第51話 おっさんトークとシラサギの宴席


かこーん


誰かが、たらいを滑らせた音だと思われる。


その響きも、また良し。


回りにいるのが、全員全裸のおっさん達でも、まあ許そう。ここは男風呂だからな。


「しかし千尋藻の旦那よ、あんたいい体してんな」と、冒険者『土のヒューイ』のリーダーが言った。


「最近筋肉が付いた」と、返しておいた。


今、俺達はナナセ子爵領『シラサギ』が誇る、温泉宿にいる。


今はここに着いて2日目。万単位の軍勢がネオ・カーンを発つのは未だ先と読んで、少しゆっくりしてしまっている。


なんてったって温泉なのだ。かくいう今も、温泉に肩まで浸かってまったりしている。俺達がいるのは、広い露天風呂だ。


「旦那達は温泉好きなんだな。温泉なら、俺らの国のティラネディーアにもあるぜ」と、土のヒューイのリダ。


「土の国の温泉か……そちらも良さそうだな。火の国の温泉というのも響きがいいけど」と、我ながら訳けが分からないことを言った。ウルカーンは火の神、ズウは土の神を祭っているのだとか。


「ウルカーンの後には、是非ティラネディーアにも来てくれよ」


「そうだなぁ。とりあえずの行き先はウルカーンにしているけど、その先は未だ決めていないな」


「そうか。期待しておくぜ」


そう言うと土のヒューイのリーダーは、ジャブジャブと上がって行ってしまう。あまり長風呂はお好きではないらしい。


ここのお湯はそこまで温度が高くない。なので、風呂好きの日本人三人はというと、かれこれ三十分以上は浸かっている。


「いやあ、千尋藻さん、温泉はやっぱ気持ちいいな」と、小田原さんが言った。彼の体もかなりムキムキだ。空手の鍛錬は欠かしたことが無いらしい。


「生活魔術『クリーン』は、皮膚表面の汗や汚れは取れますが、毛穴の奥底の老廃物を取り除くことはできませんし、体の血行も良くなりません。やはり、たまにはこういう暖かい湯に浸かる方が、健康にはいいのです」と、ケイティが言った。こいつは中肉中背だ。


「そうだよなぁ。やっぱ温泉だわ。ここに来て良かった。みんなも喜んでるし」


モンスター娘達も温泉は好きらしい。ララヘイム組11人もお風呂が好きとかで、ここの温泉も結構気に入っている。24時間いつでも入れるため、朝昼夜の三回入っている。


「しかし、いつまでここにいるんだ?」と、小田原さんが言った。


「そうなんですけどねぇ。ここ、清酒が特産品だし、米も食えるし食材も豊富だから……まあ、もうちょっといいんじゃない?」と、あいまい回答をしておく。


その時、内風呂の奥から、俺達がいる露天風呂の方に歩いてくる人物がいる。


アレはジェイクだ。安心しきっているのか、前を隠さずぶらぶらとさせながら歩いている。


ジェイクは、ネオ・カーンの冒険者ギルドを何故か追放されてしまった人物だ。俺達の敵、いや、攻略対象である『世界の異分子』の手がかりの可能性があるとして、ケイティが俺達の冒険者チームにスカウトしたのだ。


まあ、本人は至って普通の青年……いや、生活魔術を身に付け、全身攻撃という変なスキルを持っているなかなか優秀で若い人材なので、俺達も助かっている。


ところで、……誰だろう。見たこと無い人だ。今は、ジェイクの隣で突っ立っている。


掃除係の人なんだろうかとも思ったが、。温泉に浸かりに来た人と思われる。


だが、ここの風呂は男女別だ。わざわざ女性が男風呂に入る意味が解らない。


彼女は、ジェイクの横に突っ立ったまま、歩くジェイクとのすれ違いざま、ジェイクのあそこをガン見する。


ううむ。あの子、歳の頃は結構若いと思う。二十は超えていないだろう。体付きは引き締まった感じだし、顔も悪くない。黒髪ストレートのスポーツ少女風だ。だけど、何故男風呂に?


というか、ジェイクは何も気にしていない。見られても気にならないやつなんだろうか。


全裸女子は、ジェイクの逸物をガン見した後、その場に留まっている。どういうつもりだ?


ジェイクは、俺達の所まで来ると、「いやあ、温泉っていいですね。自分気に入りました」と言った。


相変らずぶらぶらさせている。


「おいおい、ジェイク、お前恥ずかしく無いのかよ」と、言っておく。


「え? 何がです? ひょっとしてコレですか? 皆さんも裸じゃないですか。温泉は裸の付き合いをする場所ですよ」と、正論を返された。いや、俺が言いたいのは、全裸女子にガン見されても平然としているからなんだが……まあ、いいや。


「お前が気にしないならいいや。ちょっと、俺も行ってこよう」


俺は、全裸の知らない女子にあそこを見られるというプレイを試したくなった。


露天風呂からザバッと上がり、ぷらぷらさせながら、全裸女子の前を素通りする。一応、こちらからは見ない振りをしておく。


見てる見てる……彼女、クールな顔をしているが、目線が完全に俺のぷらぷらを追っている。何だコレ。この人、変態なんじゃ……


俺は一旦内湯エリアに行き、何もせずに露天風呂にトンボ帰り。帰りも全裸女子にあそこをガン見される。


俺が通り過ぎると、彼女は満足したのか、内湯の方まで歩いて行った。残念、もう少し楽しみたかったのに。


俺は、全裸女子にあそこを見せつけるという遊びは諦め、29歳のジェイクをいじることにして、「ところでさ、お前は誰が好みなんだ?」と言った。


「え? えええ!?」


「お前も童貞というわけじゃ無いんだろ? 誰にチン○コ入れたいんだ?」


「そ、そんな、え? でも、言っていいんですか?」と、ジェイク。


「言え言え。言うのはタダだ」


「ううんと、ええつと……」


「言え! この野郎」


俺は、温泉の水を操ってジェイクの顔に掛ける。少しもどかしい。


ジェイクは顔を手で拭いながら、「分かりました! 分かりましたから。リオンさん、リオンさんです」と言った。


「ん? リオンさん? って誰?」


「リオン殿は、ネオ・カーン緑の軍の筆頭騎士です。とても綺麗な方だと思います」と、ケイティが答える。


いたなぁそういえば。名前は初めて聞いたけど。ネオ・カーンの街から、ナナセ子爵に引っ付いて来た人だ。緑色の皮鎧に身を包み、少し真面目で委員長みたいな感じのきつめのお姉さんだ。緑の軍というのは補給や衛生関連を担う部署で、彼女はその筆頭騎士だったらしい。今は同性のナナセ子爵の護衛兼世話係として、ずっとナナセ子爵に引っ付いている。


「渋いとこいくなぁ。でもよ、そいつ絶対プライド高いって。冒険者なんか相手にしねぇよ。と、いうわけで、他には? 他にはいないのか?」


「冒険者なんて相手にしない、かぁ。やっぱり、千尋藻さんもそう思います? でも、彼女が僕らを見る冷たい目線が、またぞくぞく来るんですよ」と、ジェイクが嬉しそうに言った。こいつ、なかなか良い趣味してる。


「そうか。お前はそういうのが好みだったのか」


「ジークさんの視線もいいのですが、彼女は少し温かみがあります。ナナセ子爵の目付きもなかなかいい線行っているのですが、彼女、実は結構ほっこりしているんですよ。強いて言えば、あの人ですが……彼女は、千尋藻さんの彼女さんなので悪いのです……」と、ジェイク。


「ん? 俺の彼女?」


「皆知っていますよ。セイロンさんですよ。あの人の冷たく、人を寄せ付けない目は素敵です。それでいて料理の時は優しい顔をするんですから。いやあ、うらやましい」


「そ、そうか」


ジェイクをいじるつもりが、逆にいじられてしまった。俺とムカデ娘のセイロンの関係はもはや周知なのか。ギランやムーなら分かるが、セイロンとのこともばれていたんだな。


「いや、俺の事はいいんだよ。誰かいないのか? ララヘイム組なら誰でもいいぞ。一人貰ってやれ」


「そりゃ、11人もいれば好みかなぁなんて人はいますよ。でも、彼女達は、千尋藻さんの騎士なんですよ? 誰って言えるわけないじゃないですか」


「そりゃ正論だけどよ。あいつら全員が俺に性的な意味も含めて、全てを捧げているわけじゃないぞ。騎士の誓いがあっても、別に結婚してもいいはずだ」


「それはそうですけど。まずは千尋藻さんが誰に手を付けているか教えてくださいよ~」


「誰って……全員だ」


その瞬間、皆の目線が俺に向いた。マジかよこいつ……と聞こえて来そうだ。


「手を出したというか、もみくちゃにされたというか」


そうなのだ。俺はやるつもりは無かったのだ。だが、特大の水ベッドに押し込まれて無理矢理……いや、彼女らも必死なんだと思って、少し情が湧いたと言うか。


「流石に女性11人と同時プレイというのは凄いですね。千尋藻さんも何かしらマジカルTINPO的な魔術を使っているとしか思えません」と、ケイティが言った。


「全員とするにはしたけど、別に11回出したわけじゃないんだぞ? 中には辛そうにしているやつもいるし。結局、相手しているのはサイフォンとベルの二人でだな……」


「お手つきになっていることは事実なんですね? まあ、僕はしばらくリオンさんにちょっかい掛けて、冷たい目で見られるという遊びでもやっておきます」と、ジェイクが言った。


「ララヘイムといえば千尋藻さん、彼女らと水魔術の研究しているらしいが、何か成果はあったのか?」と、小田原さんが言った。彼はこういう戦闘系の話が大好きらしい。


「いろいろ試している最中ですね。今のとこ使い物になりそうなのは、シールドですね。水の盾です」と言った。


「ほう? 盾に行き着いたのか。武器はどうだったんだ?」と、小田原さん。


「剣やハンマーは軽くて振りにくいし、威力無し。飛び道具は、彼女らは槍投げがメインでしたが、それ以上の良案は今のとこなし」


「そっか。水だと後は高圧噴射か?」と。小田原さん。


「そうですね。それも試しましたが、なかなか制御がうまくいかず。かくなる上は、爆発だと考えているんですが、その辺は今後の課題です」


「ほう。爆発か……」


そんなこんなで、おっさんトークは続いていく……



・・・・


いい湯だった。でもって、これからお座敷で夕食会だ。


広い畳部屋に並べられた善がずらりと並ぶ。そう、ここは畳部屋なのだ。皆、入り口で靴を脱いで上がっている。


これは、ナナセ子爵の俺達に対する誠意なんだとか。


だけど、『三匹のおっさん』だけではなく、ララヘイム11人組の分も用意されている。このことも、おそらくはナナセ子爵の誠意の一つなんだと思われる。要は、俺の味方であれば、昨日までの敵であってもきちんともてなすぞと。まあ、ララヘイムの残念美人に、格の違いを見せつけるという目的もありそうだが。


俺達が席に着くと、清酒が運ばれてくる。運んで来るのは、あの時、ネオ・カーンで助けたメイド達だ。メイドといっても下級貴族の娘達らしいのだが、その一部は、ナナセ子爵の温情でここで働く事になったようだ。


食前酒として、僅かばかりの果樹酒も付いている。なかなか気が利くな。などと思っていると、うちのジェイクとネムが異常に恐縮している。


日本人おっさん三人は、これでも一応社会人だから、温泉宿での宴席くらいは経験がある。なので、別にメイドが料理を運んでくるような宴席でもそこまで恐縮しない。隣のララヘイム組も、辺境伯家出身の残念美人、サイフォンは堂々としている。その他のメンバーはやや緊張しているけど。


「まあ、こういう生活ももう少しだ。楽しもうぜ」と、俺が皆に声を掛ける。


今ここにいるのは、俺達冒険者パーティ『三匹のおっさん』のメンバーとララヘイム11人衆だけだ。モンスター娘のキャラバンにも声は掛けたらしいが、辞退されたとのこと。彼女らは、別の部屋でくつろいでいる。他の冒険者や行商人、バッタやトマト達は、温泉宿は一緒だが、食事は別だ。


「ここのお料理って、とても美味しいわ。山の幸ふんだんね。ララヘイムは海に面しているから海の幸メインだったし、エアスランに派遣されてからは、軍隊メシだったから」と、サイフォンが言った。風呂上がりの残念美人……見た目清楚なんだけど、どうしても酔って知らないおっさん達と処女セック○したり、ウン○漏らし事件のイメージが離れない。


俺達がわいわいと料理に舌鼓を打っていると、廊下からナナセ子爵が登場する。斜め後ろにエロい体付をした元領主夫人と、冷たい目線の緑のお姉さんもいる。


ナナセ子爵は、俺達を見渡し、「皆様、お楽しみになって?」と言った。


彼女も、おそらくお風呂あがりだ。顔の血色が良く、ほっぺたが少し赤い。先ほどの風呂トークで、ジェイクが、彼女は目付きが悪いが、ほっこりしていると言った。確かに、そうなのかもしれない。


彼女の表情をよく見ると、目付きが悪いだけで、顔はほっこりしている気がする。

敗戦前夜のネオ・カーンでは見せなかっただけなのかもしれないが。


「あ、はい。お世話になってます」と返しておく。


「料理もお酒もおいしいですな。山菜や魚もありますし、米も採れるとは……すばらしい荘園です」と、ケイティが言った。


元領主夫人が、コンパニオンよろしく皆にお酒を注いで回る。彼女は体付きがエロい。お酌をされるとき、双丘が盛り上がり、谷間が強調されるのだ。これぞ、シラサギ流のおもてなしかぁ……

俺が双丘をガン見していると、斜め後ろに立つ緑のお姉さんから白い目で見られる。なるほど。ジェイクはこうやって楽しんでいるのか。俺も色々と試そうかな……などと考える。


だが、とても気になる事が一つある。



この人、男子風呂で見た人と同じだ。顔は美人だし、体も引き締まっていて綺麗なのだが、何故に全裸でこんなとこに?


恥ずかしくないのだろうか。というか、この宿で雇っている人なのだろうか。まさか、スーパーコンパニオン? スーパーコンパニオンとは、お金を払えば、何でもさせてくれるという、伝説のコンパニオンだ。


かつて、九州の温泉街には沢山いたという。警察の取り締まりが厳しくなって、さらに田舎の温泉街に流れて行ったと聞いたが、それも今ではどうなっていることやら……まあ、ここはどうなのか知らないけれど。


いやしかし、そういったおもてなしをするのなら、普通は初日ではないのか。彼女、昨日まではいなかった。


まさかとは思うが……幽霊? 幽霊なのか? そこそこの美人で体付きは健康そのものに見えるが、幽霊なのか? というか、デルタゾーンの毛が濃い。処理していらっしゃらないのだろうか。いやいや、毛が濃い幽霊なんているのか? 逆に綺麗に処理していらっしゃる幽霊もいない気がする。


ふと、違和感を感じる。

彼女の顔は、少しのっぺりとしすぎている。首と顎の境界も曖昧だ。

ここの照明器具は、壁の上の方に着けられた光る魔道具だけだ。普通に照らされた場合、当然鼻の下や首の下には影が出来る。俺の認識違いだろうか。


ふと彼女の足下をみると、そこに、影は微塵も無かった。ぞっとした。

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