第64話 チャーム


「ねえ、私の事、好き?」と、目の前の黒髪おかっぱが言った。


目を潤ませ、俺を抱きしめながら、俺の目をじっと見つめる。相手のロケットおっぱいが、俺の胸で押しつぶされている。


俺が何も答えられないでいると、もう一度、俺の唇に相手の唇が触れる。


柔らかくて、気持ちいい……

引っ付いている体も気持ちいい……


だけど、どうしよう。どう答えたらいいんだ?

どれが正解なんだ?


「す、好き、かな」と、答えてみる。相手、結構必死そうな気がした。好きじゃ無いと言うのもはばかられたのだ。


「う、嬉しい……めっちゃ嬉しい。掛かった……私のチャーム、掛かったよ」


ゴンベエさんは、感極まったのか、俺にもう一度口づけをして、「よし、一緒に退却だ」と言った。


「え?」


ゴンベエさんは、「ここはもう駄目。一旦森に引く。今後の話はそれから。いいよね?」と言った。マジで嬉しそうで、そして必死だ。ここから俺と一緒に逃げたいようだ。というか、完全に俺が落ちたと思っている。


どうしよう……


ノリで好きとは言ったものの、俺、

数割増しで、目の前のヒトが美人に見える程度だ。いや、この人は最初から可愛かったと思う。


だが、こいつらがここに来たと言うことは、予定通りにエアスランの軍隊がシラサギに到達して、そしてその一部はシラサギを越えたと言うことだ。


お別れしたとはいえ、あっちの様子が気になると言えば気になる。ここからシラサギまでは、半日の距離だ。走ればもっと早いだろう。


「ねえ、そろそろヤバイ。大将がやられそう」と、ゴンベエさんが俺の手を握り締めて言った。


だが、俺がここを離れていいのだろうか。


俺達の周囲を見渡す。乱戦かと思っていたキャンプ地は、結構落ち着いている気がする。


というかおそらく、俺達の勝利だ。何故ならば、地面に倒れているのは敵兵だけで、友軍は比較的落ち着いているからだ。


だが、まだわいわいやっている一角がある。目をこらすと、そこではララヘイム11人衆が何かを取り囲んで戦っていた。


あいつらは、俺と一緒に研究開発した水魔術の大盾を装備している。軽くて丈夫で攻撃手段もあるという便利な魔術に仕上がっていると思う。


そんなことを思っていたら、彼女らが取り囲んでいる何かが、まるで打ち上げ花火のように舞い上がる。


遠くながらも、ズドン! という重低音を含む音が鳴り響き、何かを空高く打ち上げたかとを思うと、それらがバラバラと地上に降り注ぐ。近くにいたサイフォン達がぎゃーぎゃー言いながらパニクっている。相変らず騒がしいやつらだ。


「あ~大将死んじゃった。爆殺たぁあんたらもやるね。急いで逃げよ」と、ゴンベエさんが俺の手を握って引く。


どうしよう。ちょっと行ってきてもいいだろうか。シラサギが気になるというのもあるが、この危険な女は、野放しにするより、ちゃんと無害を確認した方がいいと思うのだ。


それに、ヒリュウの件もある。


俺達の近くには、ジークとライオン娘がいる。ライオン娘は、嘘を見破る事が出来る。

伝言、通じるだろうか。


「ねえ、急いで?」と、ゴンベエが言った。まるで恋人にでも話掛けているみたいだ。距離が近い。調子が狂う。


」と言った。


ゴンベエは、「よし、行こう。急いで行こう」と言って、俺から離れる。離れるも、彼女の手は、俺の手を握りっぱなしだ。子供になったみたいで少し恥ずかしい。


「分かった。行ってくるか。ジーク! 俺は、」と言って、ゴンベエと一緒に走り出す。


ジークの隣のライオン娘ナハトは、。伝わってくれたらいいが。俺は、ここを離脱したあと、あっちの様子を見て、隙をついて逃げてくるか……でも、目の前のゴンベエさんどうするかねぇ。


俺は、揺れるロケットおっぱいと共に、この戦場を後にした。



◇◇◇


「そおうれ、『バルス!』」と、本来は『バブル・パルスからのジェット』という呪文の短縮形を、サイフォンが唱える。


爆発物の中心地から衝撃波が発生し、ズドン! と、ポン! と、シュパ! が一緒になったような音が響く。


バーンの周囲から強烈なバブルジェットが発生したのだ。だが、水平方向は完全に塞がれているため、行き場を無くしたエネルギーは、一番圧が薄い上空に向けて開放される。


水の盾に囲まれた内側にあったあらゆるものが、粉々になって空高く舞上げられる。だが、それらの上方向エネルギーが重力に負けたとき、それらは地上に降り注ぐ。


「ぎゃぁ~振ってきた振ってきたぁ!」「うぎゃああああ」「誰ですかぁ! 大盾二つもセットした人は!」


相変らず姦しい十一人が、降り注ぐナニカが体に付かぬよう、必死に大盾の中に隠れる。


その後、大将を打たれ、英雄級魔術士も撤退したことから、残りの兵士もちりぢりになって逃げていく。


「汚い花火ですねぇ……」と、ケイティが呟いた。



◇◇◇


敵兵が去ったあとのキャンプ地では、後始末に追われる中、幹部会議が開かれ、とあるおっさんの行き先と今後の方針が課題になっていた。


「え? 旦那様が敵に付いていったですってぇ?」と、サイフォンが言った。


「あいつ、一体どういうつもりだ……」と、アリシアが怖い顔をして行った。


狼狽えるメンバーを余所に、『三匹のおっさん』の古参メンバーであるケイティとスキンヘッドは、特に狼狽えるでもなく、静かに事の成り行きを見守っている。


「その件については、ライオン娘から伝えてもらう」と、ジークが言った。


「うん。まず最初に、私が分かるのは、発言者の発言が、嘘かそうでないかだけ。発言の内容そのものの真偽は分からない。それで、千尋藻さんは、『お前の根城に行きたい』、要は、敵の女の拠点に行きたいと言った。これは嘘じゃ無い。その次に、『もう戻ってこない』と言った。これは嘘。おそらくだけど、これは暗号のようなもの。私の方を向いて言っていたから、多分そう」と、ライオン娘が言った。


「ええつと、じゃあ何? 旦那様は何らかの考えがあって、自発的に敵の女に付いて行ったってこと?」と、サイフォン。


「あのゴンベエという忍者は、千尋藻を圧倒していた。あいつが千尋藻ではなく、俺達の方に来ていたら、相当な被害が出ていただろう」と、ジークが言った。


今回の敵兵襲撃のキャラバン隊等の被害は、冒険者と戦闘メイド数人が重傷を負った程度で、他はスキンヘッドの回復魔術で完全回復できるレベルであった。


「じゃあ、旦那様は、こちらの被害を押えつつ、虎穴に入らずんば虎子を得ずじゃあないけど、敵陣に入って行ったと」と、サイフォン。


「まあ、そうなるな。シラサギの様子も気にはしているんだろうが」と、ジーク。


「そうなってくると、私達はどうしたらいいんだろ。仮にシラサギが落ちたら、ここは危険になるし、ここを離れると旦那様は途方にくれちゃうだろうし」と、サイフォン。


「自分が思うに、我々が先に進んでいても、千尋藻さんなら追いついてくると思う。問題は、誰があの荷馬車を曳くかだ」と、スキンヘッドが言った。


「ムーとシスイのペアでの移動は半日が限界だ。それでも進まないよりましだと思う」と、ジークが言った。


「私達が帯同しているばかりに、アナタ達には迷惑かけるわね」と、元領主夫人が言った。彼女は、シラサギには留まらず、ウルカーンの実父を頼るために、この旅団に同行している。


「気にしなくていい。今回襲撃してきた馬鹿は、おそらくウルカーンに関係無く、私らに襲い掛かっていたと思う」と、ジークが言った。


「そうですね。どうも私に対する私怨が原因だったようです」と、ケイティ。その私怨も、元を辿れば領主夫人やナナセ子爵を助けた際のものではるのだが。


「しかしどうする? ここには死体がある。獣や魔物が寄ってくるぞ」と、バッタ男爵が言った。


「お前達の怪我の具合はどうなんだ?」と、ジークが返す。


「重傷者は少数だ。馬車で休ませていれば大丈夫だろう」と、スキンヘッドが答えた。


「よし。準備が整い次第、次のキャンプ地、いや、小休止場まででもいい。少しでも進むか。戦闘で疲れた所の夜の強行軍になるが、致し方ないだろう」と、ジークが言った。


その時、幹部らの会議に小さなモンスター娘、デンキウナギ娘のナインが焦った顔をして飛び込んでくる。


「ジーク! アレがいない。いなくなった」と、デンキウナギ娘が言った。


「落ち着けナイン。何がいなくなった?」と、ジーク。


「ヒリュウ。あいつが、あいつが入ってる水柱がなくなった」とデンキウナギ娘。


「嘘よ。アレが破られるはずない……いや、まさか、ついて行ったのかも。自動的に」と、サイフォンが言った。


「斥候に出ているウマ娘達は、遠くに行かないように言ってある。もはや俺達に、あいつを探索するすべはない」と、ジークが言った。


「あの忍者の娘は、千尋藻さんの働きに期待しましょう。それよりも、ここを早く離れるべきだ」と、ケイティが言った。


「そうだな。移動を優先しよう」と、ジークが応じた。


ここで、おっさん抜きのキャラバン隊を含むコンボイは、少しでも距離を稼ぐため、夜の街道を移動することを決意する。



◇◇◇


森の中を走る走る……


もう手は握り締められていないが、夜の森を先行して走る彼女は、心配そうにちょくちょくとこちらを振り返ってくれる。彼女、どうやら夜目が利くようだ。


俺も夜目が利くから、夜の森も、その中を走る彼女のお尻もよく見える。


キャンプ地離脱から、小一時間くらい走っただろうか。

例の水の壁は、去り際にまた壁になれと命じたから、追ってはこないだろう。


俺がいる後ろをチラリと振り向いた彼女が、急遽止まる。


俺も急停止するが、止りきらず、彼女にぶち当たりそうになる。


月明かりの元、ハアハアと言い合う男女がほぼほぼ抱き合う形になる。

お互い少し息が上がり、結構汗を掻いている。


ゴンベエさんは、「あなた、私のお尻ばかり見てる。私としたことが……」と言った。


「え、いやごめん、その。やっぱ視線ってわかる……ぶお!


口を、口で塞がれる。


ゴンベエさんは、「ごめんね、そうだよね。やっぱりしたいよね。私の、チャームに応えてくれたんだもん」と、言った。


どういう意味だ?


ゴンベエさんは、俺を壁ドンならぬ、樹木ドン的に、俺の体を大きな幹の木とサンドする。彼女のロケットが、俺の体で押しつぶされる。


ゴンベエさんは俺の目を見つめ、「していいよ。チャームを使った私の責任。というか、ちょくちょくご褒美あげないと、魅了状態は続かないの」と言った。


まじかよ……でも、ここでするのは、もの凄く罪悪感があるのだが。味方を残し、シラサギにはナナセ子爵を残し、なのに俺は、敵の女と……だがしかし、この人のエロむっちりな体を密着されると……


「どこでしたい? どうやってしたい? 何でも言って? ねえ、もう一度、好きって言って?」


俺は、チャームとやらに掛かっている。そう、おそらく、思いっきり魅了されているんだ。これは、これは仕方がないんだ。


だから俺は、彼女の耳元で「駅弁えきべん」と言った。


彼女は、目を潤ませながら、「いいよ」と応じた。


彼女は、俺の首筋に片方の腕を回し、キスをしながら、下の履き物をさらりと脱いでいく。とてもエロい。改めて見ると、すごい体だ。


すらりとした綺麗な足、むしゃぶり尽きたくなる太股とお尻。引き締まった腰のくびれとロケットおっぱい。


黒髪おかっぱの丸顔で少し童顔だが、歳は二十代でも結構上なのではないだろうか。


身長は俺と同じくらいで、少し太いが女性らしい皮下脂肪を纏った両腕が、俺の首に回される。


ところで、彼女の態度の変化には、違和感がある。これは……まさか、のでは?


このまま流されてもいいのだろうか……だがしかし、我が祖国日本には、据え膳食わぬは男の恥という格言がある。なので、俺は何も考えず、欲望のままに彼女の求めに応じることにした。


俺が彼女の求めに応じ、「好き」と言ったら、彼女はとても幸せそうな顔をして、俺に飛びついてきた。可愛い。


暗闇の森の中、俺は、彼女の体を抱き止めた。

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