第62話 七曜の忍者

動いている水の壁の後ろから、エアスラン兵と思しき輩が現われる。


その中の一人に、黒髪おかっぱの美人がいる。長くすらりとしつつもしっかりとお肉が付いた足。全く忍んでいないロケットおっぱい。おそらく、アレがゴンベエだろう。


ヒリュウのやつ、嘘をつきやがったなぁ。ゴンベエは不細工という情報だったはずだ。いや、嘘ならライオン娘の検閲に引っかかるはずだ。ならば、本心でゴンベエのことを不細工と思っているということか。いや、若しくは俺の好みがおかしいのか? もしくはゴンベエさんは別にいるとか?


などと考えていると、金髪の大剣大男がスタスタと歩いてきて、「俺達はエアスラン軍だ。悪いけどよ。お前達は全員処刑だ」と言った。問答無用で処刑と言われるとカチンとくる。


様子を見ていたジークが「俺達はタケノコ島の者だ。うちは中立なんだがな」と言った。


「全員死ねば分からねぇ」と、金髪大男。


「おいおいバーン君よ。タケノコの連中を敵に回すと厄介よっと。あらあら、ヒリュウちゃん。お縄になってたの?」と、エッチな体付きの姉ちゃんが言った。


ヒリュウは、水の柱に入ったまま、俺達と一緒にいる。

彼女がゴンベエで間違いないようだ。


綺麗な足とロケットおっぱいの彼女、忍者と言われたら忍者に見えなくもない。ぴったりしたタイツみたいなアンダーに短めの短パン的なズボンをはいている。上も薄手の羽織だ。


「ふむ。敵は三十名程か」と、いつの間にか現われていたバッタ男爵が言った。


敵は未だ襲い掛かって来てはいないが、彼我の距離20m位でにらみ合っている。


「どうするジーク。戦うか?」と、少し遠くにいるジークに一応聞いてみる。俺は、キャラバンに雇われている身だからな。勝手に戦闘するわけにもいかないだろう。


ジークは、「話の通じない馬鹿とは、やるしかねぇ。千尋藻、掛かってくるんなら、アイツらを倒せ」と言った。はっきりと命じられると、気が楽になる。俺の攻撃で相手が死んだとしても、その責任は自分にはないような気がしてくるから。


相手は三十名、こちらはキャラバン隊十、三匹のおっさんの十六、それに冒険者にトマトの戦闘メイド達が二十名ほどいる。数的にはこちらが上だと思うが、相手はプロの軍人だ。援軍や伏兵がいるかもしれない。


そうこうしていると、水の壁が俺の前で動きを止める。まさかこいつが敵を引き連れてきたのだろうか。いや違うか、こいつは、俺を求めて移動してきただけだ。そう思うと、こいつに罪は無い、願わくは、再び動かず、この場所で皆を守っていて欲しい。


「ははは、やはりこの水の壁はお前達のものか。覚悟はいいか」と、金髪大剣大男。


「千尋藻さん、あの金髪君はともかく、横の女性は厄介かもしれません」と、ケイティが言った。


「手短に」


「火、水、木、土、天、闇、風……だけです」と、ケイティが言った。


「まさか全種類?」


七曜の忍者とは……


「基本属性だけで、他のスキルが無い……相手の攻撃パターンが読めないと言うことです。逆に、何々魔術というスキルは、幅が広い。組み合わせで無限の戦い方ができる」と、ケイティ。


実はそうなのだ。この世界のスキルというのは、魔術の組み合わせの最適化でしかない。もちろん男運や悪鬼生成などという特殊スキルの例外はあるが、基本はそうだ。なので、スキルとは、基本的に属性魔術で再現できる範囲のものが多い。


一方で、スキル鑑定というのが結構一般化されており、相手がどんな戦い方をするか、概ね読めてしまう。スキルとは、アイデンティティのようなものなのだ。だが、彼女は属性魔術しかない。しかも全種類。なので、どんなタイプなのかが分からない。


もちろん、全種類の属性魔術を駆使してくるのだろうが……


「あら、覗かれちゃった。仕方がない。誰かと遊ぼっかなぁ」と、ゴンベエさんがきょろきょろしながら言った。


スキル鑑定が一般的な世の中で、戦い方を読ませないように、身に付けるスキルを制御する。それは、忍者という生まれながらの戦闘部族の成せるわざか。


英雄級は伊達ではないか。そんなのに狙われたら、こちらにも被害が出かねないが……


「来るぞ。乱戦になる。同士討ちに気を付けろ。戦闘メイドは後ろに下がって三位一体の陣。男爵を守り抜け!」と、アリシアが叫ぶ。戦闘メイド達は一斉に後ろに下がって行く。確かに、それが正解だ。


「ウォーターシールド! お願い旦那様!」と、サイフォンが言った。周りの水魔術士達も水で出来た大盾を出現させる。


俺は、すかさずその盾に魔力を大量に送り込む。


これは、俺達の戦闘形態。仕事の合間に研究していたのだ。これで、彼女らの戦闘力はとても上がるはずだ。せっかくの俺の仲間、一人も死なせたくはない。


「ネムはジェイクと下がれ。メイドと一緒にいろ」と、小田原さんが叫ぶ。


ネムは、「う、うん。分かった。気を付けて」と言って、素直に後ろに下がっていく。


「キャラバン隊は、全力出撃だ。俺達を舐めやがって。中立だからって、何してもいいってわけじゃねえんだぞ」と、ジークが言った。皆剣や槍や斧を持っている。


「はい、いつもの」と、ムーの声が聞こえ、空からマスターキーが振ってくる。


「おう」と、俺が心の中でマスターキーと呼んでいる斧を受け取るか否かの瞬間、敵が散開し、一気に襲ってくる。


軍隊との集団戦は初めてだな。だが、相手は陣形とかは何もなく、ただ散開して思い思いの相手に向かって行っている。こいつら、単なるごろつきか? こいつらが、仲間に襲い掛かる前に、少しでも削っておきたいが……


と思っていると、俺の目の前に、ロケットおっぱいがすたすたと歩いてくる。


思わずロケットをガン見していると、彼女は俺を見て「うちのヒリュウちゃんを、ああしたのはどなた?」と言った。


さて、どうしよう。こいつは、俺が引き付けておいた方がいい気がする。


なので、「俺」と言った。


次の瞬間、ロケットがもの凄い速さで向かってくる。ぐっどうしよう、コレ《マスターキー》を振り抜いたら、彼女は死ぬ……。


俺が一瞬躊躇すると、目の前で光が炸裂する。まずい! 閃光弾かなにかか?


そして、目の前の女性は、信じられない動きをする。


《彼女は、空を蹴って走っていた》。とっさにマスターキーを横凪にするが、彼女は殆ど逆さまの状態で走ってくる。


そして……俺とすれ違いざま、両手に持っていた三十センチくらいの刃が広いナイフで、俺の首を切りつけた。



◇◇◇


おっさんとロケットおっぱいの戦闘中、別の所では、別の戦闘が繰り広げられていた。


「会いたかったぜぇ」と、金髪大男のバーンが言った。


「私にそのような趣味ありませんが、よく生きていますね。いや、全摘出したんでしたっけ? 大変でしたね」と、ケイティが返す。


バーンは、「お前だけは許せねぇ。死ね!」と言って、剣を放電させながら突っ込む。


「あそこが無い気分はどうです? 走りやすいのではありませんか?」とケイティが言った。


バーンは、「うるせぇ」と言って、大剣をなぎ払う。


それを余裕で避けたケイティは、「危ないですよ?」と言った。


突如、バーンの横から巨大な斧が振り下ろされる。


「うおお」


バーンは剣の腹で斧を受け流し、ステップを踏んで距離をとろうとするが、振り下ろされた巨大な斧の上から、ぬるっとした動きの何かが振ってくる。


「は!」


「があ!」


ぬるっとした何かは、もの凄い勢いで相手の首、心臓、手首、お腹などを滅多刺しに掛かる。


バーンはその猛攻を必死で躱すが、何発かは喰らったようだ。

そのぬるっとした何かは、深追いはせず、身を屈めて自分が元いた所に戻って行く。


そこは、身の丈二メートルを超える巨女。頭に二本の立派な角を生やした、ミノタウロス娘が仁王立ちで斧を構えていた。

ぬるっとした何かは、ミノタウロス娘の背中をよじ登り、肩に乗る。


「むふ~。たまには斧を振らないとね~」と、その巨女が言った。


バーンは、手から血を流しながら、「お前ら、全員殺す」と言った。



◇◇◇


そして、その戦闘中にも、また別の戦闘が繰り広げられていた。


「ふん!」と、スキンヘッドの手刀が剣を持った兵士の腕に当たる。


その兵士は、「くっ手練れか! 二人で囲むぞ」と言って、スキンヘッドを囲む。


兵士の一人が、「お前達は先に行け、非戦闘員を人質に取っておけ」と言った。


「わかった!」と言って、やけに歳が若い兵士達が走って行く。


スキンヘッドは、「ちっ!」と舌を鳴らしつつも、今は目の前の敵に向かう。


その敵の後ろから、そろ~と近づき、一気に飛び込む人影がある。


それは、メイド服を着た女剣士。


「は!」と掛け声を上げて、敵に後ろから襲い掛かる。


スキンヘッドはその隙を逃さず、一気に肉薄すると、相手の顔面に正拳突きを叩き込む。相手の頭部が変な方向に曲がる。


スキンヘッドがもう一人の兵士の方を見ると、彼はすでに、後ろからフリフリのドレスを着込んだおっさんに背中を刺されて息絶えていた。


スキンヘッドは直ぐに後ろに下がろうとするが、直ぐさま別の敵がやってくる。


目の前で二人死んだというのに、一向に士気は下がらない。スキンヘッドは少しだけ嫌な気分になり、目の前の敵に向かって構えをとった。



◇◇◇


「ひゃっはー、やっぱりネムだぜ。お前、いいところで会ったな」と、少年兵が言った。


戦闘メイド達と後ろに下がっていたネムの方に、少年兵十名あまりが迫る。


「あんた達、エアスランの軍隊なんかになって……もう、戻れないよ?」と、ネムが言った。


「ははは。あの街でくすぶっていても、碌な未来はねぇ。ならば、戦争で一発儲けてやる」


「もうすでによ、ムカつく街のヤツラを殺してやった。狙っていた宿屋の娘も犯したしな」


「お前達も同じようにしてやるよ。まずは、武器持ってるヤツは死ね!」


一気に十人が襲い掛かる。


「散開! 三位一体! 訓練通りやれば勝てる。情けはかけるなぁ!」と、メイドの一人が叫ぶ。


戦闘メイド約二十名が、一斉に三人組になり、相手一人一人を取り囲もうとする。


少年兵は、「お!? ヤル気かな。舐めるなよ。お前達とは、経験が違うんだよ!」と言って、目の前のメイドに斬りかかる。


だが、そのメイドはじっと相手の剣筋に目をこらし、堅実に捌いていく。

そして、後ろから別のメイドがチクリと相手の体の一部を刺すと、直ぐに相手の間合いから離れる。


「お、お前ら、くそ、くそ!」


背中を突かれた少年兵は、闇雲に剣を振り回す。


「ファイア!」


死角にいた別のメイドが、隙を突いて少年兵の顔に炎をぶつける。後ろにいた槍メイドが、相手の剣を持つ腕とは逆側に周り、ためらいなく首に槍を突き刺す。


周囲の少年兵も同じような状況になっており、一人ずつメイドにじりじりと囲まれて倒されていく。


「何? お前達、まさか、こいつら兵士か?」と、生き残っている少年兵が言った。


「お前は僕が……」と言って、ネムが剣を構える。


「ばかな。お前など、いつも俺達のを咥えて……死ねぇ!」と言って、剣士がネムに斬りかかる。


その時、短い矢が少年兵の腕に命中し、少年は剣を落として、尻餅をつく。


少年兵は腰を抜かしたようで、「は、ははは、なあ、お前と俺の仲じゃないか。なんどもやっただろ。お前、気持ちいいって言ってたじゃねぇか」と座ったままの状態で言った。


ネムは剣を構え、「命乞いするんなら、もっとましなこと言ったら?」と言った。


「待て! やめろ。お前、俺を殺すつもりか?」


ネムは、「殺すよ。僕は、もう殺人者だからね」と言って、躊躇無く、剣を相手の口に突き刺した。


ネムは、そのまま思いっきり剣に体重を掛け、相手が絶命するまで剣を押し続けた。


ネムは、相手が動かなくなったのを確認し、何となく矢が飛んできた方向を見る。


そこには、キャラバン隊の巨大荷馬車があり、ネムの視線に気付いたのか、高さ二メーターくらいの巨大な巻き貝の中から、モンスター娘が手を振っていた。



◇◇◇


「敵が全然来ない」と、サイフォンが言った。


ここには、巨大な水の盾で身を固める、11人の水魔術士の姿があった。


だが、そんな面倒臭そうな相手は無視され、敵兵は他の所に回っていた。


「サイフォン様、これじゃ私達、単に防御を固めたカメみたいじゃないですか」と、突っ込み役のベルが言った。


「そ、そうね。せっかくご主人さまと特訓したのに」と、サイフォンが応じる。


「きゃあ、来ましたわ。敵兵です!」と、一番端っこの女性が言った。


そこには、短剣を持った敵兵が飛び込んできていた。


「よし。アレを使え。こっちに向けるなよ」と、サイフォンが言った。


「えい!」


狙われた端っこの水魔術士は、近づいて来た敵兵に水の盾を押しつけ、そして、急いでその場を離れ、別の人の盾に隠れる。


敵兵は、自分に張り付いた水の盾を振り払うべく、必死で藻掻くが、その水はなかなか離れない。


「よし、使え、アレを使え」と、サイフォン。


「はい! 必殺! 『バブル・パルス』」と、水魔術士が可愛い声で言った。


その瞬間、敵兵に纏わり付いている水の盾の中に大きな気泡が生じ、それが膨張、縮小を繰り返す。


「からの~『ジェ~ット』!」と、これまた可愛い声を出す。


ドゴン!


という音を立て、衝撃波と共に、バブル・パルスが敵兵方向に水平炸裂する。


猛烈な勢いで吹き出した水は、いとも容易くヒトの体を鎧毎貫通し、指向性を持ったバブルジェットの力で全てを吹き飛ばす。バブルの水しぶきが収まったそこには、下半身だけになった敵兵が立っていた。


「ぎゃあ! えっぐぅー」


「誰ですか、こんな鬼畜魔術考えたのは!」


「私、攻撃系少ないから水魔術始めたのに……」


「おぇえ」


「え? その、これは旦那様が、ボクの考えた最強の水魔術とか言って……」


「あの、そんな危ない水魔術が、まだあと10個もあるんですが……」


水魔術11人組は、自分達が持っている水の盾に戦慄した。



◇◇◇


エッチな体付きをした姉ちゃんが俺の真上をもの凄い勢いで通り過ぎる。


一瞬、ほわんといい匂いがする。だが、俺の勘違いで無ければ、相手の大きなナイフが俺の首を撫でた気がする。


姉ちゃんの方を振り向くと、一瞬だけ不思議そうな顔をして、もう一度地面を蹴ってこっちに折り返してくる。

しかも、振り向きざまに、俺の顔に何か投げてくる。


それを咄嗟に避けて、マスターキーを構える。ちょっと怒った。相手の速度に合わせて振り抜いてやる。


ゴンベエさんは、「目がいいね、アンタ」と言って、さっきとは違う軌道で走ってくる。


俺が武器を振り抜こうとしている方向とは逆だ。完全に俺が持っているマスターキーを意識した動きだ。


「今度は死んでね」


「うぅおおおお!」


俺は、マスターキーで相手を振り払うが、立体機動の相手には当たらない。


大きく息を吸い込んだ俺の口の中に、何かが入る。熱い熱い熱い。肺が焼ける!?


次の瞬間、俺の背中にドスドスと何かが当たる。


俺は、酸欠で頭がくらくらになりながら、後ろにいるヤツをマスターキーで薙ぐ。だが、何の手応えもない。悔しい。


「アンタ堅いね。毒も効かない。どうしたら死ぬの?」と、いつの間にか俺の前に移動していたゴンベエさんが言った。


こいつ、強いな。異次元の強さだ。というか多分、俺とは相性が悪い。


だが、こいつを逃せば、仲間がマズい。

こいつは、俺が……


俺は、口、喉、肺の痛みに耐えながら、再びマスターキーを力強く握り締めた。

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