしれないが、『その時は自分を選んでもいいよ』と言っているようだった。



・・・・


そこは、エアスラン軍クメール分隊である『シラサギ』攻略軍の野営地。


今はまだ夜……日付が変わっていないくらいであり、起きている者も多かった。


その野営地を、俺はエアスラン軍の服装で進む。ゴンベエと一緒に。

俺の服はビリビリに破れてしまったから、ゴンベエがどこからともなく貰って来たのだ。


華族用と平民用があったらしく、何となく平民用の服を選んだ。地味だが、布は丈夫でなかなか良い裁縫の様な気がした。


俺は、ゴンベエの後ろを歩く。


あの時、ゴンベエの勧誘に対する俺の回答は……日本人的曖昧回答を選んでしまった。すなわち、ゴンベエの説得に応じ、エアスラン軍について行くことはするけど、クメール将軍とやらの殺害指令はその時になってみないと分からない。そして、タイムリミットは明日の日付が変わるまで。


それ以上長引きそうなら、俺はキャラバンに帰ることにことにする。

もちろん、エアスラン軍のシラサギ攻めには加わらない。そうなるように、ゴンベエが軍部内を調整してくれることが条件だ。


その代わり、俺への報酬は成功報酬となった。すなわち、俺が忍者の里と関係を持ち、さらにご褒美を貰えるのは、俺がクメール将軍の暗殺を手伝った時のみ。


それから、ヒリュウはリリースすることに。これ以上、拘束しておくのも面倒だし、少なくとも俺達の敵ではないことがはっきりした。


というか、こいつがクメール将軍を暗殺すればいいんじゃね? とも思うが、相手もそれなりの対策をしているらしいので、姿が見えないからといって、そんな単純に暗殺はできないらしい。


そんなわけで、ヒリュウは俺の近くにいる。もちろん透明になるために全裸で。彼女は、今日の襲撃で、俺達に拘束されていた事がばれた。シャール元帥とやらの所に戻るとマズいことになると思われるため、エアスラン軍に戻ることはせず、俺に付いていくことになった。しかも、明日以降も。


彼女は、俺が忍者の里に協力することに対するご褒美の先払いとのこと。斥候として使ってもいいし、女としての彼女を楽しんでもよいそうだ。俺の協力は、それだけの価値があるとか。いや、俺を手放さないための契約愛人、若しくは敵にならないように誘導するお目付役なのかもしれない。それが、彼女らが選んだ自分達の戦略。意外にも、ヒリュウはすんなりそれを受けた。元帥とのセック○は、あまり気に入っていなかったらしいしな。


「着いた。さて、とりあえず、私だけで行ってくる。あなたはここで待ってて」と、ゴンベエが言って。俺と見えないヒリュウを待たせ、背の高い大きなテントの中に入っていく。


このテントの先に、軍の責任者らがいるのだろう。


しばらく待っていると、。大きな三毛猫だ。胴体が一メートルくらいはあるのではないだろうか。オスだ。

その猫は、こちらをチラリと一瞥すると、のそりとどこかに歩いて行く。首輪は付いていないが、人間を恐れていない。飼い猫だろうか。珍しい。


猫を眺めていると、テントからゴンベエが顔を出し、「入ってきて」と言った。


俺は、猫の観察を止め、ゴンベエの後ろについていく。


「んちゅ。くふ……」


ゴンベエに、口を口で塞がれる。


俺がテントの中に入ると、ゴンベエがおもむろにキスをしてきた。


それも、ディープなやつだ。ねっとりと、相手に見せつけるように、時間を掛けてキスをされる。俺はたまらず、ゴンベエの背中やお尻に手を回してなでなでしてしまう。


ゴンベエは口を離し、「ぷはぁ……彼が、私のチャームで裏切った人、どう? 頼もしそうでしょう」と言った。


俺は、ゴンベエのチャームに掛かっているという設定だから、こうして演技をしているわけだけど、魔術的何かで分からないものなのだろうか。


「貴様か……まさか本当だとはな」と、テーブルの中央に座る男性。こいつのイケメン顔には見覚えがある。ナナセ子爵の頭を踏みつけ、そして俺が首を跳ねたはずの男だ。だから、こいつがクメール将軍だ。


ただ、この男、何か変だ。いや、座っているこの男の上に、女性が跨がって座っており、上半身をテーブルに突っ伏している。というか、恥ずかしげもなく、女性と繋がっている。そして、そのテーブルに突っ伏しているその女性の顔にも見覚えがある。確か、あの時鞭で襲って来た人だ。


何となく、女性の顔をガン見する。顔はニコニコと笑っているが、少し苦しそうだ。ふと俺と目が合う。一瞬で表情が引きつる。そりゃ、まあ、俺は彼女がテイムしていた魔獣を倒してしまったし。体当たりで全身骨折させたし、恨まれているだろう。


「そうだな。ゴンベエ殿。あなたを信頼していないわけではないが、確証が欲しい。ここでセック○をしてもらいましょうか。そうすれば信頼もできよう」と、中央の男性、すなわちクメール将軍が言った。


「私も、それで異論はありません。彼は、別にウルカーン軍の人物では無い。それに、諜報系の魔術は使用していないようだ。本当にスキルも無いですしね」と、同じテーブルに座る長身イケメンが言った。こいつは知らない人物だ。会話から察するに、鑑定系のスキルを持っていそうだ。


クメール将軍は、「GGを殺し、パイパンの魔獣をほふった男だが、味方になるというのであれば、それはそれで優秀な戦力だ。信頼出来る戦力が、一人、死んでしまったようだしな」と言って、少し寂しそうな顔をした。


ゴンベエは、俺に振り返り、体を密着させて、「さっき、すでに何回もしたんだけど。ねえ、大丈夫? もう一回」と言った。ここでのセック○、まさか飲むつもりだろうか。目が本気だ。本気でここで見せつけるつもりなのだろう。ここで引くと、作戦が水の泡になる。


俺は、「ゴンベエ……」と言って、彼女の体をまさぐった。彼女は嫌がる様子を見せず、むしろ俺を慈しむように抱きしめる。


ゴンベエは、俺の耳元で「来て……」と囁いた。


さて、俺は、ゴンベエのチャームに掛かっていることになっている。

ばれないように、頑張らなければ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る