第63話 マジックマッシュルームの実力? そして、見えない手

目の前のロケットおっぱいが、「うちに、死なない忍者ってのがいるけどさ、アンタとはまた違うね」と言った。


知るかよそんなの。


だけどどうしよう。喉の痛みは和らいで来たけど、攻撃が当たらない相手なんて、倒しようが無い。


「バインド!」


木のツタの様なものが、フワリと浮き上がり、俺を取り巻く。


マスターキーでなぎ払うが、その隙に相手がいなくなっている。


そう思ったら、今度は背中が超熱くなった。


「炎の蛇!」


炎が俺の体に巻き付いてくる。


熱さと空気の薄さで意識がもうろうとする。


だが、まだまだだ!


俺は、炎が着いたまま、相手に向けて思いっきり突っ込む。

このまま抱きついてやる。


「ポイズンミスト!」


俺の周りに毒霧が立ちこめる。毒が炎に燻されてもの凄いことになる。


「ぶお! 見えん!」


目がやられる。口の中もイガイガする。


そして、一瞬で俺の首に何かが巻き付き、もの凄い力で引っ張られる。首の周りにある何かを手で掴む。

細くて堅い糸だ。ワイヤーか何かだろうか。


「サンダー!」


ジジ……感電の音に、激痛・痺れが襲い、体を動かす感覚がなくなっていく。


ああ、熱い、喉も肺もやられた。目も見えない。体が痺れ、感覚が無い。


これは、マズい。マズいと思うんだが……


不思議な感覚がする。。いや、俺と、俺の後ろで細いワイヤーを引っぱるロケットおっぱいもよく見える。


俺は、一体どこにいるのだろう。まさかの幽体離脱? いや、もう死んでいたりして。


……違うな……気が遠くなるほどの、静謐せいひつを感じる。


これは、暗く、深い深い海の底? 俺の居場所が海の底であるばらば、あそこに立っている俺は、一体何者なのだろう。


作りモノの体? 痛みは、本当は無い? 痛いように感じているだけ?


では、俺という存在は一体……俺は、改造された……


全身の感覚を抜かれたはずの俺は、何故かこの空間を支配する万能感に包まれる。


何故か分かる。俺は、


ゆっくりと手を伸ばす。


その手は、俺の体に付いている手では無い。この空間に干渉する手。まるで幽霊のような手。


俺の巨大な幽霊の手……この手で、俺の体の首を絞めるやつを、握り潰してやる。


「何!?」


俺の巨大な手の中に収めようとしていたロケットおっぱいが異変に気付き、もの凄い勢いで上空に逃げる。


ロケットおっぱいは、「これは、インビシブルハンド? まさか、このおっさんが?」と言った。


インビシブルハンド?


見えない手。俺の手。他人には見えない手……


俺には、そんな力がある? では、もう一度……


万能感に包まれた俺の手の感覚が、ロケットおっぱいを追いかける。


捕まえてやる。


この、戦闘空域をロケットおっぱいが逃げる。


それを、俺の意識が追いかける。


だが、このロケットおっぱい、ぬるぬるウナギのように俺が捕まえようとすると風魔術か何かでするりとすり抜けやがる。


「……も! 千尋藻ちろも! おい、大丈夫か」と、俺の横で声がする。


「…が、あ、ジークか」と、声を出す。今の視界は、いつもの俺の目の高さ。俺の意識は、今は俺の体になっている。


「お前、服がボロボロだぞ。大丈夫か?」と、ジークが言った。後ろには、ライオン娘もいる。


「ゴホゴホ! いや、まだ少しダメージがある。ロケットおっぱいはどこ行った?」


「ロケット? 無事ならいいや。お前、首を絞められ炎に巻かれてて、死んだかと思ったぞ」と、ジークが言った。


「すまん。復帰する」


俺の体は、不思議とどこもどうにもなっていない。ナイフで切られて首を絞められて、炎に巻かれて毒と電撃を喰らったはずだ。


戦線に復帰するべく、周囲を見渡す。乱戦だ。三十対四十五の戦いだからな。


「だーれだ」


声がして、一瞬で視界が真っ暗になる。


背中から、何か柔らかいモノに抱きしめられる。


「千尋藻!」と、ジークが叫ぶ。


視界は真っ暗なままだ。これは、目が見えなくなる魔術なのかもしれない。


そして、俺の首には、冷たい何かが当てられていた。



◇◇◇


「ぐわぁ!」


利き腕に刺突を入れられた金髪の大男が叫ぶ。


相手の大剣の隙を突いて肉薄したのは、オオサンショウウオ娘のギラン。


攻撃の後、後頭部で束ねたオリーブ色の髪を揺らし、一旦距離をとる。


「バーン様!」と、別の兵士数名が金髪の男に駆け寄る。


「また増えた~、ちょっと、辛いかな」と、ムーが言った。彼女の大きな体は、至る所に火傷のようなきずあとがあった。


ギランはムーの肩に登りながら、「ケイティ、何とかならない?」と言った。こちらは無傷だ。


「ふむ。彼ら、皆雷の耐性があるみたいなんですよ。今の彼にはマジカルTiNPOは効きませんし、困りました」と、ケイティが言った。


ここでは、敵の大将を足止めしているケイティとミノタウロス娘のムーとオオサンショウウオ娘のギランが、白兵戦を繰り広げていた。


「バーン様、劣勢です。ゴンベエ殿は変なおっさんにかかりきりで」と、エアスランの斥候兵がバーンに言った。


「くそ! まさか、これほどとはな。流石は戦闘民族、リュウグウの末裔だ」と、バーンが言った。


「引くべきです。こいつら、切り崩せませんぜ」と、別の兵士。


バーンは、自分の傷ついた腕を一瞬見て、「……仕方ねぇ。一旦引くぞ。ゴンベエさえいれば……」と言って、後ろを振り返る。


だが、そこには、水色を基調とした集団が回り込んでいた。


「あらあら、バーン君、まさか逃げる気ぃ~。あなたの死に場所はここ」と、バーンの後ろで声がした。


そこには、水の大盾を構えたサイフォン軍団がいた。



◇◇◇


「ぎゃぁ~来たぁ~もう、こっちに来ないでよ」と、マジックマッシュルーム娘のシュシュマが叫ぶ。


散開した敵兵が、キャラバンの大型荷馬車の裏にまで迫ってきて、そこに隠れていたマジックマッシュルーム娘達に気付いたのだ。


「もう。ピーカブーは何やってんの!」と、一緒に隠れていたシスイが言った。


「多分だけど、シスイがいるからだよぉ」と、マジックマッシュルーム娘が言った。


シスイは、「私は平和主義者なの! 戦いはしないの!」と応じる。


「じゃあどうすんの?」と、マジックマッシュルーム娘。


「だからピーカブーが! というか、お前も強いだ…… 『ガツン!』


「あ……」と、マジックマッシュルーム娘が呟く。


よそ見をしていたシスイの頭部に、敵兵の剣が思いっきり振り下ろされていた。


シスイの頭部から、ツツ~と流れ出る血。その血を見てシスイが固まっている。


敵兵は、「死ね」と言って、今度は、刺突の構えを取る。


ボグン!


次の瞬間、その敵兵の背中に、鋭い爪が生えていた。


その爪は、相手の鎧を容易く貫いており、腰を落として右腕を突き出すシスイの腕に繋がっていた。


シスイは、鎧毎相手を貫いていた手刀を引き抜き、「ドラゴン舐めんなよ」と言った。


「シスイさあ、あなた戦ってきなよ」と、マジックマッシュルーム娘が言った。そのマジックマッシュルーム娘の足元には、数名の斥候兵が事切れて倒れていた。


シスイは、血まみれの自分の腕をしかめっ面で見て、「嫌だ。戦ったら負けだと思ってる」と応じた。



◇◇◇


メイド達を守るようにして立ちはだかる青年が、「スキル『全身攻撃』!」と言って、棒の先にとげとげの付いた武器で相手に殴り掛かる。


「ガキは引っ込んでろ!」と言って、それを剣で受け止めたはずの敵兵が、「ぎゃぁ!」と叫び声を上げる。


一撃は弱くとも、体中にトゲが刺さった感覚が敵兵を襲う。これが、彼の持つ特殊スキル、『全身攻撃』の威力。ヘロヘロの攻撃でも体中にダメージが通ってしまうのだ。


「今だ!」と言って、他の冒険者達が弓を放ち、敵兵が瞬く間にハリネズミになる。


残った兵士達は、「くそ! 引くぞ。一旦体勢を立て直す!」と言って、引いていく。


冒険者達は、「やったな、ジェイク。お前すげぇな」と言って、ジェイクを囲む。


ジェイクは、「えへへ」と言いながら、メイド軍団をチラ見する。


そのあからさまな視線のせいで、彼は、メイド達の半数から白い目で見られていた。



◇◇◇


「死ね! スパーク!」


敵兵の剣から、強烈な閃光が生まれる。


スキル『スパーク』は、エアスラン軍のみに伝承される軍用スキルの一つである。強力な雷の力で、相手の鎧をものともせずに感電させる。


その閃光の先には、スキンヘッドがいた。

彼の両方の拳は、黄金に輝いていた。


「ふん!」


スキンヘッドは、左の手刀で雷の奔流をはじき返す。


そして、スパークという大技を放ち、隙を見せている敵兵に肉薄する。


「何!?」と、敵兵が目を見開く。


ゴン! そのまま敵兵の顔面に黄金の拳がブチ当たる。そして、首の根っこがちぎれそうになるくらい、頭部が変な方向に吹き飛ぶ。


「ふぅ~」


スキンヘッドは一旦息吹を入れ、呼吸を整える。


「小田原、お前も剛の者だったのか。よし。敵は浮き足立っている。一気に攻めるぞ」と、一緒に戦っていたアリシアが言った。


「待て、アリシア、敵が引いている。深追いは禁物だ。後ろを見ろ」と、同じく剣で戦っていたバッタ男爵が言った。


アリシアは、自分達の後ろにメイドや非戦闘員がいることを思い出し、バッタ男爵の言に従い、追撃を留まる。


「確かに敵さん引いてるな。自分はそろそろ回復役に回ろうかね」と、スキンヘッドが言った。


スキンヘッドが後ろを見ると、血を流して倒れている戦闘メイドや冒険者達がいるようだった。



◇◇◇


「サンダー!」と、バーンをかばうように駆けつけた兵士が雷魔術を使う。


稲妻の魔術が、水の盾を構えた女性に向けて放たれる。

だが、稲妻は水の盾を避けるようにして地面等に降り注ぐ、


「真水は電気通さんのよ。知らんかった? 喰らえ、シールドバッシュ!」


水魔術士11人組の一人が、水の盾を持ったまま相手に体当たりする。


相手もステップで避けるが、そこには、巨大な斧が待ち構えていた。


ブオン! と唸りを上げて横凪の斧が敵兵士を襲う。


ゴキン と、兵士が手に持っていた剣が折れ、斧がそのまま兵士の腕に激突する。


「ぐあ!」


さらに、両腕がちぎれそうな状態になっている敵兵の背中に、ぬるっとしたものが襲い掛かる。

瞬く間に延髄と心臓を、背中側からつらぬかれていく。


「よし、倒した」と、そのぬるっとした動きの者が言った。


「ナイス、ギラン。ムー、アタナ達は少し距離を取って。アレ行くよ」と、サイフォンが叫ぶ。


「ぐっ、撤退、撤退だ!」と、バーンが叫ぶ。


だが、盾を持ったサイフォンが、その行く手を阻む。


「ホントあなたって小物ね。私の唯一の汚点だわ」と、サイフォンが言った。


「唯一って……サイフォン様、処女を散らした10人のおっさんは汚点ではなかったと? びっくりです」と、相方のベルが言った。


「あの時のおっさん、全員親父にコロコロされたから。ノーカンノーカン」と、サイフォン。


辺境伯令嬢のサイフォンは、処女時代、婚約者に婚約破棄され、自暴自棄になり平民区で酔っ払った挙げ句、偶然居合わせたおっさん10人とセック○するという暴挙に出た。


だが、哀れその10人のおっさんは、彼女の父親に排除されたようだ。


それはそれとして、バーンの周りには、最早数名の敵兵しか残っていない。残りは、自分の目の前の敵に必死で、大将の助太刀にまで手が回っていなかった。撤退命令を出すのが遅すぎたのだ。


大盾を構える水魔術士軍団がじりじりと間合いを詰める。


バーンは、「こ、この、裏切り者め!」と言って、サイフォンに突っ込む。


「ノンノン。水は、流れやすい方に流れるの。これ理ね」と、サイフォンが言った。


「スパーク!」


バーンの大剣が輝き、サイフォンの水の大盾に突き刺さる。


だが、剣は盾を貫通できず、自慢のスパークの閃光は、まるで大盾に吸収されるかのように消える。


目を大きく見開くバーンを余所に、サイフォンは、「だんだん分かってきたわ~。旦那様は、間違い無く深海の怪物。味方で良かった~。こっちに付いて良かった~」と言って、自分の大盾をバーンに押しつける。


バーンは疲れと負傷と絶望で、完全に足が止まっていた。大盾を手で払いのけようとするも、時すでに遅かった。大量の魔力を含んだ謎水は、相手を包み込んで全く離れない。


「おりゃ~!」


ダメ押しとばかりに逆側から別の水魔術士が、別の水大盾をバーンに引っ付ける。


「よし! 皆離れて! アレ行くよ!」と、サイフォンが言った。


「2つも!? 完全なるオーバーキル」と、突っ込み役のベル。


周囲の古参らしき兵士が、「バーン様!」と言って、バーンに張り付いた水を剥がそうとするが、全く剥がれない。


サイフォンは、「ま、こいつ、将軍の幼なじみってだけの小物だから。バイバイ」と言って、他の水魔術士が持つ水の大盾の影に隠れる。


そして、最強の呪文を唱える。


バブル・パルスの略バルス!」


本来の魔術名は、おっさんが考えた『バブル・パルス、からのジェット』という長ったらしいものであるが、彼女達は、自分達の感性の赴くまま、略することにしたようだ。


バーンを覆う水の盾の内部に、不気味な泡が出現し、高速で膨張・収縮を繰り返す。


バーンの瞳が、何ともいえない憂いを帯びる……



◇◇◇


「だーれだ」と、俺の背中の方から声がする。相当近い。


声がして、一瞬で視界が真っ暗になる。


今、俺の目は、何の役割も果たしていない。何か頭に被せられた訳でもないから、おそらく目が見えなくなる魔術と思われる。


そして、背中から、何か柔らかいモノに抱きしめられる。

いや、抱きしめられているんじゃなくて、拘束されているのか? 一瞬パニックになりかけ、少し暴れて見るが、俺の背中にいるモノは、ぴったりと俺に引っ付いて離れない。


「千尋藻!」と、ジークの声が聞こえる。


俺の首筋に、何か冷たいモノが当たる。ぞっとする。おそらくは、刃物。ゴンベエが持っていた大きなナイフが首に当てられているんだろう。


だが、何故一気に行かない?


「ちょっと、アンタお持ち帰りしたい。ねえ、お願い聞いてくれる?」と、後ろから耳元で囁かれる。


そう言われても……なんか調子狂うんだが。


「それは『チャーム』、精神攻撃だ! 千尋藻ちろも、気をしっかり持て!」と、ライオン娘ナハトの声が聞こえる。


俺の後ろのヤツは、「効くかな~」と言って、俺の前に回り込む。


チャーム? 魅了……精神攻撃?


そして、自分の口が、何かで塞がれる。こ、この感触は……


その瞬間、目の前の暗闇が、ぱっと晴れる。


目の前には、さっきまで戦闘していた、ゴンベエさんがいて、ゆっくりと、口を離していく。


彼女の顔の全てが露わになる。唇が、少してかてかと輝いている。


気のせいだろうか……目を潤ませたゴンベエは、少し前より可愛く見えた。

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