第47話 サイフォン・オリフィス

「あ~はい、サイフォンです。出身はララヘイム。これでも貴族です。親はオリフィス辺境伯です。はい」と、水色髪の女性が言った。この子、清楚な感じがする女性だが、しゃべらせると残念美人になる気がする。


俺は、ライオン娘の顔をチラリと見る。彼女は軽く首肯する。嘘ではないらしい。


サイフォンと名乗る女性と、その部下の合計11人は、未だに水魔術で生成されたウン○入りの水に捕らえられていた。


この水は不思議なもので、中では自由に動けるが、水の外には自力で出ることは出来ないらしい。しかも、使とのこと。ピーカブーさんが言うには、他人の魔術で操られた生成物、この場合はウン○水の中にいる場合は、そういう状態になるらしい。


呼吸のため、一応、顔だけ水から出しているが、今は顔を自分の手で掻くこともできない状態だ。


彼女らは、一人ずつアリシアに御飯を食べさせて貰いながら、俺達の尋問に応じている。こいつらの処遇は、捕らえたのは俺なので、よっぽどのことをしない限りは、俺に一任されることになっている。


メモを取っているシスイの手元を確認し、「はい次」と言った。


その後、11人全員の素性が明かされる。というか、全員ララヘイムという国の出身だった。サイフォンという人が貴族で一番身分が高く、その他は身分は低いが、学園時代からのお友達的な人達らしい。目隠れ属性の女性の名前はベルといって、男爵令嬢でサイフォンの幼なじみなのだとか。


そして、何でこのお友達集団があの戦場にいたのかというと……


「私達は、国に命じられたから従軍しただけ」


なのだそうな。


「あなた、ララヘイム、オリフィス辺境伯爵家のサイフォンね。水魔術の才女がなんでこんなとこに?」と、この場に同席していたナナセ子爵が言った。


この尋問には、ウルカーン側の貴族も入って貰っている。俺には国際感覚は分からないし。


「あなたこそ、ジュノンソー公爵家の姫君ね。10代の頃に、一度社交界で見かけた。あなた、輝いていたわ」と、サイフォンさん。


「あらそう? でも、今の方が楽しいわよ」と、ナナセ子爵。楽しいんだ。


あんな仕打ちをされたのに、まったく女心は分からない。


「え? そうなの? まあいいわ。私ね、婚約破棄されたのよ。いきなり。夜会の時に皆の前で。その婚約者は、ララヘイムのとある子爵家の長男。家格はうちより格下だったけど、商売が成功していてお金はあったし、顔も身長も悪く無いかなって。だから、親の勧めもあって婚約者になった」と、サイフォンさん。


「婚約破棄、ね。流行っているのかしら」と、ナナセ子爵。彼女はウルカーンの王子に突然婚約破棄されたんだっけ。


「流行ってはいないと思うけど、でも、私も馬鹿だった。振られたその日に平民区でベロベロに飲んで……」と、サイフォンさん。


「あの、まさかとは思うけど……」と、ナナセ子爵。


「気付いたら、知らないおっさん十人くらいとセック○してた……」と、サイフォンさん。


場が静まり返る。こいつ、馬鹿なんじゃ……


「でね、親に、追放されて平民になるか、軍隊に行くか、どちらか選べって言われて、今に至る!」と、サイフォンさんが胸を張る。彼女らは全裸だが、最早水が濁っているからよく見えない。


「あなたも色々あったのね。それで? 他の方は?」と、ナナセ子爵。


「ああ、こいつらは、私が引っ張ってきたの。さっき聞いたでしょ? 下級貴族の三女や四女、行商人の娘や。商店の三女。まあ、待っていたら、どこかのおじいちゃん貴族の後妻に入るか、豪商の妾に成るかしかない者達」と、サイフォンさん。それを聞いた他の女性達は皆顔を伏せる。ライオン娘も特に否定しなかった。


「あ~お前は、自分が軍隊に行くときに、自分の側近か知らんが、知り合いの女性達を引っ張って行ったんだな」


「そうそう。学園時代の仲間達を引っ張って行ったの。騎士団内でロマンスがあるかもでしょ? でもさ、部隊の派遣先がエアスランで、そのまま、まさかウルカーンと戦争するとは思わなかった」と、サイフォン。


「それで? お前がここで裏切ったら、実家が大変なんじゃないのか?」と、聞いてみる。


こいつは、。それは今のウン○水漬けの刑が嫌なのでは無く、割と本心からのような気がした。


「実家は、もういいわ」と、サイフォン。


「一族が裏切ったら、親が大変だと思うがな」


「実家はもうどうでもいいし、裏切りというのも少し違う。私はね、ララヘイムを裏切ってウルカーンに付くんじゃない。あなたに付いていくの」と、サイフォンが言った。あなたとは、俺の事だろう。


周りが何か言いたそうな空気になったところで、「もちろん、ここにいる11人全員でね」と、追加した。


「ちなみに何で?」と、聞いてみる。定職に就いていない俺が、11人も養えるわけはないと思う。


「あなたの水魔術よ。あなた、何をやったか覚えてる?」と、サイフォン。


「お前達が出した水を奪ったな。それがこの水」と、答える。あの時はピュアだった水が、今ではこんなことに……


「そう。そうよ。それが理由よ。私達のユニオン魔術を奪うことが出来るのは、おそらく……「はいそこまで」と、ピーカブーさん。


「なによ、アンモナイト娘がどういうこと?」と、サイフォン。


「この人は、自分の素性を公にするのはよしとしていない。だから、ここでは言わないで」と、ピーカブーさん。


サイフォンは、「……まあいいわ。とにかく、あなたは私達が仕えるに値する……いや、違うわね」と言って、一呼吸置く。そして目を伏せ、「私達の幸せはあなたと共に。私達の血肉はあなたのために。私達の忠誠を、どうぞ」と言って、水の壁に捕らえられたまま頭を垂れる。他の十人もそれに続く。さっきまでの姦しさは微塵も無い。


俺が反応出来ないでいると、「これは、臣下の礼よ。あなた、これを受けたら、彼女達はあなたの部下になる。しかも、今のは、一生添い遂げるという意味よ。」と、ナナセ子爵。いつもの悪い目付きが、何時にも増して一層悪くなっている。ひょっとして、少しふてくされているのかもしれない。なぜならば、彼女はカンが良いから。おそらく、俺がこの後どう答えてしまうか、予測が付いているのだろう。


まあ、俺も甘く見られたもんだ……


「断る」と、俺が言うと、周りの皆が驚いた顔をする。ナナセ子爵さえも驚いている。俺って、そんなに女に弱そうに見えるかなぁ……


「な、何で? ララヘイムの水魔道士11名が、あなたに永遠の忠誠を尽くすのよ? こんなことって、ないわ。私達がいれば、あなたは傭兵でも冒険者でも何をやっても大成功できるはず」と、サイフォンさん。後ろの部下の人達は、青い顔をしている。


おそらく彼女らは、俺を口説き落とせない限り、まともな未来は無い。それは分かっているのだが……


「俺達の目的は、傭兵でも冒険者でもないってことだ。むしろ、足手まといだ」


サイフォンさんは、「そ、そう、なのね。どうしよう。あ、あはは……」と言って、暗い顔をする。


「ぎゃぁ~サイフォン様がまた振られたぁ! うん○漏らすから……終わった。私の人生もう終わった」と、後ろの女性が言った。彼女、どうもそういうことをしゃべらずにはいられない性格のようだ。


「まず、今の俺達に11人の面倒を見るだけの経済力が無い。それに、俺達はエアスランと敵対したから、そこにいるお前達の同胞と殺し合う可能がある。というか、ひょっとすると、俺達はララヘイムとすら敵対する可能性がある」と、言った。要は、こいつらを仲間にした時、色々としがらみが出来るのが嫌なのだ。


「あ、あのねぇ、さっきの臣下の礼は、『仲間になるから面倒見てね』という意味じゃ無くて、『どんなことでもするから、苦楽を共にしたい』ってことなの」と、サイフォンさんが言った。


「そう言われてもなぁ。11人て……」


俺は、日本にいた頃はサラリーマンだった。東京に出てきて部下がゼロになって大変な思いをしていたが、実は内心気は楽になっていたのだ。何故ならば、部下の面倒を見る必要がなくなったから。それだけ人を管理し、共同目標を達成するというのは大変なのだ。ましてや、このことは家族が11人増えるのと同じ事のような気がしている。


俺が言い淀んでいると、小田原さんが腕を組みながら「千尋藻さんも真面目だなぁ。こいつら、別に捨て石にしても娼館で働かせてもいいってことだろ? 特ばかりだと思うぜ?」と言った。


「ぎゃぁ~余計な事言うなこのハゲ!」と、サイフォンさんの後ろの人。何だか楽しい人が混じっているようだ。


まあ、俺はお人好しに見られたから、臣下になろうとしたのだろうか。いや、今のは売り言葉に買い言葉かもしれないけど……


「裏切らない保障はないな。こいつら、母国に家族を残して来ているわけで」と、呟く。


「そ、それは信じて貰うしか無い。ねえ、そこのライオン娘は嘘が判るのでしょう? なら、聞いて。私達はもう本国に居場所はない。ウルカーンに行ってもどんな扱いを受けるか分からない。なら、綺麗な体のうちに、売れる所に売っておく。この言葉に偽りは無い。それにね……、あなた、魔術士の事って分かってる? あれだけの実力差を見せつけられて、どう感じると思ってる?」と、サイフォンさん。


ライオン娘は黙っている。とりあえず、明確な偽りは言葉にしていないようだ。ライオン娘は、故意の嘘は看破できるが、言っていることが真実かどうかは分からないのだとか。


「ええつと、魔術士の事とはどんなことだ?」と、応じる。


その瞬間、ナナセ子爵が渋い顔をした。こいつ、まさか知らないの? 的な顔だ。


「あのね、私達の奥義の水が、あなたに簡単に奪われたとき、もちろん絶望はしたけれど、ああ、ついていきたい。仲間になりたい。信頼を得たい。教えを請いたい。それに、あなたは男性だから、願わくは……子を成したい。と、そう思ってしまうわけ。多分、皆そう」と、サイフォンさん。


子を成したいね……魔術の才能って、遺伝するんだろうか。それなら、何となく分からないでも無い。魔術がその人の能力に直結し、就職や結婚、生涯年収に大きな影響を及ぼすのであれば、この世界の人が伴侶を選ぶ際の基準は、恐らく顔やスタイルの良さより、魔術の才能が優先なのだろう。モンゴルで体がごつい人がモテるように、ここでは魔術の才能が優れる者がモテるのかもしれない。


だけど、まだしっくりこない。


「ところで、隷属の魔術やスキルってないのか? 敵対できないようにする」と、聞いて見る。


「隷属系のスキルは、基本的に禁呪よ。悪鬼討伐用のものは、国際的に認められているけれど、専門的な知識が必要になる」とナナセ子爵が言った。


基本的に、というところが味噌だが、公に禁止されているものを堂々と使う訳にもいかないか。


「そうだな。ところで、俺って、お前達の敵として登場したよな。何でそんな簡単に忠誠を誓えるんだ?」


サイフォンさんは、「それはそうだけど、というかあなたは何で私達の水魔術を奪えるわけ?」と言って、ピーカブーさんの方を向く。さっき、ピーカブーさんが何か釘を刺したからだろう。と、いうことは、俺が軟体動物であることと関係しているということか。


「水魔術が奪える理由は、俺は知らない。お前達が低ランク……ってわけでも無いんだよな」と、俺が呟く。


「あ~、アナタ。アナタの魔術は異常。というか、アナタ達三人は異常。それは認識した方がいい。そして、アナタは特に異常。その異常性はここでは言えないけど、とにかくアナタの水魔術は、ララヘイム随一と言われた才女のそれを、遙かに凌駕する」と、ピーカブーさん。


「そうか……」


俺は、ピーカブーさんに何も言い返せなかった。これまでの俺の身体能力などは、魔術無しには説明できないからだ。


「いい? 良く聞いて。アナタ達三人……少なくとも局地戦を覆してしまうような戦力は、どこに行っても異端。絶対に警戒される。下手をすると、いや、下手しなくても暗殺対象。それをどうにかするためには、組織として強くなるしかない」と、ピーカブーさん。


暗殺かぁ。俺達の事が有名になれば、それもあり得るのかもしれないと思った。


「ピーカブーさん、ひょとして、こいつら仲間にしろって言ってる?」と、問う。


「うん。そう。お買い得はお買い得」と、ピーカブーさんが言った。


その瞬間、後ろのうん○水に浸かっている11人の顔が輝く。


周りの皆の視線も俺に向けられる。


「ピーカブーさん、こいつらと何か繋がりでもあるの?」


「タケノコ島の、特に水系のモンスター娘は、ララヘイムと深い関わりがある。上下関係で言えば、こっちが上」と、ピーカブーさん。


そうなのか、これ以上は教えてくれそうもないから深くは突っ込まないけど。


だが、11人……11人かぁ。いや、彼女らは、魔術士だ。しかもその才女達だ。きっと、何とかなるさ……


俺は、「じゃあ、いっか。だが、裏切ったらまたウン○水の刑だからな」と言った。


「いやったぁ! おじさん、話わかるぅ」「また皆一緒にいられるね」「助かったぁ。これで拷問や処刑もないし、奴隷落ちで娼館に売られることもない」「セック○は、あのおじさんのを我慢するだけでいいんだし、楽勝じゃない?」「軍隊より楽かもね」「おじさん、素敵……」


11人もいれば姦しい……


俺は、結局の所甘いのかもしれない。こいつら……この状況においても愉快な彼女達に、俺はすでに処刑の選択肢は失っていた。

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