第49話 朝のバイトと今後の方針


いつまでも寝ているわけにはいかない。


ギランと二人で、巨大ウォーターベッドを這い出る。


その後、ギランにクリーンの魔術を掛けて貰い、その後は朝飯が出来るまで寝床を畳むのを手伝ったりする。


と、そこへアリシア登場。今日のアリシアはズボンスタイルのメイド服だ。


アリシアは、「ああ、千尋藻。お前さ、ここでもバイトをする気は無いか?」と言った。


「ん? どういう意味だアリシア。ここでバイトがあるのか?」と、返す。


「ああ、メイド達の朝稽古だ。あまり報酬は多く出せないし、移動に支障があってもいけないから激しくは出来ないが、こういうことは毎日の鍛錬が重要なんだ」と、アリシア。


くやしいが、鍛錬については一理ある気がする。

それに、今の俺はお金が欲しい。11人を養わないといけないし。


なので、「分かった。軽くだな。いいぞ」と、応じた。



・・・・


早朝、朝餉の臭いが漂う中、俺はトマト男爵子飼いのメイド軍団と相対する。


こいつらと地稽古するのも数日ぶりだ。


メイド軍団は各々の模擬武器を手に、俺は木の棒を手にしている。


「てゃあ!」


最初の生徒が俺に向かって走ってくる。手にしているのは剣だ。


俺は、彼女の剣筋を見極め、軽々と避ける。


「ほれ、お前の剣は、いつも単調すぎる」と言って、空振りして姿勢を崩している彼女のお尻をつるんと撫でる。これで、勝負ありだ。


彼女は、「はい! ありがとうございましたぁ!」と言って、後ろに下がる。


そのまま二人目の槍使いが出てきて、一気に突撃してくる。


この突撃は当たるギリギリで避けて、避けるついでに足をちょんとひっかける。


すると、彼女は派手に地面にすっ転んでいく。彼女は悔しそうな顔をして、後ろに下がっていく。


次の子は、「次は私です。よろしくお願いします!」と言って、木刀を持って俺に一気に肉薄する。


ふむ。なかなかしっかりとした動きだ。間合いに入った後は、猪突猛進ではなく、フェイントを掛けながら俺に一撃を入れようと隙をうかがっている。


俺が横に動くと、うまく体捌きでそれに付いてくる。うむ。この子は強い。


「はぁあ!」 ボゴン! と、彼女の木刀が俺の頭に入る。


待機中のメイド達から拍手が起きる。


勢いづいた彼女は、「せやぁあ! はい! はい! はい!」と、俺の腕、胴、喉に突きを入れる。


ドコドコ当たるが、今の俺の体は丈夫なのでどうということはない。


「りゃぁあ!」


彼女は、一層甲高い声を上げたところで、やや大ぶりの上段の構えをとる。ここで油断が出たか。


「ふん」


俺は、上段に構えた彼女のおっぱいのトップを摘まむ。


彼女は、「きゃあ」という可愛い声を上げて上段打ちを止めてしまう。


その様子を見かねたアリシアが、「お前は油断するなとあれほど言っただろうが! 相手の実力を勝手に決めつけるな! 勝つために、わざと弱い仕草をしているやつもいる!」と言った。


彼女は少し落ち込んだ様子で、「はい……」と言って、下がっていく。



・・・・


一通り、一対一の地稽古をこなした後、最後の仕上げに入る。


「よし! 次は三人で一人を仕留める練習だ!」と、アリシアが言った。


「「「はい!!!」」」


と元気な声がして、三人が俺の周りに回ってじりじりと詰めてくる。


前の子がフェイントを掛けつつ、斜め後ろの死角から別の子が俺の首に突きを入れる。そのまま別の子が後ろからアキレス腱を横凪にぶっ叩く。


容赦無い急所攻撃がバシバシと飛ぶ。だが、まだ甘い。というか、こいつらに叩かれたところで少し痛いくらいで全く問題は無い。ムカデ娘の毒噛みつきに比べたら、子供のおもちゃで叩かれているようなものだ。


三対一の練習が続く。最初は武術を習い始めて間もなくの子達で、手やら頭やらをバシバシあてさせてあげる。こうして人を斬る訓練を積ませてあげているのだ。


徐々に強い子が出てくるので、その時は俺も少し動いたり軽く反撃したりする。


最後の三人……すなわち、一番強い子達が出てくる。彼女たちは、俺との距離を保ちながら、急所をボコボコと突いてくる。だが、俺が少し動きを速くすると、彼女らの連携が崩れ、お互い見合ったり、同士討ちしそうになったりとおぼつかない。そうなってくると、各個撃破だ。一人目は足をひっかけ、二人目は槍を弾き飛ばし、三人目はお尻を触ってびくっとなったところをショルダータックルで吹っ飛ばす。


周りから拍手が起きる。何時の間にかギャラリーが集まっていた。


ナナセ子爵とバター、バッタ子爵と僕っ子。それに、ネオカーンから連れ出した貴族女性達。それから、領主夫人にケイティ……小田原さんとネムもいる。


領主夫人は、ケイティとべったりだ。あの二人、昨晩はきっといいことがあったに違いない。


自害したという領主がどんな人か知らないけど、未亡人になった瞬間に男を咥えこむとは……まあ、俺には関係無いか。彼女なりの生存戦略なんだろう。


「よし、終了だ。朝食にしよう」と、アリシアが言った。バイト終了のようだ。


「「「ありがとうございましたー」」」


戦闘メイド軍団に挨拶される。皆汗を掻いてスス汚れてしまったので、お互いクリーンの魔術を掛け合っている。


うん。スポーツ少女達を見ているみたいで微笑ましい。


俺がにこやかな心で後ろを振り向くと、昨日仲間になった11人がいて、げんなり? いや、ぽかんと口を開けている感じだろうか、とにかく変な顔をしていた。


「あ、あなた……大丈夫なの? あんなにボコボコに打たれて。というか槍で喉を思いっきり突かれて……」と、サイフォンが言った。後ろに控える皆もこくこくと首肯している。


「ああ、あれは模擬刀だから。痛くないから」と、答えておく。まあ、あまり詮索しないで欲しい。今、せっかく戦闘メイド見習い達も、何のためらいもなく打ち込みが出来るようになってきたのだ。



・・・・


朝食を終え、一緒に後片付けをする。この人数だと、食器類の数も半端ではない。


俺達『三匹のおっさん』が大八車の準備を行っていると、ジークが来て、「出発前に会議したい」と言った。


まあ、昨日は早々とお酒が入ったから真面目な話をしていないし、そうなるよな……


と、言うわけで、キャラバン代表ジークとシスイ。俺とケイティ。それからナナセ子爵に男爵二人。行商人責任者に各冒険者パーティのリーダー達が参加して、今後の方針について話し合う。


開口一番、ナナセ子爵が「うちに来たら?」と言った。ナナセ子爵がいう、『うち』とは、この先にあるナナセ子爵家の荘園『シラサギ』のことだ。実際、これで殆どの課題がクリアされるはずだ。


「当初、俺達はそのつもりがあった。それに、人数が極端に増えた。このままこの人数に備蓄を放出して飯を食わせるとなると、ウルカーンに着く前に補給が必要になる。だが、俺達は中立だ。分かるな?」と、ジークが言った。


「それに関しては、そうね。補給をしていただいた後は、早めにウルカーンに向かった方がいいと思いますわ」と、ナナセ子爵。


今回のエアスラン遠征軍は、ウルカーンまで攻め上げる気でいるらしい。なので、途中にあるシラサギも攻められる可能性がある。ただし、エアスラン遠征軍は数千から数万人。シラサギまで到達するには、まだまだ時間がかかるだろうとのこと。


まあ、俺達が温泉に浸かる時間くらいはありそうだ。


「そして千尋藻よ、お前達は、引き続き俺達の旅に付き合ってくれるんだよな」と、ジークが言った。その答えは、すでに決まっている。


「もちろん。俺達は、戦争に加担するつもりはない」と、言った。このことは、三匹のおっさんの総意だ。


ナナセ子爵達には悪い気がするが、俺達は軍人ではない。国の外交手段としての戦争であるならば、その決着は国同士でやって欲しい。


ナナセ子爵は特に表情を変えるでもなく、「分かっているわ。温泉は、楽しんでいってね。あ、うちの特産品は清酒だから」と言った。温泉の街で米があって、しかも特産品が清酒……何とも魅力的な荘園だ。


「まあ、シラサギまでのコンボイは承知した。みんなで行くんだよな」と、ジーク。


「我々は備蓄の殆どを放出してしまいます。シラサギで補給しないと、ウルカーンまでの旅もできません」と、行商人。この人は、土の国の出身らしい。今回の戦争に関しては、完全に第三者だ。


「私達のわがままで、ごめんなさい。この恩は必ず報いるわ」と、ナナセ子爵。今は軍票で買い物をしているから、結局、行商人も荘園まで言って現金を取り立てたいと考えているんだろう。


ならば、方針は決まったな。


「じゃあ、行きましょうか。荘園『シラサギ』へ」と、『炎の宝剣』のリーダーが言った。ポニーテールのイケメンだ。カッコ良いところを持って行きやがった。まあ、いいけど。



・・・・


かくして、タケノコ島のモンスター娘キャラバン10人、護衛『炎の宝剣』5人、『三匹のおっさん』16人。

行商人と護衛『土のヒューイ』10人。トマト男爵とアリシア+戦闘メイド14人。バッタ男爵達6人、そして、ナナセ子爵らネオ・カーンからの脱出組30人と1匹のコンボイが、ここから4日の距離の荘園『シラサギ』までの旅に出発することとなった。


俺が引っ張るキャラバンの巨大荷馬車は、先頭を進む予定である。


俺が荷馬車を曳くロープの先の棒を掴むと、後ろからちょいちょいと俺の肩をつつく人が。


「あ、ピーカブーさん、荷馬車の上には登らないの?」と言った。


「今から登るけど、アレ、どうするの?」と、ピーカブーさんに返される。


アレ、とは、水の壁だ。まだそのままの状態だった。要は、高さ3メートル。横幅15メートルの状態のままキャンプ地の隅に佇んでいる。少し違うのは、昨日は濁りきっていたが、一晩掛けて、固形物が沈降したようで、結構澄んでいる。


「ええつと、ここでぶちまけたら迷惑だろうか」と、返しておく。


ピーカブーさんは、「私が思うに、街道を塞いでおいたらどうかな」と言った。


「え? 迷惑なんじゃ」


「今の時期にここを通る商人はいない。エアスラン軍の足止めにいいんじゃない? それに、アレは、魔力が無くなったら勝手に崩れるし」と、ピーカブーさん。


「そっか。勝手に付いてこないかな」


「普通は付いてこないよ。昨日付いてきたのは、アナタがそう念じたから」


「そうなんだ。無意識のうちに、あいつらを連れてきたのかな。分かった。こいつにはここの壁になって貰うように念じておく」


「それがいいと思う。アレを解除出来る魔術士はなかなかいないはず」


「分かった。さっそく始めるか」


俺が壁の方に行って、うぞうぞと街道を塞ぐ位置に壁を動かしていくと、澄んでいた水が振動でまた濁り出す。とても汚い。


「あの、旦那様、それどうするの?」と、サイフォンが走ってきて言った。他数名もついて来ている。


「ああ、街道を塞いでおく。時間稼ぎになるかも」と、返す。


サイフォンは、「え?」と言って、しかめっ面になる。清楚な顔立ちなのに、地味に勿体ない。


「いや、エアスランがウルカーンを攻めるためにここを通るだろ? 少しは足かせになると思って」


「そんな……コレが、まだ残るだなんて」


「ぎゃあ! サイフォン様のウン○水がトラップにぃ!?」と、彼女の部下の一人が叫ぶ。彼女はロン毛眼隠れ属性の持ち主のベルさんという人で、処女らしい。下級貴族でサイフォンとは腐れ縁だとか。サイフォンが婚約破棄されるずっと前からずっと一緒にいるらしい。


「うっせえ! 私以外も誰か大を漏らしただろうが。おしっこは半数のヤツらが粗相していたはずだ!」と、サイフォンが吠える。この人、黙っていたら清楚な感じなのに、何だよこの残念美人は……


周りの残り9人はそのやりとりを微笑ましく眺めている。まあ、こいつらは、こういう関係なんだろう。そう考えると、このサイフォンさん、意外とカリスマがあるのかもな。戦場にまでついてきてくれる仲間がいるということだし。


「まあ、とにかくこいつで街道を塞ぐ」


「あ、あの、あのね、あなた、魔力をガンガン注いでいる気がするんだけど」と、サイフォンさん。


「ん? 動かして、ここに留まれって念じていたんだけど」


「あーこりゃ、一年は持つわ。放っておいたら、一年くらいはそのまま壁だわ」と、ピーカブーさんが言った。冗談だと思いたい。


「一年! サイフォン様のウン○壁が一年もぉ!?」と、眼隠れ部下。何だか楽しそうだな。


「まあ、とにかくこいつが付いてこないようにしないと」と言って、壁にな~れ~と念じる。


「だ・か・ら、魔力を叩き込むな!」と、サイフォンさん。


ピーカブーさんは、「あ~こりゃ十年物だわ。知~らないっと」と言って、荷馬車の上に触手を出して登っていく。


俺も、「まあ、いっか」と言って、荷馬車を曳きに行く。


「まあ、いっか、じゃあないでしょ!」「十年!? すっごい! 十年もの間、この地でサイフォン様のウン○が熟成を?」


姦しい……


俺は、ぎゃーぎゃー言い合いをするララヘイム組を無視し、ムーと一緒に荷馬車を曳き始める。


さて、今日から数日後には温泉だ。それまで、巨大荷馬車を曳きながら、狩り、キャンプ、メイドの訓練などなどを楽しむ予定だ。


ああ、すばらしきかな異世界……だが、ついつい忘れそうになる俺達の目的……


それは、


その異分子を倒すため、三匹以外の仲間は必要や否や。


まあ、今はあまり考えないでおこう。


俺は、頭の中を温泉と清酒で一杯にし、力一杯、荷馬車を曳き始めた。

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