第57話 シラサギ出発


俺の目の前には、何故か俺に模擬剣を突きつけるイケメンがいた。


「では、勝負して頂きましょう」と、そのイケメンが言った。


俺は昨日、こいつの勝負の申し入れは、断ったはずだ。

その時、俺は何と言って断ったのだろう。忘れてしまったけど、おそらく、『メイドとなら練習する』的なことを言ったんだと思う。


今、ここにはメイド軍団とメイド服を着たネム達がずらりと並び、素振りなどの基礎練習をしているところだった。


「おお! 団長、頑張ってください」「そのゲス男に天誅を!」「団長素敵ぃいい!」


「あ、あのさあ、俺達、出発今日なんだけど。今日は基礎練習だけで、地稽古しないんだけど。というか、お前達大丈夫かよ」


ここには、もうすぐエアスランの精鋭が攻めて来るのだ。

こいつらは、それを迎え撃つ兵士のはずだ。というか、目の前のこいつはシラサギ防衛団の団長なのだ。


「ふん。エアスランなど、恐るるに足りぬと言っているだろう」と、団長とやらが言った。なかなかのイケメンくんだ。だけどまあ、井の中の蛙くんなんだろう。俺は、ネオ・カーンの街でこの世界の戦争を見た。


怒声が響き渡る中、弓矢、槍、炎や雷、水や氷が舞い散り、鉄と血と内臓の臭いが満ち満ちる。そこでは、死が身近にあった。

こいつら、戦場を知っているのだろうか。


ギャラリーには女性兵士もいて、イケメン団長に黄色い声援を送っている。


ただ、この団長、


これはあれか? 俺がメイドとしか練習しないと言ったからか? バッタがメイド服っぽい格好をしているのは、あれは俺が強要したからではなくて、ヤツの趣味だと思うんだが。


俺の隣では、あのアリシアがぽかんとして彼を眺めている。


「はぁ~まあ、最後だし、一回だけだぞ」と言って、彼から模擬剣を受け取る。


彼は表情を変えず、すっと構えをとる。


「千尋藻、こいつの腕は相当高レベルだと聞いている。まあ、お前の敵ではないがな」と、アリシアが言って、俺達から距離をとった。


俺は手にした模擬剣をぶんぶん振ってみる。いつかの模擬剣は、途中で壊れたからな。それからもう一つ気になる事がある。


「おい、この勝負、どうなったら勝負が付くんだ?」と言った。


俺とメイドとの練習は、俺がメイドのお尻をつるんと撫でたら終了だ。アリシアとバッタは、あいつらが俺に一撃を入れたら終わりだ。アリシアとバッタとの勝負は、俺がヤツラの剣を捌く練習を兼ねているから、そういう不文律的なルールになっている。


だが、こいつとの勝負はどうやったら終わりなんだ?


などと思っていたら、ヤツがいきなり斬りかかってくる。


なかなか素早いが……バッタより遅い。余裕で避ける。


が、それはフェイントだったのか、直ぐに突きが飛んで来る。二度、三度……


だが、この突きもアリシアほどでは無い。余裕でステップを踏んで避ける。俺も、アリシア達との練習でそれなりに対人戦が強くなっているようだ。少し楽しくなった。


しかし、彼の突撃はまだまだ終わらない。結構凄い膂力と心肺機能だ。バッタは持久力が無いし、アリシアは、ずいぶん鍛えてはいるが、膂力が彼ほどではない。


俺の目の前を、彼の模擬剣がぶおんと風を切って過ぎ去る。なお、アリシアの本気の剣戟は、パンという音がする。しかも、アリシアは、スキルで剣先を少し伸ばすことが出来るのだ。


まあ、このまま避け続けたら、俺の勝ちかな?


などと思っていたら、彼が一旦離れ、「どうした! 剣を使え!」と言った。そう言われても、俺は剣の使い方が分からない。学校の授業で剣道をしたことはある。だが、今俺が手にしているのは直剣。突きがメインの武器だ。


俺がもたついていると、彼が「この、腰抜けめ!」と言って、突っ込んでくる。


あ~もうめんどくさい。


俺は、模擬剣を左手で適当に持つ。


彼の突撃をステップでスカしつつ、左足に重心を掛け、右足を大きく振りかぶる……


「ちぇすとー!」


彼のぷりっとしたケツを、思いっきり蹴る。つま先は立てていない。


ぼぐ! という鈍い音がして、彼は後頭部から後ろに倒れ込む。気を失ったようだ。


「ああ! お前、この街の筆頭騎士兼防衛団長に何てことやってんだ。怪我したらどうするんだ」と、アリシアが叫ぶ。怪我なら、すでにしていると思うけど。彼、変な体勢で倒れているし。


「自業自得だろう。俺は止めたんだぞ」と、アリシアに返す。


「きゃあ! 団長!」「大丈夫ですか団長!」「おのれぇ、あのゲス男、きっと卑怯なことを」「仇は私が、私がきっと仕留めてみせます」「おい、急いでメイド服に着替えてこい」


外野がうるさい。


「じゃ、今日の訓練はここまで。皆、出立の準備だ。今日のお昼にはキャンプ地に着くぞ」と、俺が言った。


「はぁ~い」と言って、皆ちりぢりになっていく。アリシアとバッタも帰って行く。今日はあいつらも移動だからな。トマトとバッタは、予定通りウルカーンに行く。


ナナセ子爵は、俺達の説得を余所に、ここに残る決心をした。ウルカーンから早馬が来て、早急に送れるだけの援軍を送るということらしいのだが……まあ、彼女はこの国や荘園で責任ある立場なのだ。俺からどうこう言うつもりは無い。


というか、彼女とは、ネオ・カーン脱出以来、あまり話が出来ていない。回りのガードが堅くて。おそらく彼女も、本気で俺と話をしたいとは望んでいないのだろう。なぜならば、今日の今日まで、俺達を呼んでのお茶会や作戦会議は開かれていない。夕飯の時に挨拶に来る程度だ。


そのことは、俺達をウルカーン・エアスラン戦争に巻き込みたくないからなのか、支援要請をしたとして、俺達がそれを断るのが目に見えているからなのかは分からない。


ナナセ子爵のペットのバターによると、彼女は精力的にここの警備強化や援軍の要請などを行っているらしいのだが。


まあいいや。俺は、団長から受け取った模擬剣をその辺にぽいと放ると、スタスタと仲間の方に歩き出した。



・・・・


シラサギの街を出る街道の中央には、超巨大荷馬車が佇んでいた。その荷馬車を曳くための馬や蜘蛛はいない。何故ならば、俺達が曳くから。


俺とミノタウロス娘のムーが、同時にロープの付いた鉄の棒を持ち、一緒に曳き始める。これから約4日間、俺達はウルカーンまで旅をする。


ナナセ子爵は、結局この街に残ることにしたため、これでひとまずのお別れになる。彼女がここに残ることは、彼女の意思だ。前回は助けに戻ったけど、次は無いと思っている。俺達は、特定の国の立場で、戦争に加担するつもりは無いのだ。


そのことは、おそらくナナセ子爵も分かっていると思う。なので、この数日間は、俺達の接触は殆ど無かった。


支援要請はなかったけど、バイトとして罠を仕掛ける仕事は、俺達の提案に応じて発注してくれたけど。まあ、その罠が、地球謹製の罠だったりするのだが……


しばらく荷馬車を曳いて行くと、シラサギの外に出る。この街道は、まだ罠が仕掛けられていない。俺達が出た後は、罠を仕掛けると言っていた。


ちらりと後ろを振り返る……行商人、冒険者、そして、バッタとトマトの荷馬車がある。うちの大八車もちゃんとある。

バッタとトマトの一団には、メイド服に身を包んだ武装兵が随伴している。トマト男爵が育てた戦闘メイド達だ。その数が、最近増えた。ネオ・カーンから逃れてきたメイド達の一部は、トマト男爵のところに就職したのだ。また、ウルカーンに縁のある者数名は、トマト男爵と一緒にウルカーンまで向かう。その中には、元領主夫人も含まれる。彼女は子爵家の令嬢なので、本国の親を頼るそうだ。


「わんわん(達者でな)」と、街の出口まで出てきていたバターが言った。


「ああ。アイリーンを頼むぜ」と、返す。


見送りに来たのは、バターだけだった。まあ、俺達は、敵を前にして逃げる形になっている。俺達はこの国の軍人でも国民でもないし。戦争に加担すると、ずっと戦い続ける必要があって、それは俺達の目的ではないと思うから……少し言い訳がましいか。だが、世の中、全ては手に入らない。どちらかを選んだら、どちらかは諦める必要がある。俺は、アイリーンではなく、自分達が異世界に呼ばれた理由を探す旅と、モンスター娘達を選んだのだ。


「ばうわん(次は負けない。負けそうになったら、アイリーンご主人様を咥えてお前の所に逃げてくるぜ」と、バターが言った。


「シラサギが落ちた場合か……その時は、やぶさかじゃ無いぜ」と返した。


バターは、「ばうばう(じゃあな)」と言って、踵を返す。


やつの後ろ姿を見ていると、少し寂しい気持ちになる。


「何? 名残惜しいの?」と、俺の隣にいるギランが言った。


「いや、まあな。さらば、温泉」と、言ってみた。


「そうね、温泉良かったわよね。でも、よかったの? あなたが、私達を選んでくれたのは嬉しいけどさ」と、ギラン。


ナナセ子爵とキャラバン隊は、トレードオフなのだ。両方は手に入らないものだ。だけど、少しだけ心が痛む。


俺がその旨の事を言うと、ギランは、「ふうん。そうなのかもね。ま、アンタには、私が付いていてあげるわよ」と言って、どこかに行ってしまった。


俺は、少しだけ心が救われた気がして、荷馬車を曳き続けた。




◇◇◇


「おかえりバター」と、城壁の上からコンボイを見下ろす、目付きの悪い女性が言った。


「ばうわう」


その女性は、戻って来た自分のペットをモフりまくる。


「ナナセ子爵、よろしかったので? 彼らを味方に付けたら、相当の戦力ですぞ?」と、白い鎧に身を包んだおじさんが言った。


「私は振られたの。仕方が無いわ」と、ナナセ子爵が言った。


「複雑な気分です。あのような男に、あなたが体を許されるとは……ですが、彼らは一体何者なんです?」と、白おじさん。


「知らない。どこからともなく現われて、そして去って行く者達……あなた、亜神の巫女と面識はあって?」と、ナナセ子爵。


「え? 亜神……でございますか。いえ、私はどなたともお会いしたことはありませぬ」


「そう。私は、ウルとララ、それからノート神の巫女とお会いしたことがあるわ。彼女らの人間離れした美貌、底知れぬ魔力の波動、そして、すべてを見通すかのような視線は、今でもはっきりと思い出せる……」


「は、はあ」


「彼……いや、


「は? いえ、そんなまさか……」


「私のカンだけどね。あの人、一体、どこから来て、そしてどこに行くのかしら……バイバイ、千尋藻。生きていたら、また会いましょう」


ナナセ子爵はそう言って、城壁を降りていく。


去り際、ナナセ子爵は、「この勝負、緒戦で相手の数をどれだけ削れるかに掛かっている。接敵はおそらく明日。それまでに、トラップの設置を急がせて」と言った。


「あ、あの、軍団長が、件の千尋藻殿に伸されてしまって。いかが致しましょうか」


「軍団長が意識を取り戻して、彼のことを悪く言うようなら、彼は首。軍団長はあなたが務めて。それ以外なら、そのまま彼が軍団長よ」


「仰せのままに」


白い鎧に身を包んだおじさんは、大げさに臣下の礼のポーズをとった。




◇◇◇


おっさんがシラサギを出発した頃、強行軍で突き進むエアスラン軍は、相当フラストレーションが貯まっていた。


「ぐわ!」「どうした! うわっ、 ドゴン!


ブービートラップに引っかかった兵士を助けようと思った別の兵士が、また別の爆発系のトラップに引っかかったようだ。


ここは、本来街道であったが、人の行き来が完全に止まってしまったため、草木が生い茂っていた。


「進軍停止! 一旦止まれ!」と、この場の現場責任者である、バーンが言った。


「隊長、これ以上は無理です。士気が持ちませんよ。罠の数が尋常ではありません。しかもこの罠、魔術を一切使用していないものが多く、探索スキルも効きません」と、兵士が言った。


「バーンさんよ、この罠、尖った木の先に塗ってあるのは、糞尿だぜ。これで怪我したら、並大抵の回復魔術じゃ治らんと思う」と、少年兵が言った。少年兵はスラム生活が長く、不潔さが危険であることは知っていた。


ここは、斥候部隊として本隊から先行して進む部隊。バーンの他、10名程度の彼の子飼いの兵士と、ネオ・カーンで調達した少年兵ら20名がいた。


「ふざけた罠だ。負傷者は何人になった?」と、バーンが言った。


「重傷が3人、軽傷が10人です。ですが、全員足をやられています。斥候の進軍速度にはついていけません」と、部下が言った。


そんなことを言っている間にも、周囲に叫び声や爆発音が聞こえてくる。


普通に街道を進んでいたら、脇道から竹槍が生えた丸太が横凪で襲って来たり、地味に曲がった竹がパチンと足を叩いたり、それを避けた先に竹槍が上を向いて刺さっていたり。いきなり何かが爆発したり。


少数で突き進む斥候部隊にとって、数名の負傷者でも大きな痛手であった。


「くそ! もうすぐのはずなんなんだ。シラサギまではあと少しのはずだ」と、バーンが言った。


「この手の罠は、軍人もハンターも使わない。いやさ、大昔にはあったって記録は見たことがある。だけど、実際にこんなことするかねぇ」と、おっぱいが大きい高身長の女性が言った。


黒髪おかっぱの、好みが分れる感じの女性である。


「ゴンベエ殿、このトラップを知っているのか?」と、バーンが言った。


「いんや。直接は知らない。でもさ、一度発動すると、それまでだよね、コレ」と、ゴンベエが言った。


確かにこのトラップは、一度発動してしまうと、ほぼ無害と思われた。


「ぐっ何故俺達が、本体の捨て石にされなきゃならん!」と、バーンが激高する。


「ん? あんた、斥候舐めてない? 早く、ここのトラップの特徴を纏めて後ろに早馬を出して。残りは進むよ」と、ゴンベエが言った。


バーンは苦虫をかみ潰したような顔になるが、「分かった。ついでに斥候隊に補充をよこすように言え」と部下に言った。


バーンとゴンベエの斥候部隊は、地獄のトラップ地帯を進んでいく。

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