第52話 全裸の幽霊
畳部屋の宴会場に全裸の幽霊がいる。女性の幽霊だ。
というか、見ていいのだろうか。影が無いからと言って、単なる残念な人である可能性も捨てきれない。普通に足があるし。
ひとまず見なかったことにして、食事を進める。というか、誰も気にしていない。
俺だけ気にしても仕方が無い。あそこに毛深い全裸の女性幽霊がいると言っても、変な人と思われるだけだ。
俺は、彼女の方を見ないことにして、お酒を飲みつつ、隣のケイティとおしゃべりを開始する。所々でサイフォンやベルに突っ込みを入れられる。
小田原さんとネムも楽しくおしゃべりをしている。というか、ネムも酒を飲んでいる。ネムは確か15歳くらいのはずだが、まあ、ここは異世界だしいっか。
しばらく宴会を楽しんでいると、全裸の幽霊が歩き出す。コース的に、俺の後ろを通ると思われる。
必死に無視して清酒を流し込む。
「ん? どうした千尋藻さん」と、俺の異変に気付いた小田原さんが言った。
「ええつと、いや、この部屋、幽霊います?」と、答えておいた。
「は? 幽霊? いや、自分は何も感じないぜ?」と、小田原さんが言った。
「幽霊ですか……その幽霊は、美人ですか? 不細工ですか?」と、ケイティが言った。
「ん? いや、まあどちらかと言えば美人かな」と、答えてしまう。取り憑かれなければいいけど。
「そうですか。千尋藻さん、こういう話を知っていますか? お化けと幽霊の違い。まあ、美人が幽霊、不細工がお化けという話なんですが」と、ケイティ。
「いや、知らないな。お化けは色んなタイプがいて、何かが化けたり、自然現象に意味を持たせたもの、幽霊は人や動物がこの世に残ったものと思っていたけど」などと適当に答える。
そんな会話を続けていると、あの幽霊、読み通り、俺の後ろに回り混みやがった……どうしよう。背中がむずむずする。
「だが、ここは異世界。色んな幽霊がいるのかも」と言って、右手を開いたり閉じたりする。
「どうした千尋藻さん」と、小田原さん。
「捕まえられるかな……」と、呟く。
「マジかよ」
「せ~の!」
バッと後ろを振り向くと、そこには全裸の幽霊。
幽霊と思いっきり目が合ってしまう。彼女、びっくりした表情になった。
「ちぇすとぉ~」
俺は、座った体勢から一気にヤツに飛びかかる。
相手も、何が起こったのか理解したのか、急いで体を反転させて逃げようとするが、時すでに遅し。
俺の諸手狩りが極まり、組み伏せる。
ちょうど、俺が全裸幽霊のバックを取っている感じになる。お尻が俺の頬に触れる位置に来る。
全裸幽霊は、それでも声を出さず、肘で俺の顔をバシバシ叩くが、そんな事では俺の体はびくともしない。
というかこの幽霊、柔らかいし温かい。表面は少しひんやりするけど。
「皆さ、これ見えんの?」と言うも、誰も反応しない。
というか、肘で俺の顔をぽかぽかするのが少しウザくなってきた……
ヒックリ返してやろうか、と思っていると、組み伏せられたままの足で、俺に金的攻撃を加えてくる。少しムカついた。
「おりゃああああ」
バックから相手の胴体を掴んだまま、力任せに持ち上げる。
俺の両腕は相手の腰の辺りにあるから、相手の頭は相当高い位置にある。
後方の安全確認……何も無し。
そして、そのままゆっくり後ろに倒れ込む。ここは畳だから、まあ、そこまで痛くは無いだろう。
ゴン! という音がする。後頭部から行ったな。受け身もとれなかっただろう。
だが、この全裸幽霊、一瞬だけ体が硬直したが、直ぐにジタバタと暴れ続ける。しぶとい。
俺は幽霊を抱いたままごろんと仰向けに転がり、幽霊の向きを変える。ちょうど、俺が幽霊に下からだいしゅきホールドしているような格好になる。要は、うつ伏せになる幽霊の下から、両手両足で抱きしめている感じだ。
全裸幽霊は、にやりと笑い、マウントを取ろうと俺の腕の中でもがく。
この幽霊、自分がマウントを取ったと思って勝った気でいるな? だが、甘い。このまま腕を決めてヒックリ返すか、上四方固めで押さえ込むか。さてさて。とりあえず、相手が立ち上がろうとする足を下から蹴って、立つ邪魔をする。寝技というのは、下からの方が相手を制御しやすいのだ。
「ううむ。確かに、透明の誰かを抱いているように見えるな。というか、幽霊にバックドロップした人初めて見たよ」と、小田原さんが呟いた。
どうやら、この幽霊が見えるのは俺だけらしい。異世界に来てからというもの、俺の目は異常に視力が良くなっているが、まさか幽霊が見えるほど良くなっているとは。
「私が思うに、光学迷彩的なスキルで姿を消している間諜なのでは?」と、ケイティが言った。そう言われるとそういう気がしてきた。
全裸幽霊は、少し焦った顔をして、俺の首をめがけて顔を埋める。
そして、首筋に何か柔らかいものが当たる。
こ、これは……首筋にキッス? 唇の柔らかい感覚だ。
だけど、これは多分、噛みつかれている。だが俺の体に並の噛みつきは聞かない。むしろ、甘噛み的な感覚で気持ちいい。というかついでに触れている唇の感覚がめっちゃ気持ちいい。
「あの、ほら、噛んでる、噛んでるよ。首に噛みついてんだけど」と、言ってみる。
「ああ、確かに首の肉が歯形に凹んでいるな」と、小田原さん。片手にお酒のグラスを持ったまま興味深そうに俺の首元を除き込んでいる。余裕だな。
お座敷の皆もぞろぞろと俺の回りに寄ってくる。
スパン!
ケイティが、おもむろに全裸幽霊のお尻に平手打ち!
ケイティは、「ふむ。あるならここだと思いましたが、やっぱりありましたね」と言って、見えていないはずの全裸幽霊のお尻をなでなでする。
そして、ぴったんぴったんとお尻を優しくスパンキングし出す。
「千尋藻さん、この幽霊、美人なんですよね」と、ケイティが言った。
「まあ、俺的には美人だと思うけど」と答える。本心ではある。
全裸幽霊さんは、鼻息でふーふー言いながら必死で俺の首に噛みついているが、俺の肉はなかなか噛み切ることができない。咀嚼力が足りないようだ。
その時、全裸幽霊の全身がびくん! と反応する。
俺からは死角だが、ケイティが幽霊のお尻の辺りで何かしたようだ。
「やはり、これは幽霊ではなく、姿を消した女性の間諜でしょう」と、ケイティが何やら手を動かしながら言った。
そこにやってきたナナセ子爵が、「エアスランには、見えない忍者がいると聞きます。まさか、それがここに?」と言った。
「「「忍者いるの?」」」と、日本人三人の声が揃う。
「え? はい。エアスラン諜報員の一部は、とある部族出身で、彼らは忍者と呼ばれてるんだけど……その中には、姿が見えない忍者がいるという。彼らは、あらゆる暗殺術に精通し、体中に暗器や毒を備えていると……聞いているんだけど……まあ、どうでもいいわね、そんなこと」と、ナナセ子爵。少しあきれている。
「ふむ。忍者ですか……なかなか感度もいいですね。毒はともかく、暗器は隠されてはいないようです」と、ケイティが言った。ヤツは、俺の死角で、全裸幽霊の状態を確かめてくれていたようだ。
「暗器なら、口の中や胃袋にも隠せるぜ?」と、小田原さんが言った。
「口は今俺の首。キスマーク付かないだろうか……」
全裸幽霊は、ふーふー言いながら、よだれをだらだら垂らしつつ、俺の首に食らいついている。
その時、ぷつん、という音がして、全裸幽霊の体がピクンと反応する。
俺の足の方にいるケイティが、「ふむ。抜いたら見えるようになるのですね。なかなか濃いものをお持ちだ」と言った。ヤツの手には、ちぢれた御毛々が大量に握り締められていた。
あ、あいつ、まさか、まさか……
「あの、エアスランの見えない忍者の噂は私も聞いていたけど、完全に姿を消すことができるのは相当上位の忍者のはずよ。それがこんなとこで? あのさ、水棺の刑にしてみたらさ、おそらく見えるようになると思うんだけど」と、サイフォンが言った。
「水棺の刑って、要するにウン○水漬けの刑に処するって事ですよね。同士が欲しいんですか?」と、ベルが言った。どうにもこいつは突っ込み体質らしい。
俺は、サイフォンの案を採用し、「サイフォンの案は一理ある。早速水を出してくれ」と言った。
俺は魔術で生成された水や、天然の水を何となく操ることはできるが、水の生成は出来ない。水の生成は、結構難しいらしく、ちゃんとスキルを宿し、なおかつ相当な専門訓練が必要なようなのだ。
サイフォン達は、「了解」と言って、水を生成させていく。
・・・・
そして、サイフォン曰く、『水棺の刑』に処された全裸幽霊改め、見えない忍者さんが、皆の前でさらされる。
先日のような巨大な壁では無く、人一人用の水量だ。頭部と両手首の先だけ出して、その他は全て水で覆われている。
この状態になると、魔術が使えなくなるようで、今は皆に見えるようになっているらしい。
最初は水の中でじたばた暴れていたが、今は諦めたらしく、おとなしくしている。
「あの、さ、これが見えない忍者ということでOK」と、俺が切り出す。
「私も顔はしらない。だけど、幽霊ではないようね」と、サイフォン。
捕らえられた忍者は、鋭い目付きでこちらを睨んでいるが、何を言っても何も口にしない。
「なあ、見えない忍者は、相当上の人間なんだよな。仮に上忍と呼ぶとして、上忍なら相当の機密を知っているとか?」と、俺が誰にいうでもなく言った。
「そうかもだけど、忍者は全身凶器よ。精神的な部分も相当鍛われているというわ。裏切りを期待しても無駄だし、隙を見せたら自殺を図るかもよ」と、サイフォンが言った。
「ふむ。精神を鍛えた女性忍者ですか」と、ケイティが言った。こいつが言うと、何か嫌らしい意味に聞こえてしまう。
「ケイティ、何かあてがあるのか? こいつから情報を抜く方法」
ケイティは、少し嬉しそうな顔をして、「はい。私の夢の一つに、クールなくノ一から情報を引き出すというものがあります。夢が叶いそうです」と言った。
こいつは……
「任せてもいいんだな?」
ケイティは、真面目な顔をして、「はい。任せてください。ただし、私のスキルの他、ジークさんとライオン娘の特殊能力が必要になりますがね」と言った。
ジークは、セック○中の相手から思考を読み取る術があるし、ライオン娘は、発言の内容が嘘かどうかが分かるらしい。ケイティのスキルというのは、おそらくマジカルTINPOと思われるが、それをどう使うのかは、ここで説明させるには憚られる。
「まあ、任せよう。俺は少し、飲み直して寝る」と言って、宴席を後にする。幽霊じゃなくて良かった。
今から、キャラバン隊かトマトの所に行って駄弁って寝よう。
俺の去り際、「あの、千尋藻さん、彼女の下半身ですが、水牢から出しておいてください」と、ケイティが言った。
全裸の忍者は、おそらくケイティの餌食になるのだろう。まあ、頑張ってくれ。俺は水で出来た柱から、女忍者の下半身……と言っても、足を自由にさせるわけにはいかないため、膝から上くらいを出して、この場を後にした。
・・・・
異世界の温泉旅館、すっかりと日が落ち、僅かな明かりで照らされる廊下を、数人がしゃべりながら歩いている。
「ねえ、あなた、尋問に付き合わなかったということはさ、今晩どうするの?」と、水色髪の清楚な女性、サイフォンが言った。期待の込もった目をしている。
俺は、ずかずかと先を歩き、「俺には拷問の趣味はねぇんだよ」と言った。
「ふうん。じゃあさ、今晩は私らとしようよ。もう11人同時に、とかは言わないからさ。私達だけ可愛がって」と、サイフォンが言った。『私だけ』じゃなくて、『私達だけ』なんだ。その後ろに片目が隠れた突っ込み役の細身の女性がいたが、喉をゴクリと鳴らしただけで、何も突っ込まなかった。
「そうだな。アイツに首を噛まれた時、何というか唇の感覚が気持ち良くて……少しむらっと来てたりする」と返しておく。
「ん? アレってさ、多分、毒噛みつきだったと思うよ? よく大丈夫だったわね」と、サイフォンが言った。
「毒噛みつき? まあ、俺に毒は効かん、と言っておく。ほぼ毎日セイロンに噛んで貰っているしな」
「ちょっと待ってよ。あなた、朝もお昼も彼女とトイレで何かやってたでしょ。まさか、噛ませてんの?」と、サイフォン。
「いやあ、あの毒噛みつきって、お互い癖になってて」
「え? ムカデ娘の毒って、即死か、少なくとも噛まれた箇所が壊死するはず、なんだけど、まあ、もういいや」と、サイフォン。色々と諦めた顔をしている。
「まあ、それはそうとして、したいならするか? セイロンさんとは夕方にしたし」と言った。根負けした。そんなにあけすけにやりたいと言われると、断るのも申し分け無い気がしてくる。
「うん! やったぁ!」と、水色髪が飛び跳ねる。
「サイフォン様が口説き落とした……あり得ない」と、隣の女性。
「私って、ちゃんとした恋人って、アナタが初めてなのよ?」と、水色髪が言った。
「処女じゃなかったのを、ごまかしているだけにしか聞こえません!」と、隣の女性が突っ込んだ。
「まあ、いいや。酔いが覚めたし、少し飲み直すぞ。つまみと酒を持ってきてくれ」
一匹のおっさんと、ふわふわした感じの女性らが、自分達の寝床に移動する。
その途中、廊下の先から、酒瓶を持った人物が歩いてくる。その人物は、「今日もきたよー」と言った。
彼女には、つるっとした感じの尻尾があった。彼女の後ろには、少し恥ずかしそうにしている外骨格付のクールビューティの姿もあった。
まだ宵の口。夜はこれからだ。
・・・・
夜、荘園『シラサギ』にある、とある地下室。
「ここまできて、一言も言葉を発しない貴女に敬意を表します。ですが、悲しいですが、これは戦争なのです。私達は、自分達の利益のために、貴女から情報を引き出します」と、七三分けの男が言った。
「まさか、ここにエアスランの上忍がいるとはな……だが、何も言わないんだったら、忍者かどうかもわからねぇな」と、全身紫色の肌のむっちりした体付きの女性が言った。
「でも、口を聞くのかしら。上忍といえば、死をも厭わないと聞くし、拷問に堪える訓練も受けているはず」と、下半身がライオンの巨乳美女が言った。
「駄目ならその時です。引き出せるだけの情報でいいでしょう。では、早速始めましょう」と、七三分けが言った。
「了解だ。じゃあ、まずは俺とケイティが繋がる。その上で、ケイティがこの忍者と繋がってくれ」と、紫美人が言った。
「私は、いつでもいいですよ?」と、七三分け。
紫美人は、「じゃあ、行くぞ」と言って、自分の尻尾をひょこひょこと動かす。その尻尾の先は、アンカー型に尖っていた。今からどこかに突き刺すらしい。
「メモは任せて」と、机に座るグレーの肉付きが良い女性が言った。そう言う彼女の手には、鱗が生えていた。
静かな荘園で、壮絶な戦いが始まった。
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