第59話 シラサギ攻防戦開始


シラサギの北門方面には、エアスラン軍の別働隊が、街を封鎖するべく、森を迂回して北部の街道に展開されていた。


北部封鎖部隊の隊長を任されているバーンは、「さてと、やっと着いたぜ。これで、ひとまず俺たちの任務は完了だ。後は、敵にあいつらが出てきたら、突っ込むぞ」と言った。


「ちょいちょい。アンタ、部下を見なよ。けが人続出だよ? しかも、糞尿まみれの槍で傷ついてる。こりゃ、治すのはちょっと大変だ。というかさ、この街道、新しいわだちがあると思うよ」と、ゴンベエが地面を足でいじりながら言った。


「何だと?」と、バーンが地面を見る。


「しかも、一つや二つじゃない。ざっと7,8台はあるね。一つはかなりの大型馬車だ。歩行かちもかなりいる」と、ゴンベエ。


「まさか、脱出したやつらがいるのか?」と、バーン。


「うう~ん……相手は、うちらがウルカーンに攻めるのは知っているとみていいんだよね。ここ、ウルカーンの途中にあるから、狙われるかもっていうのは簡単に予測できる。逃がした住民がいるのかも。いや、単に行商人かもしれないけどね」と、ゴンベエ。


「行商人か……あいつら、『三匹のおっさん』というふざけた名前の冒険者は、行商人の護衛を受けていたという情報がある。まさか、あいつらはシラサギにはいない?」と、バーン。


「さあね。そこまでは私も分からない。でも、あいつらのギルドの書類確認したんでしょ? あいつらが最後に受けた依頼は、ナナセ子爵のペットの世話。まあ、ギルドを通していない仕事をしていることは否定できないけど」


「まあいい。しばらくここで様子見だ」と、バーンが言った。


ゴンベエは、「まあ、私も斥候係終わったし、泥炭地なんて進みたくないし。しばらくここで休んでおこ」と言って、適当な岩に腰を下ろした。



◇◇◇


ナナセ子爵は、森の中からぞろぞろと敵が出てくる様子を城壁の上の見張り台から見下ろしていた。


「出たわね、エアスランの虎の子。ウインドカッター部隊。百五十はいるわね」と、ナナセ子爵が言った。


「後ろに歩兵もいますね。アレが罪人部隊でしょうな」と、白おじさんが言った。


「囚人を集めた百人隊ね。よく士気が持つこと……」


「隊長がカリスマらしいですぞ」


「らしいわね。だけど、カリスマだけじゃ、戦争には勝てない。数日前は、相手の策にやられたけれど、ここは私のホーム。舐めたこと、後悔させてあげて」と、ナナセ子爵が言った。


「はい。ウルカーンの地獄の炎、見せてやりましょうぞ」と、白おじさんが言った。


彼らの眼下では、森から出てきたカッター部隊が縦横無尽に走りだし、所々でつむじ風が立ち上っていた。


「あれはトルネード。矢避けに使ったり、殺傷力は低いですが、相手の目にダメージを与えたり、呼吸を乱すための魔術です……読み通りですな」と、白おじさん。


「……弓矢を準備。適当に放て」と、ナナセ子爵。


伝令がその胸を伝え、城壁に並ぶ弓兵が一斉に弓を放つ。


その矢は質が悪い矢だったようで、遠くまで飛ばず、真っ直ぐに飛んでいないものもあった。


そもそも、平野とはいえ、時速五十キロ近くで走り回る人の体に弓矢を当てることは難しく、放物線を描いて飛んで行く矢はことごとく避けられていく。


そして、エアスランのトルネードで、仕掛けられたトラップが次々に作動していく。そのトラップは、矢を飛ばしたり、先端に竹槍を付けただけの竹竿が草むらから飛び出してきたり。


だが、そのトラップのことごとくが空を切る。


しばらく経つと、木の盾を持った歩兵が歩み出る。


「あらあら、気が短いこと。歩兵を出すのが早すぎるのではなくて?」と、ナナセ子爵が言った。


「普通はこちらの射程を確かめたりする戦い方をするものですがね。あいつら、一気にここを落としたいのでしょう。しかし、こちらが魔力を温存している戦い方をしているというのに、少し我らを舐めすぎだ」と、白おじさん。


「とりあえず、鏃突きの矢を用意させて。火魔術は、予定通り温存」と、ナナセ子爵。


「分かりました!」と、伝令係が元気よく答えた。



◇◇◇


対するクメール将軍は、森の中にいた。


「どうした? 何故魔術を打ってこない?」と、将軍。


将軍の下腹部では、激痛に顔を歪ませたパイパンが絡まっていた。


「籠城戦ゆえ、温存しているのでしょう。やつら、魔術士の数が少ないと見える。先ほどの弓の腕を見るに、やつらの練度は低いですぞ」と、副官ポジの兵士。


「ふん。こんな田舎に、精鋭がいてたまるか。ここに逃げこんだネオ・カーンの兵士はせいぜい10人程度だ。よし、様子見で歩兵を出せ。その間にカッター部隊はトラップの解除だ。もう少し城壁に近づくように言え」と、クメール将軍。


「分かりました」と、副官。


直ぐに連絡員が戦場に駆けて行く。


それを見届けたクメール将軍は、己の下腹部を見て、「……行くぞ、パイパン。しっかり受け止めろ!」と言って、激しく動く。


「ぐ、うぐ。があ」


パイパンは、激痛に顔をゆがめる。だが、直ぐに、ニコニコとした表情を造った。



◇◇◇


泥炭地の草むらを駆けているウインドカッター部隊は、大きく分けて2種類いた。


一つ目は、ネオ・カーンを襲ったクメール将軍直轄の精鋭部隊。もう一つは、本国の部隊から与えられた百人隊である。


この、新しく合流した百人隊は、元下級貴族出身者で固められた職業軍人部隊であった。だが、カッターの腕前こそ訓練の成果でそこそこ操れたが、こと戦闘に関しては、実戦経験に乏しいのが現状であった。


百人隊の伝令が、「隊長、伝令です。もう少し街に近づくようにとのことです」と言った。


「そうか。敵の練度は低いと見える。よし、全軍、トルネードを放ちながら、近づくぞ。相手の練度は低い! 矢など当たらん」と、隊長が言った。


遠巻きに様子をうかがっていたカッター部隊が、城壁沿いに進みながら、徐々に距離を詰めつつ、トルネードを放つ。


だが、弓の弾幕が薄い箇所に、一気に進んでしまう一団が出る。


彼らがトルネードを使おうとしたその時、地上から植物のツタが飛び出してきて、カッターに一気に絡まる。時速五十キロ近く出ていたカッターが急激に止り、操縦者が宙を舞って、地面に激突する。


「馬鹿が! しくじりおって。速度を少し落とせ。罠をよく警戒せよ」と、隊長が言った。


そう言ったそばから、別の兵士がツタに絡めとられ、宙を舞う。


「トルネードをしっかり使え!」


「ぎゃあ!」


隊長が振り向くと、自分の部下の背中に、矢が生えていた。


「うぬう。ひるむなぁ! エアスラン軍の意地を見せてみよ!」


百人隊隊長の下知が、最前線で響く。



◇◇◇


「怯むなぁ! 進め!」


城壁の先五十メートル程度の所には、勇ましく叫ぶ少しだけ身なりのよい軍人がいた。


「素晴らしい人材ね。彼は、殺すのは最後にしましょう」と、ナナセ子爵が言った。


「がはは。間抜けな敵は強い味方ですからなぁ」と、白おじさんが言った。


「だけど、何時までも敵の間抜けに頼ってもいられない。後ろの歩兵は、なかなか慎重だこと」と、ナナセ子爵が言った。


ここシラサギの泥炭地は、城壁から森まで幅三百メートルほどに亘る。


今は、飛び出しているカッター部隊は五十メートルに迫ろうとしているが、歩兵は未だ二百メートル以上の距離があった。


「あいつらは水魔術士を連れています。彼らが到達する前に勝負に出た方がいいのでは?」と、白おじさんが言った。


「別に、水魔術士は倒さなくていい。とにかく、相手を一人でも多く戦闘不能にするのよ」と、ナナセ子爵。


見ると、また一人、カッターを操る兵士がツタに絡まって地面に激突していた。


それもそのはず、これまでのトラップは、見せトラップ。カッター用のトラップは、城壁の手前に、トルネードの刺激では発動しない程度に調整して仕掛けてあった。


要するに、トラップを破ったと見せかけて、実はそれは罠。真打ちは喉元の奥底に仕掛けてあったのだ。


「あらあら、仲間を助けるために、地面に降りちゃった人がいるわ。美しい光景ね」と、ナナセ子爵が言った。


白おじさんは、にやりと笑い、「どうしましょう」と言った。


ナナセ子爵は、「矢を放て。やじり付きの矢を」と言った。


その瞬間、待ってましたとばかりに鉄の鏃の付いた矢が空を舞う。


地面に降りていたカッター兵二人が瞬く間にハリネズミにされる。


しかし、ここの泥炭地は高さ2m程の草が生い茂る地帯。彼らの惨状に気付かない兵士も多かった。


そして、またバサリと倒れるウインドカッターが。


「はっはっは、やつら、浮き足だっておりますぞ」と、白おじさん。


「……あまり派手に引っかかって欲しくはないのだけど。敵が警戒しちゃうじゃない」


ナナセ子爵はそう言って、にやりと笑った。

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