第58話 クメール軍、シラサギに到着


「ぐっ、将軍、あの壁が迫っています」と、エアスラン軍の兵士が言った。エアスラン軍の後ろには、濁った水の壁が迫りつつあった。


「あいつは夜も徹して進んでいる。解除もできん。仕方があるまい。速度を上げるぞ。目的地はもうすぐだ」と、クメール将軍が言った。


何らかの腐敗物が入った水の壁は、人が早歩きする程度の速度で、ひたすら街道を進んでいた。

この壁は何らかのトラップと思われたが、それは自動発動うんこ壁としての機能以外は無いと判断し、クメール軍は壁を無視して突き進んでいた。


だが、一度追い越しても気を抜くとするに近づいてくるため、クメール将軍らは、壁から逃げるように行軍し続けていた。一旦追い越されると、追い返すのがもの凄い手間だからだ。

かといって壁の普段の速度は遅いので、後ろをついていくのも拙速を尊ぶエアスラン軍にとって、時間の無駄と感じさせていた。要は、あのウン○壁の移動速度というものは、この状況下にあって、絶妙に遅くも早くもないのである。


「はい。分かりました。しかし、到着したらそのまま戦闘に入られるんで? 街の回りはトラップ地帯だとか」と、副官ポジの男性兵士が言った。


「シラサギの回りは見晴らしが良い泥炭地だ。出来れば手前の森で戦列を立て直したい。斥候部隊を増員し、街の包囲とトラップの解除に当たらせておけ」と、クメール将軍が言った。


副官ポジは、「分かりました。仰せのままに」と言って、カッターを操り隊の先頭まで進んでいく。


トラブルによる妨害には遭ったが、クメール将軍率いるシラサギ攻略隊三百は、朝昼夕の休憩時間を短縮し、斥候に多くの人員を割きつつ、予定通りの速度でシラサギに到達しつつあった。



◇◇◇


「ナナセ子爵。敵が周辺の森まで到達したようですな」と、城壁の上に立つ白い鎧に身を包むおじさんが言った。


「ここにいても聞こえてくるわ。彼ら、トラップ満載の森の中を迂回しているようね」と、その隣にいるナナセ子爵が言った。


ここ、荘園シラサギは、街の回りは泥炭地の平野で、その回りが森になっている。

エアスラン軍の一部は、平野に出る前に、街を迂回して包囲するべく、森の中を進んでいた。


「はっはっは。ここから見ると滑稽ですな。敵は何を急いでいるのか。こちらは籠城しているんですから、じっくり進めばいいものを」と、白おじさんが言った。


森を注視すると、トラップが発動し、木々が揺れたり、鳥が不自然に飛び立っている様子が窺えた。


「一応言っておくと、彼ら、私達がここへの予想到達日を知っているなんて知らないのよ? まさか、元帥の愛人が彼に捕まって、情報を抜かれているなんて知らないのよ」と、ナナセ子爵が言った。


「そうでしたな。彼らは、一日でも早くここに移動する事が正解だと思っている」と、白おじさんが言った。


「どうせなら、もう一日早く、昨日に着いて欲しかった。そうしたら、この街には彼がいた。ネオ・カーンの時と一緒ね。運がいいのか悪いのか」と、ナナセ子爵。


「さて、我らの戦力は百二十、相手は三百。ですが、相手はトラップで負傷者がいるはずです」と、白おじさん。


「私達の戦力の半分は職業軍人ではない。だけど、ハンターや冒険者は強い。百は戦力として考えていいでしょう。なので、彼らを二百以下にすることが出来たら、おそらく私達の勝ち」と、ナナセ子爵が言った。


「はい。我らは籠城戦。籠城を攻略しようとする場合、兵士の数は、一般的にはその三倍は必要です。ですが、我らの援軍は、後数日で到着します」と、白おじさん。


「そうね。彼らも、後4~5日待てば、本体の五万が来るという安心感がある。無駄な消耗は避けるでしょう」と、ナナセ子爵。


「おしゃられるとおりでしょう。彼らは、まずこの街を包囲することから始めるはずです。包囲に必要な人員も相当数になります。従って、我らは、敵を三分の一程度削るだけで、膠着状態に持ち込むことができる。数日粘れば、我らの勝ちだ」


ナナセ子爵は少しにこやかな顔をして、「私達の援軍に来るのは、ウルカーン最強の軍隊。そして、クメールの『悪鬼生成』のスキル。あれは、籠城戦では効果がない」と言った。


「悪鬼は、無差別に人を襲います。無闇に使っても、自分達がやられるだけです。接近戦ならまだしも、今回は、この城壁が我らを守ってくれます」と、白おじさん。


「だとすれば、一番の問題は英雄級の二人ね……」


「はい。一人目のゴンベエはスカウトタイプ。暗殺や一対一の戦闘では相当の強者と思われますが、緒戦の集団戦には出てこないと踏んでいます。我らの得意攻撃は範囲系、すなわち炎で辺り一面を焼いたり爆発を起したりしますので、彼女がいくら素早くてもそれは意味が無い。相性が悪いのです」と、白おじさん。


「もう一人のエリオン。彼は、私が学生の時、社交界で一度顔を合せた事があるわ」


「二人目のエリオンは索敵タイプ。戦闘が始まる前には活躍するでしょうがな……集団戦闘で役立つかどうかはわかりませぬな」


「あら、彼、のはずよ?」


「彼の加護は『夜の眷属』と言われていますな。だが、彼も一対一ならまだしも、魔術が飛び交う戦場では分が悪いでしょう。まあ、いざとなったら、私がなんとかしましょう」と、白おじさんが言った。


ウルカーンの秘術には、大爆発を起す特別な火魔術がある。白おじさんは、おそらくそのことを言っているものと思われた。だが、その爆発は、相手だけではなく、自分も爆散してしまうという代物だった。


その時、城壁の下から上がって来た青年が、「エアスランの間抜けどもめ。攻めてきても、我らの敵ではない」と言った。


その青年は、何故かメイド服に身を包んでいた。


つい先日、とあるおっさんに戦いを挑み、あっという間に尻を蹴られて負けた、この街の騎士団団長その人である。


彼は、何を思ったのか、メイド服を戦闘服に選んだようだ。


「……まあ、よろしくお願いね。作戦は分かっていて?」と、ナナセ子爵が言った。


「はい。我らの火炎魔術の戦術をお見せしましょう」と、メイド服の騎士が言った。


「……間違ってはいないけど、トラップに火を付けないでね」と、ナナセ子爵。


「お任せください」と、メイド服騎士はうやうやしく礼をしたが、ナナセ子爵は少し不安げな顔をした。



◇◇◇


「状況を報告せよ」と、クメール将軍が言った。将軍の視線の先には、木々の隙間からシラサギの街が見えていた。


クメール将軍は、ついにシラサギに到着したのだ。


「はは! 死者は間抜けの3名のみですが、重傷者15名、軽傷者45名が出ています。ですが、回復魔術で重傷者の七割、軽傷者のほぼ全てが従軍可能です」と、兵士が言った。


「そうか。離脱者は15名程度とみていいな」と、クメール将軍。


「将軍、斥候部隊に、結局50名は回しました。彼らの被害はまだ未確定です。バーン殿とゴンベエ殿は、街の裏側に回りました。正面攻撃には使えないでしょう」と、別の兵士が言った。


「それでも、こちらは二百三十名程度で奇襲を掛けることができる」と、クメール将軍が言った。


その時、別の兵士が陣地に駆け込んで来る。


「将軍! 敵城壁の上に、敵兵がいます」と、その兵士が言った。


クメール将軍は、「城壁の上なら、見張りの兵くらいは……」と言って、城壁が見える位置にまで移動する。


クメール将軍が自分の目でシラサギの城壁を確かめると、そこには、百名以上の兵士の布陣が見えた。


その兵士らの手には、弓矢が握られていた。


「なんだと!? まさか、進軍速度を読まれていた? だが、伏兵は無かった。トラップは……ここが進軍路と読めば、当然仕掛けてくるはず。だが、兵士が多すぎる……」と、クメール将軍。


「将軍、あの荘園の人口は、約二千人です。張りぼてで人員を用意することは可能でしょう」と、副官ポジが言った。


「ぐっ、それも想像でしかない。だが、こちらの情報が漏れているはずがないのだ。時間的に援軍が到着しているはずもない。我が方の斥候部隊は未だ戻らぬか」と、クメール将軍。


「斥候部隊からは、街の後ろに回り込むという伝令以降はなにも……」


クメール将軍は、城壁を眺めながらしばらく考え込み、そして「予定通りだ」と言った。


「あいつらは実戦経験の無い烏合の衆。目の前の泥炭地は見晴らしが良い。おそらくトラップはあるだろうが、まずはカッターで走り周り、相手がアホみたいに火魔術を打ち込んで来た所で一旦引く。そうすればトラップの全容はわかるだろう」


「分かりました。包囲はどうしましょう」と部下。


「この街の脱出路は二箇所しかない。我らが布陣する南部と、北部だ。北部には、バーン達が布陣していると聞いたが?」


「はい。ですが、バーン様は、とある冒険者に執着しておりますれば」


「ぐ、そうだったな。あいつは、敵のエース級とみられる冒険者に当たらせる。バーンの所にはゴンベエ殿もいる。彼女なら、相手が多少手練れでも、どうとでもしてくれるだろう。北の封鎖には別の十名を回せ。出陣は三十分後だ。陣形は両翼から一気に行く。トラップ対策に、最初にトルネードを放て」と、クメール将軍が言った。


下士官達は、「分かりました」と言って、一斉に各々の配置につく。


その時、罪人部隊の百人隊長が「将軍、俺らはどうすればいいんだ? 罪人衆は、カッターなんてうまく使えないぜ」と言った。ここまでの移動は、正規兵のカッターに相乗りしたり、器用な者は自分で運転もしたが、とても戦闘行為に耐えうるものではない。


「お前達歩兵は、カッター突撃の後に、隙を見て前進を試みよ。カッターが相手の火魔術を翻弄している時がチャンスだ」と、クメール将軍。


「だがよ、あの泥炭地、悪い予感がするぜ」と、罪人部隊の隊長が言った。


「あいつらのこれまでのトラップは、丸太の重みや竹のしなりを利用したものだ。トルネードでなぎ払えば、作動してしまうだろう」と、副官ポジの兵士が言った。


「それ以外のトラップがあれば?」と、罪人部隊隊長。


「トラップに詳しいエリオン殿が言うには、魔術系の罠は無いとのことだ」と、副官が言った。


罪人部隊隊長は納得がいかないようで、「魔術系ね……」と呟く。


「何だ? 不服でもあるのか? お前達のために、貴重な風魔術を使ってトルネードを放つんだろうが、この、罪人風情が!」と、貴族出身の別の百人隊隊長が怒鳴る。囚人衆の隊長は露骨に嫌な顔をする。


クメール将軍は、部下のやり取りを無視し、「……泥炭地には、底なし沼がある場合がある。気を付けろ。攻撃は10分後だ」と、言った。


クメール軍対シラサギ軍の激闘が始まる。

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