第54話 シラサギ滞在とグリフォン軍団の出撃
クメール将軍達がウン○壁に足止めされている頃、とあるおっさんは、メイド達ときゃっきゃ言いながら剣の稽古をこなしていた。
模擬剣を持った少女が素手のおっさんに斬りかかる。
そのおっさんは、尋常ではない素早さでそれを避け、彼女のお尻をつるんと撫でる。
「ぎゃあ! もう、僕のお尻は撫でないでよ」と、ネムが言った。
俺は、「癖になっているからな。ほら、お尻撫でられたら負けだ」と言って、交代を促す。
先日、ネムがアリシアに弟子入りしたいとか言い出して、仕方がないので俺から頼み込んで、一緒に稽古を付けることになった。まだ、素振りも満足に出来ない素人だ。出会った頃は、がりがりの子供だったのに、今ではふっくらと脂肪が付いてきた。なかなか良いお尻に成長してきている。
ネムは、自分のくせっ毛の茶髪をかき分けながら、渋々と後ろに下がっていく。直ぐに別の戦闘メイド見習いが前に出てきて、構えを取り、「よろしくお願いします!」と言った。
うん。初々しい。
あの時、ネオ・カーンの街から助け出したメイドは約30人。そのうちの10名程度が、バッタとトマトのところに戦闘メイドとして就職することになった。早速こうして戦闘訓練を行っている。
ひとしきり一対一の地稽古をこなした後、三対一に移る。
その後はアリシアやバッタ男爵との模擬戦を行う予定だ。
この二人はなかなか強い。気を付けないとバシバシと当てられる。反射神経は絶対に俺の方が高いと思うのだが、うまくフェイントや流れるような体捌きで、あっという間に追い詰められてしまう。
これは、身体能力だけで戦っている、俺の訓練でもあるのだ。
俺達が汗を流していると、鋭い目付きをした一団がこちらに近寄ってくる。
アレは……この荘園『シラサギ』の警備兵の兄ちゃんだ。ここに着いてから一度挨拶した記憶がある。俺に会うと、何故か凄い目で睨むのだ。
緑のリオンさんになら別に睨まれてもいいが、兄ちゃんに睨まれても何もいいことがない。
彼は部下を引き連れ、俺の前まで来ると、模擬剣を俺に突き出し「私と、勝負していただけませんか?」と、無表情で言った。
彼と後ろの取り巻き達は、凄い目付きで俺を睨んでいる。俺、何か悪いことしたかなぁ。
「断る」と、答えておく。俺は、戦闘メイドらには有料で地稽古を行っているのだ。俺が彼と勝負しても何のメリットもない。というか、頼む順番が違う。稽古をしたいのなら、報酬の話からだ。
「ふっ、逃げるのですか?」と、その兄ちゃんが言った。めっちゃ馬鹿にした目だ。
「俺にメリットが無いからな。というかお前ら、ここにはもうすぐ敵が攻めてくるんだぞ?」
そのイケメン兄ちゃんは、「ふん。エアスランなど、私が倒してくれる」と言った。
こいつ、ただの馬鹿だ。
俺は、「まあ、俺はメイド達とは遊ぶが、お前達とは遊ばん」と言って、スタスタとタオルが置いてあるベンチの方に歩いて行った。
若干2名ほどメイドじゃないヤツがいるけど。うちのスカウト・ネムと、バッタ男爵だ。ただ、バッタ男爵はフリフリのドレスに身を包んでいるけど。そういえば、うちのネムにも、メイド服を着させてはどうだろうか。我ながらいい考えだ。
「あ、小田原だ。帰って来たんだ」と、ネムが言った。
「ふむ?」
庭の入り口の方を見ると、小田原さんとジェイク、そしてバターが城門に入って来たところだった。
出たときは、大量の竹槍を持っていたが、今は何も手にしていない。
「おっす、帰って来たぜ」と、小田原さんが言った。
俺は模擬剣を持って突っ立っている兄ちゃんを無視し、小田原さんに「守備はどう?」と言った。
「おう、ジェイクも『土のヒューイ』の土魔術士も、もう手慣れたもんだぜ。千尋藻11人衆も大活躍だ」と、小田原さんが言った。
「そうなんだ。ブービートラップって結構簡単に出来るんだな」
「まあな。自分の木魔術も大活躍だ」と、小田原さんが言った。木魔術というのは、実は結構めずらしいらしいのだ。
「やつらの到着予想は。三日後だっけ? 間に合いそう?」
「到着予想日は、あの裸の幽霊、ヒリュウさんの情報によると、だがな。トラップの方は、やれるだけやるさ」と、小田原さんが言った。
あの裸の幽霊、上忍のヒリュウさんは、敵の総大将シャール元帥とやらの愛人兼諜報員だった。やはり、スキルで透明人間になっていたらしい。
彼女は、カッターという風魔術で走る魔道具を使って、ここに単独潜入した。
まさか、スキルを見破られて、情報をまるっと抜かれるとは思わなかっただろう。
そんなこんなで、ここにやってくる三百人の兵士を倒すため、俺達はバイトに勤しんでいる。
戦争に介入しなくても、トラップを仕掛ける程度ならいいはずだ。
そして俺達は、軍隊が到着する前の2日後には、さっさとこの街を後にする予定だ。
だが、ここの戦力で、敵の精鋭三百人を防ぐのは無理だろう。早馬を飛ばして援軍を要請しているらしいが、それが間に合うかどうかは分からない。なので、俺達も同情心から、トラップ作成に協力している。
後は、ナナセ子爵が逃げるかここに留まるかだが……それは俺が決めることではないか。
「じゃあ、晩ご飯まで、俺も落とし穴手伝ってくるか」
「ああ、千尋藻さん、サイフォンさん達のとこに行ってあげな」と、小田原さん。
サイフォン達11人は、シラサギ南部の湿地帯を、地獄の落とし穴地帯に変える仕事をしている。
俺は、タオルで額の汗を拭ったあと、「おいバター。俺をサイフォンの所に連れて行け」と言って、背中に跨がる。
バターは少し嫌そうな顔をしたが、直ぐに走り出した。
◇◇◇
ネオ・カーン陥落の報を受け、ウルカーンの王城、そして議会は蜂の巣を突いたような騒ぎになっていた。
しかも、相手の軍の規模は五万人、すなわち、相手はネオ・カーンだけでは無く、もっと奥深くに攻め込む意思を見せている。
また、公にはまだ秘匿されているが、トップシークレットで、禁止スキル『悪鬼生成』が使用された形跡があるという情報がもたらされた。
貴族共和制を敷いているウルカーンにとって、軍隊の集結と進軍は時間が掛かる。様々な利権が絡み合う貴族達の、利害を調整しなければならないからだ。
だが、進軍五万という数字は流石に危機感を覚える数であった。貴族とは、自分達の栄華が脅かされる状態と判断すれば、一致団結する生き物なのである。
ここはウルカーン王家に次ぐ最大貴族ジュノンソー公爵家、すなわちナナセ子爵の生家での一幕。
・・・・
「千の守備隊で、僅か一日も持たんとはな」と、ジュノンソー公爵が言った。
「地の利は相手にありました。お嬢様が、うちから連れて行った兵士も、奇襲と悪鬼一体に為す術も無くやられたようです」と、体付きが大きい老執事が応じた。
「それだけ相手が上手だったという事よ。相手はシャール元帥か。先遣隊はクメール将軍だったか。なかなかの用兵だ」と、ジュノンソー公爵。
「して、いかがなさいますかな?」と、老執事。
「相手は禁呪を使っている。土のティラネディーアと天のノートゥンは、我がウルカーンに味方するだろう。裏切ったララヘイム
「では……」
「アイリーンは、自分が虜囚となるまで、ネオ・カーンで戦い続けた。街が落とされた後も、そこから自力で脱出し、無事に自分の根城、シラサギまで逃げ延びた。ここは、親として助けを出さねばな。ジュノンソー公爵家から、騎兵二百を出す。ダイバよ、頼めるか」と、ジュノンソー公爵が言った。
「御意に。やつらに、地獄の業火を味わわせてやりましょうぞ」と、ダイバと呼ばれた老執事が言った。
「悪鬼対策には、傭兵を連れて行け」
「分かりました。クラスはいかが致しましょう」
「一殺五百万ストーンの最上級クラスを付けよ。戦場から生き延びた、可愛い娘のためだ」と、ジュノンソー公爵が言った。
その表情は、どこか嬉しそうであった。
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