第65話 異世界の忍者


漆黒の夜の森。そこに聞こえるのは、激しい音、摩擦音、タップ音、湿った音、そして、男女の声……


「ねえ、好きって言って」と、女の声。


「好き」と、おっさんの声


「ゴンちゃん頑張れって言って」と、女の声。


「ゴンちゃん頑張れ」と、おっさんの声。


「ゴンちゃんすごいって言って」と、女の声。


「ゴンちゃんすごい」と、おっさんの声。


「嬉しい……ねえ、行くときには、ちゃんと行くって言って。私も、一緒に行きたいから」と、女の声。


「行く」と、おっさんの声。


「もう、また? どれだけ私が好きなんよ。でも、嬉しい。じゃあ、行くね」と、女の声。


「……お前ら、そろそろ私に気づけよ」と、別の女の声。


「気づいてるよヒリュウちゃん。アンタに見せつけてんでしょ」と、女の声。


「別にうらやましくもなんともない。アンタもさっさと行って話を先に進めろよ」と、先ほどの女の声。


「いや~せっかくだし……あ、でも」と、おっさんの声。


その瞬間、ヒリュウちゃんと呼ばれた女を包み込むナニカが、柱状からマット状に変形する。


「は? いや待て、待てよ。お前ら。この状態はまさか……」と、女の声。


「お前の水、温かそうだな」と、おっさんが言った。


「あら、ヒリュウちゃんをベッドにする? 少し恥ずかしいけど、でも、あなたが望むなら、いいよ。立ってしかしていないし、ベッドがあれば、あなたに色んな体位をさせてあげられるから」と、女の声。


「やめろ、やめろよ。そっちを私の顔の上に持ってくるな……ひ、ひぃい」と、別の女の声。


その後、夜の森の音に、女の悲鳴が加わった。



◇◇◇


温ったけ~。この時期、夜は冷える。というか、そろそろ冬が来るのだそうだ。


運動しているとはいえ、お肌は寒くなる。そんな中、ほかほかの水ベッドがやってきた。しかも、中の水は替えたばかりらしく、綺麗な状態だ。


だがこれ、半日もすると濁ってくるのだ。


「ぐえ……やめろ、もうやめてくれよぉ。私の、お腹の上で暴れるなよぉ。もう、顔に掛かるのはいいから、私のお腹を刺激するなよぉ……」と、ベッドの中の人が、必死で何かを訴える。でもなあぁ……なかなかゴンちゃんが離してくれないのだ……


「くしゃん!」


ゴンベエ、自称ゴンちゃんがくしゃみをする。


「お? 寒いのか? 上下変わるか?」と、下から言った。水ベッドとゴンちゃんに挟まれると、結構温かいのだ。だが、上は寒かったのだろう。


俺は、彼女が寒くないよう、下からむくりと起き上がり、彼女を抱きしめつつ、温かい水ベッドの方に押し倒す。


しかし、ゴンベエの反応が無くなった。腰の動きも止まり、完全に固まっている。というか、顔が硬直している。しかも、何故か変顔だ。無言で鼻の穴を少し大きくし、その状態で表情が凍り付いている。


「あ、あの、うえ?」と、ゴンベエが言った。変顔からの奇声も可愛い。


「こうすると温ったかいだろ?」と、言って、ゴンベエを水ベッドとサンドする。彼女の体の表面は、少しひんやりしていた。俺の配慮が足りなかっかもしれない。反省だ。


そして、再開する。


「う、うぐ、おう、おふ、ぐむ。おえ。ふん」


おかしい。声が変わった。さっきまでは、あんなに可愛かったのに。


「おうじが……光のおうじが……おっさんになった……」


ゴンベエが何か変な事を言っている。無視だ。無視して頑張る。


ゴンベエは、俺の下で、「これは自己責任。私の矜持。行くまで耐えてあげるから、早くして」と言った。目頭には、うっすらと涙を浮べていた。


チャームが解けたのかな? と推察したが、気付かないふりをして、ゴンベエに甘えまくる。


この子は、きっと責任感が強いのだ。そして、基本的にいいやつだ。

おそらく、この状況は、自分が誘ったアレなので、最後まで面倒をみるつもりなのだろう。


俺は、この子が少し可愛くなり、最後かもしれない一発を、楽しむことにした。



・・・・


「満足した?」と、ゴンベエが言った。


俺は彼女を抱きしめながら、「した。良かった。最高。好き」と、言ってみる。


「あ~はいはい。それは良かった。じゃあさ、そろそろ真面目な話をしよ」と、ゴンベエが言った。


するりと俺の手をすり抜け、散らばった服を拾い始める。

俺の服はビリビリだから、上着はもう見る影もない。仕方がないので、パンツとビリビリのズボンだけ身に着ける。


「あなた、冒険者パーティ『三匹のおっさん』の千尋藻ね」と、ゴンベエが言った。


一瞬、どう言おうか迷ったが、「ああ、そうだ」と言った。ここで黙ったり嘘を言っても何も始まらないと思った。


ゴンベエは、少しだけほっとした顔をして、「もう名乗ったけど、私はゴンベエ。よろしくね」と言った。


「おい、頼む、たのむよぉ~漏れるうぅ」と、水ベッドの人が言った。ここには、水の入れ替えが出来る水魔術士がいない。水の中でお漏らしすると、後が大変なことになる。ちょっとかわいそうだ。


なので、ゴンベエとの話の前に、彼女の下半身だけ、水から出すことにした。



・・・・


ゴンベエが、ヒリュウにクリーンを使ってあげ、場所をちょっとだけ移動し、落ち着いて話をすることに。


ゴンベエが木を背にして座ろうとしたので、俺はゴンベエと木の間に入って、彼女を後ろから抱きしめる形で座る。


「ちょ、ちょっと、もう止めてくれたら……」と、ゴンベエが言った。


「いやぁなんとなく」


「もう気付いてるでしょ? 私のチャームは失敗。反転して自分に掛かってしまった。だから、その……」


ゴンベエさんは、口では軽く拒否の構えだが、体が拒否していない。多少、セクハラしても大丈夫だろう。


「でもさ、俺は求めに応じてちゃんと付いてきたし、何度も好きと言われ、言わされて、なんだかその気になってしまった」と、言ってみる。数分前までは、ずっと恋人モードだったのだ。いきなり駄目と言われても困る。


「もう。でも、セック○はもう止めて。ハグなら……いいから」と、ゴンベエさん。お許しが出たところで、後ろからハグし、髪をかき分けてうなじを眺める。


「こらこら。いちゃついてないで、話を先に進めてよ」と、ヒリュウが言った。すっきりした表情だ。入っている水も濁っていない。


「そう、ね。なんだか調子狂うけど。そもそも、あなたにはチャームは効いていないはずなのよ。反転したんだし。何でここにいるの?」と、ゴンベエが言った。まじかよ。ノリで好き好き言っていた自分が恥ずかしい。


「チャームはそうかもしれないけど、お前の体で迫られて、何度も好きと言わされてたら、大概の男は落ちると思うぞ?」と、言っておいた。


もちろん、シラサギの様子を知りたかったのと、目の前の危険な女を仲間達から遠ざけたかったからという理由もあるが、個人的に彼女を気に入ってしまったというのも偽らざる本音だ。


「え? うそ。私落としちゃったの?」と、ゴンベエさんがこちらを振り向いて言った。


「そうかも。好きになった」と言って、ゴンベエさんの口に口を近づける……抵抗しない。そのままキス。接触成功。魔術チャームなし状態でキス成功。うれしい。ゴンベエさんは目をまん丸にしてこちらを見つめている。


「だからよぉ……話を先に進めろよ」と、ヒリュウ。


ゴンベエさんは、口を離し「もう。そうね。最初に、何であなたにチャームを使って連れ去ろうとしたのか、からね」と言った。


「あなた、いや、あなた達三人とフェンリル狼は、クメール将軍率いるエアスラン軍三百に討ち入りしたでしょ。その際、虜囚の身になっていたナナセ子爵ら三十余人を奪還。その隙にネオ・カーン守備隊がクメール軍に反撃、壊滅されるもクメール軍に多大な消耗を強いる。また、副官バーンに強力な術を掛け、男性器を全摘出せしめた」と、ゴンベエさんが続けて言った。字面だけ言われると、凄いことをしたんだなぁ。


「あの時、彼女らを無事に連れ出せたのは、砦に籠城していたネオ・カーン軍が出てきたからだろ」


「そうかもしれないけど、捕虜の周囲にいた兵士を退け、テイマーの強力な魔獣三体を事もなげに屠り、身代わりの術が発動したとはいえ、クメール将軍の首を跳ねた。信じられない戦果よ。その後、軍が雑用ギルドなどを徹底的に調べて、『三匹のおっさん』の名前が浮上したってわけ」と、ゴンベエ。


「ふうん。目は付けられていたのか。それにしても、いきなり襲い掛かられるとは思わなかった」


「アレは、副官バーンくんが能なしだったから。戦場で出てきたんならまだしも、アナタ達は行商の途中でキャンプしていただけ。普通は偵察からでしょ? 全く」と、ゴンベエ。こいつもノリノリで襲って来た気がするけど。それは言わないことにした。


「それで、俺を排除するってんなら分かるけど、何で連れ去ろうとしたわけ?」


「色々ある。まず、クメール将軍が、あなたは悪鬼にならなかったと言っていた。それが一番の理由。それに、個人的に、あの水の壁の主を知りたかった。あれ、あなたでしょ?」


「そうだね」と応じる。だから連れ去ろうとしたという事が気になるが……


「やっぱり。ヒリュウちゃんのコレもそうね。それに、私の攻撃がことごとく効かない。そして極めつけは、あなた、インビシブルハンドで私を捕らえようとしてたでしょ」と、ゴンベエさん。


「それに、こいつ、私の霧隠れの術も見破った」と、ヒリュウが口を挟む。


一気に色んな情報が出てきたな。


「ええつと。逆に、俺から色々と聞きたいんだけど」


「どうぞ」と、ゴンベエ。


「悪鬼を人為的に造れる魔術があるってこと? それから、インビシブルハンドって何」


「……スキル『悪鬼生成』。それは実在する。今回、エアスラン軍は、禁呪の部類に入る忌まわしきスキルを持ち出している。それから、インビシブルハンドは、見えない手で相手を掴んだりできる極めて特殊な魔術。あなた、使っていたと思うけど。別の人なのかなぁ」と、ゴンベエ。


「悪鬼生成が存在していることは分かった。見えない手の方は、俺だと思う。インビシブルハンドという単語を知らなかった」


あの時、俺は、彼女を握り潰そうとしたのだ。インビシブルハンドとやらの術者は俺で間違い無いだろう。


「やっぱりあなたね。これだけの特殊な術を使いながら、今まで無名だった。その理由を知りたかったし、仲間にしたいと思った。私には、あなたが必要かも」と、ゴンベエ。


「ゴンベエ、」と、ヒリュウが言った。ヒリュウは、ゴンベエが俺を仲間にしたいという意思を知っていた? 一体何故。


「さて、どうしよう。俺の仲間は三人いる。仲間になるとか敵対するとかは、三人と相談して決めたいな」と、俺。


「あなた達、異世界から来た転移者でしょ」と、ヒリュウ。


「う、誰かおしゃべりなヤツがいたのか?」


「いんや。はったり。でも、今の反応ではっきりした。アナタ達三人は異世界転移者。それだけの異能は、それしか考えられない」と、ヒリュウ。はったりかよ。しまったな……


「私もそう思っていたけど、ねえ、本当なの?」と、ゴンベエさん。


「あ~秘密だったんだけど……というか、異世界転移者は他にもいるような言い方だな」と、聞いてみる。


秘匿するべきなのは改造を施した存在とその意思であって、異世界転移自体は秘密ではないような気もする。だが、改造を秘匿しようとすると、普段は異世界転移自体も秘密にしておいた方が良い。


「『リュウグウ』の魔王がそうだったと言われているし、うちのおさも異世界転移者の子孫らしい」と、ゴンベエが言った。


「ちょっと、ゴンベエ大丈夫?」と、ヒリュウが言った。


「ヒリュウは、長の娘だから、異世界転移者の子孫ということになる。その他、エアスランの軍師、ティラネディーアの英雄やらノートゥンの聖女やら、異世界転移者だという噂がある者は、多数存在している」と、ゴンベエ。


異世界転移者は複数存在し、それぞれ社会的地位を築いていると……ただし、何人のうちそうなったのか知らないし、俺達と同じ使命を受けている状況なのかも不明だが、転移者を調べてみるのもいいかもしれない。転移者イコール異能持ちと思われているところをみると、異世界転移の時になんらかの力を授かったのだろう。


「ゴンベエ、あなた、このおっさんを信頼する気? セック○してほだされたとか言わないでね」と、ヒリュウ。


俺はひとまずヒリュウの突っ込みを無視し、「インビシブルハンドも一般的? 知っていたようだけど」と、聞いてみる。


「別の使い手を知っている。それ、かなり特殊な技のはず」と、ゴンベエ。


「それで、俺が異世界転移者だとにらんでいたのは分かったけど、それでなんで仲間に? そりゃあ敵にしたくないというのは分かるけど」


「……ねえ、この世界の国家の事は知ってる?」と、ゴンベエが言った。


少し遠回りして、歴史の講義から始まるようだ。


俺は、後ろから抱きしめているゴンちゃんの背中の暖かみを感じながら、つい数時間前に聞いた、この世界の国家のことを思い出すことにした。

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