第53話 ブービートラップ


クメール将軍率いる特殊部隊は、エアスラン軍本陣から百人隊2個を加え、シラサギを電撃的に落とすべくカッターと呼ばれる魔道具で高速移動を開始した。


カッターとは、風魔術による送風で動く、いわゆるマリンスポーツのウインドカッターの様な乗り物である。


幅70センチ、長さ2メーターくらいのボードに、三角形の帆が取り付けられており、風魔術で起した風で地面を滑るように突き進むことが出来る。


技量次第では、時速50キロ近く出るため、早馬代わりにしたり、野戦で敵の攻撃を避けつつ距離を詰めるための戦術兵器として利用されている。


風魔術士が多いエアスランの、虎の子の兵器である。


今、クメール将軍は、配下の軍三百にカッターを与え、街道をシラサギへ向けて飛ばしていた。

馬車で三~五日掛かる旅程を大幅短縮し、準備が整わない相手に急襲するのが目的である。カッターに乗るのは、将軍も例外ではなく、輜重隊も全てカッターで移動していた。これにより、行軍速度が飛躍的に上がり、この移動の速さこそが、クメール将軍率いる特殊部隊の強みであった。


ただし、兵士全てがカッターを操ることができる訳では無く、一台のカッターに2人以上乗るのが普通である。

クメール将軍は、己が操るカッターに、自分のバディであるパイパンを乗せ、バランスを取りながら部下達と一緒に街道を進んでいた。


今は戦闘中ではないため、時速30キロ程度の速度であるが、荷馬車の倍以上での移動速度を実現していた。


その様な折り、クメール将軍の前を走るカッターが、バランスを崩してよろけ、蛇行する。


「何? 愚か者!」


ウインドカッターは、原理的にブレーキは付いていない。止まるためには、まずは風魔術を止め、帆とボードをうまく操り、慣性力が無くなるまでターンをしたり蛇行をしたりしなければならない。


練度が高い部隊とはいえ、多くが荷物や人物を乗せており、さらに狭い街道を大勢で進んでいるため、小回りが利かない状態になっていた。


クメール将軍のカッターが、前のカッターを踏みつけるような格好で乗り越え、何とか自分の転倒は免れたと思ったが、更に前にも別のカッターがターンをしてきている所だった。


「う、うおおおお!」


クメール将軍が操るカッターは、一緒に乗るパイパンごと別のカッターと正面衝突し、体が宙に投げ出される。


「くっ」


クメール将軍は、持ち前の身体能力と風魔術により、上空で姿勢を整えると、地面に軟着陸を果たす。だが、パイパンの方は、森の方に飛ばされて行ってしまう。


直ちに兵士が駆け寄り、「クメール将軍、大丈夫でしょうか」と言った。


進軍路は、多重玉突き事故が至るところに出来ており、前にも後ろにも大渋滞を起していた。進軍は、完全に停止しているようであった。


「何があった! 敵襲か!? 斥候は何をやっていた!」と、クメール将軍が叫ぶ。


この、ウインドカッターを用いた高速移動には、もちろん欠点もある。それは、こういった事故のリスクと、斥候を待つ時間が十分に確保出来ないことにある。


すなわち、敵の待ち伏せや敵襲のリスクを少なからず抱えることになる。移動が早いからといって、必ずしも敵にそれを知られていないとは限らないのだから。


クメール将軍に伝令係の兵士が駆けて行き、「将軍、進軍路の前方で何かトラブルです。ここで一旦体勢を立て直しましょう」と言った。


クメール将軍は、「トラブル? 敵襲などではないんだな?」と問うた。


兵士は、「トラブルと伝え聞いております。。先頭がそれにぶち当たり、登り坂だったという事もあり、後ろに急ブレーキが伝播したものと思われます」と言った。


クメール将軍は、「高速を出している戦列には、それなりのリスクもある。分かった。俺が事情を確認しに、先頭まで行こう」と言って、進軍路の先端に向けて歩き出す。


クメール将軍が、街道の先を見ると、進軍は完全にストップしており、しかも約半数以上のカッターが転倒している有様だった。


クメール将軍は舌打ちしつつ、最前線の街道まで自力で歩いて行く。



・・・・


エアスラン特殊部隊の高速移動部隊の最先端、そこには、ポケェと何かを見上げ、佇んでいる人達がいた。


彼らの後ろから、豪華な身なりをした一団が到着する。

その一人、クメール将軍は、「どうした! 何があった!」と、叫ぶ。


最前列の兵士は、後ろから来た人物を見て、背筋が伸びる。


「い、いえ、水の壁です。先行していた斥候が、こいつにぶち当たり、手間取っている隙に我ら本体が到着してしまい、急停止した影響で移動が乱れた模様です」と、その兵士が言った。


「水の壁だと? ララヘイムの水魔術士を呼べ。直ぐに解除させろ。他の者は急いで戦列を修正しろ」と、クメール将軍が回りの隊長達に指示を出す。


「分かりました。ここは街道の途中に設けられた大休止場のようです。通常は行商人達が利用する場所ですな」と、副官ポジの兵士が言った。


ここは、広い河川敷になっており、三百人でも十分に入れるスペースがあった。


「そうか。ここで一旦休憩を取る。一応、トラップが無いか調べておけ」


クメール将軍は、指示を出すと、部下と一緒に開けた河原の方に移動していく。



・・・・


河原の広場に兵士が続々と入って来ている中、急遽設けられた作戦会議場で、クメール将軍は部下達と今後の予定を立てていた。


「将軍、被害の全容が見えて参りました。死者1人、重傷10人、軽傷50人です。カッターは、200台のうち、大破が10台です。共食い整備で7台は復帰出来そうですが」


「ちっ、意外と多いな。だが、作戦に支障を来す程では無いな」


「それから、パイパン様が、首の骨を折るという重傷です。回復魔術を掛けてはいますが、完全には回復しないでしょう」


「あの馬鹿が。まあ、前回の全身骨折も完治していなかったはずだ。仕方が無い。アイツは、死んでいないならよい。それで、あの水の壁の事は分かったのか?」と、クメール将軍が聞き返す。


「今、ララヘイムの水魔術士に調べさせております。単純な水魔術によるウォーターウォールのようですが、大量の魔力が注ぎ込まれているらしく、解除するより、無視した方が良いとのことです」


「何だと? おそらくは、俺達の進軍に対する嫌がらせだと思うがな。一応、解除させろ。移動に支障が出る」


「え? は、はい。分かりました。お言葉ですが、水魔術士達は、相当量の魔力が必要だと言っているのですが」


クメール将軍は、少し不機嫌な顔になり、「あれはおそらく、行方不明のサイフォン達の仕業だろう。サイフォンは自分の手勢10人を引き連れ、寝返ったと見られているが、せいぜい11人分の魔力だ。自分達のとこの尻拭いだ。しっかり仕事させよ」と言った。


「分かりました。言って聞かせます」と言って、その部下は下がっていく。


「さて、どうするか。あいつら、この先にもトラップを仕掛けている可能性があるぞ」と、クメール将軍が幹部達を見渡して言った。


そこには、自分の腹心であるバーンと、本体から合流した2人の百人隊長、それから英雄級と呼ばれる魔術士2人がいた。百人隊隊長の二人は男性で、一人は立派な鎧に身を包み、もう一人はボロボロの皮鎧を纏っている。英雄級の二人は、片方が高身長の男性と、もう一人はすらりとした足と、大きな乳房の持ち主の女性であった。


百人隊長のうちの一人は、「我らの進軍は当然読まれていたこと。トラップがあっても別に不思議ではない。だからといって、進軍速度を落としてしまうのは、相手の思うつぼだ」と言った。


「では、どうするのだ?」と、クメール将軍。


「斥候と本隊の距離を開け、さらに密度を下げて進む他あるまい」と、百人隊隊長。


彼は、上等な鎧に身を包んでいた。彼の部下は正規兵。殆どが下級貴族家出身で固められており、カッターの扱いにも長けた風魔術士が多くいる部隊であった。


「トラップがあった場合、斥候がやられてしまう恐れがある。斥候の数を増やす必要もあるだろう」と、クメール将軍が言った。


「ふん。そのために罪人部隊がいるのだ。罪人どもを先に立たせればいいでしょう」と、身なりがいい方の百人隊隊長が言った。


その発言に対し、もう一人の百人隊隊長は澄ました顔で、「我らは罪人だが、死刑囚ではない。戦場では、普通の兵士として扱ってもらおう」と言った。


貧相な皮鎧に身を包んだ壮年の男性だが、相当鍛えられた体付きをしていた。彼が罪人百人を束ねる百人隊隊長である。彼が率いる部隊は、何らかの犯罪を犯した者を、減刑と僅かな褒美で従軍させている部隊である。彼らを束ねる隊長自身も囚人であり、彼は自分達が消耗してもかまわない部隊として扱われることを危惧していた。


「罪人のくせに生意気な。ワシは華族なんだぞ」と、身なりがいい方の百人隊隊長が言った。


「我が国では、貴族制は10年前に廃止されていますな。国民は皆平等です」と、罪人隊の隊長が言った。


百人隊長は激高し、「なにを無礼な! 貴様と俺達が同じ人間であるものか! この平民が!」と言った。


だが、罪人隊隊長は意に介さず、「おやおや。その発言は、国王陛下と議会に対しての冒涜ですな」と言った。


その時、黙っていたガタイのよいイケメンが口を開く。


そのイケメンは、「いい加減にしないか。我らは、今からウルカーンの子爵家クラスの荘園を急襲する。ここにいる三百人で攻略せねばならない。ならば、何をすべきか分かるかな?」と言った。


「ぐっ、エリオン殿……は、はい。では、斥候は我らと罪人隊半々出すと言うことで」と、百人隊隊長が言った。


この世界の戦争は、対人戦で決定される。

魔道具やそれを駆使した戦術ももちろん重要であるが、個人の強さというものも非常に重要視されていた。

地球の国家が、優れた戦車や戦闘機に多額の予算をつぎ込むように、魔術やスキルが優れている兵士は、国から好待遇で迎えられていた。


逆に言うと、優秀な魔術士を多く集められる軍隊が強い軍隊ということになるのである。そのために、国は魔術士に名誉や報酬、そして権利などを与えて抱え込んでいた。


そして、個人で戦局を覆すような、優れた魔術士は、『英雄級』と称され、軍隊の切り札として、畏敬の念を集めていた。


ここには、その英雄級魔術士が二人もいた。


「斥候なら、私が出てもいい」と、もう一人の英雄級である女性が澄ました顔をして言った。


「ゴンベエ様、英雄級である貴女のお手を煩わせる訳には。この部隊に立候補していただいただけでもありがたいのに」と、百人隊隊長が言った。


ゴンベエと呼ばれた女性は、「私の専門は、斥候だから。」と言った。


「うちの兵隊は、あまりカッターは上手では無い。斥候は職業軍人に任せたい」と、罪人部隊隊長が言った。


「お前は、ゴンベエ様が出るというのに!」と、百人隊隊長が激高する。


クメール将軍は、それを遮るように、「まあ、よい。ゴンベエ殿頼めるか」と言った。


ゴンベエは、ノーテンキな顔をして、「いいよん。ネオ・カーンでは、誰かさんのせいで何の戦果も上げられなかったし。ここで稼がなきゃ」と言った。


そこに、じっと座っていた金髪の大男が、「クメール、俺も先に行くぜ」と言った。


「バーン、お前に斥候は向かん。一番槍は任せてやる。それまで辛抱していろ」と、クメール将軍が言った。


「いや、あいつらは、軍人じゃねぇ。おそらく戦争には出てこねぇよ。だから、いち早くシラサギに行って、街を封鎖してやる」と、バーンが言った。少し虚ろな目でどこかを見つめている。


「まあ、いいだろう。カッター部隊、そうだな。ネオ・カーンで吸収した少年兵を連れていけ。あの街にいる連中は、全て殺していい」と、クメール将軍が言った。


「今日はもうここで休んだ方がいいんじゃない? もうすぐ夜だよ~この先に広いとこはあんまりないよ~」と、ゴンベエが言った。


クメール将軍は、「そうだな。カッターの整備の問題もある。出発は明日の早朝、いいな」


クメール将軍率いる特殊部隊は、謎の水壁のせいで足止めを余儀なくされ、この地で宿泊をすることにした。

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