第61話 戦闘初日目のその後

黄昏時、太陽がもうすぐ落ちようしている時、シラサギ南部の泥炭地には、静寂が訪れていた。


激しい戦闘行為は止んでおり、双方、自陣に戻り、夜を迎える準備を始めていた。


「クメール将軍、本日の被害ですが、死者十五名、重傷者三十名、軽傷者九十名です。明日までには、重傷者の半数、軽傷者の全てが戦線復帰出来る見込みです」と、衛生兵が報告を上げる。


「そうか。対する敵兵の被害は、報告によると死亡者百名か……まあ、二十名もいないだろうな。誇張もいい加減にするように言い聞かせねば」と、クメール将軍が言った。


「私も、良くて二十名、悪くて五名程度と思います。消耗は痛み分けと言う所でしょうが、兵士数は向こうが少ない。我ら有利は変わりませぬ」と、副官ポジの兵士が言った。


「とはいえ、こちらは包囲に兵を割いている。バーンとゴンベエがあの水の壁を追って行ってしまったしな。それから、けが人の大多数が足をやられているとのことだが。回復魔術は足りるのか?」と、クメール将軍が言った。


「は! 本来、怪我の程度的には軽傷者であっても、歩行に支障があるものは全員重傷者のカテゴリに入れています。致命傷を負っているものは少ないでしょう。従って、回復に必要な魔力はそこまで多くはないと思われます。懸念があるとすれば、水魔力不足のため、傷口の洗浄があまり出来ぬことです」と、兵士が答える。


「そうか。明日の朝までには、一人でも多くの兵士を復帰させろ。それから夜襲の警戒だ。相手には神獣種、フェンリル狼がいる。気を付けろ」と、クメール将軍。


「はは!」


「それから、あの二人は頭を冷やしたのか?」と、クメール将軍。


「はあ、あの二人の百人隊隊長ですか。片方は、相手の城門が壊れたとき、足並みが揃わなかったのは罪人部隊のせいだと罵っていますな。もう片方は、そもそも最初の突撃は様子見だったと主張しています。どちらも一理はあるのですが、いかが致しましょうか」と、副官ポジ。


「罵り合いは、好きにさせておけ。元貴族と平民の罪人だ。どんな状況だろうと、手を取り合うことはない。だが、夜の見張りはちゃんとさせろ。明日は、俺も出る。城門が無いのなら、アレの出番だ。肉薄できたら、アレを使うぞ」と、クメール将軍が言った。


「は!」


エアスラン部隊の夜は過ぎていく。



◇◇◇


「こちらの損傷は。上出来よ」と、ナナセ子爵が言った。


「被害は、城壁に登ってきた敵兵に討ち取られた義勇兵が一名、その他は、壊れた城門の石で足をくじいたのが一名ですな。対する敵兵の消耗は、こちらに死体があるだけで十名です。トラップには多数引っかかってくれたようですので、敵の消耗はもっと多いでしょう」と、白おじさん。


「この調子が続いてくれたらいいんだけど、トラップは殆ど姿を見せている。明日は期待できそうにないわね」と、ナナセ子爵。


「はい。明日が正念場です。遅くても明後日には、援軍が到着してくれるものと……」


「そうね。じゃあ、これから夜戦ね」と、ナナセ子爵。今は、まだ太陽が完全に沈みきっていないが、これから夜が訪れる。


「はい。やつら、今日の戦闘は終わったと思い込んでいることでしょう。安心しきっている敵陣に、私とバターが行ってまいります」


「あまり無理をしないでね。クメールや相手の英雄級が出てきたら、即退散」


「分かりました」


シラサギ軍は、まだまだ余裕があるようだ。



◇◇◇


「ふう。こうして食べる焼き肉もいいな」と、俺が呟く。


ここは、シラサギを出発した初日の最初のキャンプ地だ。昨日までは、温泉で一日の疲れと汚れを取って、その後は畳部屋で宴会だった。束の間の平和を堪能したのだ。


今日の料理は、ワイルドにカエル肉やイノシシ肉でバーベキュウだ。当然温かい風呂は無い。


俺の隣ではアリシアが、「うん、うまい。コレもうまい」と言いながら、口いっぱいに頬張っている。こいつはスラム出身らしいが、食い方が汚い。仕方が無いか。


今日は、何となく、トマト男爵家と交流会をやっている。シラサギ滞在中のメシは、いつも別々だったから、たまにはと言うことでこうなった。トマト男爵本人は、気を使っているのか同席していない。


と、いうわけで、アリシアと年齢が少し高めの戦闘メイド五名ほどと、『三匹のおっさん』メンバーで交流バーベキュウ大会をやっている。


「予定では、今日、敵さんがシラサギに到着だよな。援軍は間に合わなかったか」と、何となく呟く。


ウルカーンからの援軍は、俺達が今ウルカーンに行っているのと同じ道を通るはずだ。これまでの道は一本道だったからだ。なので、俺達とウルカーン軍がすれ違っていないということは、まだシラサギに援軍が到着していないということになる。


「気にしているのか? いさぎよさがないな」と、アリシアが言った。


「お前達の方こそ、トマト男爵は、ウルカーンの貴族じゃないのか?」と応じた。


戦闘メイドの一人が、「私達は男爵の私兵であり、今は正式な国の軍隊ではありません。従軍の義務はないんです。これからエアスランとの戦争の話になったときに、何々男爵家から何名の兵士を出すとかの話になります。その時になって、ようやく従軍の検討が始まります」と言った。彼女は男爵令嬢だったっけ。コンボイ中は、騎乗護衛してくれているハルバード使いだ。


「そっか。ウルカーンは、貴族制だったっけ。いろいろあるんだなぁ」


下級貴族なんて、日本で言う所の、財閥系の下請会社みたいなもんなのかな?


「それでな千尋藻。お前達は、ウルカーンに行ったら何をするんだ?」と、アリシアが行った。


彼女は今、ちろちろと赤く染まる炭火を見つめている。


俺も何となく一緒に炭火を見つめ、「ウルカーンに着いたら、とりあえずは仕事かな。11人を食わせないといけないし」と、応じた。


「そんなことを聞いているんじゃない。何を成したいのかということだ。おそらく、今のウルカーンは臨戦態勢だ。売られた喧嘩だ。ウルカーンが買わないはずはない」と、アリシア。


俺達のやり取りを、サイフォン達が何か言いたそうな表情で見つめている。


「直接戦争に参加するつもりは無いな。ちょっと会ってみたいって人もいるけど、まずは情報収集かな。それからノートゥンやティラネディーアに行ってみるのもいいかもな」と、言ってみる。


「おそらくですが、この戦争、もっと大きなものになると思います」と、男爵令嬢の戦闘メイドが言った。


「どうしてそう思う?」と問いかける。


「エアスラン軍の規模が大きいからです。普通、中間地点の都市を取り合うことはしても、本拠地を攻めることはしません。だけど、今回のエアスランは、その禁忌を犯そうとしているように感じます。そうなると、ウルカーンの後ろに位置するノートゥンとティラネディーアも黙ってはいません。団結すると思います」と、戦闘メイド。意外と教養があるんだろうか。


「そうか。エアスランにはララヘイムが付いているんだっけ」と、俺。


そこで、サイフォンが口を挟む。


「あのね、ララヘイムを去った私が言うのもなんだけど、ウルカーンは5年前、エアスランの喉もとにあったエア・ゾアを占領してネオ・カーンとした。それも、エアスランが共和制から中央集権国家に生まれ変わるゴタゴタの隙を突いてね。エアスランとしては、とても恐怖なわけ。ウルカーンが。そして、ララヘイムもそれは一緒。強欲略奪主義の貴族独裁国家と、議会制民主主義の中央集権国家は相容れないと思うの」と、サイフォンが言った。エアスランとララヘイムは議会制民主主義なのか。


戦闘メイドは、「私は……その……」と、恐縮してしまう。相手はララヘイムの辺境伯令嬢なのだ。無理も無い。


「まあまあ。ちなみに、ノートゥンとティラネディーアは貴族主義?」とサイフォンに言った。


「ティラネディーアはそうね。ノートゥンはどちらかというと宗教国家。独裁国家であることには違いはない」と、サイフォン。


「そっか。これは独裁国家対民主主義国家の戦いだったのか」


「結果論としてはそうね。独裁国家は、どんな不条理なことでも、トップの気分で事が決定してしまう。だから怖い。怖いと思ってしまうのよ、民主主義国家は。だから、基本的価値観を共有する国家でつるみましょうという話になる。エアスランの場合は、それがララヘイムだったわけね。ま、民主主義国家は、国民のノリと盛り上がりで事が進んでしまうという欠点があるけど」と、サイフォン。


「そっか。恥を忍んで聞くけど、他に国家ってないの?」と言ってみる。


「あんたねぇ……まあいいわ。他には、木の神『エル』を祭るエルヴィンね。ここは部族国家で、ほぼ中立。それにさ、闇の神『リュウ』を祭るタケノコね。知ってるでしょ?」と、サイフォンが言った。


「え? タケノコって、タケノコ島のモンスター娘達か。神様いたんだな。しかも闇」


「そうよ? 知らなかったのね。私は、アナタ達の日本というのが謎だけど。まあとにかく、列強は、火の神『ウル』を崇めるウルカーン、風の神『エア』を崇めるエアスラン。水の神『ララ』を崇めるララヘイム、土の神『ティラ』を崇めるティラネディーア、天の神『ノート』を崇めるノートゥンね。この五カ国がどっちに付いたりこっちに付いたりして覇権を争ってんの。木の神『エル』のエルヴィンと、闇の神『リュウ』のタケノコは、中立を宣言している国家ね」と、サイフォン。


「ためになるなぁ」と言っておく。


そこで、意外なヤツが口を開く。


「厳密に言うと、エアスランでも派閥がいくつかある。それはウルカーンもララヘイムも、タケノコでさえも一緒」と、端っこの方にいたヒリュウが言った。こいつが会話に混じるのは珍しい。


今は水の柱に捕らえられたまま、ネムに料理を口に運んで貰っている。なお、必要最低限の下着は着けさせている。子供の教育に悪いと言うことで。


「ヒリュウさんや、もうそろそろ俺達の仲間になってくれないかなぁ。一応、ウルカーンには引き渡さなかったんで、俺達はお前の命の恩人だと思うんだけど。別に一緒に行動しなくても、一族の里と連絡を取ってさ」と、言ってみる。


ヒリュウは、「ふん。そもそも誰のせいで……」と、最後は消え入りそうな声で言った。


この子、少しずつ心細くなっているんじゃなかろうか。というか、俺達は、シラサギを発った。その段階で、エアスランとの戦争に参加しないということが分かったはずだ。ならば、仲間とまでは言わないが、逃げたり攻撃しないと誓ってもいいはずだが。


ヒリュウは、「ここに、エアスランがくるかも」と言った。


「何のために? シラサギ攻略を優先すると思うけど」と、サイフォンが言った。


「あんたたちが、冒険者パーティ『三匹のおっさん』ね? 軍が、ネオ・カーンの街でアナタ達のことを情報収集していたと聞いた」と、ヒリュウが言った。


「ふむ。確かに私達はあの日、襲撃を掛けました。ですが、軍隊が私怨で動くとは……いや、ここはそうとも言い切れませんか。私達は、彼らのメンツを潰してしまった」と、ケイティが言った。


「要は、俺達の襲撃の復讐とかメンツのために、エアスランがシラサギ攻略部隊から人数を削って、こちらに兵を回すかもと。あいつら、確か兵数は三百だったよな」と俺。


「そう。対するシラサギは百二十ね。包囲を考えると兵を割く余裕は無いと思うけど。こっちは五十人近い兵力があるわけで」と、サイフォン。


「斥候くらいは出すかもしれんがな。確かに我らの殲滅のために兵を出すのは不自然だが」と、スキンヘッドの小田原さんが言った。


「……クメール将軍は、身内には甘いと聞いた。バーンという切り込み隊長は、将軍の幼なじみで、彼が、ケイティという冒険者に恨みを持っているらしい。彼、アンタ達のせいで男根摘出したらしいから」と、ヒリュウ。


俺達のせいで男根摘出? そりゃあ怒ると思うけど……


「おや。ヒリュウさん、私を心配してくれるのですか? それとも、お仲間に自分の所在がばれるのが不都合だと?」と、ケイティが言った。


「心配? そうではない。私がここにいる事は秘密にしておきたいのはそうだけど。う~んどうしよっかなぁ」と、ヒリュウが言った。


「お? 脈あり? 俺達の仲間になる話」と俺。


「部族の者と相談したい。ゴンベエがシラサギ攻略隊にいるはずだけど」と、ヒリュウ。


ゴンベエというのは、シラサギ攻略隊に従軍しているという忍者だ。

英雄級という称号をもつ凄腕の魔術士らしい。


「その人と話が出来れば、なんとかなるかもしれないと?」


ヒリュウは、「そうかもね。でもそれは、あなた達次第かもしれない。私らの利害と一致したら……」


「仲間になりなよ。アンタ、私の同士だし。水牢刑仲間」と、サイフォンが言った。


「ウン○漏らしのね」と、ベルが突っ込む。まあ、ヒリュウさんは、ずっと水の中だからなぁ。この子、姿を消せるスキルを持っているから、これ以外の拘束方法が思い付かないのだ。


その時、にわかに周りが騒がしくなる。

ざわつく感じだ。どうしたのだろうか。


俺は、何となく後ろを振り向く。このキャンプ地にはうちらしかいないから、衝立は立てていない。


すると、ウマ娘が街道を駆けてきているのが見えた。

ウマ娘は、偵察に出ていたはずだ。


ウマ娘がジーク達に何か叫んでいる。


俺は、「まさか敵襲?」と言って、立ち上がる。


「それならまずい。皆、立って武器を持て」と、アリシアが他の戦闘メイドに言った。武器はすでに携帯している。


ウマ娘が来た方向、その街道の先にじっと目をこらすと、何か巨大なものがズリズリと動いているような気がする。目の錯覚なのか、果たして……


「あ、アレは……」と、サイフォンが絶句する。


「きゃ……あ、あれは、あれはぁああ、ウン○壁ですわぁああああ!」と、サイフォンの相棒であるベルが叫ぶ。


俺は、その巨大なものを二度見する。確かに、確かにアレは、あの時の壁だ。あの時、必死に壁になれと命じたはずなのに。どうしてまた動き出したんだ?


「待て! 壁の後ろに誰かいる!」と、アリシアが言った。確かに、壁の後ろに何か動くものがいた。


ピシャン! 


強力な閃光が起きる。一気に空が明るくなる。どうなった!? いや、コレは照明弾的なものだと思う。今はもう日が落ちているしな。


「おや、あの方は」と、ケイティが言った。


「ははは、会いたかったぜぇ」と言って、大剣を担いだ金髪の大男が歩いてくる。


「私は会いたくありませんでしたがね」と、ケイティが言った。


「ウルカーンのヤツらもいやがるなぁ。お前達、投降して死ぬか、この場ですぐ死ぬかどちらかを選べ」と、金髪兄ちゃんが言った。


ずいぶん尊大な態度だ。気分が悪い。


「あっちゃ~。いきなり出ちゃったよ。キミ、様子見とか、伏兵を残すってこと知らない?」と、綺麗な足と大きなおっぱいの持ち主の女性が出てきて言った。


「ゴンベエ……」と、ヒリュウが呟いた。


ゴンベエどこだ……いや、まさか、あの女性がゴンベエなのか?


女性は見たところ一人しかいないから、おそらく彼女がそうだろう。


すらりとした肉付きのよい足。忍者といいつつ、全くしのんでいないロケットおっぱいと、タイツみたいな薄手の服装。歳の頃は分からないが、黒髪おかっぱの丸顔美人。


とにかく、エッチな体付きをした姉ちゃんだ。


その後ろには、ぞろぞろと三十人くらいの兵士がいる。


さて、俺達はウルカーンとは無関係……って言い訳は通用せん気がするなぁ。

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